あの有馬から約数ヶ月。
かなりの時間が経ち、私もライスシャワー先輩もリハビリを続けて回復してきた頃。
トレセン学園にあるウマ娘専門病院は慌ただしくなっていた。
その理由は明白であった。
「先生! またアフちゃんが脱走しましたッ!」
「……またかぁ」
そう、私が病院から毎回のように脱走を繰り返していたからだ。
病院なんていたら気が滅入ってしまいますからね。
いや、私はたしかに病人というか怪我人ではあるんですけども。
こうして、病院から脱走を繰り広げる私に他の看護婦やお医者さんは頭を抱えていたわけだが。
当の私はというと?
「こちらアッフ、阪神レース場に潜入した。ミッションを開始する」
見慣れない段ボールが阪神レース場にちょこんと一つ置いてあるが、これが私である。
段ボール迷彩はさすがですね、きっと誰にも気付かれていないに違いありません。
悲しきかな、尻尾までは隠せなかったので段ボールからはみ出てしまっていますが、そこは愛嬌です。
段ボールを被ったまま、阪神レース場のレース会場まで行く私。
確か、今日は宝塚記念があるんでしたっけね。
うむ、G1か、素晴らしいではありませんか。
私は段ボールで移動しながら会場内へ侵入する。
なんか、さっきからやたらと視線を感じる気がするが、きっと気のせいですよね?
会場は多くの観客で賑わっていた。
それはそうだろう、今回の宝塚記念には有名なG1ウマ娘が走るのだから。
しかし、ルドルフ会長が今回走るのなんて珍しいですよね?
満員の観客が見つめる中、レースはやはりルドルフ会長が先頭のままレースを走り抜けていた。
「シンボリルドルフ先頭! シンボリルドルフこれは強いッ! 今、一着でゴールイン!」
皇帝はやはり強かった。会場の皆は感心したようにルドルフ会長に拍手を送る。
さて、そろそろ私の出番だな。私はニシシと笑みを浮かべたまま、レース場に段ボール姿で紛れ込む。
そして、会場に突如として現れた見慣れない段ボールに会場にいる観客達はざわめき始めた。
「なんだあの段ボール……」
「尻尾生えてるぞ」
「あんなウマ娘居たか?」
皆はいきなり現れた動く段ボールに驚いたような声をあげていた。
まあ、普通にそうなりますよね、そうです、私だよ。
私はモゾモゾと移動しながら、観客達の前に向かう。
その段ボールが動く姿に会場にいたウマ娘達も騒然としていた。
その正体を見抜いていた一人を除いては。
「あの馬鹿……」
ルドルフ会長は青筋を立てて、頭を押さえてその段ボールを見つめている。
しばらくして、私が入った段ボールは観客達の前に止まり、動きを止めた。
観客達はその奇妙な段ボールに全員釘付けになる。
そして、全員から視線が集まったその時だった。
私は段ボールを跳ね除け、姿を現す。
そう、病院のパジャマ姿と眼帯を着けてキメ顔をしながら皆にこう言った。
「待たせたなッ!」
その瞬間、会場は大歓喜と大爆笑に包まれた。
それはそうだろう、あの有馬記念以来、私は人前に顔を晒していなかった。
ぶっ倒れた私の姿しか観客達は知らないわけなんだが、こうして、いきなり現れた私の姿に思わず涙するファンまで居た。
どうですか、なかなかのサプライズでしょうこれ。
「ビックアフ! ビックアフじゃないかッ!」
「何やってんだアイツ!」
「いやぁ、本当! アッフは変わらんなぁ!」
すまんな、シャドーモセスまで出張に行ってたんや、皆、許せ。
まあ、ちょっと前まで意識不明の重体だったんですけどね、ほら、こんな感じで元気な姿を見た方が皆も喜ぶかと思って。
しばらくすると、背後から懐かしい圧を感じる。
そこには仁王立ちしたルドルフ会長が立っていた。
「アフ〜〜、病院抜け出して何をしてるんだ? お前」
「ひゃ、ひゃい!」
次の瞬間、ゴチンッという音と共にルドルフ会長の石頭の頭突きが私の頭に炸裂する。
これはひどい、こちとら病人やぞ! 頭にたんこぶが出来ました。解せぬ。
それから、私はズルズルとルドルフ会長から引き摺られていくわけなんですが、その光景を見ていた観客達は大爆笑していました。
いつものような光景、この姿が皆が待っていたアフトクラトラスの姿だ。
「お前はぁ〜〜!! また皆に心配かける気か!」
「ぎゃ〜〜! が、眼帯を引っ張らないでぇ! や、ヤメロォー!」
そう言って、宝塚記念の会場でエアグルーヴ先輩から眼帯を引っ張られる私。
パチンッ! とカッコつけて付けた眼帯を引っ張られて目にダメージを受ける。
これ地味に痛いんですよね、私の復帰戦はまだまだ先だというのに勝手なことをしたらこれは残当なのは当たり前なんですけども。
「元気になったと思ったらこれだもんなぁ、お前」
「おー! これはヒシアマ姉さんッ! 元気にしてましたかッ!」
「どこ見て挨拶してんだお前は」
そう言って、軽く頭をスパンと叩いてくるヒシアマ姉さん。
どこってそりゃ乳上様に決まっているではないですか、ハロー元気にしてたかい、私のお気に入りの枕さん。
私はヒシアマ姉さんに久々に抱きつきながら、その感触を確かめる。よし、相変わらずこの柔らかさは素晴らしい。
「というかお前、今日はライスシャワーとリハビリだろう」
「あ、忘れてました、ていうかまどろっこしいんでサイボーグ坂路走りたいんですが」
「おい、馬鹿やめろ」
私がこうやってサイボーグ坂路を走ろうとすると皆さん羽交い締めにしてくるんですよね。
おい、なんでじゃ、復帰戦に向けてべつに走らなきゃあかんでしょう! 離せー!
まあ、医者曰く、まだダメみたいですからね無理なトレーニングは。
次したら息の根止めるぞって忠告受けました。本当に医者かいな。
すると、ナリタブライアン先輩は私の側に近寄るとゆっくりと抱きしめてきた。
「……無理はするな、アフ。焦らなくてもレースは逃げんさ」
「んなこたぁ知ってます! でもですね」
「もうあんな思いはしたくないんだよ」
ブライアン先輩のその言葉に私はハッとなって、口を閉じます。
そうですね、皆、辛い思いをさせてしまいましたから、もう、私に無理を絶対にさせたくないって気持ちはわかります。
私は抱きしめてきたブライアン先輩の背中を摩りながら優しくこう告げます。
「……大丈夫ですよ、もう何処にもいきませんから」
「あぁ、頼む……」
「ちょっと過保護過ぎやしませんかね?」
私は苦笑いを浮かべながらそう告げるが、皆は一同に首を左右に振っていた。
なんてこったい、私の味方は誰もいなかった。
皆も私の事が心配で仕方なかったらしい、病院から抜け出してきたのも本当はルドルフ会長も激おこぷんぷん丸だとか。
いや、ルドルフ会長はいつも悪戯して激怒ぷんぷん丸にしてるからこの際どうでもいいんですけど(良くない)。
すると、背後から私の名前を呼ぶ一人のウマ娘が居ました。
「アフ! 貴女何してるんですかっ」
「ギクッ」
そう、その声の主は何を隠そう姉弟子です。
そういえば、宝塚記念見にきてるって言ってましたっけ、やっべー忘れてました。
せっかく私がスニーキングムーブをかましていたというのに、これでは、本末転倒ですね。
「ほら、帰りますよ」
「あーー! 待ってぇ! やだー!」
ズルズルとパジャマを引き摺られながら、会場から姉弟子に連れ出される私。
そんな微笑ましい光景に皆は笑いを溢していた。
相変わらずだなと、まあ、あの時の私を見ていた彼女達からしたらようやく帰ってきたと思っているかもしれませんね。
それから大体、1ヶ月くらいが経った頃。
私はライスシャワー先輩と復帰戦を目指してサイボーグ坂を登っていました。
リハビリもある程度、完了しましたしね。
次はついにレースに向けての調整です。
「はぁ……はぁ……。やっぱりブランクあるとキツイですね」
「そうね、また本数増やさないと」
「間違いないです」
ライスシャワー先輩の言葉に笑顔で答える私。
懐かしいかな、マトさんが指導についてくれるおかげで檄が飛んできますし、トレーニングにも身が入ります。
後は、なんかモデルの仕事がぶち込まれてました。
おい、誰だこんな仕事入れたやつは。
話を聞くとなんとたづなさんでした。たづなさんマジ抜け目ないんだが、おい!
「ゴールドシチーさーん、アフトクラトラスさん視線ください!」
「こ、こうですか?」
「アフ、あんたそれメンチ切ってる」
ゴールドシチーさんの指摘に笑いが溢れる現場。
なんだと! 視線くれ言うたやん!
メンチ切ってるだなんて酷い! これでもこちとら真面目にやっとるんだぞ! ぷんすこ!
そんな感じで写真撮影も終わり、また、私は復帰戦に向けてトレーニングを積み重ねる。
夏を経て、季節は巡り秋。
ライスシャワー先輩も私も共に足の調子は良くなり、ようやっと、復帰戦が決まりました。
しかも、同じ日にね本当に長かったですが、この時間は本当に嬉しかった。
ただ、一言物申したい。
「ていうか、私の復帰戦がG1天皇賞秋ってどうなってんですか本当!」
「まあまあ」
「アッフなら多分勝てるだろお前」
「そういうとこやぞゴルシお前!」
レースを提案したのはなんとゴルシちゃん。
アフならG1くらいが復帰戦にちょうどいいとか、マジでふざけんなと思いました。
まあ、でもライスシャワー先輩もなんやかんやで通常レースを走るみたいなんでね。
私もそんな気持ちで走ろうかなと、え? 一着じゃないとダメ? あ、そうですか。
控え室には私とライスシャワー先輩の様子を見ようとたくさんのウマ娘が駆けつけてくれた。
「アフちゃん、頑張って!」
「ありがとう、スズカさん」
「アフちゃん先輩無理はダメですよ?」
「スカーレットちゃんもありがとう」
皆から心配されてばかりだな私。
まあ、それはそっか、散々心配かけちゃってましたからね。
ドーベルさんとドゥラちゃんなんて四六時中私のそばから離れようとしませんでしたし。
病院から抜け出すたびに怒られてました。二人からお説教です。
それから、レースに向かう為に私とライスシャワー先輩は準備を終えて、控え室から出る。
長いレース場に向かう通路で私はライスシャワー先輩の手を握りながら大きく深呼吸する。
「緊張してる?」
「ライスシャワー先輩の手を握ってるからドキドキしてるだけです」
「……ふふ、そういうことにしとくね」
私とライスシャワー先輩はレースに続く通路をゆっくりと歩み始める。
さまざまな困難が立ち塞がったこの数年、たくさんの人から支えられてようやくこの場所にたどり着いた。
また、あのターフで走ることができる。
私はようやく、この場所に帰ってこれたんだ。大事な人と共に。