変幻自在勝負。
天衣無縫のミスターシービーと初代三冠ウマ娘のセントライトの勝負はそう銘打たれた。
互いに自在な脚を持つもの同士、そして、三冠という称号を持つ者同士の対決。
ゲートが開き、まず飛び出てきたのは……。
「!?」
「……くっ!」
ほぼ同時だった。
スタートから、最初の位置取りの場所まで全く同じ。
その結果、二人の身体は激しく激突した。弾け飛んだ二人は再び目を合わせるとポジションを競り合うように肩をぶつけ合う。
「いきなりバチバチじゃん!」
「ポジション取りからやりあってるな」
初手からの攻防に思わず声を上げるシチーさんとブライアン先輩。
いきなりやりますね、互いに狙いは同じだったということでしょうか。
互いに睨み合いながら駆ける二人を見ながら、アナウンサーは声を張り上げる。
「これは出だしから白熱したポジション争い! 先輩後輩関係ないとばかりに互いに一歩も譲りませんッ!」
最初からバチバチでやり合い二人に観客席は盛り上がる。
当の本人たちはその歓声と同様に同じような強敵と共に走れる事に歓喜していた。
セントライトは思う、戦後からこれまでよくぞ強い後輩が出てきたものだと。
ミスターシービーは感じる。
これが、トレセン学園の黎明期、最初の三冠ウマ娘の強さかと。
互いに語らずとも走りで理解した。
それを見ていた私も震える。
走りを見ればその積み上げてきたものがわかる。
それは、今は亡き義理母から聞いていたけれど、ようやくその意味がわかったような気がした。
「互いに相手に隙を見せない……」
「紙一重だな」
ポジション取りはレース運びにおいて非常に重要だ。
それは、仕掛けるタイミングやゴールまでのペース配分に大きく関わってくるからである。
だが、互いにこのままというわけにはいかない。
セントライトは笑みを浮かべながら、静かな声色でミスターシービーにこう告げる。
「大したもんだ、よくぞここまで鍛え上げてきた」
「…………」
「だがな、貴様に勝利を譲るつもりはないぞ私はなッ!」
次の瞬間、ガツンと地面を蹴り上げたセントライトは一気に加速してミスターシービーの前へと躍り出る。
そうセントライトは敢えてポジションをミスターシービーに譲り渡したのだ。
「前へ出たっ!」
「押し切るつもりですね」
ポジションを敢えて譲り、先行策へと切り替える。
セントライト先輩のその対応力に私達は思わず声が出てしまいました。
普通なら、あのままプレッシャーをかけ続けたほうが有効的かもしれないのに先行にすぐさま走りを切り替えた。
「グングン離していくセントライト! すごい速さだ! だが、シービーは動かない! 差が広がるぞ!」
実況が言っているように差はどんどん広がっていく。
だが、シービー先輩は動こうとはしなかった。その差を無理に縮めようとはしなかったのである。
とはいえ、差が広がり過ぎればもはや追いつくのは不可能に近くなるだろう。
「いくら凄い末脚があるからといってもあれは……」
気づいた時には、8身差もついていた。
こんなに離れていたら、シービー先輩でも追いつくのは非常に厳しいとしか思えない。
こんな距離から、果たして捲ることなんてできるんだろうか、しかも、セントライト先輩相手に。
だが、その光景を見ていたウマ娘の一人はその走りの完成度に驚いていた。
それは、同じように追い込みを得意とするウマ娘だ。
彼女はミスターシービー先輩の走りをよく知っていた。それは、彼女がミスターシービー先輩を目標にしていたからである。
ゆっくりと口を開いた彼女、ヒシアマゾン先輩は私に向かいこう告げる。
「……わかってねぇなアフ」
「……え?」
「あれで良い、あれで良いんだよシービー先輩は」
そう告げるヒシアマゾン先輩の目は輝いていた。
あれは彼女が追い込みという戦術を志すきっかけになったレース。
ミスターシービー先輩が走った最後の三冠レース、菊花賞。
そう、あの菊花賞こそ、彼女の走りの完成形に近い形。誰もが予想だにしない走りを繰り広げたレースである。
皇帝シンボリルドルフに比べられた彼女、だが、敗北を知り、屈辱を与えられてもなお、彼女は誇り高いプライドを持ち続けた。
そして、過ぎ去る第三コーナー、ミスターシービー先輩の目に炎が灯ったのはその時だった。
スタンドにいる全員がその場で立ち上がる。
まさか、この場所、この瞬間で仕掛けるとは誰も予想だにしていなかったからだ。
「ミ……! ミスターシービー! すさまじい速さで上がっていく! なんだ! なんだあれは! 驚異的なスピードで上がっていきます! セントライトにグングンと迫るッ!」
この走りこそ、ミスターシービー先輩の真価。
追い込みから一気に突き上がる、すさまじい末脚。
それを見た私は戦慄しました。あの場所から一気に駆け上がっていくその脚力の強さに。
きっとそれは以前よりも更に洗練されている走り、後方から迫り来るその走りを見て私も思わず全身から鳥肌が立つのがわかった。
数年前の菊花賞。
そのウマ娘は、タブーを犯した。
最後方から、上りで一気に先頭に出る。
そうか、タブーは人が作るものにすぎない。
そのウマ娘の名は……
第三コーナーは本来なら仕掛けるような場所ではないとずっと言われてきました。
その常識をぶち壊したのは紛れもなく、ミスターシービーというウマ娘。
人が決めた常識を破壊して、それを超えていく。
誰が、私がもうシンボリルドルフに敵わないと決めた。
そんな限界は自分の手で壊す、今までだってそうしてきた。
追い込みという戦術で三冠を制した、紛れもない怪物、それがミスターシービーというウマ娘なのだ。
「ミスターシービー迫るッ! セントライト苦しいか! 凄い気迫だ! 鬼気迫る勢いです!」
先行策をとっていたセントライト先輩もこれには驚愕するしかなかった。
序盤からあれだけの差をつけたのにも関わらず、ミスターシービーの凄まじい追い上げには恐怖すら感じる。
尋常ではない伸び、圧倒的なプレッシャー。
それは今まで、彼女が体験したことがないような走りだった。
「面白いッ! こいっ! 受けて立つッ!」
セントライト先輩は目を輝かせて、迫り来るミスターシービー先輩にそう告げる。
これが、三冠ウマ娘同士の戦い。
本来なら戦う機会も無く、こんな好敵手と共に走る事なんてなかった。
互いの全力とプライドをかけて、天衣無縫と戦場のウマ娘が激突する。
鬼気迫るミスターシービーのプレッシャーを受けながらも、セントライトは冷静に状況を見ていた。
あれだけの距離を一気に詰めてきた末脚も限界というものがあるはず。
しかも、早めの仕掛けというなら尚更だ。
セントライトも無闇矢鱈に差を広げていたわけではない、レースを考え、脚力が残るようには調整して駆けていた。
「激突する両者ッ! すさまじいスパートだッ!
セントライトが僅かに前に出ているがどうだッ!」
粘るセントライト先輩。
三冠という称号は決して軽くはない。
互いに勝ちたいというただ一つの目標の為に二人は意地をぶつけ合い、戦う。
ヒシアマゾン先輩はそのシービー先輩の姿に心が震えた。
追い込みという戦術はリスクが高い走りだ。
差すウマ娘よりも最後方からレースの展開を作らないといけない。
だからこそ、追い込みを主戦とするウマ娘自体少ない。
だが、そんな追い込みというあえてリスクのある走りを極めて、三冠という称号をミスターシービーは成し遂げた。
皆は言う、シンボリルドルフの方がミスターシービーよりも強かったと。
皇帝と比較され続けた三冠ウマ娘。
だが、彼女もまた、追い込みという戦い方に魅せられたウマ娘達から憧れられるような怪物なのだ。
そんな彼女が、再び、挑戦する為に己の走りを進化させた。
その姿を見た観客席にいるシンボリルドルフ会長は全身から鳥肌が立つのを感じた。
「……シービー先輩……ッ 貴女はっ」
疾風の様に駆ける二人のウマ娘。
脚に力を込めたミスターシービーは思い出す。
自分の為にハードなトレーニングに付き合ってくれたアンタレスのウマ娘達を。
そして、自分を慕ってついてきてくれたプロキオンの後輩達の事を。
だからこそ負けられない、自分のプライドがそれを許さない。
もっと速く走れる。もっと強くなれる。
「これがッ! 今の私のッ! 全力だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
炸裂した末脚が、もう1段階炸裂する。
これが、ミスターシービーが編み出した新たな走り。
第二、鬼の末脚。
散々、走ったサイボーグ坂路を通してこの末脚の完成に至った。最後の最後に驚異的に伸びる必殺の末脚である。
この末脚には流石のセントライト先輩も度肝を抜いた。
「なん……ッ! ……だと!」
序盤にあれだけの差を縮めてくるだけでなく、更に伸びるその脚は予想だにしなかった。
凄まじい脚力で並んだミスターシービーは次の瞬間には、セントライトを僅かに交わし、先頭に躍り出る。
その瞳には鬼が宿っていた。これが、新たに身につけたミスターシービー先輩だけの走り。
これには実況も思わず立ち上がり、声を張り上げその名を呼んだ。
「ミスターシービーだッ! ミスターシービー!! 凄い末脚だッ! 何という事だッ! あの距離から捲りました! そして、今! ゴールインッ!」
先頭を切り、捲り切ったミスターシービー先輩は上を見上げる。
凄まじい走りであった。会場に来ていた皆もその光景を見て唖然とするしかなかった。
ミスターシービーとは、あれほどのものだったのかと。
「1着はミスターシービー! SWDT第二戦目を制したのはッ! ミスターシービーです!」
そして、その名が会場に響き渡ると同時に割れんばかりの拍手がミスターシービー先輩に送られた。
さらに強く、今よりも更に。
かつて、屈辱を味わったからこそ、挫折があったからこそ、ミスターシービーは更に強くなれた。
だからこそ、レースを終えた彼女は観客席にいるシンボリルドルフ会長へ視線を向ける。
互いに交差する視線。
シンボリルドルフ会長とミスターシービー先輩の因縁。
その因縁の炎は静かに再び燃え始めたのをその場にいた私達は肌で感じました。