あれから、宝塚記念に向けてライスシャワー先輩のトレーニングが始まりました。
天皇賞・春が終わったというのにファンの期待に応えるために出ることを決めた宝塚記念。
私もそんなライスシャワー先輩の力添えができればとサポートをしながら、彼女のトレーニングに付き添いました。
「ライス先輩、ちょっと休みましょう?」
「はぁ……はぁ……。ありがとうアフちゃん」
流石に3200mという距離のレースを走った後だけに疲労が見えます。
この状態で果たして、宝塚を走るのは本当に吉なんでしょうか。
私はタオルと飲料水をライス先輩に渡してゆっくりと隣に腰を下ろします。
「ライス先輩、なんでそこまでするんですか?」
「……ん?」
「別に休んでも良いんですよ、そんな無理をしてまで出るレースなんかじゃないじゃないですか」
私は飲料水を飲むライスシャワー先輩にそう告げる。
そう、別に走らなくてもライスシャワー先輩は十分に頑張った。
次は秋のレースに向けて調整すれば良い話なのだ。わざわざ、宝塚記念にそこまで拘る理由がよくわからない。
すると、飲料水を飲み終えたライス先輩はゆっくりと口を開きこう告げ始める。
「……アフちゃんの走りを見ちゃったからかな」
「私の?」
「うん、アフちゃんの」
そう言って、笑顔を浮かべるライスシャワー先輩。
私の走りを見たから、それが理由と言い切るライス先輩だが、何故、それが宝塚記念に拘る理由なのかイマイチ理解できない。
そんな私にライス先輩は話を続ける。
「アフちゃんはね、約束を必ず守るでしょう?」
「……え?」
「そう、私が天皇賞でマックイーンさんに勝った時。アフちゃんは私を庇ってくれた。ファンの人達と喧嘩してまでね」
ライスシャワー先輩は遠くを見ながら思い出すように淡々と話す。
天皇賞・春を初めてライスシャワー先輩が勝った時、彼女に送られたのは賞賛ではなくブーイングに近いような言葉だった。
私はそれが許せなかったし、だからこそ、咄嗟に啖呵をきるように凱旋門を取ると言い放ってしまった。
「あの言い放った約束をアフちゃんは果たしてくれた。ファンだけじゃない、私の想いまで背負ってくれて」
「それは……。あれは勢いで……」
「それでも私は嬉しかったんだ。アフちゃんのおかげで私も認めさせてやるんだって思えたの」
そう言って満面の笑みを浮かべるライスシャワー先輩。
今回の天皇賞・春でそのファン達を含め皆にその実力を認めさせたライスシャワー先輩。
今まで勝つ事を期待されていなかったウマ娘がようやく勝つ事を望まれるようになった。
ライスシャワー先輩はその期待に応えたい、皆がようやく自分に勝って欲しいレースに推してくれている。
走る理由はライスシャワー先輩にとってそれだけでよかったのだ。
「次も必ず勝って期待に応えてみせるっ! そして、ブルボンちゃんとアメリカで……!」
「ライス先輩……」
「私は負けないよ、アフちゃんの為にも皆の為にも」
ライスシャワー先輩はそう覚悟を決めた眼差しで言い切って見せた。
私はその言葉に何も言い返すことなんてできない。
ウマ娘として生まれたからには、勝ちたいと誰しも思う、誰よりも速く、誰よりも強くなりたいと願う。
義理母もよく言っていた。だからこそ、私達は血の滲むようなトレーニングをいつもしてきたのだ。
「……付き合いますよ、ライス先輩」
「アフちゃん……」
「だって、私はそんなライス先輩が大好きですから」
大好きなライスシャワー先輩。
ミホノブルボンの姉弟子と同じように家族の様に私は思っている。彼女達が居たから私は強くなれた。
私の目標であり、今もなお、それは変わらない。
「うん! さぁーて! がんばるぞっ!」
「はい!」
その場から立ち上がるライスシャワー先輩に私も笑みを浮かべながら立ち上がる。
来るべき宝塚記念、それに向けて、しっかりとトレーニングを積む為に。
それから、数週間後。
ライスシャワー先輩は来るべき宝塚記念を迎える事ができた。
人気はなんと驚く事に一番人気である。
数々のウマ娘を抑えて、ライスシャワー先輩がこの年の宝塚記念の一位に選ばれたのだ。
「凄いじゃないですかっ! ライスシャワー先輩!」
「流石! 天皇賞二連覇は伊達じゃないですね!」
「ふふ、ありがとう、ドゥラちゃん、アフちゃん」
私達は当日を迎えたライスシャワー先輩に嬉しそうにそう告げた。
ライスシャワー先輩の実力をこうして皆が認めてくれた事が何よりも嬉しかった。
自慢の先輩、私も誇らしく思う。
「じゃあ、そろそろ時間だから……行くね」
「はい!」
「頑張れよー! ライスシャワー!」
「頑張ってくださいねっ!」
アンタレスの皆も、宝塚記念に選出されたライスシャワー先輩を快く送り出す様に声を掛ける。
同じチームで苦楽を共にしたからこそ、ライスシャワー先輩の努力を皆が理解している。
だからこそ、皆はライスシャワー先輩が宝塚で勝つ事を祈っていた。
「アフちゃん」
「はい?」
そう言って、手招きしてくるライスシャワー先輩。
私は首を傾げながら、ゆっくりとライスシャワー先輩に近寄る。
すると、ライスシャワー先輩は私におでこをコツンとくっつけて、嬉しそうに笑いながらこう告げてきた。
「勝ってくるねっ!」
「……はいっ!」
ライスシャワー先輩のその言葉に笑顔で答える私。
ライスシャワー先輩なら必ず宝塚記念を勝ってくれる。だって、あれだけ練習してトレーニングしてきたんですからね。
きっと人一倍、このレースにかける想いは強い筈だ。
ファンの期待と想いも背負って走るって言ってましたからね。
それから、ライスシャワー先輩を見送った後、私は観客席の最前列から宝塚記念を皆と並んで共に見守る事にした。
スタートが揃い、ファンファーレが鳴り響く。
ゲートに入ったウマ娘達が一斉に走る体勢を整えた。
「16番ライスシャワー、今回宝塚記念で1番人気に推されております。さあ、今回、その期待に応える事ができるのでしょうか、各ウマ娘。体制が整いました」
そして、バンッ! という音と共に一斉に開くゲート。
ライスシャワー先輩はいつも通りに勢いよく飛び出し、素晴らしい位置取りを見せつけてくれます。
それを見た私達は互いにガッツポーズをします。これなら良いレース運びができそうだ。
「よしっ! 上手い!」
「これなら、良いペースで走れるわ!」
「ええ!」
メジロドーベル先輩の言葉に頷く私。
スタートはバクシンオー先輩とかなり練習してましたからね! ライスシャワー先輩は!
短距離を得意とするウマ娘はスタートが勝負です。その事から基本的にスタートを意識しているバクシンオー先輩との瞬発力をつけるトレーニングが見事に生かされてましたね。
それからは、順当なレース運びでライスシャワー先輩も好位置をキープしていました。
「よし、このまま最終コーナーさえいければ」
勝てる、間違いなくライスシャワー先輩の力強い伸び足ならきっと先頭を捉えられる筈。
私はその事を確信していました。
きっと、レースを走っていたライスシャワー先輩もそう思っていたに違いありません。
(……これなら、きっと!)
ファンの期待に応える事ができる。
私は観客席で観ている皆をふと、見ながらそう思っていた。
身体を壊して、走れなくなったアフちゃんの想いも皆の想いも背負って、勝って見せるんだとそう思ってこの宝塚記念に挑んだ。
天皇賞を勝って、ようやく皆に認められた。
だから、その期待に私は応えたいって。
そう、思っていたその時だった。
第3コーナー、私はそこでスピードを上げるべく力を足に込めた。
しかし、力が入らない。そして、次第に地面が近くなっていく感覚に襲われた。
崩れ落ちていく膝、身体が言うことを聞かない。
なんで、私はまだ……。
その光景を観客席から、目の当たりにした私は全身から一気に血の気が引いていくのを感じた。
その瞬間、会場から悲鳴が上がる。
「おっと! ライスシャワー! ライスシャワーどうしたっ! ラ……ライスシャワーッ! ライスシャワーに故障発生ッ!」
会場に響き渡るアナウンサーの声、その場に居た全員が一気に凍りついた。
ライスシャワー先輩が故障、その言葉を聞いた途端に既に私の身体は動き出していた。
そんなのはダメだッ! だって! ライスシャワー先輩は姉弟子とアメリカで戦うと言ってたんだっ!
私は思わず身体を乗り出して、気がつけばレース会場に乗り込んでいた。
様子がおかしくなったライスシャワー先輩は第3コーナー付近で転倒し、二転三転と転がるとそのまま倒れてしまった。
「アフッ!」
「アフちゃんッ!」
私は皆の静止を振り切り、なりふり構わずライスシャワー先輩の元へ走る。
走るなと言われていたが関係ない、そんな事は今の私には関係なかった。私は眼から出てくる涙を拭きとりながら、一心不乱に走る。
私は頭が真っ白になったまま全力でレース中に倒れたライスシャワー先輩の元へと駆けた。
「早く担架を持ってこいッ! おい! 私は会長のとこにすぐに行くッ!」
「……あっ……あぁ……!」
「ドーベルッ! しっかりしろっ!」
目の前で起きた事故にメジロドーベルさんは動揺して、顔が真っ青になっています。
大画面にはライスシャワー先輩の様子が映し出されており、その痛々しい光景に皆言葉を失っていました。
だが、このまま何もしなければより最悪な事態を招く事になる。すぐに動いたのはタキオン先輩とナリタブライアン先輩でした。
「私が容体を見てくるッ」
「すまんタキオン! 頼んだッ!」
あまりの出来事に会場は騒然となった会場。
見たことのない様な混乱と騒めき、レースを見ていたルドルフ会長もそのあまりにも凄惨な光景に言葉を失っている。
すぐにライスシャワー先輩の元にたどり着いた私は、ライスシャワー先輩の小さな身体に手を添えて声を掛ける。
「ライス先輩ッ! 先輩ッ!」
「……アフ……ちゃん?」
「えぇ! そう……! そうですよっ! ……っ!」
血が頭から出て、小さく声を上げる痛々しいライスシャワー先輩に私は涙を流しながら頷く。
こんな小さな身体であれだけ頑張って来たのにどうしてこんな……。
目から出てくる涙が止まらない、胸が締め付けられるように痛い。
「……大丈夫ですから……ね?」
「れ、……レース、走らないと……」
「ライス先輩!? だめです! 今動いたらッ!」
そして、それでもなお、走ろうと起き上がろうとするライスシャワー先輩を私は静止する。
血も出てるし、身体はボロボロ、これ以上走るなんて到底できるわけが無い。流血もしているしこれ以上は危ない事は目に見えて明らかだった。
それでもなお、ライスシャワー先輩は宝塚のゴールを目指さんとしていた。それは、応援してくれる皆に応えるため。
自分を信じてくれた。仲間たちやファンの為に最後まで走ろうと足掻いていたのだ。
「お願いですッ! お願いだからっ……」
「アフちゃん……」
私はそんな気高いライスシャワー先輩の小さな身体を優しく抱きしめます。
これ以上、走らないように、もう、こんなになってまで駆けないように私は優しくライスシャワー先輩を抱きしめました。
それから、ライスシャワー先輩は意識を手放すように静かに目を閉じます。
そこに、タキオン先輩が駆けつけ、ライスシャワー先輩の容体を確認しはじめました。
タキオン先輩は非常に深刻な表情を浮かべ、こう告げて来ます。
「これはかなりヤバいな……」
「ライス先輩はっ! ライス先輩助かりますよねっ!」
「………………」
タキオン先輩から返って来たのは沈黙だった。
私は涙を流しながら、必死に縋り付くようにタキオン先輩に何度もお願いする様に声を上げます。
「お願いですっ! お願いですから……っ! ライス先輩を助けてくださいッ……うぅっ……」
「アフ……」
タキオン先輩は私の姿を見て悲しげな表情を浮かべていました。
そして、タキオン先輩はすぐさま横たわるライスシャワー先輩に近寄るとゆっくりと持ち歩いている器具を取り出す。
見た限りでは医療器具のようだ。
「とりあえず応急処置だけだ。すぐに救急車が来る」
そう言って、タキオン先輩は止血を含めてライスシャワー先輩にその場で治療をしはじめた。
脚を含めた治療のようだが、正直どこまで効果があるかわからないというのがタキオン先輩からの意見であった。
レース会場は慌ただしい様子で観客達は信じられない様なものを見たように唖然としていた。
中にはライスシャワー先輩の痛々しい姿を見て号泣している者さえいる。
「……救急車を呼んできたッ! 早く乗せるぞ!」
そう言って、血相を変えて飛んできたナリタブライアン先輩は応急処置を施すタキオン先輩にそう告げる。
担架に乗せられたライスシャワー先輩は意識が無いまま、ゆっくりと救急車へ乗せられた。
私もその救急車に同席し、ナリタブライアン先輩もタキオン先輩も一緒に乗ってくれました。
「大丈夫だ、アフ。きっとライスは大丈夫だから」
「……うっ……うぅ……うわぁぁぁぁぁ!!」
私は隣に座るナリタブライアン先輩の胸の中で大粒の涙を流しながら、声を上げた。
何故、皆のために想いを背負って走ったはずのライス先輩がこんな目に遭わなくてはいけないのか。
あまりにも残酷すぎる。言葉にできない。
「こんな怪我までして、走ろうとするなんて……っ。……馬鹿野郎ッ」
ナリタブライアン先輩も力なく横たわり酸素マスクをつけているライスシャワー先輩に涙を流しながらそう告げる。
意識がないライスシャワー先輩はそれから、病院に運ばれてすぐに緊急手術を行う事になった。
宝塚記念、ライスシャワー先輩が運び出された後のそのレース会場では、このようなアナウンスが流れる。
「16番……。ライスシャワー、故障発生につき競争中止です、もう一度、皆様にお知らせ致します。
16番ライスシャワー、故障発生につき競争中止となりました……」
会場に響き渡るその声に皆は静かに沈黙していた。
彼女を知るウマ娘はその光景に言葉を失い、また、同時に悲しむ者もたくさん居た。
レース場には恐らく、ライスシャワー先輩の血の跡がターフに刻まれるように残っている。
淀の刺客、ライスシャワー。
彼女の悲報はこの日、日本中を駆け巡った。