季節がまた巡り秋から冬へと移り変わる。
木々に残った葉っぱが散り始め、もうすぐ、季節をまた跨ごうとしていた11月の後半。
私は秋の天皇賞を勝ち、そして、ジャパンカップで海外のウマ娘達を迎え撃った。
「アフトクラトラス先頭ッ! 残り400m! 強いッ! 強すぎるぞアフトクラトラスッ! 皇帝は未だ健在ッ! ヴィジャボードが食い下がるが追いつけないっ! この強さッ! どこまで強いのかッ! 今、他を寄せ付けずゴールインッ!」
魔王アフトクラトラス、世界を圧巻。
世界のウマ娘達も私という存在が倒すべき目標と再認識することになったジャパンカップ。
私は日本だけでなく、世界からも一目置かれ、世界一のウマ娘になるにはアフトクラトラスを倒さなくてはいけないとまで言われていた。
そして、私の無敗記録も伸びて18になった。
これまで勝ってきたG1は朝日杯、皐月賞、ダービー、菊花賞、イギリスダービー、キングジョージ、凱旋門賞、大阪杯、天皇賞・春、宝塚記念、天皇賞・秋、ジャパンカップ、そして、有馬記念。
15個のG1を勝ち取ってきた。
デビュー戦からOP戦をこなし、東京スポーツ杯を勝ち、そして挑んだG1路線。
これまで、さまざまなことが立ち塞がってはそれを乗り越えて今まで駆け抜けてきた。
「……アフトクラトラスさん」
「……はい」
私は真っ直ぐにこちらを見つめて来る医者の瞳を見つめる。
栄光と挫折、姉弟子の菊花賞での敗北。己を蝕む爆弾と義理母との死別、ライスシャワー先輩の宝塚記念での事故。
これまでさまざまな事があった。
そして、私はたった一つの約束を果たす為に今、勝ち続けている。
「……とても、有馬記念を走れる身体ではないです。仮に走っても……」
そう言って言葉を区切るお医者さん。
ずっと通院していた私の身体を検診してくれて、薬も出してくれて、協力してもらいました。
きっと、彼女からしてみればここで私に止まって欲しいでしょうね。
医者として、それは正しいです。
ですが、私は彼女にこう告げます。
「走ります」
「馬鹿なッ! もうあなたの身体はとうに限界を越えてるんですよッ!」
医者は私の返答に声をあげてそう告げて来る。
医者にそう言い切る私の眼には迷いはなかった。
後悔はしたくない。ディープインパクトが有馬記念で待っている。走る理由はそれだけで十分だった。
これまでしてきた約束を私は破った事はない。口に出した事もちゃんと成し遂げてきた。
「……最後に……なるかもしれないんですよ?」
「…………」
「良いんですか?」
医者のその言葉に私は言葉に詰まる。
本当は嫌だって言いたい、だけど、私はいずれにしろ今後走れるかどうかさえわからないのだ。
有馬記念、その有馬記念で私が勝つ事を望んでくれるファンの人達がいる。
ヒールと言われながらも愚直に走り抜けた先輩の背中を私はずっと見てこれまで走ってきた。
死ぬような努力を積み重ね、それを糧に強くなった義理の姉が私には居た。
だから、私が皆に見せなくちゃいけないのはそんな人達を見て強くなった私の姿だ。
「やります、有馬記念」
「おい、アフ……お前」
「後悔だけはしたくありません。この先、どんなレースがあろうとこのレースだけは、ディープインパクトとの約束は譲れない」
それを支えに私はこれまで身体を奮い立たせて頑張ってきた。
私のその瞳を見たオカさんは静かに瞳を閉じる。果たしてこのまま私を有馬記念に出して良いものかどうか。
だが、オカさんは私の瞳と覚悟を見て、ゆっくりと口を開いた。
「……わかった。だが、ここまでだ。ラストランだぞ」
「……わかってます」
ここに来て限界を更に超えろっていう義理母の格言がふと頭を過ぎりました。
限界はとうに超えてしまっているかもしれません。
だけど、ウマ娘として、無敗のウマ娘としてのプライドがどうしても身体を突き動かして仕方がなかった。
相手はあのディープインパクト。
奇跡に近いウマ娘と呼ばれた英雄が私を倒す為に努力して、血反吐を吐いて凱旋門賞を獲って帰ってきた。
ならば、私もそれに全力で応えてやらなくてはいけない。
私は久しぶりに動画撮影をする事にした。
今までアフチャンネルをやって来ませんでしたからね。事情はいろいろとありましたが、とてもそんな余裕はありませんでしたから。
いつもなら、ワイワイと皆とゲームしながら、楽しみながら、私が馬鹿してよく突っ込まれていた動画配信。
きっかけはそういえばゴルシちゃんでしたかね。
「皆さん、お久しぶりです。アフトクラトラスです」
もしかしたら。もう誰も私の配信には来ないかもしれない。
そう思って久々につけた配信。
ですが、しばらくするとたくさんの人からのコメントが私の目に飛び込んできます。
『アッフ……!』
『久々だな! おい!』
『待たせやがって!』
『いろいろあったんだってな、話は聞いたぞ』
コメント欄に来てくれた人達は暖かく私を迎え入れてくれました。
凱旋門賞を走った時も、彼らの声は間違いなく私の力になったと思います。
私は思わず笑みを溢しながら静かに口を開きます。
「すいません、心配をおかけして」
『ええんやで』
『うん、大変だったなアッフ』
『顔が見れて感謝』
きっと彼らは私の為に会場まで足を運んでくれていたのでしょう。
私がどんな状況になっているかもきっと話を聞いていたに違いありません。でも、私は知っています。
彼らが、私のレースに毎回、毎回、応援をしに来ている事も。下手したら凱旋門賞まで応援にしに来てくれた人も居ました。
だからこそ、私は覚悟を決めてゆっくりと口を開く。
「今日は皆さんに大事なお話があります」
『ん……?』
『なんだなんだ?』
『……なんか意味深だな』
私の言葉に皆が一斉に耳を傾ける。
前からめちゃくちゃふざけて配信していたはずの私の雰囲気や言動からいろいろ察した人もいるでしょう。
きっと、この配信を見に来ているウマ娘達もいるかもしれません。
だからこそ、私は包み隠さず彼らに向かって話をし始めた。
「この配信がもしかすると……私の最後の配信になるかもしれません」
『……え?』
『は?』
『嘘だろ……オイ』
私の言葉に一斉に言葉を失うコメント欄。
これまで、ふざけた配信ばかりしてきて、配信の途中にルドルフ会長から怒られたり、ブライアン先輩が乱入してきたりいろいろありました。
楽しく皆さんとワイワイと接する事ができたと思います。
距離が縮まったようなそんな気さえしました。
だけど、私はこれまで通りこの場所でこうやって配信できるかどうかわかりません。
だからこそ、今日、来てくれた皆さんに挨拶をしておかねばと思っていた。
ずっと私を支えてくれたファンの皆さんに。
「次の有馬記念、良かったら応援しに来てください。
……なんていうか、こう、配信ができないかもって言っておいて都合の良い話って思うかもしれません」
『アフちゃん……』
『馬鹿野郎! 行くぞお前!』
『何言ってんだ! 行くに決まってんだろ!』
『そうだ! 勝ってこいよッ!』
そう言って、皆は私の背中を推してくれるようなコメントを残していく。
私の瞳からは涙が出てきました。事情も何も知らないのに、もう配信が見れなくなるかもしれないと言っているのに彼らは何も聞かずに応援すると言い切る。
その言葉になんだか、力をもらえたような気がしました。
「ありがとう……、皆さん」
『泣かないで』
『そうだぞ、勝った後に泣け』
『ディープインパクト、倒してこいよ!』
私はその言葉に笑顔を浮かべて力強く頷く。
きっと私の配信を見にきている視聴者はこんな私の姿なんて見たくはなかっただろう。
本当ならもっと明るく元気にゲーム実況したり、皆でワイワイするところなんかを見たかっなんだろうなって思う。
だが、これは私なりのケジメだ。
これから、有馬記念を走るという事はそういう事なんだ。
「皆さん、次は有馬記念で会いましょう、私の走りを見届けてください」
『当たり前だ!』
『期待してるぞ!』
『アッフ! またな!』
そう言って、私は自分の配信を切る。
いろいろな事を本当は皆に話してやりたかった。もちろん自分の今の身体の事を含めて。
だけど、それがディープの耳に入り、私達の全力の勝負に水を差したくはなかった。
有馬記念は必ず勝ってみせる。
義理母に教えてもらったこれまでの事を出しきって、必ず勝つ。
それから、私は有馬記念までのトレーニングに励む事にした。
これまでやって来たこと、それを出し切るためのトレーニング。
身体がどうのこうのなんて関係ない、手を抜いたトレーニングなんかしない、勝つ為のトレーニングだ。
そんな中、私は廊下で見慣れた顔とすれ違う。
私はその人物に何も言わないまま通り過ぎようとしていた。
「おい、アフ」
「………………」
「有馬、行くんだってなお前、話……聞いたぞ」
それは、私が倒れた時に側にいたウマ娘。
そう、ゴルシちゃんです。彼女は通り過ぎた私に静かな口調でそう告げてきます。
当然ですよね、彼女は私が倒れた際、側にいて私の病気のことも全て知っているんですから。
だからこそ、接触を控えていましたし、私は会おうともしませんでした。
ですが、彼女はそんな私に向かいこう告げて来る。
「走るなら、中途半端な走りはすんじゃねぇぞ」
「……当然でしょ」
「だよな、お前はそういう奴だ」
ゴルシちゃんは私の返答に満足げに頷く。
ゴルシちゃんも最初は私が走ることには大反対していた。当然だ、目の前で胸を押さえて倒れた私を見たら普通はそうなって然るべきだろう。
だが、ゴルシちゃんは有馬記念を走ることを良しとしてくれた。きっと彼女の事だ、私の先日の配信も見ていたに違いない。
「ほら、これ……」
「……ん?」
「餞別だ……。ラストランなんだろ」
私はそのゴルシちゃんの言葉に目を丸くする。
有馬記念、確かに走るとは言ったが、私は一言もラストランだなんて言った覚えはない。
きっと、ゴルシちゃんは私を見てそう察したのだろう。だからこそ、今まで振り回した相棒にこうして餞別を渡してくれたのだ。
「これは……」
「トレセン学園で一番美味いたこ焼きを焼く事ができるやつに相応しいたこ焼き屋バッジだ。お前に一番似合ってたろ?」
そう言って、ニカッと明るい笑顔を私に向けてくるゴルシちゃん。
そう言えば、よくゴルシちゃんとたこ焼きを売って回ったっけな。G1のレースで先輩達が走る中、何してたんでしょうねほんと。
でも、あれはあれで楽しかった。私はその事をきっかけにゴルシちゃんからファンの大切さを教えてもらった事もある。
「……これ、付けて走るよ、ありがとう」
「気にすんな! あと、それとな! アフ!」
そう言って、ゴルシちゃんは言いそびれたとばかりに私を引き止める。
まだ何か言いたいことでもあるのだろうか、そんな事を思いながら首を傾げると、しばらく間をおいた後にゴルシちゃんは私にこう言い放つ。
「ラストランなんてつまらねぇ事いうなよ。
……有馬で勝ってよぉ、また、お前が元気で走るとこ私に見せろ」
そう告げるゴルシちゃんの言葉に私は目を見開く。
これまで、私が馬鹿やることに付き合ってくれた親友、それがゴルシちゃんだったと思う。だからこそ、その言葉は何より嬉しかった。
私はそのゴルシちゃんの言葉に返答を返さないまま静かに頷き踵を返すとその場から立ち去る。
「……がんばれよ」
立ち去っていく背中越しに微かにそう言葉が聞こえた。
だけど、私は振り返らずにその場を後にする。
秋のシニア三冠の最終戦、有馬記念に向けての最終調整。
私は全てに区切りをつけ、挑んでくるディープインパクトを迎え撃つべく、再び坂路を駆ける。
義理母と姉弟子、そして、ライスシャワー先輩と走った坂路を懸命にただひたすらに駆けた。