ライスシャワー先輩が運ばれた集中治療室の前。
私は茫然としたまま、抜け殻のようになっていた。
ライスシャワー先輩が宝塚記念を走る前に見せてくれた笑顔が頭から離れない。
そして、その集中治療室の前にはアンタレスの皆がライスシャワー先輩の無事を祈って待機をしていた。
「……はぁ……はぁ……ライスさんはっ!」
「…………」
やってきたメジロマックイーンさんは血相を変えて集中治療室の前にいる人達に問いかける。
集中治療室の前にいるのは、ライスシャワー先輩と馴染みが深い人たちばかりだ。
すると、ナリタブライアン先輩はゆっくりと立ち上がり、静かな声色でこう告げはじめた。
「まだ治療中だ。……だが、怪我は」
「かなり深刻、だった」
「……ッ!」
その言葉を聞いて言葉を失ったように涙を流しながら口元を押さえるマックイーン先輩。
ここにいる誰しもが、ライスシャワー先輩の事を知っている。彼女がどんなウマ娘だったのか理解している。
だからこそ、皆、彼女がまた元気で姿を現してくれる事を願っているのだ。
しばらくして、病室から医者が出てくる。
アンタレスの皆は立ち上がり、私は医者に近寄るとこう問いかけた。
「ライス先輩は……」
「………………」
医師から返って来たのは沈黙だった。
あの大事故に大怪我、普通なら命を落としてもおかしくはない。
辛うじて、病院まで持ったのは私とタキオン先輩の応急処置があったからだ。
手術を行った医師はしばらくして大きな深呼吸をすると、私達に向かいゆっくりと口を開き話しをしはじめる。
「……命は助かりました……ただ……」
「……ただ?」
「意識が戻りません、頭を強く打ったからでしょうが。……それに脚は」
その言葉を聞いて私はその場でドサリと崩れ落ちる。
命は無事だった、それは幸いでした。ですが、意識が戻らず、気を失ったままの昏睡状態。
そして、脚は骨折していて、その損傷も大変だったという事であった。
医者が言うにはいつ意識が戻るかもわからない上に復帰は非常に難しくなるというのが見解だ。
「……アフ……」
「………………」
私の頭の中では、レースの前に向けてくれたライスシャワー先輩の笑顔がずっと頭から離れなかった。
あんなに努力したのに、どうして、こんな目にライスシャワー先輩が遭わなくてはいけないのか。
私は静かに肩を震わせて己の拳を力強く握りしめる。
悔しくて仕方がなかった。
それから、治療を終えたライスシャワー先輩は病室へ移され、静かに目を瞑っている。
病室には、アンタレスをはじめ、スピカの皆やリギル、そして、マックイーン先輩が居た。
変わり果てたライスシャワー先輩に寄り添うようにそっと手を握るマックイーン先輩。
「私とブルボンさんとの決着……、まだついてないでしょう……」
そう言いながら、寝ているライスシャワー先輩の頬をそっと撫でるメジロマックイーン先輩。
その眼からは静かに涙が溢れ出ていた。
そして、病室へ慌てたように入ってきたのはトレーナーのマトさんだった。
彼は息を切らしながら、ゆっくりと横になっているライスシャワー先輩に近寄っていく。
「はぁ……はぁ……ライス……お前……」
「マトさん……」
力なくフラフラと歩くマトさんはドサリとベットの横に膝をつくと大粒の涙を流しながら手を握る。
そう、マトさんにとってライスシャワー先輩は戦友だった。
トレーナーとして厳しく接してきたが、義理母と同じようにマトさんもライスシャワー先輩に愛情を持って指導していた。
マトさんにとってはライスシャワー先輩は大事な娘のようなものだ。
そして、辛い時も勝てない時も寄り添って、共に勝利を目指した戦友だ。
「なんて顔で寝てやがるっ……うぅ……!」
マトさんが手を握り涙を流すその光景を目の当たりにした皆が顔を逸らし、ライスシャワー先輩を思い涙を流していた。
誰もがライスシャワー先輩を応援していた。
ヒールと言われようとも、いつか皆に認めてもらうのだとひたすら努力する姿を皆見ていたから。
血を滲むような努力を積み重ね、マトさんと挑んだ天皇賞春。
マックイーンさんを倒すためだけに2人は一心不乱にトレーニングを積み重ねた。
その事がマトさんにとってはかけがえのない誇りでもあったのだ。
それから、しばらくして、手術を行った医師からは最早、予後不良として安楽死をさせるという提案も出てきた。
「お気の毒ですが……。この方法が……」
「……ッ!」
私はその瞬間、その医師に掴みかかった。
安楽死させるなんて絶対に許さない、私は断固としてそれに反対だった。
ウマ娘として走れなくなり、このまま意識を覚さなければと考えればと思ったのだろうが、私からしてみたらそんな事知った事じゃない。
それを目の当たりにしていたウマ娘達は私を羽交い締めにして静止させる。
「アフちゃんッ!」
「ふざけんなァ! 指一本でも触れてみろッ! ぶっ飛ばしてやるッ!」
涙を流しながら、私は声を荒げて医者にそう言い放つ。
ライスシャワー先輩を死なすなんて絶対に許さない。
私のこの抗議を聞いていた皆も同様にライスシャワー先輩の安楽死に関して、全員反対してくれた。
だって、まだ寝ているだけだから。
きっと、ライスシャワー先輩は起きてきてくれるって私は信じているから。
それは、ここにいる皆だってそうだ。
目が覚めないライスシャワー先輩、周りにいる皆は、今回の宝塚の出来事にそれぞれ、心に深い傷を負っていた。
それから、数日後。
日本ではライスシャワー先輩の話題で持ちきりでした。
魔の第3コーナーで起きた悲劇、この出来事はすぐさまある人の元にも届けられる事になった。
それは、海外でレースを繰り広げていたミホノブルボンの姉弟子です。
ライスシャワー先輩の悲報を海外のレース場で聞いた姉弟子は唖然とした表情を浮かべ、電話から聞こえてくる話に耳を傾けていた。
「……な、何を馬鹿な……。そんな事……」
「おい、ブルボンどうした?」
そんな、焦燥しきっているミホノブルボンの姉弟子に声をかけるコジマトレーナー。
だが、その声はもはや、姉弟子の耳には届いていなかった。
ライスシャワー先輩と過ごした時間は姉弟子にとって特別だ。盟友でもあり、家族、そんな彼女の悲報は姉弟子にはあまりにも衝撃的だった。
「……帰国します」
「おい! ブルボン……! 何があったんだ!」
「ライスシャワーが……っ。 宝塚記念で故障を……っ!」
「なんだと!?」
涙を流しながら、震える声でそう告げる姉弟子の言葉に驚きの声を上げるコジマトレーナー。
急遽、決まっていた海外のG1レースを取りやめて、姉弟子はすぐに帰国する事にしました。
すぐに帰国したミホノブルボンの姉弟子はその足でライスシャワー先輩が運ばれた病室に向かいました。
そこには、ベッドの上で静かに眠るライスシャワー先輩が横たわっています。
「ライス……シャワー……」
ドサリと持って来たバッグを地面に落として茫然とする姉弟子。
目の前にいるかつて自分を倒したはずの強敵、そして、親愛なる友人の変わり果てた姿に言葉を失っていました。
病室でライスシャワー先輩に寄り添う私は涙を目に浮かべながらやってきた姉弟子にこう告げます。
「……姉弟子……ライス先輩は……」
「……っ」
その言葉で全てを察したミホノブルボンの姉弟子はフラフラとした足取りでライスシャワー先輩が横たわるベッドに手をつきます。
よほど急いで帰ってきたのでしょう、身体も疲れているはずなのにも関わらず、ミホノブルボンの姉弟子は訴えかけるようにライスシャワー先輩に声を上げます。
「こんなところでっ……なんで寝ているんですかっ……貴女はッ」
溢れ出る涙を流しながら縋るようにライスシャワー先輩に告げるミホノブルボンの姉弟子。
菊花賞で負けたあの日から、いつか、ライスシャワー先輩ともう一度戦いたいと願い、誓いを立てたはずなのに。
「……私との約束もまだ果たしていないでしょうっ! この馬鹿ッ!」
ミホノブルボンの姉弟子は悔しさからか、下唇を噛み締め、大粒の涙をこぼしていました。
義理母が亡くなり、私の身体の異変があり、そして、今回はライスシャワー先輩が……。
あまりにも残酷で、自分の家族が次々と自分の周りから居なくなっていく。
それは、ミホノブルボンの姉弟子にとって、己の魂を削られるような思いであった。
私は静かにその場から立ち上がるとゆっくりと病室の扉を開いてその場を後にする。
今はあの2人だけにした方が良いとそう思ったからだ。
それから、私は雨が降る中、病院から少し離れた桜が散る並木道を歩く。
この並木道は私がトレセン学院に転入したばかりの時によくライスシャワー先輩とランニングしたコースだ。
そう言えば、雨といえば、大雪が降る日にトレーニングしにも行きましたね。
あの時は雪だらけになって、馬鹿かってオカさんに言われましたっけ。
そんな懐かしいことをふと、私は思い返す。
「……ライスシャワー先輩……」
私は自然と静かに愛すべき先輩の名前を口にだした。
彼女は私に言った。私の想いもファンの想いも皆の想いを背負って走ると。
だからこそ、転倒してもなお、走るのを止めようとはしなかった。
それだけ、彼女は勝ちたいと思い、自分だけで無く皆の喜ぶ顔を見たいと心から願っていたんだ。
走れない私の代わりにライスシャワー先輩は走ってくれた。
だったら次は……。
「……私が……。私がライスシャワー先輩の分まで走らないと」
意識を覚さない、ライスシャワー先輩の分まで私が走る。
ライスシャワー先輩もきっと、今、戦っている筈だ。
だったら、私はその分も走って、ライスシャワー先輩の想いを引き継ぎたい。
そして、私は、私自身の約束を果たさなくちゃいけない。
私はライスシャワー先輩の自慢の後輩だから。
「…………」
私はライスシャワー先輩を思いながら、雨の中が降る中、ずぶ濡れになりながらゆっくりと歩く。
ずっと、私の側にいてくれた人の為に私は駆ける。
ライスシャワー先輩がもし、目を覚まして起きた時に私が勝っている姿を見て喜んでるところが見たいから。
私は諦めたりなんかしない、きっとライスシャワー先輩は目を覚ましてくれる。
「見ていてください……。義理母、ライスシャワー先輩……」
私は静かな声色で覚悟を決めたようにそう呟く。
この日、私は決心を固めた。
全ては、皆の想いとライスシャワー先輩、そして、己の約束を果たす為に再び駆ける事を、いつか、ライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩に勝つまでは私は負けない。
私はここに居ると、ライスシャワー先輩に教えてあげるんだ。
私は雨の中をゆっくりと歩きながら、トレセン学院へと帰っていく。
止むことなく降り注ぐその雨はまるで、皆の心の中のように私には思えた。
その日、雨の中を歩いていく1人のウマ娘の姿が、ウマ娘達の間で目撃された。
そのウマ娘の周りには、何か鬼気迫るような黒い何かが渦巻いていたという話であった。