遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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深い衝撃と決意

 

 

 

 宝塚記念が終わった後に。

 

 ディープインパクトは凱旋門に向けてトレーナーのタケさんと共にトレーニングを続けていた。

 

 走り込みを終え、息を切らすディープインパクト。

 

 彼女の頭には昨日のアフトクラトラスとのやり取りが鮮明にあった。

 

 

「……はぁ……はぁ」

 

 

 毎日の走る量も増やして、更に脚力の強化を図りつつ、持久力もつける。

 

 今はこれが一番良い方法であると思ってやってはいるものの、いかんせん手応えがない。

 

 果たして、こんなトレーニングであのアフトクラトラスに勝てるのだろうか。

 

 そんなディープの不安を見抜いていたかのようにトレーナーのタケさんはゆっくりと口を開く。

 

 

「だから言ったろう、君が挑むには早計だってな」

 

 

 わかりきっていたかのようにそう答えるタケさんの言葉にディープは何も反論できなかった。

 

 事実、宝塚記念では負けて、無様な姿を晒してしまった。

 

 あれ以上の屈辱は今まで味わった事がなかった。

 

 アフトクラトラスとの宝塚での対決、現在の力量差をまざまざと見せつけられる結果となったのはディープインパクトのプライドを深く傷つけた。

 

 タケさんはため息を吐くと、ディープインパクトに向かいこう告げてくる。

 

 

「でだ、まあ、僕の見立てじゃ今の君のままじゃ勝てないと踏んだ。だからこそ、少しばかりやり方を変えることにした」

 

 

 トレーナーのタケさんはディープインパクトに簡単にそう話す。

 

 確かに今までの指導ならば、きっとディープインパクトはG1レースをいくつも勝つ事ができるだろう。

 

 それは海外のレースでもきっとそうだ。凱旋門でも良い勝負ができると思う。

 

 だが、それだけではアフトクラトラスには届かない。

 

 

「はぁ……はぁ……やり方……?」

「あぁ、そうだ」

 

 

 そう言って、タケさんは静かに頷くと、声を上げてある人物に声を掛ける。

 

 その人物を見た途端、ディープは目を見開いた。

 

 それは、あのアフトクラトラスと同じチームであり、海外に遠征を行っているウマ娘だったからだ。

 

 サングラスをかけていた彼女はそれを取ると真っ直ぐにディープインパクトを見据える。

 

 

「はじめましてでしょうか、ディープインパクト」

「……貴女は」

「先日は私の妹弟子が世話になったそうで」

 

 

 綺麗な長い栗毛の髪色をしたウマ娘。

 

 しなやかな身体と思いきや、圧倒的な筋肉量。それに、力強い眼。

 

 皐月賞、日本ダービーを獲り。更に現在では海外のマイルレースを走り勝ちを上げ続けている怪物。

 

 そして、アフトクラトラスの姉弟子であり、今もなお尊敬しているウマ娘。

 

 スパルタの風、ミホノブルボン、その人であった。

 

 ミホノブルボンはディープインパクトにゆっくりと近寄っていくと、静かな声色でこう告げてくる。

 

 

「タケさんからサポートを頼まれましてね、まあ、私も乗る気ではありませんでしたが、なんでも有馬記念でもう一度、妹弟子に挑むとか?」

 

 

 ミホノブルボンは息を切らしているディープインパクトに近寄りながら、静かに声色でそう問いかける。

 

 ディープインパクトはそんなミホノブルボンに表情を曇らせながらこう問いかけた。

 

 

「……はぁ……はぁ、だったらなんですか」

「そんなぬるいトレーニングじゃ天地がひっくり返っても無理ですよ」

 

 

 そう言って、息を切らしているディープインパクトになんの躊躇無く言ってのけるミホノブルボン。

 

 その言葉にディープインパクトは顔を更に顰める。

 

 トレーニング量も増やして走っているという中でそれがぬるいと言われればそうなってもいた仕方ないだろう。

 

 そして、それを肯定するように、その通りだ、という言葉が飛んでくる。

 

 その声の主の方へ振り返る一同、そこには、一人の男性トレーナーが居た

 

 

「よう、この子か? お前さんが言っていたのは」

「マトさん……ご無沙汰してます。はい、そうです」

「そうかそうか」

 

 

 マトさんと言われたそのトレーナーもまた、ディープインパクトの為にタケさんが呼んだ一人である。

 

 今現在行っているディープインパクトのトレーニングがぬるいと感じた二人、それは正鵠を得ている。

 

 なぜならば、彼らはずっとアフトクラトラスというウマ娘がこれまでどんなトレーニングを積み重ねてきたのか知っているからだ。

 

 その上で、ディープインパクトが現在のトレーニングをしたとしてもその差は広がると感じとった。

 

 

「お前さんの面倒を頼まれてな、まあ、俺は海外遠征までの期間限定だが」

「…………」

 

 

 その言葉にディープインパクトは静かに黙り込む。

 

 アフトクラトラスに今のままでは勝てないと言われ、彼女としてもこのまま引き下がるわけにはいかない。

 

 三冠ウマ娘としてのプライドもある。強者として、アフトクラトラスに勝ちたいという気持ちもある。

 

 

「貴女に問いましょうか、ディープインパクト。……地獄を見る覚悟が貴女にありますか?」

 

 

 黙るディープインパクトにミホノブルボンは静かな声色でそう問いかけた。

 

 アフトクラトラスは命を賭す覚悟で走っている。そのアフトクラトラスに勝つ為に地獄を耐える覚悟すら無ければ勝つ事すら出来ない。

 

 まさに死ぬ気で鍛えて、鍛えて、鍛え抜いてこそ、その勝ち筋が見えるという事だ。

 

 

「……やります、それであの人に勝てるなら」

「……よろしい」

 

 

 ディープインパクトの答えにミホノブルボンは笑みを浮かべて頷いた。

 

 今回のこの件、これはもちろん、ミホノブルボンにもマトさんにも考えがあっての事だ。

 

 それは、言わずもがな、アフトクラトラスの身体の事である。あのままでずっと走り続ければいつか彼女は限界を迎える事は明白だ。

 

 その前にディープインパクトにあの娘を止めてもらう必要があるとミホノブルボンは考えていたのだ。

 

 だが、その話をディープインパクトにするつもりはミホノブルボンもマトさんも全くなかった。

 

 それは、ウマ娘としての彼女達の誇りを傷つけてしまうと思ったからである。

 

 

「死ぬ気でついてこい、ビシバシいくぞ」

「はいっ!」

 

 

 そこから、ディープインパクトへの二人からの地獄の指導が行われる事になった。

 

 今は亡き、遠山試子の遠山式トレーニング。

 

 まさに、常軌を逸した超スパルタのトレーニングだ。

 

 それを更に洗練させ、更に効率的に手を加えていったものを二人はディープインパクトに指導する事になった。

 

 

「……はぁ……! はぁ……!」

「そんなものかっ! まだ足りんッ! ミホノブルボンから置いていかれとるぞッ!」

 

 

 マトさんの檄が坂路に木霊する。

 

 ここは、トレセン学園ではなく遠山厩舎、つまり、アフトクラトラスとミホノブルボンの実家である。

 

 ここにはトレセン学園にあるサイボーグ専用坂路と同等のものが用意されている。

 

 サイボーグ坂路はアフトクラトラスやアンタレスのメンバーがよく使う為、ミホノブルボンの許可の元、この場所を使わせてもらう事にしたのだ。

 

 

「ゲホッ……! ゲホッ……!」

「まだ500本ですよ、もうバテましたか?」

「……はぁ……はぁ、こんなの……まともじゃ……」

「アフトクラトラスはニ、三倍くらい普通に走りますよ?」

「!?」

 

 

 そのミホノブルボンの言葉にディープインパクトは目を見開く。

 

 500本走って未だに涼しい顔をしているミホノブルボンも大概規格外に化け物だが、アフトクラトラスはその三倍と聞いて、本当に自分と同じウマ娘なのかと思った。

 

 それを遠目で眺めている二人のトレーナーはディープインパクトやアフトクラトラスについて話していた。

 

 

「……なかなか根性あるな、あの娘」

「いい娘でしょう」

「あぁ、あれはまだ伸びる。鍛え方次第だがな」

 

 

 そう言って、笑みを浮かべるマトさん。

 

 そして、その言葉を聞いて嬉しそうにタケさんは笑みを溢す。

 

 それから、タケさんは例の件について、マトさんに問いかけはじめた。

 

 

「どうですか? あの娘の具合は……」

「ライスか?」

「えぇ……。まだ目を覚まさないと聞きましたが」

 

 

 そう言って、静かな声色で悲しげに告げるタケさん。

 

 その言葉を聞いたマトさんは、空を見上げると思い出すように、ライスシャワーの近況について話をし始める。

 

 

「そうさな……。アフトクラトラスが毎日のように見舞いに来とるらしい」

「…………」

「いつ目を覚ますかもわからんのに毎日な、まぁ、俺もなんだが」

 

 

 自嘲する様に笑みを浮かべるマトさんの言葉にタケさんは悲しげな表情を浮かべた。

 

 悲劇の宝塚。

 

 あの日以来、ライスシャワーの走りを見ることが出来なくなり、毎日が灰色になったように感じた。

 

 他のウマ娘の指導をするが、マトさんはイマイチ気持ちが入らず。苦難の日々が続いていたのだ。

 

 そんな中、今回、タケさんからこのように声をかけて貰い、改めてライスシャワーの為に出来ることとして、ディープインパクトの指導を引き受ける事にした。

 

 全ては、彼女達がまた笑い合えるような日々が送れるようにと。

 

 

「……凱旋門、勝てますかねディープは」

「勝てる。いや、勝てるようにするのがお前さんだろう?」

「はは、そう言われると耳が痛い」

 

 

 そう言って、互いに軽く笑い合うトレーナー二人。

 

 アフトクラトラスもきっとこうしている内にも更に力をつけてきている。

 

 凱旋門を勝つのは必須、勝つ事ができなければ同じ土俵にいつまでも立てない。

 

 

「……よし! あと200本!」

「……はぁ……はぁ……」

 

 

 その事はディープインパクト本人もよく自覚していた。

 

 アフトクラトラスのこれまで積み重ねてきた努力、そして、その執念、覚悟。

 

 それらを、ミホノブルボンとマトさんから受けるトレーニングを通して身にしみて感じる。

 

 そして、そのトレーニングの中で、彼女はもう一人のトレーナーの姿を感じることができた。

 

 それは、このトレーニングを考えた人だろうか。

 

 聞こえるはずの無い、厳しい檄。

 

 まるで、それは今、必死で坂を上がる自分を後押ししてくれているように感じた。

 

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

 

 

 叫び声で気合いを込めて、何度も上がる坂路。死にものぐるいで前を走るミホノブルボンにディープインパクトは食らいつくようについていく。

 

 アフトクラトラスも通った道、そんな道の半ばで諦める何てことはディープインパクトのプライドが許さなかった。

 

 来るべき凱旋門賞までの時間は限られている。そして、アフトクラトラスとの再戦にも時間はない。

 

 自分の全身全霊を込めて、与えられたトレーニングを直向きに熟す。

 

 

 アフトクラトラス、彼女と同じ景色を見る為に。

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