遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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明日を照らして

 

 

 どれだけの期間、私は寝ていたのだろう。

 

 私が目を覚ますと、そこは、綺麗な病室だった。

 

 口元には酸素マスクをつけられていて、私のベッドの周りにはブライアン先輩やブルボンの姉弟子をはじめ、ライスシャワー先輩、ドゥラちゃんにメジロドーベルさんとたくさんの人達がいた。

 

 アンタレス、リギル、スピカの皆もディープちゃんもルドルフ会長も皆だ。

 

 個室の病室にこれだけの人数が居たら本当びっくりですよね。

 

 ドゥラちゃん、ライスシャワー先輩、姉弟子なんて、ずっと私の手を握ったまま寝てますし。

 

 皆、毎日、来てくれてたのかな、私の様子を見に。

 

 

「……んあ」

 

 

 すると、何かを感じ取ったのか寝ていたゴルシちゃんがゆっくりと瞼を開ける。

 

 寝起きの彼女が周りを確認する様に左右に首を振る。

 

 そして、彼女がそれに気づいたのはすぐの事だった。

 

 私の意識が戻り、笑みを浮かべている姿を確認した彼女は目を見開く。

 

 

「アフ……」

「はい……、なんですか……?」

 

 

 酸素マスク越しに聞こえる私の返答にゴルシちゃんはゆっくりと涙を流します。

 

 それは、待ち侘びた帰りだったんだろう、長い有馬記念の道のりを私は帰ってきた。

 

 何気ない会話、その会話すら、もうできないと思っていた。

 

 それが、叶っている奇跡をすぐに皆に教えなければならないとゴルシちゃんは思ったのでしょう。

 

 そして、彼女は病院だというのに声をあげて、皆を叩き起こす。

 

 

「起きろーー!! お前らッ!! 馬鹿が起きたぞォォォ!」

 

 

 そう言って、周りに声を掛けるゴルシちゃん。

 

 第一声が馬鹿が起きたって酷くない? え? 酷くない? なんだって起きて早々私こんな扱いなんですかね。解せぬ。

 

 まあ、喜んでくれてますし、私は身体がこんなんなんでそこまで突っ込む気持ちにもなれないんですけども。

 

 その、ゴルシちゃんの大声を聞いて目を覚ました皆は私の目を開けた姿を見て涙を浮かべていた。

 

 

「アフちゃんッ!」

「先輩ッ!」

「うおっ!?」

 

 

 そして、起きた私にまず抱きついてきたのは手を握っていたドーベルさんとドゥラちゃん。

 

 ずっと心配してくれたみたいでしたからね、この二人は。

 

 有馬記念でも、爆弾を抱えて走る私の姿は不安でしょうがなかったでしょう。

 

 号泣しながら抱きついてきた二人を私は優しく何度も撫でてあげます。

 

 

「お帰りッ! お帰りなさいっ!」

「もうどこにも行かないでくださいッ!」

「……ごめんね、心配をかけましたね」

 

 

 二人のその言葉に私は謝りながら頭を撫でてそう告げる。

 

 話を聞けば、もう年も明けてかれこれ一ヶ月近く、私はずっと寝たきりで意識がない状態が続いていたらしい。

 

 ただ、今回、幸運にも命が助かったのはオカさんが私に約束した通院と薬が私の生存率を上げてくれていたそうだ。

 

 ちょっとした積み重ねだが、こんな積み重ねでも続けていれば、やがて結果はいい方向に向いてくれる。

 

 その事が改めて今回、身に沁みました。

 

 

「妹弟子……」

「アフちゃん」

 

 

 そして、私の名前を涙を浮かべながら呼ぶ二人。

 

 ライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子、二人は私の顔を見て嬉しそうに笑みを浮かべていました。

 

 私は静かに頷きながら、二人に笑みを返します。

 

 

「お帰りなさい」

「ただいま帰りました」

 

 

 私の言葉に二人は頷きながら、周りにいたウマ娘達も涙を拭う人、号泣する人、拍手をしながら涙を流す人など多くの人が私の帰りを歓迎してくれました。

 

 散々、心配かけてきましたからね。私と親しい人は特になんですけど。

 

 ライスシャワー先輩とミホノブルボンの姉弟子にも心配たくさん掛けちゃいましたからね。

 

 ブライアン先輩は目覚めた私にひたすら謝ってました。

 

 

「すまなかった、アフッ……私がっ……」

「ブライアン先輩は何も悪くないんですよ」

 

 

 そんな、泣きついてくるブライアン先輩に私は優しく撫でながらそう言ってあげました。

 

 ブライアン先輩は何も悪くなんてない、悪いとしたら約束を果たすために走る事を選択した私だろう。

 

 むしろ、レースを止めないでくれて感謝すらしています。

 

 お陰で私は彼女との約束も果たす事が出来ましたからね。

 

 皆との再会を喜びながら、私はふと、義理母から言われたことが脳裏によぎる。

 

 私の事を待ってくれている人達がいる。

 

 

(ありがとう……。義理母)

 

 

 私はこの場所に帰るように促してくれた義理母に心の中で感謝を述べた。

 

 待ってくれていた人達の期待に応えられた事がきっとこれまでで1番嬉しかったかもしれない。

 

 ふと、そんな事を思いながら私はこの瞬間を噛み締めました。

 

 

 

 それから、数日後。

 

 意識を覚ました私は精密検査を行う事になりました。

 

 足も疲労骨折していたみたいでしたからね。松葉杖をつきながら、病院の廊下を歩く私。

 

 そんな私の前に一人のウマ娘が立ち塞がります。

 

 顔を上げて、その娘の顔を私はゆっくりと確認する。

 

 

「ディープちゃん……?」

「…………」

 

 

 そこに立っていたのは、あの有馬記念で壮絶な一騎討ちをしたディープインパクトでした。

 

 彼女は私の問いかけに無言で答えます。

 

 そして、早足で私のところに近寄ってくると彼女は私の胸ぐらを掴んできました。

 

 胸ぐらを掴んできたディープインパクトの顔には涙が浮かんでいます。

 

 彼女は震える声で私に向かいこう告げてきました。

 

 

「……なんでッ! こんな風になる必要があったんですかッ!」

「…………ッ!」

「私はッ! 望んでなんてないっ! 貴女のそんな姿なんて望んでなかったんです……っ」

 

 

 彼女は涙を流しながら私にそう訴えかけてきます。

 

 約束を果たすために、無理を押してまで走った私がこんな風になる事をディープインパクトは望んでなんていなかった。

 

 彼女は私を越えるために全力でトレーニングに励んできたに違いない。

 

 海を渡り、凱旋門まで獲り、私の前に立とうとした。

 

 辛い事もキツいトレーニングも私との誓いがあったからこれまで乗り越えられてきた。

 

 

「私の憧れの先輩だったんですっ……! だから……っ」

 

 

 だから、私を越えたかったんだとディープインパクトは語る。

 

 真っ向勝負で私というウマ娘を倒したかった。

 

 宝塚で負けた時、改めて彼女は私を倒す事を目標にして、毎日毎日、走り続けた。

 

 どれだけ、私が頑張ってきたのかを姉弟子から聞かされながら、それでも、それを越えるための努力を積み重ねてきた。

 

 だから、私は彼女のその頑張りに報いたいと思ったんだ。

 

 私は胸ぐらを掴んだまま涙を流すディープインパクトの頭をそっと撫でると胸元に抱き寄せる。

 

 

「……えぇ、わかってます」

「…………」

「だから、貴女に応えたかったんです。全力で貴女と真っ向から私も戦いたかったんです」

 

 

 ディープインパクトもきっと私が有馬記念を走り切って倒れた時、動揺したに違いない。

 

 自分のせいで、私が倒れてしまったんじゃないかときっと己を責めたに違いありません。

 

 だけど、それは違う、全ては私が選んだ事。

 

 一度負けたくらいで首を下に下げない、そんなディープインパクトと真っ向から戦いたいと心の底から思ったから私は走ったんだ。

 

 

「ごめんなさい、私の我儘のせいで……傷つけてしまいましたね」

「…………ッ!」

「強くなりました、本当に……。私と同じ景色を見れるくらい貴女は強くなりましたよ」

 

 

 私はディープインパクトを抱き締めたまま、優しい声でそう彼女に言ってあげた。

 

 本当に強くなった。私がこれまで戦ってきたウマ娘も皆、強敵ばかりでしたがディープインパクトは私に迫るくらい強く、いや、もしかすると私よりも強くなってきたのかもしれない。

 

 でも、彼女の存在が私をまた強くしてくれました。これからも、きっと、私も彼女ももっと速く走れる。

 

 私の言葉を聞いたディープインパクトは大声で私の胸元で涙を流し号泣する。

 

 そんな、彼女を私は笑みを浮かべながら泣き止むまで抱き締めてあげた。

 

 

 

 それから、私は精密検査を受けて医者の前に座る。

 

 一ヶ月、生死の狭間を彷徨いながら、助かる見込みが少ない中で無事に生還を果たした私。

 

 そんな奇跡的な復活に医者はカルテを見て、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……心臓の爆弾ですが、手術により取り除く事ができました。後は回復を待つだけでしょう」

「本当ですか!?」

「えぇ、本当によかったです」

 

 

 医者は満面の笑みを浮かべ私にそう話す。

 

 奇跡的な回復、本来なら助かる見込みも少なく、成功率的には50%以下になる手術で私の心臓の爆弾を取り除く事に成功したという話であった。

 

 特に運ばれてきた時に緊急に行った難しい手術だったらしい。

 

 本当、助かったのは義理母のおかげだったのかもしれませんね。

 

 医者はしばらくすると表情を少しだけ曇らせ、私に話を続けはじめる。

 

 

「ですが、疲労骨折の方も含め以前のように走れるようになるとは、正直わかりません」

「…………」

「……引退は……考えていませんか?」

 

 

 私にそう問いかけてくる医師はこれから安静にしてゆっくり休み、走らない事を私に勧めてきた。

 

 ですが、私はそんな医師の言葉に笑みを浮かべる。

 

 引退? 大人しくした方が良い? 

 

 私がそんな大人しいウマ娘に見えるんですかね、そう、私は皆から言われていますから。

 

 世界一の馬鹿で癖が強いウマ娘だってね。

 

 私は笑みを浮かべたまま、当然のように医師に向かいこう告げる。

 

 

「いえ、走るつもりですよ、これからも、この先も」

「……そうですか」

 

 

 医師は私のその返答にやっぱりと言った具合に困ったような笑みを浮かべていた。

 

 そう、私はまだ走れる。きっと走れるようになる。

 

 皆が応援してくれる限り、私はずっと走っていられる。

 

 義理母が皆が私の背中を押してくれているんだから応えなきゃ、無敗の三冠ウマ娘じゃないですもんね。

 

 どんな厳しいトレーニングだって、義理母と姉弟子とライスシャワー先輩とアンタレスの皆と越えてこれた。

 

 これから先、どんなにキツい事だって私は乗り越えていけると信じている。

 

 

 

 それから、私の長いリハビリ生活がスタートした。

 

 リハビリも私一人だけじゃない、だって、隣にはライスシャワー先輩が居ますからね。

 

 私はライス先輩と共にまた走れるように復帰戦を目指してそれからずっとリハビリのトレーニングに励んだ。

 

 

 そして、それから数ヶ月後のある日。

 

 この日、私はある人の元を訪れていた。それは、私の我儘に付き合ってくれたトレーナーだ。

 

 彼は私の義理母の眠る墓の前で手を合わせ、静かに目を瞑っている。

 

 

「こんなところで何をしてるんですか?」

「………………」

 

 

 私の問いかけに答える事なく、手を合わせたまま目を瞑るトレーナー。

 

 そう、私をあの有馬記念まで指導してくれたオカさんである。

 

 病院にいた私のお花をいつも替えに来てくれていたとお医者さんからずっと聞いていましたが、私が意識を取り戻してから彼が私の元を訪れる事はありませんでした。

 

 理由はわかっています。合わせる顔がなかったとかそういう理由なんでしょうきっと。

 

 有馬記念まで、彼は私の病気のことを知りながらも走る事に協力してくれました。

 

 あぁなるだろう事はきっと予期していたのだと思います。だけど、彼は私をずっと支えてくれていました。

 

 彼は手を合わせたまま、ゆっくりと私にこう話し始める。

 

 

「……遠山さんに顔向けできなかったんだがな、大事な娘を走らせてあんな風にしちまったんだ。当然だ」

「…………」

「だからこうやって、墓に詫びを入れにきておったんだ……せめての」

「罪滅ぼしとか言うのはやめてください」

 

 

 私はそう言って、オカさんが言おうとした言葉を遮る。

 

 オカさんは何も悪くなんてない、誰も何も悪くはないのだ。きっと私が彼に罪悪感を与えてしまっていたんだろう。

 

 だからこそ、それは間違いであるとオカさんに私は伝えたかった。

 

 あぁなる事を選択したのは私、せめて、力尽きるならばターフの上でと、走る事を決めたのは私なのだ。

 

 ブライアン先輩もディープインパクトもオカさんも誰も悪くない。

 

 だから、本当に謝らなくてはいけないのはきっと私。

 

 

「あれは、私の我儘だったんです。付き合わせてすみませんでした、オカさん」

「…………」

「だから、オカさんは何も悪くありません」

 

 

 きっと、オカさんもあの時の私の気持ちを尊重してくれたんでしょう。

 

 私が勝ちたいと強く望んだから、約束を果たすために命すら賭けて走りたいと言い切ったから付き合ってくれたんだ。

 

 今思えば、オカさんのおかげで私はあそこまで走る事ができたと言っていい。

 

 

「……はっ、ルドルフにもお前さんにも俺は教わってばかりだな本当」

「オカさん……」

「……本当は今日、この場所でケジメをつけに来たつもりだった。今日はその報告を遠山さんにしに来たんだよ」

 

 

 それは、きっとオカさんがトレーナーを辞めるということだろう。

 

 心臓に爆弾を抱えた私を走らせた事を義理母に詫びて、その責任を負うつもりだったらしい。

 

 だが、私はそんな事は一切望んでなんていない、むしろ感謝している。オカさんは私の命を守ってくれた優秀なトレーナーだ。

 

 

「……私のトレーナー、続けてくれるんでしょう?」

「……何言ってんだお前……足もまだ……」

「こんなもの、すぐに完治させますよ」

 

 

 私は迷わずオカさんにそう言い放つ。

 

 そう、医者が周りがなんと言おうとも絶対に治してまたターフを駆けてみせる。

 

 義理母にまだ、走りたいと言ってのけたのだ。だからこそ、まだまだ私は駆けたい。

 

 オカさんは真っ直ぐに私の眼を見つめる。

 

 トレーナーとして、本来ならあの時、私を止めるべきだった。

 

 一流のトレーナーなら、絶対に自分が担当しているウマ娘を走らせるべきじゃなかっただろう。

 

 それでも、私の気持ちを汲んで走らせてくれたオカさんは周りがなんと言おうと超一流の私のトレーナーだ。

 

 

「……ハァ、またルドルフの奴にどやされるなぁ」

「大丈夫です、私なんてしょっちゅうどやされてますから」

「お前さんは自業自得だろう。当たり前だ」

 

 

 そう言って、互いに笑う私とオカさん。

 

 ルドルフ会長が繋げてくれた縁、最初こそ義理母以外のトレーナーなんてと思っていたが、今の私には間違いなくこの人が必要だ。

 

 この先も倒さなくてはいけない強敵がいる。そんな彼女達を倒すために今よりも私は強くなりたい。

 

 今はこんな身体だけど、私には支えてくれるファンと仲間達がたくさんいるから。

 

 

 だから、私はライス先輩と共に戻るのだ。あの皆が待つターフへ。

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