私はドゥラちゃんに連れられ、馴染みのあるトレセン学園のグラウンドに居ました。
静かに他のウマ娘が走る姿を眺めながら、私は呼び出したドゥラちゃんに視線を向けます。
「それで話とは? なんですか」
「…………」
ドゥラちゃんは真っ直ぐに私の眼を見つめながらしばらく沈黙する。
彼女も随分と力をつけてきたなと感心していました。つい先日も、彼女が重賞競走を勝ったという話は耳にしていましたからね。
これから先、彼女はもっと伸びるでしょう。なんたって私の愛弟子なんですから。
すると、ドゥラちゃんは真っ直ぐ私を見つめたまま目に涙を浮かべこう告げ始めます。
「もうっ……。走るのをやめてくださいッ……」
「…………貴女……」
「私が勝ったら! 走るのをやめてくださいッ! 先輩っ!」
ドゥラちゃんは震える声で私にそう告げてくる。
瞳からは涙が溢れ出てきていて、私はその眼を見てズキリと心が痛みました。
彼女がそう言う理由はわかっている。その言葉は何度も他の親しい人達からも言われましたからね。
だが、もう私も止まるわけにはいかない。
だからこそ、今、私はその人達と距離まで置いてひたすらにレースに勝つ事にこだわって走っている。
私は涙を浮かべて訴えてくるドゥラちゃんのその言葉を素直に頷く事はできなかった。
「貴女が私に勝てるとでも?」
「……1000m! 勝ったら宝塚もそしてそれ以降のレースもキャンセルして貰います!」
私の眼を真っ直ぐに見つめながら、私にそう告げてくるドゥラメンテちゃん
それを見た私はドゥラちゃんの勝負に乗ってあげる事にした。1000mのレースで勝負することを。
その話を聞いたギャラリー達はすぐにそのレースを一目見ようと様々なところから集まってきた。
「今からドゥラメンテとアフトクラトラスさんが勝負するんだって!」
「本当!? 見に行かないと!」
「…………」
その会話がたまたま読書をしていたディープインパクトの耳に入る。
アフトクラトラスとの勝負、この言葉を聞いて彼女はそれが気になりグラウンドに足を運ぶ事にした。
どういう経緯かはわからないが、ドゥラメンテとアフトクラトラスが走るというのは聞き捨てならない。
グラウンドに出たディープインパクトは静かにアフトクラトラスとドゥラメンテの姿を見つめる。
ドゥラちゃんから勝負を仕掛けられた私は軽く準備運動を終えて、ドゥラちゃんに問いかける。
ギャラリーも増えてきたし、あまり、長引かせたくなかったからだ。
「……準備はいいですか?」
「……はいっ!」
それから、私とドゥラちゃんはスタートラインについて走る構えを取る。
私はいつも通りのクラウチングスタート、そして、ドゥラちゃんはスタンディングスタートだ。
そして、号令と共にドゥラちゃんと駆け出す私。
背後からついてくるドゥラちゃんでしたが、私はすぐに加速する。
「はぁ……! はぁ……!」
ドゥラちゃんはすぐに置いていかれ、私とは気がつけば5身差もついていました。
それから、圧勝で私のゴールイン。ギャラリーにいたウマ娘達も当たり前だろうと言わんばかりにため息を吐きます。
ドゥラちゃんは膝に手をつきながら息を整えていました。
私は静かな声色でゆっくりとドゥラちゃんにこう告げました。
「満足、しましたか?」
「……はぁ……はぁ……まだっ! まだ!」
「ふぅ……ドゥラメンテ、貴女……」
「勝負は一回って言ってませんからっ!」
そう告げるドゥラメンテちゃんは私の顔を涙目になりながら真っ直ぐに見つめてくる。
どうやら、折れる気は全くないみたいですね。
私は深いため息を吐くと、仕方ないと肩を竦めて彼女に向かいこう告げる。
「良いでしょう、気が済むまで付き合ってあげます」
「…………望むとこだ!」
それからは、一方的な勝負になりました。
ドゥラメンテちゃんは何度も何度も私に挑み、それから、何度も負かされました。
それでも、ドゥラちゃんは私との勝負をやめようとはしませんでした。
「あぅ……!」
転けてボロボロになっても私の後ろを何度も追走し、その度に負ける。
それを見ていたギャラリー達も一方的なその勝負に気が抜けたように一人、また一人とどこかへと行ってしまいます。
そうして、気がつけば一人を除いて、ギャラリーはほとんど居なくなってしまいました。
それを未だに遠目で見ているのは、アンタレスのメンバーや身内の人達ばかりだ。
そして、ギャラリーがあらかた居なくなり、夕方に差し掛かる頃には、ドゥラちゃんは泥だらけになっていました。
「……まだ、まだだ……」
「……もうやめなさい」
「はぁ……はぁ……。嫌だッ!」
ドゥラちゃんは息を切らして涙を流しながら、その場で膝をついて私にそう告げる。
何故、そこまでして、私に勝てないのはわかりきっている筈なのに何でここまで走ろうとするのだろうか。
その場から立ち上がるドゥラちゃんはおそらくはもう限界だ。
脚が痙攣を起こしている、これ以上は走らない方が良い。
だけど、それ以上にドゥラちゃんの意思は固かった。何がそこまで彼女を突き動かすのか。
ドゥラちゃんは震える声で涙を流しながら、声を上げる。
「だってッ! 止めないとアフちゃん先輩がッ! 遠くにいっちゃうから……っ!」
「……ッ!」
その言葉を聞いた私は眼を見開く。
ドゥラちゃんはボロボロになった身体で涙を流しながら震える声で私に訴えるようにそう告げる。
何度も挑んでくるドゥラちゃんの姿に私は心が苦しくなった。
「もう……」
「もう走らなくて良い」
私がそう言って、制する前にドゥラちゃんの前に現れ、肩を掴んで制したのは私が見慣れた人物だった。
青いリボンに鹿毛の長く美しい髪、透き通った白い肌、綺麗な水色の瞳に小柄な身体。
彼女は私を見据えると、静かな声色でこう告げてくる。
「……私が代わりにこの人を倒しますから、貴女はもう走らなくて良いですよ」
「……何のつもりですか」
「それはこちらのセリフです先輩」
そう言って、私の目の前に現れたのはディープインパクト。
その言葉を聞いて力尽きるように気絶して寄りかかるドゥラちゃん。
その身体を支えたまま、私を見据えて静かな声色で話を続ける。
「……次の宝塚記念、出るんですよね?」
「それが?」
「そうですか、ならそこで私と今度こそ戦ってくれますよね? 先輩」
ディープインパクトちゃんは静かながら燃えたぎる闘志を全面に出して、そう告げる。
私に挑戦するなら、それ相応のものを用意してこいと私は前にディープちゃんに告げた。
そして、ディープちゃんは三冠を獲り、その資格を得て私の前に立ち塞がろうとしている。
私はその言葉を聞いて真っ直ぐにディープちゃんを見据えたままこう言い放った。
「良いでしょう、今度の宝塚記念。相手になります」
「…………」
「死ぬ気でかかってきなさい」
私はそう告げると踵を返してその場から立ち去っていく。
まさか、宝塚に彼女が出てくるとは思いもしませんでしたが、良いでしょう。
どんなウマ娘が相手だろうと私がやる事は変わりません。
ただ、唯一、心配なのは……。
「………………」
私はチラリとディープに身体を預けたまま眠るドゥラちゃんを見る。
あの娘のことだけが、気掛かりで仕方がありません。
あんな無茶までして私を止めようとするなんて思いもしませんでした。私も心を鬼にして、彼女を何度も負かしてしまうのは心が痛かった。
私は聞こえない程の小さな声でこう呟く。
「……ごめんね」
ドゥラちゃんの気持ちを私は知ってる。
だけど、私はもう決めたのだこの道を貫き通すと、今更、後戻りなんてできない。
ドゥラちゃんの身体を心配しながら、ディープちゃんにドゥラちゃんを預けて、私は足速にその場から立ち去った。
トレセン学園の生徒会室。
そこから、グラウンドで行われていた二人の勝負を生徒会長のシンボリルドルフは眺めていた。
ライスシャワーの宝塚記念の事故、あの日を境にアフトクラトラスはすっかり変わってしまった。
「……アフの奴が気になるか?」
「そういうお前はどうなんだブライアン」
腕を組んだまま、壁に寄りかかるブライアンにルドルフは静かな声色でそう問いかける。
そのルドルフの言葉にナリタブライアンは静かに視線を下に落とす。それはもちろん、ずっと気にかけていたに決まっている。
彼女が海を渡り、凱旋門賞を勝ち、ともに喜びを分かち合った時のことは鮮明に覚えているし、そして、その優しさも知っている。
ライスシャワーが宝塚記念で故障したあの日から、ナリタブライアンはアフトクラトラスと会う機会が減っていた。
いや、意図的に向こうが避けてきていると言って良いだろう。理由はわかっている、だからこそ彼女を遠目から見守ってやることしか今はできないでいた。
それは、ルドルフに対しても同じだった。
「まあ、お察しの通りだ」
「あぁ……」
「アイツは馬鹿だから……」
ブライアンはそう言うと言葉に詰まっていた。
ルドルフはブライアンが言わんとしてる事は理解できた。確かにアフトクラトラスは馬鹿だ。
馬鹿でお調子者で、そして、明るい奴だ。
いつも怒られては皆を笑わせて、それでいて人一倍優しい不器用なウマ娘だ。
だからこそ、皆、アフトクラトラスというウマ娘を好きになったのだ。
「あれは言っても多分止まらんさ」
「……そうだな」
互いに三冠ウマ娘という立場だからこそわかる重圧がある。
それに相応しいウマ娘になろうと足掻いているのはよくわかる。そして、責任感を持って、それ相応にたち振る舞っている事も二人には理解できていた。
ナリタブライアンはアフトクラトラスと側にいる時間が長かったから、その事はよく知っている。
「だからかな……私は何もあいつに言えなかったよ」
「…………」
きっと、他のアンタレスの面々もそうだ。
ゴールドシップもメジロドーベルだってそう、このトレセン学園でアフトクラトラスに関わりを持っているウマ娘達は彼女がそういうウマ娘だと知っていた。
「ふぅ、もうすぐ宝塚記念か……」
深いため息を吐いて、そう言いながら、カレンダーをチラリと見るルドルフ会長。
もうすぐ、グランプリ宝塚記念の開催時期が迫っている。
今年はどんなレースになるのか、二人は静かにグラウンドから立ち去っていく小柄の魔王の姿を見ながらそう思った。