遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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OP戦

 

 

 

 

 いよいよ、一週間に迫ってきた私のOP戦。

 

 坂路を爆走する私は変わらず義理母から厳しい檄を受けながらそこに向けて調整を行なっている真っ最中だ。

 

 足にはなんの問題もない、坂路もグングンと登れる。だが、しかし、相変わらずアホみたいにキツいトレーニングなのは変わりはない。

 

 手足に重石を着けて、負荷を掛けるこの坂路はまさに地獄の特訓だ。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…きっつぅ…」

 

 

 坂路を登り切った私は思わず、膝に手をつき、溢れ出てくる汗を拭う。

 

 OP戦が近づいている今の仕上がりで言えば、どこのウマ娘よりも私は積んでいる自信はあった。

 

 義理母もミホノブルボン先輩もいるこのアンタレスの特訓は桁違いのキツさだ。

 

 これに勝る特訓を組んでるウマ娘がいるなら間違いなくそのウマ娘は基地外じみた奴に違いない。というより、それは明らかにこちら側のウマ娘だろう。

 

 

「さあ! もう一本ッ!」

「はぁ…はぁ…。はいッ!」

 

 

 義理母の言葉に私にも気合いが入る。

 

 強者とは1日にして成らない、積み重ねこそが強者を作るのである。

 

 だからこそ、私は食らいついていくしかない、楽したいし、アホみたいに重なる特訓からも逃げたいが、そこからは何も生まれないのだ。

 

 やるからにはやるしかない、今、私は迫り来るOP戦に燃えていた。

 

 そして、昼間はこうして、特訓をこなして、夜は風呂で疲れを取る。ご飯もよく食べ、身体に筋肉をつけるのだ。

 

 就寝時には、ナリタブライアン先輩の抱き枕として布団に入り、仕方なく抱擁されたまま眠りにつく。

 

 これが、私の最近の過ごし方だ。

 

 朝起きたらブライアン先輩から豊満な胸を顔面に押し付けられ窒息し掛けたりすることも多々あるけれど、そんなもの今では地獄のトレーニングに比べたら些細な事に過ぎない。

 

 しかも、そのお礼とばかりにナリタブライアン先輩も私の併走に付き合ってくれたりもしてくれるので、むしろ、WINWINな関係と言えるだろう。

 

 むしろ、私はヌイグルミ代わりにされている分、安眠があまりできてないような気がするけれど、気のせいだと思いたい。

 

 

 そうして、私はOP戦を万全な仕上がりで迎える事が出来た。

 

 しかも、一枠一番。これはかなり有利、先頭を取りに行きたい私としては願ったりかなったりだ。今回のレースは前回より少し伸び、1800mのレース、十分、私の射程圏内だ。

 

 パドックを迎え、私はいつものように颯爽と鍛えに鍛えあげられた身体を観客の皆にアピールするために壇上に上がる。

 

 

「1枠1番 アフトクラトラス」

 

 

 バサリッと身に纏っていた黒いマントを取り観客の前に堂々とレース着を披露する私。

 

 ちなみに普通はジャージを上に羽織り、それを脱いで披露するのであるが、この漆黒のマントはウチの義理母のお手製のマントだ。

 

 なんでも、OP戦で私を皆により印象つけるのが目的だとか、わざわざそんな事をせずともデビュー戦で別の意味で有名になったんですけどね私。

 

 そして、黒いマントを脱いだ途端、観客から声が上がった。

 

 

「おいおいおい、マジか…!」

「以前も凄かったが、それよか格段にすごい身体してんぞ!」

「てか、胸も前よりデカくなってないか! あれ!?」

 

 

 うんうん、反応は上々である。

 

 おい、最後のやつ、お前どこ見てんだ。顔面吹き飛ばすぞ、こら。こちとら牛乳たくさん飲んで身長伸ばそうと頑張ったんやぞ!

 

 まあ、そんな私の努力なんて、微々たるものなんですけどね、ちなみに身長はちょこっと伸びた2mmくらい。

 

 それ以上に1cm胸がデカくなりました、普通逆だろ、どこに栄養いってんだ。

 

 そんな私の登場に実況席に座る馴染み深い大接戦ドゴーンのアナウンサーと解説からも声が上がる。

 

 

「黒いマントを脱いだアフトクラトラスですが、流石は爆速暴君というだけのことはあるでしょうか」

「暴君というより青鹿の綺麗な髪が映えて、青い魔王という表現がしっくり来ますよね」

「そうですね」

 

 

 そう言いながら、パドックを終えて、ゲート前にテクテクと歩いていく私をカメラで追いながら話をする実況席の二人。

 

 そんな中、私はレースに向けての軽いアップと準備体操に入る。

 

 この日を迎える前に鍛えに鍛えた足に身体、仕上がりも問題ないし、枠番もかなり良い。

 

 そんな中、私に声をかけてくるウマ娘が一人いた。

 

 

「はーん、アンタが噂のアフトクラトラス?」

「…ん?」

 

 

 そう言いながら、近づいて来たウマ娘の顔に視線を向ける私。鹿毛の長い髪を後ろに束ね、見た感じいかにも気が強そうなそんなウマ娘だった。

 

 ほうほう、今日の対戦相手になるウマ娘ですかね? レース前に何の用なのか。

 

 ついでにそのウマ娘の身体を一望してみる。だが、私はそのウマ娘の身体を見て、内心、鼻で思わず笑いそうになってしまった。

 

 そんな中、視線の先にいる長い鹿毛を後ろに束ねたウマ娘はニヤニヤと笑みを浮かべてアップをする私にこう話をし始めた。

 

 

「爆速暴君だっけ? 私はルージュノワールってんだけどさ、アンタに負ける気はさらさら無いから。大人しく私の背中でも見て必死こいてついて来なよ、田舎者」

 

 

 と、私に対して安い挑発を繰り出してくる。

 

 ほうほう、こやつ煽りよる。私は思わず笑いそうになるのを堪えて、ニッコリと笑みを返してあげた。

 

 その度胸は買ってやろう、いや、むしろ嫌いではない。とても好感が持てる。

 

 勝負の世界では勝利が必ず求められる。

 

 こうやって相手を威嚇することで自分の勝率を少しでもあげようとする努力は、むしろ、素晴らしい事だ。私は正直好きである。

 

 マゾではないですよ、本当ですよ?

 

 だから、私もその煽りに対して全力で応えてあげなくてはいけないだろう。

 

 私はツカツカとルージュノワールと名乗るウマ娘に近寄ると顔を近づけてメンチを切りながら、肩をポンと叩くと一言、ドスの効いた低い声で彼女にこう告げた。

 

 

「おうワレェ、面覚えたけぇのぉ。このレース無事で終わると思うなや」

「……は…っ…?…えっ…?」

 

 

 私のドスの効いた広島風な脅し文句に思わず目をまん丸くするルージュノワールちゃん。

 

 仁○なき戦いをたくさん見てきた私には死角は無かった。ミホノブルボンの姉者! 見といてくだせぇ! ワシャ勝つぞ!

 

 ちなみに英語とフランス語はできないけれど、私は広島弁と関西弁と薩摩語は話せるのだ。どうだ、すごいだろう、え、別に凄くないですか? そうですか。

 

 無様なレースをして、グギギギ、くやしいのう、とは言わない様にしておかねば。

 

 私の異様な威圧感に圧されているルージュノワールちゃん、周りにいるウマ娘達もその光景を見て目をまん丸くしているので、最後に大声で一言こう告げる。

 

 

「わかったら返事じゃ! ゴラァ!」

「はい!」

「すみません! 調子に乗りましたぁ!」

 

 

 そう言いながら、私の側からササァっと散っていくウマ娘達。

 

 あれ? そんなに怖かった?

 

 その私と他のウマ娘達のやり取りの様子を見て、観客席から爆笑しているウマ娘の姿を私は見つけてしまった。

 

 そう、言わずもがな、ゴールドシップである。

 

 アカン、また余計なところを見られてしまったのではないだろうか?

 

 そんな中、観客席からも私の最後のドスの効いた一声が聞こえて来たのか、こんな声がちらほらと上がり始める。

 

 

「おい、あのウマ娘やべーよ…」

「あれ、暴君ってよりヤクザだよな」

「あいつ服下にチャカ持ってるぞ、チャカ」

 

 

 そう言いながら、ザワザワと私の声に反応して声を上げる観客達。

 

 持ってないよ! レースで拳銃なんて使うかっ! アホかっ!

 

 また悪ノリで余計な事をしてしまった様な気がする。観客席で私を眺めている義理母とミホノブルボン先輩の視線が痛い。

 

 はい、ごめんなさい、ちゃんとします。調子に乗りました。坂路は増やさないでくださいお願いします。

 

 ちくしょう、こんな事やってるからゴルシから気に入られちゃうのか、反省しなくては、でも、後悔はしていない。

 

 そんな事をやっている間にゲートインへ。

 

 私はミホノブルボン先輩の様に首の骨をボキリ、ボキリと鳴らし、ついでに、拳の骨を鳴らしながらゲートに入る。

 

 私がそのような事をしながらゲートインをしたものだから、左にいるウマ娘は思わずヒィ! と悲鳴を上げてしまった。

 

 いや、そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか、パフォーマンスじゃないですか! パフォーマンス!

 

 プロレスとかでもよくやるでしょう? あれと一緒なんですよ、やだなぁ、威嚇のためにするわけないじゃないですか。私は真面目なウマ娘なんですよ? ゴールドシップみたいな癖ウマ娘などではないですし、多分。

 

 そうしている間にゲートインも終わり、いよいよ出走へ。

 

 私はいつものように姿勢を低くして、クラウチングスタートから入る。

 

 距離は1800m、前回よりも距離は伸びたが、来年のクラシック完全制覇を目指す私にとってみれば短いものだ。

 

 

 次の瞬間、パンッ! という音と共にゲートが開き、私は足に力を込めて勢いよく飛び出した。

 

 その際、内側に入ってこようとして来たウマ娘と何人か接触したような気はしたが、多分、気のせいだろう。

 

 実況アナウンサーはこれを見て思わず声を上げる。

 

 

「あぁっと! これは凄いスタートを決めたぁアフトクラトラスゥ! 先行争いに入ろうとしたウマ娘を外に弾き飛ばして内に入れさせようとしないっ!?」

 

 

 そう言いながら、声を上げるアナウンサーと観客席からザワザワと声が上がった。

 

 無理矢理、私がこじ開ける形で他のウマ娘の先行争いを終了させたので、私と身体がたまたま接触したウマ娘は弾け飛び、ヨレて後方にズルズル下がるしかなかった。

 

 そして、そうこうしてる間に私はどんどんとスピードに乗り、加速していく、気がつけば後方とは20身差近く離れていた。

 

 しかし、後方にいるウマ娘達は間合いを詰めてこようとはしてこない。

 

 まあ、たしかに1800mのレースだし、残り400mからみんな詰めてくるでしょう。

 

 あれ? 以前もこんな事があったような気がするけれど、気のせいだろうか?

 

 私はグングンとスピードを上げながら後方を改めて確認する。

 

 辛うじて、先程、私を挑発してきたウマ娘であるルージュノワールの姿が見えるような気がするが、それでも12〜15身差離れてるような気がする。

 

 実況アナウンサーは残り400mを切ったあたりで、思わずこのレースに声を上げる。

 

 

「またもやアフトクラトラス一人旅! ついてくるウマ娘は居ません! まだ離す! まだ伸びる! 今、余裕のゴールインッ!」

 

 

 楽々と力を持て余したまま、ゴールを駆け抜けていく私。

 

 それからだいぶ経って、他のウマ娘達も次々とゴールに入ってくる。だが、皆が息を切らしながら膝に手をついていた。

 

 2着はルージュノワールだった、だが、それでも私との差は歴然としてあり、彼女自身も涙を流しながら下を向いていた。

 

 己の不甲斐なさからか、それとも、明確過ぎた私との差からかはわからない。

 

 だが、彼女は少なくとも今後、私と共にレースを走る事はないだろうなと直感がそう告げていた。

 

 

 そんな中、私はある事に気がついてしまった。

 

 

 後続で入ってきた他のウマ娘達の私の見る目が何か恐ろしい者を見るような視線である事を。

 

 それは、明らかに化け物や力の差が歴然としている者を見るような眼差しだ。

 

 だからだろうか、レースを終えたウマ娘達は誰一人として、私には近寄ろうともしなかった。

 

 優勝おめでとうや、すごかったねといった賞賛の言葉は投げかけられる事はなかった。

 

 いや、私自身がそれを望んでいたわけではない、望んでいたわけではないが、勝って当たり前なレースをした事で完全に私は彼女達の心をへし折ってしまったのである。

 

 あと、多分だが、最初にドスの効いた声で脅したのが原因かなとちょっと思ったりした。

 

 ほぼ間違いなく、あれが原因だろう、余計なことをしてしまった、なんであんなことしたんだ私。

 

 私は思わず、拍手を送ってくれる観客席へと視線を向けて、手を振り、笑顔でそれに応える。

 

 

「…やってしまった…」

 

 

 レースに物足りなさを感じながら、私は笑顔を浮かべて静かに呟いた。

 

 その後のウイニングライブも一応行なったが、ファンから熱い声援を送られる中、私は笑顔でキレキレの踊りを披露した。

 

 重石を着けたウイニングライブの特訓がここで役に立った。

 

 おかげでバク転やバク宙を入れたりして、観客を大いに楽しませる事に成功した。あれ? 私、これだけでご飯食べていけるんじゃないかな?

 

 重石が無いと身体がこんなにも軽いとは思わなかった。いや、重石つけて普通はウイニングライブなんかやらないんですけどね。

 

 こんな感じてウイニングライブを踊り切り、私は満面の笑みを浮かべて観客達に手を振り続けながら退場していった。

 

 そんな中、OP戦の勝利を祝ってくれるのは同じチームメイトであるアンタレスの面々と私に縁がある人達だった。

 

 

「おめでとう、アフちゃん!」

「凄かったじゃないか、私と併走した結果がちゃんと出たな」

「おめでとうございます、妹弟子よ」

「ようやった! でかしたぞ!」

 

 

 そう言いながら、暖かく迎えてくれた彼女達の言葉に私は思わず安心したように笑みを浮かべてしまった。

 

 ライスシャワー先輩、ナリタブライアン先輩、ミホノブルボンの姉弟子、そして、アンタレスの他の面々は義理母はそうやって、ウイニングライブを終えた私を待ち構えて祝ってくれた。

 

 私は照れ臭そうに彼女達にお礼を述べる。

 

 

「ふふっ、ありがとうございます」

「よーし! それじゃあ祝勝会やろうぜー!祝勝会! 今日は鍋だ! 鍋!」

「えっ!? バンブー先輩! それほんとですか! やったー!」

「ニンジンジュース、まだ部室に置いてた気はするけど…、また後で買って来なきゃね」

 

 

 そう言いながら、ニンジンジュースについて心配するライスシャワー先輩と鍋で盛り上がるバンブーメモリー先輩達と共に帰路につく私。

 

 どちらにしろ、今日はめでたいデビュー戦からの二連勝目だ。この調子を保って、次の重賞も必ず取ってみせる。

 

 こうして、私のOP戦は物足りなさを感じつつも圧勝という結果に終わった。

 

 勝者は勝ち続けると孤独になる、その言葉の意味を少しだけ理解出来るようなそんなレースだったが、これで私は何の憂いもなく重賞に挑む事ができる。

 

 そして、私のOP戦が終わってから直ぐに、姉弟子であるミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩が挑む、クラシック第一弾。

 

 皐月賞の日が着実に迫って来ていた。


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