澄み渡る青空の下、私はレース会場に立っていた。
周りにはたくさんの観客達が楽しそうに今日のレースについて話している。
私はなんで自分がこんなところにいるのか、わからなかった。
あ、違う、そうだ、今日は確かG1レースがあるんだった。
確か、私はそのレースを観る為にここに来たんだ。
今日は好きなウマ娘のラストランだったかな。
そんな中、私がレース場を歩いているとある親子の会話がふと耳に入ってきた。
「ねぇ、お父さん! どんなウマ娘が1番強くてかっこよかったの?」
それは、子供のふとした疑問だった。
最強のウマ娘はどのウマ娘か、1番早くて強くてカッコいいウマ娘は、どんなウマ娘なのか。
そう、皆が思う素朴な疑問だろう。私はふと、足を止めてその親子の会話を聞く事にした。
「そうだなぁ、キーストンだろ? あ、ルドルフも強かったなぁ! サクラスターオーも良い! いや、ナリタブライアンも好きだ! シャドーロールがかっこいいしなっ!」
「へぇ!! 他には他には?」
子供は目を輝かせて、凄いウマ娘達を語る父親に食い付く様にそう問いかける。
うん、皆、かっこよくて強いウマ娘ばかりだ。
その中にはライスシャワーやミホノブルボンの名前も挙がる。当然だろう、だって私の自慢の家族なんだから。
そう、彼女達は強くてかっこよくて優しくて、いつも私を支えてくれた。
私は知っている。きっと、その挙がる名前に私の名前は決して入っていない事を。
だから、私は足早にその場から立ち去ろうとした。
「だけどな! やっぱり1番はアフトクラトラスだろっ!」
「……!?」
私はその挙がる事が無いだろうと思っていた名前にピタリと足を止めた。
何故、私の名前があがるのか分からなかった。
ディープインパクト、オルフェーヴル、ナリタブライアン、シンボリルドルフ。
この名前が挙がるのは理解できる。それなら、海外には凄い馬だってたくさん居るはずだ。
なのに、どうして、彼の口から私の名前が出たのだろうか、私は不思議で仕方なかった。
それから、彼はゆっくりと話をし始めた。
「それじゃ、教えてやろう。アフトクラトラスという名前のウマ娘についての話を」
それから、彼は自分の娘に私についてのエピソードを面白おかしく話をし始めた。
癖が強くて、たくさんの人を困らせた事。
努力家で人一倍たくさんの努力をして来た事。
海を渡り、多くの強敵達と戦ってきた事。
その語られる話がまるで、英雄譚の様に彼は自分の娘に語り聞かせる。
多くの苦悩、挫折、そして、栄光。
それから、いろんな人から愛されていた事を彼は自分の娘に言い聞かせる様に語った。
「凄ーい!」
「そうだろ? 俺が1番好きなウマ娘なんだよ」
娘に満面の笑顔を向けながら語る彼。
私はそんな二人のやりとりを見ながら、思わず自然と涙が頬から流れ落ちるのを感じた。
そっか、私が今まで積み重ねてきたのは間違いなんかじゃなかったんだってそう思えた。
親から子供へ、語り継がれる様なウマ娘に私はなれたんだとそう感じた。
場面は切り替わり、辺り一面に草原が広がっていた。
そこには、ポツンと一人で私がその場に立っている。
懐かしい光景だった。この光景は確か、私の実家、義理母と過ごした家の近くの光景だ。
「……アフ」
ふと、私を呼ぶ声がして、私は後ろを振り返る。
そこには、笑顔を浮かべている義理母の姿があった。
私はそんな義理母にゆっくりと向き直ります。
そう、これまで、私が悔いなく走って来れたのは間違いなく義理母のおかげでしたから。
私はそんな義理母と向き直りながら、今まで語れなかった事をゆっくりと話し始めました。
ウマ娘専用病院。
急患として運び込まれたアフトクラトラスはかなり危険な状態でこの場所に緊急搬送された。
一刻の猶予もない中で、心臓についての手術と足の骨折もあり、予断を許さない状況だ。
外では深刻な表情を浮かべた医師がライスシャワーとミホノブルボンの二人にこう告げている。
「……ご家族の方ですか?」
「はい、そうです」
「そうですか……。お覚悟をしておいてください、かなり危険な状態です」
その言葉を聞いたミホノブルボンは拳を震わせながら、目に涙を浮かべる。
そして、それを聞いていたナリタブライアンはフラフラと疲れ切った様子でその場から立ち上がり外へと歩いていく。
アフトクラトラスのその状況に皆が悲しみでいっぱいだった。
「クソッ! ……あの時、無理矢理でも走らせるのを止めるべきだった……ッ!」
ブライアンは拳を病院の壁に叩きつけて、声を震わせながらそう呟く。
あの姿に自分もまた見入ってしまった。誇り高く駆けるアフトクラトラスを見てナリタブライアンは美しいと感じてしまった。
己を重ねて、走り切らせたいと思ってしまった。こうなったのはきっと自分の責任だと彼女は己を責める。
失速したあの時に、アフトクラトラスを止めていれば、きっと。
今となってはたらればの話だが、それでも、ブライアンはそう思わずにはいられなかった。
静かに流れ出る涙をブライアンは拭う、そんな彼女の姿を見ていたヒシアマゾンは何も声を掛ける事ができなかった。
その病院のエントランスにはアフトクラトラスに関係があるウマ娘達が皆集まってきている。
スピカもリギルもそれ以外のチームも全員だ。
そこにはもちろん、ディープインパクトの姿もあった。
日本の至宝、有馬に散る。
この記事が出回ったのはすぐのことだ。
アフトクラトラスの悲しい知らせはすぐさま海を越えて世界中に広まった。
「……アフちゃん先輩っ……うぅ!」
「泣かないで……私だって……」
ドゥラメンテもメジロドーベルの二人も涙を流して、アフトクラトラスの無事を願っていた。
助かる見込みは少ないと言われている。
それでも、ここにいる皆は誰もがアフトクラトラスの帰りを待っていた。
まだ、有馬から彼女は帰ってきてないんだと、誰もがそう信じて。
ゴールドシップは病院のエントランスで静かにアフトクラトラスが落としたたこ焼き屋バッジを見つめていた。
「……ゴールドシップ……あの……」
「マックイーン、今は一人にしてやれ」
そう言って、声をかけようとしたマックイーンをスピカのトレーナーは呼び止める。
それは、彼女の心情を理解していたからだろう。
有馬記念を最後まで走り抜いた親友、アフトクラトラス。彼女の勇姿はあのレースを見ていた全ての人々の目に焼き付いて離れなかった。
「かっこつけやがって……。本当馬鹿だよな、お前」
誰にも見られない中、ゴールドシップは1人声を震わせながらそう呟く。
そして、ポタリっと確かにそのバッジに透明な滴が落ちた。
泥だらけになったたこ焼き屋のバッジ、それに、透明の水がポタリと落ちたのだ。
そんなゴールドシップの背中を見て、スピカの皆はアフトクラトラスを思い出す。
共に合宿をして、無茶なトレーニングも一緒にした事もあった。
「アフちゃん……」
「アフちゃん先輩、大丈夫だよね……」
あんな無邪気で優しくて、それでいて、強いウマ娘。
皆が誰もが憧れるウマ娘の無事を祈っていた。
彼女は本当は魔王なんて柄じゃない。
いつも、笑顔で破天荒な事をして馬鹿をして怒られて、皆から愛される、そんなウマ娘。
そして、その強さに皆が憧れた。
いつか、あんなウマ娘になりたいと誰もがそう思っていたのだ。
生徒会長のシンボリルドルフは静かに泥だらけになった外套を見つめる。
「…………お前の勇姿、確かに見届けたぞアフトクラトラス」
スパルタの皇帝と呼ばれた自分と異なるもう一人の皇帝。
魔王なんて呼ばれていたとしても、彼女の姿は多くの人々の心を動かし、そして、多くの感動を与えてくれた。
あの有馬記念はきっとこの先、多くの人々から語り継がれる事になるだろう。
ルドルフは静かに病院の外を見つめる。
今夜は綺麗な満月が、夜を明るく照らしていた。
私は今、青空が広がる草原でもう会う事がないと思っていた人の前に立っている。
義理母、私を愛をもって導いてくれた人だ。
私は、これまでの事を、義理母が居なくなってからの話を義理母に話した。
ライスシャワー先輩の事、自分の事、そして、約束を果たすために歩んだその道のりを。
義理母に全てを話し終えて、義理母はそんな私の言葉を聞いてこう返してくる。
「……それで? お前は満足したのかい?」
「……私は……」
果たして、満足したのでしょうかね。
悔いなく走り切った有馬記念、あの状況で出せる私の全てをぶつけたと思います。
皆が私を応援してくれて、私もそれに応えて走り抜きました。
ディープインパクトとの約束もちゃんと果たせたと思いますしね。
だが、どうしてかわからないが私はなんだか引っかかっていた。
果たして、本当にそうなのだろうかと。
だからだろうか、私は義理母に向かい自然とこんな言葉がポロリと溢れてしまいました。
「……どうでしょうね」
「ほう?」
「わからないんです。私は……やり切ったのかなってまだわからないんですよ」
周りの人達はきっと私を褒め称えてくれるかもしれない。
有馬記念を最後まで走り切って、あれだけのレースを繰り広げたウマ娘だと語り継いでくれるかもしれないです。
私の話を黙って聞いていた義理母はそんな私の手をそっと握ってきました。
「それはな、まだお前さんが走りたいと思っとるんだ」
「……え?」
「皆がお前の事を愛してくれている。
ワシが育てたウマ娘はただ強いだけのウマ娘じゃない、そうだろう?」
義理母は優しい声色で私にそう告げてくる。
皆が私の事を愛してくれている。それは、有馬記念で走っている時に痛いほど伝わった。
私がまだ走りたいと思っているだなんて、何でわかったんでしょうね義理母は。
すると、義理母はゆっくりと話を続けはじめた。
「さっき話してくれた事だがな、お前はそんな事で満足する様なウマ娘じゃなかろうて。
世界一のウマ娘? ハッ、欧州三冠や凱旋門だけでそれを名乗れるほど世界は弱かったか?」
「それは……」
「周りが世界一だの騒ぎ立てとるだけではないのか? ルドルフやブライアンは倒したのかい?
リボー、シーバード、セクレタリアト、コイツらをお前は倒したのかい、アフトクラトラス」
義理母は真剣な眼差しで私にそう告げる。
世界一のウマ娘、確かに私がそう名乗るにはまだまだ足りない事が多かった様な気がします。
なんなら、まだ、姉弟子であるミホノブルボンでさえ、私は倒してないのですから。
すると、義理母は私をゆっくりと抱き寄せると優しい言葉でこう告げる。
「……本当なら、ゆっくり休めとワシもお前に言ってやりたい。だがな、アフトクラトラス、それ以上にお前の帰りを待ってくれている人達がたくさんおるんだろう」
「…………」
「だから、お前はこちらに来るな……。お前にはお前にしかできない事がまだたくさんある」
義理母は何度も何度も私の頭を撫でながら優しい言葉でそう告げてきた。
私はその言葉に静かに涙を溢します。
気がつけば、どこからともなく、私の名前を呼ぶ声が微かだが聞こえてきました。
あぁ、そうか、私はまだ、全てやり切って無いんだな。
私は義理母に抱きしめられたまま、こう静かに告げる。
「お母さん、私はまだ生きても良いのかな……」
「ばかもん、……当たり前だ」
そして、私は抱きしめていた義理母から身体を離されると真っ直ぐに見つめられる。
もう、行きなさい、その眼からはそんな意思が感じられた。
言葉には出さなかったが、義理母はきっとそう言ったに違いないと私はそう思う。
義理母から離れた私は踵を返すとゆっくりと振り返りただ一言だけ、最後に一言だけ、名残惜しそうにこう告げた。
「……行ってくるねお母さん」
義理母は私のその言葉に静かに頷く。
懸命に私を助けてくれようとしてくれている人達がいる。
私の帰りを涙を流しながら、祈り、待ち焦がれている人達がいる。
だって、私は世界一のウマ娘だから、そんな人達の期待に応えてあげないといけないですものね。
そうして、私は果てしない草原を駆け出した。
きっとこの先に待っている人達がいると、そう信じて。