それから、私はあくる日もトレーニングに励んだ。
そう、再びレースに勝ち、自分を証明する為に。
医師からは止められている。だが、それ以上に私には走るべき意味を見つけだしてしまった。
「はぁ……はぁ……」
まずは、手始めに天皇賞・秋。
秋の盾を取りに行く、その為に今から身体を作って備えておかないといけない。
その天皇賞・秋に向けてのトレーニングやこれから先のトレーニングについて、専属のトレーナーが私には必要だった。
だから、私はオカさんを無理矢理、強引に説得してお願いした。
勿論、これは、当然の如くオカさんは私が走ることに関して反対だった。
馬鹿げていると、ライスシャワーの事があったからといって、お前は少しばかり感情的になっているのだとも言われた。
確かにそうかもしれない、だけど、私には譲れないものがあった。
「……栄光の為に」
「……なんだと」
「私は勝つ事しか考えていません。ライスシャワー先輩の為、そして、自分の為に私は命を賭して走ります」
私は真っ直ぐにオカさんの目を見つめてそう言い切った。
勝つ事で見える景色がある。それを教えてくれたのは義理母であり、ルドルフ会長であり、そして、世界で戦ってきた猛者達やライバル達だ。
私は常に勝ってきた。これは、慢心なんかじゃない、私は勝つ為に生まれてきたからだ。
ルドルフ会長もナリタブライアン先輩もそうだ、これまでの三冠を制覇してきたウマ娘達は常に勝者として生きてきた。
その為に走る理由が私にはある。
義理母が亡くなったあの日から、私はずっと考えてきた。
走ることをやめた今の私とずっと自問自答を繰り返してきたのだ。
「それだけの覚悟を決めてきたのか?」
「はい」
「その道を行けば引き返せないぞ、それでもか?」
「はいッ!」
私は強い眼差しでオカさんの目を見つめたまま、力強く頷いた。
どんなウマ娘が相手だろうが薙ぎ倒す、必ず勝ち続けると私は決めた。
決めたからにはそれを口だけで終わらせるつもりなんてない。何故なら、私は交わした約束は必ず守ってきたから。
オカさんは表情を曇らせながら、しばらく考え込む。
「……通院だけはしろ、それが条件だ」
「!? ……なら!」
「あぁ、お前さんのトレーニングに付き合ってやる」
オカさんの言葉に私は目を見開き、思わず笑みが溢れる。
オカさんも今の私のトレーニングを指導する事に様々な葛藤がある中で、承諾してくれた。
本当なら、私のトレーニングを無理矢理でもさせずに止めるところだというのに。
それは、きっとオカさんが止めても私は勝手に一人でトレーニングをして、レースに出てしまうと感じたからなんだろうけれど。
「指導するからにはビシバシ行くぞ」
「はいっ!」
そこから、私はオカさんをトレーナーに迎えて秋に向けてトレーニングを積み重ねることにした。
凱旋門を取った時の状態に完全に戻す為に効率よく無駄のないトレーニングに取り組んだ。
身体に負荷をかけすぎてオーバートレーニングにならないようにしながらも、そのオカさんからの指導はかなりハードな内容。
義理母のトレーニングにアレンジを加えて、さらに洗練したものを私は秋まで行った。
それから数ヶ月後。
秋のG1シーズン、この時期、私は再び邁進する事になる。
まずは手始めにと決めた天皇賞・秋。
圧倒的一番人気で推される中、対抗のウマ娘にはゼンノロブロイちゃんとダンスインザムードさん。
身体を秋までに仕上げてきた私はこの二人を相手に復帰戦として、圧倒的な強さを見せつける事になる。
「アフトクラトラス先頭ッ! アフトクラトラス先頭ッ! その差は3身差ッ! 強い! 後続も食い下がるがどうだッ!」
天皇賞・秋の舞台で観客達の前を物凄い勢いで駆けていく私。
その姿を目の当たりにしていた観客達は何も言葉が出て来なかった。
強い、その言葉に尽きる。他に表現する言葉が見つからない。
「ゼンノロブロイが詰めてくる! だがアフトクラトラスがさらに離したッ! 今ゴールイン! 他のウマ娘を一切寄せ付けない強さッ! 魔王の再始動だァ!」
レースを勝った私は、それから、観客席にいる人達にお礼のように静かに頭を下げると足速にその場から立ち去っていく。
勝った後のウイニングライブは私は行わず、他のウマ娘を代役として出てもらう事にした。
別にウイニングライブに出たくないわけじゃない、私も皆の前で感謝は伝えたい気持ちはある。
今まではふざけて、ウイニングライブなんかをして私も楽しんでた部分はありましたが、今回はそういう訳にはいかなくなってしまった。
「身体の調子はどうだ?」
「えぇ、問題ありません」
私はオカさんに脚の状態や身体の状態を確認しながら、笑みを浮かべそう告げる。
身体の負担を出来るだけ減らす為、ウイニングライブを切ることをオカさんと相談して決めた。
次のレースを勝つ事に視野を向けて、その為に私はそこに力を注ぎ込む事にしたのだ。
その事を理解しているのは一部の関係者と身内だけ、仲のいい人達もそうですけどね。
一般の方からしてみたら、ウイニングライブに出てこない私をふざけんなって思う人も中にはいるかもしれませんけど。
「……お前が選んだ道だ」
「えぇ」
「引き返すか?」
「何を今更」
私はオカさんの言葉に苦笑いを浮かべてそう告げる。
レースに勝って当然、私はもはやそういう立場だ。
私が勝つ事を面白くないと思う人もいるでしょう。
だって、私が勝ってもウイニングライブに出てこないですからね。
私が再び走る事を決めた時も周りからは大反対を受けました。
当たり前ですよね、身体に何かあったらと考えたら私も止めます。
ですが、覚悟を決めた私の姿を見たドゥラちゃん、ドーベルさんやブライアン先輩、そして、ブルボンの姉弟子も私をそれ以上、反対することはありませんでした。
それは、私が止まらないという事を皆、察したからでしょう。
それから、私は秋のシーズンのG1を三連勝で飾り、シニア三冠を達成。
絶対的な強さを示した私を彼らは次第にこう呼ぶようになってきました。
慈悲の無い魔王だと。
確かに強すぎるウマ娘がいれば、レースが退屈だと思われても致し方ないかもしれません。
その強さから、以前は凱旋門を勝った日本の誇りという立場から、次第にそういう風な悪役的な立場に代わっていったのです。
「……ぐっ……うっ……」
「大丈夫か? 薬を飲め」
私はレースや練習後にこうして病院から頂いた薬を飲みながら、何とかやり過ごしてきました。
オカさんとの約束通り、病院にはちゃんと通院だけはしています。合間を縫ってですけどね。
秋のシーズンが始まり、天皇賞・秋を走る前、私はあるニュースを目の当たりにしていた。
それは今年の三冠レースについてだ。三冠レースを取るというのはそれだけでもかなりの価値がある。
皐月賞、ダービー、菊花賞。
私も走ったこの三冠を成し遂げたウマ娘、ルドルフ会長やナリタブライアン先輩、そして、これまでの歴代のウマ娘達もこの偉業を成し遂げたのは一握りしかいない。
「……やはりディープインパクトが三冠ウマ娘か」
「でしょうね」
私はわかっていたとばかりに薬を飲んだ後に水を流し込んだコップを机に置きながら、そのオカさんの言葉に笑みを溢す。
英雄、ディープインパクト。三冠達成。魔王を倒す英雄になり得るか?
これが、私が見たニュースの見出しでした。良くも悪くも私はどうやら、完全な悪役になってしまったみたいですね。
秋と冬のシーズンが終わり、次は春に向けて私はオカさんとトレーニングへ。
天皇賞・秋、ジャパンC、有馬記念。
そのどれもを勝ち、春の三冠だけでなく年間無敗を目指して、私は再び始動しはじめました。
ですが、私は悪役としての地位がどうやら固まってしまったようで。
G2のレースを出ようものなら普通に勝ちますし、皆は次第に私が勝つのが当たり前という風になっていました。
つまらないレースだとも言われましたかね。
ですが、私はそれでも走る事をやめようとはしなかった。
「……ライスシャワー先輩、私、また勝ちましたよ。しかも大阪杯。凄いでしょう?」
寝ているライスシャワー先輩にそう告げる私。
いつの間にか、私もライスシャワー先輩と同じように気がつけばヒールになっていました。
お揃いですね、なんか、それが少しだけ嬉しかったりします。
もう、あの宝塚から1年以上経とうとしていましたが、まだライスシャワー先輩は目覚めません。
私や他の人達がこうして見舞いやお花を変えに来てあげてはいますが、いつものようにライスシャワー先輩は目を瞑ったままでした。
「……ライスシャワー先輩、私ね、今年、宝塚記念走るんですよ」
「………………」
目を瞑っているライスシャワー先輩からは沈黙しか返ってこない。
それはわかりきっている事だ。姉弟子も海外レースから帰ってきては、こうしてライスシャワー先輩に言い聞かせてあげていましたしね。
私は続けるようにライスシャワー先輩の耳元で笑みを浮かべながらこう告げる。
「ライスシャワー先輩が取りたかった宝塚記念、私が代わりにとってきますから……。だから、見ていてください」
一年という月日を跨いで、私はライスシャワー先輩の為に宝塚記念を走る。
確かに周りのウマ娘達は強いウマ娘ばかりだろう。だけど、私は負けるつもりはない。
その言葉が聞こえていたかはわからない。
だが、その話を目を瞑ったまま聞いていたライスシャワー先輩の目には一筋の涙が溢れでていた。
それから、見舞いを終えた私はライスシャワー先輩の病室を後にして、外へと出る。
ライスシャワー先輩は一応、トレセン学園のウマ娘の専門病棟に移された。
だから、だいぶ見舞いにも行きやすくなって私としても助かっています。
しばらく廊下を歩いていると、私の目の前にあるウマ娘の姿が目に入ってきた。
「……ドゥラちゃん」
「…………」
それは、私の後輩であるドゥラメンテちゃんだ。
秋のシニア三冠を達成してから、周りにいた人達との距離を置くようにした。
理由としては、私がヒールや悪役として世間から言われるようになったからだろう。
私の側にいると悪評がもしかしたら、仲の良い人達にまで広がるかもしれないとそう考えたからだ。
「……お話、できますか?」
「……悪いけど私は今から……」
「お願いです」
ドゥラちゃんは真剣な眼差しで私を見つめながらそう告げてくる。
その眼差しを見た私は仕方がないとため息を吐いた。ドゥラちゃんの目を見ればわかるが私が頷くまできっと立ち塞がるだろうと思ったからだ。
トレーニングがあるからと断ろうとしたんですがね、どうやら、それは見通されていたみたいです。
それから、私は場所を移して、久方ぶりにドゥラちゃんと話すことにした。