ウマ娘八番勝負一戦目。
満員の中山レース場、そのレース場には今日のレースを見逃すまいと多くの観客が詰め寄っていた。
本日の試合、三冠レースを見るために。
「さあ、本日は晴天となりました中山レース場ですが、会場は満員。三冠ウマ娘の直接対決を目の当たりにしようと多くの人が集まってきております」
最強同士、今の今まで誰もが思った事があるだろう。日本最強のウマ娘は誰か。
その始まりを告げるのはやはりこの二人であった。
実況席に座るアナウンサーは声を張り上げ、その名を呼ぶ。
「獲ったG1は7冠、新たな伝説を作り上げたトレセン学園の皇帝、彼女の走りは果たして神にも通じるのかシンボリルドルフの登場です」
バンッという炸裂音と共にレース場までひかれたレッドカーペットを優雅に歩いていくシンボリルドルフ会長。
その美しい姿に皆は思わず見惚れてしまう。
毎回のように私に拳骨を炸裂させてる人とはまるで別人のようだ。
特設ステージの壇上に上がるルドルフ会長に会場からは盛大な拍手が送られる。
そして、そのルドルフ会長と駆ける次に中山レース場に現れたウマ娘は。
「それは伝説の始まり。その伝説が故に神のウマ娘とまで言われたウマ娘の登場です。ナタの切れ味と呼ばれた伝説を今日、我々は目撃する事になるのでしょうか? 神バ シンザンの登場です!」
レッドカーペットの上をそのカリスマはただ普通に歩いていた。
だが、その会場に来ていたどのウマ娘もその姿を見た途端にこう思った。
神はいると。
そして、その神と呼ばれたウマ娘は神秘を感じさせる白い巫女服の勝負服を身に纏い真っ直ぐにシンボリルドルフ会長を見据えていた。
先日のように明るいあの陽気なシンザン先輩の面影は一切ない。
その眼は冗談抜きで鳥肌が立つような熱を帯びていた。
これが、伝説のウマ娘、シンザン。
ルドルフ会長もそのシンザン先輩の姿を見て思わず震えているように見えた。
いや、あれはおそらく武者震いというやつだろう。彼女の口元は笑みを浮かべていた。
「あれが、シンザン……」
「元生徒会長であり、ルドルフ会長が追い求めたウマ娘ですね」
シンザンを超えろ。
この言葉をルドルフ会長はずっと聞かされてきた。
ルドルフ会長が現れるまでこの伝説を超えるものは誰一人としていないとまで言われてきたのだ。
そして、ルドルフ会長はシンザン先輩を超えたとまで、周りに認めさせた。
その圧倒的な強さを見せつけて。
シンザン先輩は特設ステージに上がり、ゆっくりとルドルフ会長の隣に立つと口を開く。
「こいつを着るのも久々だねぃ」
「よくお似合いですよ」
「ありがとよぉ、さて、ルドルフよお前さんには一言言いたくてねぃ」
そう言って、言葉を溜めるシンザン先輩。
ルドルフ会長も何かを告げようとする彼女の顔を見るためにまっすぐに見つめ返す。
そのシンザン先輩が向けた眼を見て、既に勝負が始まっている事をルドルフはすぐさま悟った。
ここにいるのは普段の陽気なシンザンなんかじゃない。
神バ シンザン、伝説となり語り継がれるウマ娘のその眼はもはや殺気を醸し出してるに等しいものがあった。
トレセン学園にルドルフ会長が入る前。
そのレースはまさしくやるかやられるかに等しいほど、激しいレースが当たり前の時代だった。
本当にレースで命を落としたウマ娘だって中にはいる。
そんな時代を駆け抜けたウマ娘の一人、それがシンザン先輩だ。
「……死ぬ気でかかってきな、手抜いたら承知しねぇぞ」
「……当たり前ですよ」
そんなことは百も承知だと言わんばかりにルドルフ会長もシンザン先輩に圧をかける。
互いの間合いで、バチバチに火花を散らすルドルフ会長とシンザン先輩。
あんなルドルフ会長の飢えた獣みたいな眼を見るのなんて、私、初めてですよ。
その雰囲気に思わず悪寒さえ感じます。
互いのプライドを賭けての激突、その雰囲気に会場に見にきていた者たちがむしろ圧倒されます。
シンザン先輩とルドルフ会長はゆっくりとゲートまで歩いていく。
「ウマ娘八番勝負一戦目! シンボリルドルフ対シンザン! いざ尋常に構え!」
号令と共にゲートで構えるルドルフ会長とシンザン先輩。
互いに闘志は煮えたぎっていた。
どちらが強いか、ただそれだけ。このレースにいるのは二人だけである。
かつて、遥か古のウマ娘のレースの始まりがあった。
それが今のウマ娘のレースの原型であり元祖。
平安時代、天皇陛下の御前で競わせた競せウマ娘。
これが、ウマ娘の発祥のレースだと言われている。
「始めっ!」
そして、その遥か昔に今戻ったのだ。
多くのウマ娘の中から誰が速いかではなく、どちらが速いかを競う単純なレースに。
ゲートが開くと共に超高速で飛び出す二人。
三冠ウマ娘八番勝負の火蓋が切られたのである。
先行を走るのはルドルフ会長。
その背後から、静かにシンザン先輩が控えている。
「凄いスタートだ……」
「シンザン先輩のプレッシャーが……」
そう言葉を溢すのはサイレンススズカ先輩だ。
スズカ先輩は逃げを得意とする戦法を得意としている。前方で畳み掛けるレース展開が多い。
だが、そのスズカ先輩でさえ、シンザン先輩の放つそのプレッシャーに戦慄した。
どんな小賢しい真似をしようとも必ず差す。
シンザン先輩のスタイルは多くのレースで逃げ馬を後方から見る形で先行し、一気に差し切るというスタイルだ。
この場合、ルドルフ会長はシンザン先輩よりも前に出ている。シンザン先輩には絶好の獲物だった。
「ルドルフ? お前さん逃げなんてできたのかねぃ? え?」
「……ぐっ」
シンザン先輩の見事なスタートに釣られて、ルドルフ会長は前に出過ぎた。
こうなるとペースを維持して、最後で押し切るしかないが、このシンザン先輩のプレッシャーを背後に感じながらペース維持など至難の業だろう。
シンザン先輩はこう見えて緻密な戦略家だったのだ。
「だが、このまま押し切るしかない。下手にペースを落とせば足に負担がかかるだけだからな」
「……ゴール前で伸びなくなりますしね」
「あぁ、そうだ」
ルドルフ会長の走る姿を見て、ナリタブライアンと私はそう感じていた。
非常に走りづらいに違いない、走りづらいということはそれだけ体力を消費するという事。
私とナリタブライアン先輩はすぐにそれを直感で感じた。
これは、何か手を打たないとルドルフ会長はやられるだろうと。
「……シンザン先輩」
「……ん?」
「……悪いですが勝たせてもらいますこの勝負ッ!」
その瞬間、ドンッと力強く地面を蹴り上げたルドルフ会長が一気にシンザン先輩との差を開きはじめた。
そう、ルドルフ会長はこの状況を打開するためにある手段をとったのだ。
それは、完全に振り切ること、ペースを上げるか落とすか、どちらかに完全に振り切ってしまう。
残り1000m、ルドルフ会長は勝負に出たのだ。
「ルドルフ会長が逃げにッ!?」
「しかもなんて速さッ!」
掛かっているとも思われるそのペースに会場にいた全員がざわつく。
確かにこのままだと、ルドルフ会長が差されるのは時間の問題だった。最初の駆け引きではシンザン先輩が上手。
元生徒会長を務めていただけあって、シンザン先輩はかなりの切れ者だ。そんなシンザン先輩を倒すには予想を反した走りを展開するほかない。
「……ッ!? やってくれるねぃ! ルドルフッ!」
ルドルフ会長を追撃するようにシンザン先輩もペースを上げる。
いくら、自慢の差し足だろうが、差が開きすぎては逃げ切られてしまう。それだけはシンザン先輩も避けたかった。
だが、これはルドルフ会長の狙い通りだ。
二人の駆け引きはまさしく一進一退と言って良いだろう。
「逃げに振り切ったか! 会長!」
「でもあのペースはッ!」
かなりのハイペースに急にレースが切り替わるということは相当な疲労を伴う。
最後の直線でどれだけ粘れるか、これが勝負の別れ目だろう。
最終直線、先頭はシンボリルドルフ会長がハイペースでやってくる。
「先頭はシンボリルドルフ! シンボリルドルフです! ですが、背後からシンザンが迫る! これは互いに凄い脚だ!」
風を切り、駆けるルドルフ会長。
だが、直線になった瞬間にシンザン先輩の目つきが一気に変わった。
ルドルフ会長はこれまで以上に物凄いプレッシャーを背中で感じ取る。
何か恐ろしいものが迫り来るようなそんな威圧感だ。
「シンザンッ迫る! シンザンのナタの脚だッ!
まるで、ゆっくりと切り裂くようにルドルフに迫るぞシンザンッ!」
これはやばいと私は咄嗟に血の気が引いていくのを感じた。
ルドルフ会長の逃げ足で一気に押し切る戦術は見事、それも多分、複数のウマ娘がこの場にいればハマっていたかもしれない。
ただ、相手はあのシンザン先輩だ。
もっとも得意な戦法を封じられたルドルフ会長には今の状況はかなり不利。
「ルドルフッ粘れるか! シンザン迫るッ! シンザンが迫るッ! これはどうだッ! 逃げ切れるか!」
声を荒げて実況者はその場で立ち上がる。
ルドルフかシンザンか、果たしてどちらが勝つのか。
息を飲む駆け引き、生徒会長と元生徒会長の壮絶なバトルはデッドヒートを迎える。
「うああああああああああああああ!」
「がぁあああああああああああああ!」
互いに叫び声を上げて、身体に気合いを入れる。
脚に全力で力を入れて中山の坂を駆け上がり、超速の駆け合いになった。
会場はどちらが勝つのかもうわからない。
「シンザンが上がるッ! ルドルフが粘るッ! だが、シンザンかッ!」
三冠ウマ娘同士の一試合目。
新旧生徒会長対決、互いにトレセン学園の看板を背負うもの同士のこの対決は物凄い盛り上がりを見せた。
そして、最後の直線を制したのは。
「これは僅かにシンザンだッ! 凄い凄いッ! ルドルフ差し返そうと伸びるが僅かにシンザンだッ! シンザンッ! 今差し切ってゴールインッ!」
シンザン先輩だった。
最後の直線でルドルフ会長は伸び切ったところを完全に差された。
道中の体力消費が響いたのもそうだが、慣れない戦法、背後からのプレッシャーなど敗戦の理由はたくさんあるだろう。
ただ、単純にこのレースを話すのであれば、七冠を獲り、絶対的な強さを誇るルドルフ会長を追い詰めたシンザン先輩の戦略が今回、見事にハマったのである。
ただ、勝ったシンザン先輩もそれが余裕であったかと言われるとそういうわけではない。
レース後、シンザン先輩は息を切らせて仰向けのままターフに寝転んだ。
「はぁ……はぁ……。あー危なかったぁ! なんて脚しとるんだぃお前さんはぁ」
「はぁ……はぁ……お見事です」
「何を言っとるんだぃ、ギリギリさねぃ。仕掛けがあと少し遅かったら差しきれんかった」
息を切らしながら、そう告げるシンザン先輩に笑みを溢すルドルフ会長。
まさか、道中に逃げに振り切るという選択肢を選んだのはシンザン先輩も誤算だったのだろう。
ペースを乱され、本来溜めておくはずだった脚をアレで消費させられた。
皇帝シンボリルドルフの走りはシンザン先輩を追い詰めるには充分だったのである。
「……リベンジしても?」
「いつでもかかってくるといいねぃ」
そう告げるシンザン先輩の手を握りながら、ルドルフ会長は満面の笑みを浮かべる。
互いの素晴らしい走りに会場からは惜しまれることなく拍手が送られた。
ナタの切れ味、その脚を目の当たりにした私もブライアン先輩も苦笑いを浮かべる。
「アレはなかなかに手強いな」
「あはは、勝てますかね?」
「……自信がないな」
まさか、ルドルフ会長が負けるなんて微塵も思ってませんでしたからね、私もナリタブライアン先輩も。
なんやかんやで押し切れると思っていましたから、あんな、鋭い差し足が炸裂するなんて予想外ですよ。
ルドルフ会長の実力を考えれば、おそらくシンザン先輩には勝てると踏んでたんですけどね私は。
そして、拍手で会場が満たされる中、約一名、それを面白くなさそうに見てるウマ娘が一人いた。
それはミスターシービー先輩である。
「……なんで負けてるのよ」
ギリッと力強く歯を噛み締める彼女の呟きはその場にいた誰にも聞こえることはなかった。
三冠ウマ娘八番勝負一回戦。
シンボリルドルフ対シンザン。
新旧生徒会長対決。
その勝負はシンザン先輩に軍配が上がる結果となった。