レース後、私の周りには記者の方々が集まって来ていた。
聞きたい事はわかっている。ディープインパクトとの対決についてと勝利者インタビューだろう。
マイクとカメラを向けられ、記者は質問を投げかけてくる。
「アフトクラトラスさん! ディープインパクトさんとの一騎討ち見事でした! ご感想は?」
「えぇ、まあ、無事に勝てて良かったなと思います」
記者からの質問に淡々と答える私。
走る前からディープインパクトとの一騎討ちになるだろうとは思ってはいましたからね、正直、あの面子の中なら彼女が群を抜いた実力を持っている事は明らかでしたし。
それから、記者はさらに私にこう告げてくる
「残り200mからの伸び! 見事でしたね!」
「後ろからマークされていたのは感じてましたから、脚を溜めることに専念しました」
「なるほど! 流石は凱旋門を勝ったウマ娘です! 素晴らしい戦略でしたね!」
そう言いながら、私を称賛する記者達。
残り200mでの駆け合いの中で、ディープインパクトがあそこまで食い下がってくるのは予想外ではありましたけどね。間違いなく、以前よりも実力をつけてきていたのは明らかだ。
彼女と戦ったのは年末年始のマラソン以来だが、あの勝負駆けは正直言って背筋が一瞬だけ凍りついた。
今回、勝てたのは彼女の経験値不足と実力不足、だが、その二つとも次やりあう時にはどうなっているか全くわからないだろう。
それに、今、私を取材しているこの記者達。
本当は彼らが望んでいたのは私の勝ちでは無い、ディープインパクトが私を倒すところだろう。
そんな事はわかりきっている。何度もG1を当たり前に勝つウマ娘よりも挑んでくる挑戦者が勝つところを見たいと思う感情は私も理解できる。
だからこそ、私はあまりこの勝利者インタビューには興味が無かった。
それに、この後に生憎だけど、予定もできてしまいましたからね。
「悪いですが、この後ウイニングライブがありますので」
「え!?」
「き、今日、歌われるのですか?」
「そうですが、何か?」
その瞬間、記者達の間で騒めきが起きた。
これまで、ウイニングライブをせずにとっとと引き上げていたわけですからそうなっても仕方ないですけどね。
それには事情がいろいろあったわけなんですけど、彼らはその事情が何か知らないわけですから。
「これはスクープだな!」
「明日の見出しは決まりだッ!」
そう言いながら、鼻息を荒くする記者達。
もはや、勝利者インタビューというよりもそちらに関心がいってしまっていた。
兎にも角にも、彼らにネタが提供出来て何よりだと思う。
「ではこれで」
「あ、ちょっと! アフトクラトラスさーん!」
そう言いながら、一礼してその場からスタスタと立ち去っていく私。
そう言われてみれば、私のウイニングライブに関しては毎回話題になっていましたしね、彼らとしては今回もそれを期待してるのでしょう。
生憎ですが、私はその期待には今回は応えられそうには無いんですがね。
ウイニングライブ。
ステージには立たないと思っていましたが、また、こうやって立つ日が来ようとは。
前だったら、ふざけてやるウイニングライブでしたが、まあ、これだけのお客さんの前でそれをする余裕も私には無い。
だから、普段通りのウイニングライブ。
私の個性を出すのは少しばかり無理がありますからね。
「…………」
「何か言いたげですね」
私はスタンバイを終えて隣にいるディープインパクトにそう告げる。
まあ、今回の宝塚で実力差を見せたので何か思うのも致し方ないとは思いますが。
私は肩を竦めるとディープインパクトにこう告げる。
「まあ、ライブが終わったら聞いてあげますよ」
「……ッ!」
ディープインパクトは私のその言葉に下唇を噛み締めて睨んでくる。
よほど、プライドが傷ついたのだろうなとは思ったが、何にしても今回は私の勝ちだ。
ウイニングライブではそんなところをお客さんに見せるわけにはいかない。
レースはレース、既に宝塚記念での決着は着いたのだから。
曲の間奏が入り、私達はステージに上がる。
真ん中には私、右にはディープインパクト、左にはナリタセンチュリーちゃん。
そして、ステージの周りにはそのほかのウマ娘達がバックダンサーとして参加している。
ここ最近まで、このウイニングライブのセンターポジションをだいぶ蔑ろにしてきたわけなんですが、まさか、今回また、私がセンターで歌う羽目になるとはね。
ほかのG1レースでは二着のウマ娘達が私の代わりにセンターを勤めてくれていたわけなんですが、感謝しかありませんよ、本当に。
そして、私はセンターポジションで口を開き歌を歌い始める。
「〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪」
「〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪」
「〜〜〜〜♪ 〜〜♪」
キレのあるダンスで踊り、声を張り上げる。
意外とブランクがあると思いましたが、案外いけるもんですね。
悪ふざけしてた時期もありましたが、基本、私は全部のダンスを踊れます。
まあ、ちょい前まで、自分のウイニングライブではより激しいダンスとか全然踊ってましたからこれくらいは余裕なんですがね。
会長から嫌というほど仕込まれたのが懐かしい。
「〜〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪」
「〜〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪」
気のせいか、ディープちゃんが歌に感情を乗せてきてるような気がする。
私はそれを笑みで返しながら、歌を続ける。
ウイニングライブはいい気持ちの発散場所にはなるのかもしれませんね。
「〜〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪」
「〜〜〜〜〜〜♪」
そうして、私は自然な声で真っ直ぐにディープインパクトを見据える。
そのディープインパクトから視線を外した私はそのまま歌を続ける。
「〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪」
「〜〜〜〜〜♪」
それから、歌はサビに入り、観客席にいる人達は盛り上がりを見せる。
私は声を張り上げて、感情を乗せて歌を歌う。
まともにウイニングライブをすることになるなんて今まで考えたこともありませんでしたがね、身体の事を考えれば仕方ないでしょう。
「〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪」
声を張り上げ、ダンスを踊りながら歌う。
まともに歌とダンスを踊るのは久しぶりすぎて笑いが出てきますね本当に、まあ、無理して踊る事なんてできなかったんですが。
毎回思うんですが、ステージに予算をかけ過ぎだと思うんですけどね。
そのおかげでここまで盛り上がる訳なんですけども。
観客にいる人達は私達のダンスや歌に合わせてペンライトを振ってくれています。
「〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪」
「〜〜〜〜〜♪」
目指す場所、私にとってのその場所はきっと、あの二人と同じ景色の場所。
共に笑い、共に苦しみ、そして共に勝利を分かち合った家族。
そして、その背中を私は追い続けてきた。いつかあの二人を倒すとそう心に決めて。
だけど、その場所には………。
「〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪」
私がこの先、迷わず私が選んだこの道を駆け抜けた先に一体何が待ち受けているかはわかりません。
ただ、私は止まる事は無い、どんな事があろうとそれが私が選んだ道だから。
頂点にいるという事はそれだけの責任があるという事なのだ。
「〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪」
「〜〜〜〜〜〜♪」
私は真っ直ぐに観客席を見つめて真剣な眼差しで歌う。
私の今までのウイニングライブを見ていた人達からしてみれば一体どうしたんだろうと思ってるかもしれませんね。
私らしく無いウイニングライブ、だが、それでも私は皆の為にこの場所で歌う。
「〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪」
最後に全員で声を張り上げ、ステージの音と共にライトが消えて締め括られる。
拍手が送られる中、私はライブが終わり観客達に一礼をする。
最後まで聞いていてくれましたからね、私の普通のウイニングライブを。完全なパフォーマンスとは言い難いですが、それでも聞いてくれた人達には感謝しかありません。
それから、しばらくして、ステージにいるウマ娘達が引き上げ始め、私も便乗する様に去ろうとしていました。
だが、物事はそんな単純に進まない。
マイクを口元につけていたディープインパクトは立ち去ろうとした私に向かい声を張り上げた。
「待ってくださいっ!」
ステージの奥へと消えようとしていた私は声をかけてきたディープインパクトのその声に足をピタリと止める。
マイクを付けているため、響き渡るディープインパクトの声に会場にいる人々は戸惑いを隠せないでいた。
こんな事は前代未聞だ。
歌い終わったウマ娘がステージの上で呼び止めるなんて事は今までにないだろう。
私はゆっくりとディープインパクトの方に振り返る。
「なんですか」
「……今年の有馬記念」
「……何?」
私はディープインパクトが指を私に向けながら真っ直ぐにそう告げてくる事に首を傾げる。
そして、ディープインパクトのその瞳には涙が浮かんでいた。
私はその言葉に向き合うように身体をディープインパクトの方に向ける。それは、こちらを真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳の中に並々ならぬ決意を感じたからだ。
「凱旋門賞を取ってきます! そして、もう一度! 有馬記念で勝負だッ! アフトクラトラスッ!」
「……ッ!?」
私はそのディープインパクトの言葉に目を見開いた。
リベンジ宣言、しかもこんな大観衆の目の前で堂々とするというのはなかなか度胸がいる事。
だが、それを聞いた私は思わず胸が熱くなってしまった。
そう言えば、私もライスシャワー先輩が勝った天皇賞で観客に向かってそんな啖呵を切りましたかね。
私はその時の姿をディープインパクトに重ねてしまいました。
その言葉を聞いた私は笑みを浮かべます。
「……良いでしょう。受けて立ちます」
その言葉に観客達は騒めき始める。
凱旋門賞を勝ち、アフトクラトラスへ再び挑むと言い切るディープインパクト。
レースを見る限り、力の差は歴然だった。
ディープインパクトでもアフトクラトラスには敵わないとそう皆は諦めていた。
だが、ディープインパクトは諦めていなかったのだ。アフトクラトラスを倒す事を。
必ず、自分がアフトクラトラスを破るんだと彼女もまた覚悟を決めたのである。
観客達は大盛り上がりで声を張り上げそのディープインパクトのリベンジ宣言に歓喜した。
ステージの上で私とディープインパクトとの視線の先が重なる。
その瞳に映るのは互いの姿。好敵手と認めた者だった。
英雄と魔王、二人の運命はこうして今、交差した。