日欧ダブル三冠達成の祝勝会。
この日はたくさんのウマ娘がこの祝勝会に参加してくれました。
私が達成した偉業は、日本にいるどのウマ娘、トレーナーにも誇らしい偉業でした。
皆はパーティーで盛り上がりながら、ワイワイとにんじんジュースやら料理やらを食べています。
ですが、主役の私はというと、会場には行かずに、トレセンのサイボーグ坂路から夜空を眺めていました。
私の原点、この場所で私は欧州と日本で三冠をとる事ができたんだ。
「…………」
静かな夜の空をひとりで眺める私。
冬は綺麗な星空が見えていいですね、ちょっと肌寒いですけども。
最近、こうして、考え込む事が増えてきたように感じます。今更なんですがね。
すると、そんな私の背後からゆっくりとある人物が私の側に寄ってきた。
「主役がこんなところで何してるんだい?」
そう言いながら、サイボーグ坂路にやってきたのは義理母だ。
義理母はあの日、医者から私の体についての話を聞いてそれからずっと私に走る事もトレーニングする事も禁止させた。
それは私の身体を思っての事なんだろう、それは充分理解している。
義理母はゆっくりと私の隣に近寄ってくると、笑みを浮かべたままゆっくりと話をしはじめる。
「……身体の事、すまなかったね」
「……義理母……」
「ワシはトレーナーとして、もっとお前の身体に目をかけてやるべきだった。本当にすまん」
そう言いながら、義理母はゆっくりと私の頭を抱き寄せて撫でてくれました。
いや、それは私もわかっている。義理母は何も悪くなんてないんだ。
本当なら、弱っている身体を押してまで私のめちゃくちゃな目標に付き合う必要なんて無かった。
それを無理にまで治してこうして、私の三冠を見届けてくれたんだ。
「……義理母」
「……ワシの我儘にお前を付き合わせてしまった。人生の最後にお前がどこまで行くかを見届けておきたかったんだ」
私はその言葉に思わず胸が熱くなる。
義理母の身体が治ったのではない、義理母も私と一緒に戦っていたのだ。
義理母は真っ直ぐに私の方を見ると静かにこう告げる。
「……ガンが再発した。今度は取り除くのは不可能だそうだ」
一時は手術して、摘出は成功したが他の場所に転移していた。
おそらくはそういう事だろう、きっと義理母もそれがわかっていたが、私には今まで黙っていたのだ。
理由はわかっている。私が三冠に挑む間、私を動揺させないためだろう。
そんな弱音は一言も言わず、義理母は最後まで私に付き合ってくれた。
自分の娘がどれだけのウマ娘になるのかを見届ける為に。
「ワシは多分、来年の春の桜を見ることはもうできないだろう」
「…………」
「だが、最後の最後に良い夢をお前さんに見せてもらった……」
そう言いながら、義理母は何度も私の頭を撫でて優しくそう告げる。
私の目からは止めどなく涙が溢れ出てきて、止まりませんでした。
これまで、ずっと厳しいトレーニングばかりをしてきて、こんな言葉を義理母からは掛けてもらえることなんてなかった。
でも、その厳しさに愛があった事は私は誰よりも知っています。
「ワシの夢をも越えて叶えてくれた。ブルボンもお前さんもワシにとって最高のウマ娘だ」
義理母は優しくそう告げる。
私の夢をどこまでも厳しく応援してくれた義理母、だけれど、それに応えたくて、私も姉弟子も必死で毎日走った。
きっと姉弟子もこの事を知っていたのだろう。きっと同じくらい辛かっただろうに。
こんな状態の義理母を置いて、海外に戻るのがどれだけ辛いか私にも理解できる。
「……はいっ……。はいっ……ぐすっ……!」
「辛かっただろうになぁ、よう頑張ったお前さんは」
吐き捨てた弱音は数知れず。吐いた血反吐は無数にある。
だけど、頑張れたのは義理母が見ていてくれたからだ。姉弟子が隣で走ってくれていたからだ。
死ぬとわかっていた身体を無理矢理治療して、手術までした義理母。
そこまでして、義理母は最後まで私のレースをこの眼で見届ける事にこだわった。
死ぬ運命を私のためだけに先延ばしにしてくれたのである。
「……あぁ、本当。悔いの無い人生にしてもらったわい」
そう言いながら、義理母は静かに涙を流していた。
母親も父親も知らない私には義理母だけが唯一の母親だった。
確かに厳しい母親だったし、よく叱られもした。だけど、それ以上に私達のことを愛して接してくれたと思う。
どんな風になっても、私は義理母から教えてもらった事は忘れない。
「泣くな、アフトクラトラス」
「無理ですっ……! いや、嫌だお母さんっ!」
「いずれ子は親から離れていくもんじゃろうて、ん?」
もう大丈夫だと思っていたのに、私の走りだけじゃなくて義理母の命まで持っていってしまうのか。
こんな残酷な事があっていいのだろうか、私は止まらない涙を流しながら義理母の胸の中でずっと泣いていた。
それから、私は義理母と過ごす時間を大切にする事にしました。
もちろん、ミホノブルボンの姉弟子も海外レースが落ち着いてからは12月からこちらに帰って来てくれて、家族で過ごす時間が以前よりも増えたような気がします。
「今年の年間最優秀ウマ娘は海外、日本問わずに貴女でしょうね」
「そうですかね?」
「そうでしょう、愛三冠、仏三冠のウマ娘を菊花で倒したんです。実質的に貴女は今、世界最強のウマ娘と言っても過言ではありません」
そう言いながら、コタツで蜜柑を剥くミホノブルボンの姉弟子。
そして、剥き終わった蜜柑を皿に乗せるとゆっくりとベットで横になる義理母の元へと持っていく。
それを受け取った義理母は笑顔を浮かべながら姉弟子にこう告げた。
「すまんな、ブルボン」
「良いんです、お母さん謝らないでください。体調はどうですか?」
「おかげさまでな、お前達二人が居てくれるから元気が出る」
義理母のその言葉にミホノブルボンの姉弟子は笑みを浮かべる。
私はそんな義理母の姿を見ながら、胸が苦しくなった。
身体が以前よりも痩せて、前よりも覇気がなくなってしまっている様に感じる。食事も徐々にだが、喉を通らなくなってきているそうだ。
「お母さん、何かしたい事とかあったらなんでも言ってくださいね?」
「ん?」
「だって、この時間をもっと大切にしたいから」
そう言いながら、私もコタツから出るとベットで横になっている義理母の側に寄りながら笑みを浮かべる。
限られた時間はそんなに無い。
当たり前だと思っていたそれはいつ目の前から無くなるのかわからないのだ。
だからこそ、義理母が出来るだけ悔いがない様にしてあげたい。
しばらく考えた後に義理母はゆっくりと口を開くと私にこう告げてきた。
「そうさな、強いて言えば……」
「言えば?」
一通り考えた後に義理母は満面の笑みを浮かべながら私と姉弟子にこう告げ始めた。
それは、二人を育ててきた義理母が一番見たかった光景かもしれない。
生きている限りの中で、これだけは目に焼き付けておきたい事。
「お前達が年間表彰式に並んでいるところを目に焼き付けておきたいね」
「…………」
「義理母……」
そう、それは私とブルボンの姉弟子が揃ってトレセン学園の年間授賞式で表彰される姿だ。
私とブルボン先輩は互いに顔を見合わせると静かに頷く。
義理母が見たいと言うのであれば、それは、私達も見届けて欲しい。
貴女が残してくれた私達が、生きた証だから。
それから、私と姉弟子は無理をして頭を下げて年間授賞式に義理母を出席する様にトレセン学園に取り合ってもらい車椅子での出席を許可してもらった。
それから、12月の年間授賞式。
晴れやかなドレス姿のウマ娘達がズラりと揃う中、会場には人が溢れていた。
G1ウマ娘が勢揃いするこの年間行事にはやはり、さまざまな報道関係者もやってくるし、偉い人もたくさん足を運ぶ。
それは日本だけでなく海外の関係者もそうだ。
賑やかな会場はしばらくして、静まり返る。
それから、一人づつ次々と年間授与されるウマ娘達が名前を呼ばれていきはじめた。
「短距離部門! チームアンタレス! サクラバクシンオー!」
「おー!!」
「流石! バクシンオー先輩!」
私達は表彰される仲間を表彰台へ送り出しながら、笑顔で拍手で祝福する。
次々と名前を呼ばれる中で、次世代。つまり、来年期待のルーキーとしてディープインパクトもまた表彰台に上がっていた。
「欧州マイル部門。チームアンタレス、ミホノブルボン!」
「ステイヤー部門。チームアンタレス、ライスシャワー!」
そして、この二人も当然ながら、名前が呼ばれて壇上に上がる。
ライスシャワー先輩に関しては天皇賞(春)を制覇して、さらにステイヤーズステークスなども勝利。
日本の中での長距離レースならばメジロマックイーンさんとライスシャワー先輩が二強だろう。
ミホノブルボンの姉弟子はフューチャリティS、ドバイターフ、チャンピオンズマイル、安田記念などを制覇。
それからは、海外のG1のマイルレースを荒らしに荒らしまくり、欧州でのマイル部門で一位を取ってしまった。
相変わらず化け物である。
「シニア部門! チームリギル。ナリタブライアン!」
「シニアティアラ部門! チームアンタレス! メジロドーベル!」
それから、この二人も同じく授与。
私との約束を守り、ナリタブライアン先輩は海外のレースはもちろんのこと、天皇賞(秋)、ジャパンC、有馬記念を勝ちシニア三冠を達成。
同じく、メジロドーベル先輩はエリザベス女王杯を勝ったのももちろんだが、それまでにあったティアラ部門のレースもことごとく勝っている。
活躍を見れば、リギルとアンタレスが今年かなりの戦績を叩き出していることは目に見えて明らかであった。
この年間授与はトレセン学園でも日本でもかなりの注目度を誇る行事だ。
去年はなんやかんやで私も上がりましたがね。
そして、最後に年間最優秀ウマ娘の名前の発表がされる。
「年間最優秀ウマ娘。チームアンタレス。アフトクラトラス!」
私の名前が呼ばれて、席から立ち上がる私。
同時に周りからは割れんばかりの拍手が降り注ぐように贈られた。
私はゆっくりと表彰台の中央に立たされて、メダルと二つのトロフィーを贈られる。
それは、欧州三冠と日本三冠の記念トロフィーである。この年間授賞式には海外のトレーナーやウマ娘も足を運ぶ事は珍しくはない。
「どうぞ、ミホノブルボンさんとアフトクラトラスさんは中央にお並びください」
それから、私と姉弟子は中央で揃って並ばされ、周りからは盛大な拍手が贈られる。
姉妹がこうして恐るべき戦果を出して、年間授賞式に参加するのは非常に稀だ。
強いて言えば、以前ならビワハヤヒデとナリタブライアン先輩が並んだくらいだろうか?
何にしても、こういった風に堂々とトロフィーを引っ提げた私と姉弟子の姿はどうやらかなり絵になるらしい。
「では、今年の最優秀トレーナーを発表します。遠山トレーナーです! どうか皆様! 盛大な拍手でお迎えください!」
それから、呼ばれたのは私達の義理母の名前であった。
私と姉弟子の元に義理母は笑顔を浮かべたまま、車椅子をスピカのトレーナーさんに押してもらい、リギルの東条トレーナーが付き添ってくれていた。
壇上に上がった義理母はゆっくりと私達の姿を見ると優しい笑みを浮かべて、目に涙を浮かべていた。
それから、司会者からマイクを手渡された義理母は一言言って欲しいと言う事でゆっくりと口を開き話し始める。
「……えー、皆さま、本日はこの様な場所にお招き頂きありがとうございます」
義理母の言葉に静まり返る会場。
最優秀トレーナー、今までその様な称号とは無縁なスパルタトレーニングを突き通してきた義理母。
だが、義理母が歩んだ道は積み重ねてきた事はこうして華が開いた。
義理母はそんな自分が歩んだトレーナーとしての道について皆に語り始める。
「私の信条は皆様、ご存知の通りでしょうが『鍛えて、強くする』これが私の信条です。確かにこれまで、私についてこれなかったウマ娘もたくさん居ます。
ですが、ここに居るアンタレスの面々、そして、真ん中に居る二人は私の信条を信じついてきてくれました」
義理母の言葉に皆は静かに耳を傾けながら頷く。
そして、私と姉弟子は眼から出てくる涙を静かに拭いながら、義理母の言葉を黙って聞いていました。
辛いトレーニングも、積み重ねたものも、全ては義理母の教えから始まった。
「否定もされました。笑われもしました。馬鹿にされた事もあるでしょう。
ですが、私はどんなに弱くても、今、勝てないウマ娘が居たとしても、この信条を信じてくれるウマ娘がいるのならば、相応に応えてやりたいと思い己の信条を曲げず貫いてきました」
闘病で苦しむ身体で力強くスピーチをする義理母の言葉はその場にいるトレーナーやウマ娘達の胸を熱くする。
それから、義理母は満面の笑みを浮かべながら締め括るようにこう告げた。
「私は厳しいトレーナーではありましたが、同時に愛情も注いできたつもりです。
真の才能とは努力と継続力です、皆様、各々やり方はあるでしょうが、どうか、自分の信条を曲げず貫き通してください。
そして、その信条を信じてついて来てくれるウマ娘に寄り添って愛を持って接してください」
義理母の言葉はこれまで歩んできた自分の人生を振り返るような力強いスピーチでした。
悔いなく歩んできた己の人生の生き様を皆に示す様なそんなスピーチだった。
私と姉弟子は涙を流しながら、その言葉をずっしりと心で受けとってました。
スピーチを話していた義理母のその背中は私達にはとても大きく見えました。
「本日はご清聴頂き、どうもありがとうございました。私からは以上です」
静かに頭を下げる義理母に会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。
闘病を経て現場に復帰した不屈のトレーナー、その力強いトレーナーの最後になるであろうスピーチ。
どれだけ否定され、愚か者と言われようとも信念を貫いたプロフェッショナルがそこに居た。
年間授賞式が終わり、それから年が明けて、1月。
寒い寒い雪が降るなか、私達の義理母は眠るようにこの世を去った。
最後に私と姉弟子、アンタレスのチームメイト達が見届けた義理母の顔はとても満足そうに笑っている様に見えた。
その日、私は雪が降る中、義理母と過ごした坂路で涙を流しながら、独りで涙が枯れ果てるまで泣きじゃくっていた。