ライスシャワー先輩の二度目の天皇賞・春。
ステイヤーの脚質を持ったライスシャワー先輩の積み重ねた強さを存分に発揮するには最高の舞台です。
全員が準備運動とパドックを終えて、スタートラインに立つ。
もちろん、ライスシャワー先輩もその中にいた。
「さあ、春の訪れ。今年もこのレースがやってきました天皇賞春、今年はどんなレースを魅せてくれるのでしょうか、今、全員ゲートインです」
スタートラインに並ぶウマ娘達は一斉にスタートを待つ。
ファンファーレが響き渡る中、ライスシャワー先輩は静かに大きく深呼吸をして、ゲートが開くのを待っていた。
凄い集中力、このレースにかける気持ちは人一倍だからこそ、その意気込みがすごい事は理解できた。
「さあ、今スタートです!」
バンッ! という音と共に開くゲート。
ライスシャワー先輩はいつも通りに前につけようと勢いよくゲートから飛び出た。
それを見た実況は声を上げる。
「ライスシャワー先頭。先頭からいく」
スタートからの先行取り。
それを目の当たりにした私は目を見開く。完璧なコース取りだった。
ですが、差しに回っている今回、注目のウマ娘がもう一人。
「ステージチャンプが控えております。さて、ステイヤーとして完成された走りを見せてくれるのでしょうか」
そう、ステージチャンプさんだ。
ステイヤーとして、実績も上げてこの天皇賞・春に名乗りを上げたウマ娘。
先行をいくライスシャワー先輩をきっちりとマークした走りは見事だと褒めるほかない。
「意気込みすぎか? ライスの奴」
「あれは先行というか逃げに近いですね」
ナリタブライアン先輩の言葉に頷く私。
逃げに近い走り、気づけばライスシャワー先輩が先頭に躍り出ている。天皇賞・春の距離は3200m
そんな長い距離を逃げ切るなんて並大抵のスタミナじゃ難しい。
ホームストレッチを周り、いまだに先頭はライスシャワー先輩。
後ろからのプレッシャーも凄いだろう、そんな中、よくやっていると思います。
「中団が動き出したな」
「えぇ」
しかし、それを黙って見過ごすほど他のウマ娘達も甘くはない。
一気に中団が押し上げにかかってくる。差しの体勢を整える為だろう。
ライスシャワー先輩もそれをチラリと見て表情を曇らせていた。
「さあ! 最後の直線! 先頭はライスシャワー! ライスシャワーです! だが、中団から抜け出してくる! どうだ!」
かなり危ない賭けだ。普段なら前方のウマ娘の影に隠れるスリップストリームも使っていなかった為に体力の消費もある。
この直線勝負でどれだけ粘れるのか、それが勝負の分かれ目だろう。
必死で駆けるライスシャワー先輩。
その姿は美しく、思わず身体が震えてしまいます。
走れない自分の代わりに必ず勝つから。
その思いを背負って駆けるライスシャワー先輩の姿に自然と涙が流れてきます。
先頭は譲らずライスシャワー先輩、私はその姿を見て声を張り上げた。
「ライス先輩行けぇ!!」
「そのままいけっ!」
だが、後続もやってくる。ステージチャンプさんだ。
ライスシャワー先輩を差さんと、外から強襲、一気に間合いを詰めてくる。
残りは僅かの距離、だが、大丈夫、ライスシャワー先輩なら必ず勝てるッ!
「ライスシャワー先頭! だが、ステージチャンプが迫るッ! どうだっ! これは際どいか! どうだぁ!」
一気にゴールを駆け抜ける二人。
だが、僅かにほんの僅かにライスシャワー先輩の身体がゴールをきるのが早かった。
私はそれを見て、嫌な汗が流れる。
ステージチャンプさんが最後の最後で完全に捉えていたようなそんな気がした。
もうちょっと距離があれば、あれは完全に差されていただろう。
だが、僅かに……今回は僅かにライスシャワー先輩が逃げ切ったと思う。
「やったやったライスシャワーです! メジロマックイーンもミホノブルボンも喜んでいる事でしょう!」
その瞬間、会場からは割れんばかりの大歓声が巻き起こります。
今の今まで、ヒールだと言われていたライスシャワー先輩が観客にいる人達から勝利を歓迎された瞬間でした。
ライスシャワー先輩に向かい、観客達は称賛の声を投げかけます。
「すげーぞ! ライスシャワー!」
「かっこよかったぞぉ!」
これまで、ヒールとして扱われ、レースにも出たくないと思った事もあったライスシャワー先輩。
その言葉を投げかけられた瞬間、ライスシャワー先輩の瞳からは大粒の涙が溢れ出てきます。
長かった、三年間。どれだけ、嫌われようとも記録破りと罵られようとも彼女は前だけ向いてずっと走ってきました。
「……あ、……ありがとぅっ! ござひます……ッ!」
ライスシャワー先輩は会場にいる人達に涙を流しながら頭を下げてお礼を述べた。
それを見ていた私も思わず、瞳から涙が溢れ出て、気づけば目元を押さえていました。
ずっと、皆から認められたいと願っていたライスシャワー先輩の夢、それが叶った事が本当に自分の事のように嬉しかったから。
マックイーン先輩をライスシャワー先輩が負かしたあの日。
ブーイングを受けて悲しげな顔をしていた彼女の顔を私は知っています。
「……うっ……! ふぐっ……! よかった……! 本当に良かった……っ!」
「泣きすぎだ馬鹿」
そう言って、目元を押さえながら号泣する私の頭を優しく撫でるブライアン先輩。
私の思いと共に、ライスシャワー先輩は駆けてくれた。
共に笑い、共にきつい義理母の練習にも、マトさんの練習も乗り越えてきたかけがえのない人。
そんな人が勝って夢を叶える姿を見て、涙が出ないわけがありませんでした。
それから、ライスシャワー先輩はウイニングライブを行い、観客達に向かい、綺麗な歌声で素晴らしい歌を届けてくれました。
私も歌を歌うライスシャワー先輩の幸せそうな顔を見て、とても嬉しかったです。
それから、ライスシャワー先輩の勝利を祝しての祝勝会ももちろんありました。
「おめでとうライスゥ! 二連覇なんて大したもんだぞ!」
「ありがとう、皆のおかげだよ」
「今回の天皇賞春で人気もかなり出てきて、今後も楽しみね!」
美味しいご飯を食べながら、ワイワイと皆で盛り上がり、ライスシャワー先輩の勝利を祝います。
本当に皆から認められるまで長い道のりでしたが、私も自分の事のように嬉しかった。
ライスシャワー先輩もこれを機に、ブルボン先輩が待つBCに行けるというものですよ。
「これでとりあえずは海外レースにも……」
「あ、えっとね、その事なんだけど……」
ライスシャワー先輩はそう言うとにんじんジュースを机にゆっくりと置きながら、私の言葉を遮る。
天皇賞二連覇、これだけでも十分な実績なのに、別に海外レースに行くものだとばかり私は思っていたんだけども。
すると、ライスシャワー先輩はゆっくりと口を開きこう告げ始める。
「私、次は宝塚記念に出ようと思うの」
「え?」
「お、おい、ちょっと待てよ、天皇賞春を走ったばかりだぞお前」
皆もライスシャワー先輩の言葉に目を見開いていた。
宝塚記念、それは人気投票によって出走が決まるレース。そこにはかなり実力のあるウマ娘が勢揃いしている。
だが、私はその言葉に悪寒がした。いや、宝塚記念を走るのは悪いことなんかじゃない。
それとは別の何か、私は直感的にそれがダメだと本能的に思ってしまったのだ。
「ライス先輩、それはやめましょう? わざわざ宝塚記念を走らなくても……」
「皆がようやく私を応援してくれるようになってくれたんだもの、私はそれに応えたいの」
「ですが……」
私はそれ以上、ライスシャワー先輩に何かを言うことを躊躇った。
確かにライスシャワー先輩の気持ちもわかる。宝塚記念は多くの人気のあるウマ娘達が集まる。
その人達と戦いたいって言うのは納得できるし、ようやく皆から認められて推されてるのなら走りたいと思うのは普通だ。
「わかり……ました」
「うん、ありがとうアフちゃん。きっと勝つからっ!」
そう言って、今まで以上に嬉しそうな笑顔を見せるライスシャワー先輩に私は思わず頬を緩める。
そんな顔をされたら、走らないでくださいなんて言えるわけ無いじゃないですか。
私やファンの為に走るというライスシャワー先輩のその気持ちを私は止める事なんてできなかった。
「なんたって淀の刺客だからね! ライスシャワーは!」
「そうだな、しかし疲れは大丈夫なのか?」
「それは……、うんちょっと疲れてるけど大丈夫」
アグネスタキオン先輩の声に笑みを浮かべつつそう答えるライスシャワー先輩。
それから、しばらくして、スピカの人達も祝勝会に顔出しをしにやって来てくれました。
特にメジロマックイーン先輩は嬉しそうにライスシャワー先輩の手を握りながら満面の笑みを浮かべていました。
「おめでとう! ライスシャワー!」
「えへへ、ありがとうございますマックイーンさん」
「見事な走りでしたわ! 流石ねっ!」
前回の天皇賞では共にライバルとして戦った仲だからこそわかるあのレースの苛烈さ。
それを乗り越え、二連覇を達成したライスシャワー先輩、その成果は努力の結実だ。
その事をトレセン学園にいる皆は知っている。ライスシャワー先輩は私にとって今も変わらず憧れの先輩なのだ。
「さあ、今日は楽しみましょう? 貴女とはいろいろ話したい事もあったのよ」
「え? ……あ、あの……私あまり話は得意じゃなくて」
ライスシャワー先輩は苦笑いしながら、マックイーン先輩にそう告げる。
まあ、私とかブルボンの姉弟子とかは長年トレーニングを一緒にやってきた戦友というところもありますからね。
ライスシャワー先輩は割とコミュ障です。そんなところが可愛かったりするんですけども。
かつて、一人称が『ライス』と言ってたのをマトさんや義理母から『私』にせいと怒られた事から、無理矢理私になったとかいう話を聞いた時には思わず笑ってしまいましたね。
まあ、話は逸れてしまいましたが、マックイーン先輩から絡まれてるそれはヤンキーから連れ出されるか弱い少女に見えるのはきっと気のせいではないでしょう。
ウチの可愛い先輩をカツアゲしないでくださいマックイーンさん。
多分、そんなことを言ったら私が怒られそうなんで敢えて黙っておきます。
「良いから良いから」
「ひぇ〜」
そう言いながら、マックイーン先輩に連れて行かれるライスシャワー先輩を微笑ましく笑いながら見届ける皆。
私もそんな嬉しそうな二人を見て思わず頬が緩んでしまいます。
この時はまだ、私は気付いてはいませんでした。
ライスシャワー先輩に及んでいるその変化に。
まさか、私のウマ娘としての生き方を大きく変えた、あの出来事が起きるなんてこの時は思いもしていなかったのです。