菊花賞当日。
私は朝から軽く汗を流していた。
それは、走り慣れたミホノブルボンの姉弟子とライスシャワー先輩と共に何度も駆けた急な坂道。
サイボーグ専用坂路と言われたこの坂を私は何千回以上も、いや、もしかしたらもう万回以上も登って登って、ひたすら登って走り抜いてきた。
「はぁ……、はぁ……」
自分を追い詰めて、限界まで毎日死にものぐるいで走って、積み重ねてきた努力とトレーニング。
きっとこの積み重ねがなかったら私は凱旋門でも勝つ事なんてできなかった筈だ。
「仕上がりは順調そうだな」
「えぇ」
義理母の言葉に私は振り返り笑みを浮かべてそう答える。
もはや、何も言う必要は無い、見つめてくる義理母の眼差しはそう私に語りかけていた。
私は肩にタオルを巻くと汗を拭きながらため息を吐く。
「当日なのにあまり追い込みしすぎるのは良く無いわよアフちゃん」
「……あ、ライス先輩」
「まあ、それはこいつもよくわかっておるだろ」
「そうなんですが、アフちゃんは目を離すとすぐ無茶しますから」
「うぐっ……」
ライス先輩の言葉に顔を引きつらせる私。
な、何も言えねぇ、実際その通りですしね。まあ、流石に今日はレース前に無茶な走り方なんてしませんけども。
「今日の勝負下着はなんですか?」
「えーとね、今日は黒の……って何言わせんですか」
ヒョコッとライス先輩の背後から現れたおバカな後輩のドゥラちゃんにジト目を向ける私。
勝負下着なんて聞いてどうすんだって話なんですけどね、正直、縞パンと悩みましたけどこっちにしました。
皆さんのリクエストがあるんならそっちを履いてみても良いかもしれませんがね。今度『アフちゃんねる』でアンケートでもしてみましょうかね。
「さてと、じゃあ軽く後は流しますか」
「並走なら付き合いますよー」
「お、気が利くな後輩」
「えへへ、もっと褒めても良いんですよ先輩」
そう良いながら擦り寄ってくるドゥラメンテちゃん。
うん、あざとい、このあざとさは私譲りだな、間違いない。え? 違う?
私だってね、皆からよくチヤホヤされるんですよ? あざとさくらい兼ね備えてますとも! 意図的に媚びますし。
あ、ぶりっ子みたいな事をするってわけじゃないですよ? そんな事しても頭おかしくなったんか自分とか言われちゃうんで私の場合。
この扱いの差である。普段の行いを省みたら仕方ない事なんですけどね。
「さて、それじゃ最後の調整だ。並走いくぞ、ライス、ちょっと付き合ってもらえんか?」
「はい、それくらいお安い御用です」
そう言って、私との並走を買って出てくれるライス先輩。
もうその優しさが大好き、本当結婚して欲しいくらいですよ。ライス先輩は可愛い、皆、いいね?
こんな天使、探してもなかなか居ませんよ? ライスシャワー教に入信するなら今がチャンスです。
ミホノブルボン教は多分、筋肉モリモリになりたい人にはおすすめです。うん、入りたくないな、そんな宗教。
あ、ちなみにアフ教は変態しかいない気がするから却下でお願いします。
京都レース場。
満員の観客席には、私や他の二人のレースを一目見ようと多くの観客達が詰めよっていた。
まあ、私の勇姿が見たい人達ばっかりでしょうけどね、ごめんなさい調子に乗りました。
「わー緊張するなー(棒)」
会場を見渡しながら適当な言葉を呟く私。
緊張はしてますよ、多少はね。まあ、もう吹っ切れちゃってるんですけども。
そりゃ凱旋門走ってればね、菊花賞で緊張しまくるなんてことはないです。
私、心臓だけには自信あるんですよ、私の普段の行動がそれを物語っています。主にタンコブが頭にできてますけども。
「あ、アッフだぁ!」
「シッ! ダメよ! あんなウマ娘見ちゃ!」
見てください、今までの悪行がこんな親子の会話まで生み出してしまう。
なんでや、私そんなされる事してへんやん。
そして、その声に振り返る私、そこには即席でそんなやり取りをしているゴルシちゃんとドゥラちゃんの姿があった。
律儀にも親子のコスプレしているあたり手が込んでやがるなこいつら。
「私を街で見かけるヤバい人みたいな扱いをするのはやめてくださいよ」
「え? ヤバいウマ娘じゃないんですか?」
「そりゃお前、私の口からヤバいウマ娘なんて言わせるなんて大したもんだよ」
そう言いながら顔を見合わせるゴルシちゃんとドゥラちゃんの二人。
こいつら、いつのまにこんなに仲良くなりやがったんだ一体。
すると、ゴルシちゃんは私のたわわを背後から両手で持ち上げると悪そうな笑みを浮かべながら手を動かして弄り始めた。
「こーんな凶悪なものぶら下げてさ!」
「ぴゃあッ!」
「揺れる揺れる! こりゃ大変だ!」
なんてヤローだ、信じられない、いきなり私の胸を好き勝手にしやがって。
上下左右に揺らされる私のたわわを間近で見ていたドゥラちゃんはなんか目をキラキラさせてますしね!
こいつらレース前に何やってんだ本当に。
「揺らすのやめいッ!」
「あいた!」
すかさず振り向いて、スコンッ! と良い音で拳骨をゴルシちゃんに落とす私。
人の胸を玩具みたいに扱いよってからに!
私は胸を両手で隠しながら、後退りジト目をゴルシちゃんに向けます。
「ほら、緊張は解れたろ?」
「……解し方が雑すぎでしょ⁉︎」
私の胸を見ながら手をワキワキとさせているゴルシちゃんに声を上げる私。
G1のレース前だというのにこれである。
いつも通りといえばいつも通りなんですけどね! なんだか、釈然としないのは何故でしょうね!
「ふと思った、何故皆、私にセクハラするんですかね?」
「お前は一回、鏡を見てみた方が良いぞ、そういう事だ」
「どういう事なんだそれ⁉︎」
そんな、遠回しにいやらしい身体付きしてるお前が悪いと言われたとて。
私も好きでこんな身体になったわけじゃないんですけど、後輩からも胸を揉まれるわスカート捲られてパンツを見られるのが当たり前みたいになりつつある現状をどうにかしたい。
助平な人が周りに多すぎるのも考えものですね、気持ちはわかるんですけども。
「あー、もう! もう時間ですから! ほら散った散った! 観客席に戻ってどうぞ!」
「あーあ、アッフもっと弄りたかったなぁ」
「先輩! ファイトッ!」
「本当に思っとんのかお前」
私は手をヒラヒラしながら立ち去っていくドゥラちゃんにジト目を向けながらそう告げる。
さて、気を取り直して、私は改めて今日共に駆ける二人に視線を向けた。
そう、それはネオユニヴァースとゼンノロブロイの二人である。
二人は全く動じてる様子もなく落ち着いているようだった。それはそうか、まあ、欧州で戦い抜いてきた二人だしな。
私を含め、二人とも三冠というタイトルを引っ提げてこの菊花賞に合わせてきた。
(まあ、ネオちゃんは雪辱戦になるんだろうけどね……)
レース前、私は二人に話しかけたりはしなかった。
それは、言葉にしなくても理解しているからだ。誰が1番かは走ればわかる事、そして、その距離は3000mという長い距離で証明される。
私とは視線を合わさなかったが、並々ならない雰囲気を見に纏っている事はよくわかった。
ネオユニヴァースだけではない、ゼンノロブロイも同じくそうだった。
同世代の二人の事だ、私の事を意識しないわけが無い、だからこそ、対等になるためにわざわざ同じように欧州に渡り結果を残してきたのである。
私の影響もあったのだろうが、彼女達が並々ならぬ努力を積み重ねてきた事は理解できる。
だって、私も同じような口ですからね。
それに菊花賞は実力を発揮するレースとまで言われている。
まぐれも何もない、真の実力、長い距離を制して実力を示すウマ娘が一体誰なのか、証明してやりたいと私を含め皆思っているはずだ。
賑わう会場にアナウンサーの声が響き渡る。
「さあ、晴天で迎える事ができました京都レース場。場内は既に欧州で活躍した三人の三冠のウマ娘を見らんと満員で埋め尽くされております。
実力の菊花と呼ばれております、菊花賞、果たしてどのウマ娘が勝つのでしょうか」
会場からは止むことがない声援が沸き起こり、レース開始を今か今かと待っている。
私は冷静にゲート前で準備体操をしながら、去年の菊花賞を思い出していた。
姉弟子がライスシャワー先輩に負け、三冠を逃したレースの事だ。
確かに、私は欧州の地で三冠という称号を得て帰ってきた。姉弟子が取りたかった三冠を異国の地で達成したのだ。
だが、真の三冠とは、この菊花を取った時に初めて証明される。私が姉弟子の代わりに三冠ウマ娘になったという事を。
「1番人気はやはり、アフトクラトラスか」
「三冠の中でも、やはり欧州三冠というのは相当な価値があるからな」
「凱旋門賞を勝った前人未到のウマ娘、お手並み拝見ね」
「………………」
そう言いながら、会場の観客席から熱視線を送ってくる他チームのメンバー達。
その面々の中にはディープインパクト、オルフェーヴル、そして、日本を代表するウマ娘達の眼差しが向けられていた。
私が今、身につけている外套はルドルフ会長から貰った外套だ。
トレセン学園の生徒会長であり、皇帝の名を持つルドルフ会長からこれを譲り受けた意味を理解できない私ではない。
「……さて、それじゃ勝ってきますかね」
深く息を吐いた私はそう呟くとその場から立ち上がって、ゲートに向かう。
私の横に並ぶのは数あるレースを勝ち抜き、選ばれ抜いた精鋭のウマ娘達。
油断をすれば、すぐにやられてしまうだろう。もちろん、私は油断をするつもりは微塵もないですけどね。
ファンファーレが会場に鳴り響く中、私はゆっくりと飛び出す体勢、クラウチングスタートの構えを整えはじめる。
「さあ、ウマ娘達が全員体制が整いました。そして、今、菊花賞の幕が切って落とされますッ!」
勢いよく、目の前で開けるゲート。
私は足に力を込めて勢いよくそのゲートから飛び出した。
いよいよ、日本での三冠ウマ娘決定戦、菊花賞の幕が切って落とされようとしていた。