レース会場の一角。
そこでは、海外から来たウマ娘がVIP席の様な場所で集団で座り、アフトクラトラスのレースを一目見ようと集まっていた。
もちろん、ディープインパクトやルドルフ達のレースも彼女達はずっとここで観戦しているわけだが。
「アフトクラトラスが遅刻ですって?」
「あははははは! アイツはやっぱり面白ぇな本当!」
アフトクラトラスの遅刻の報告が彼女達の耳に入りざわついていた。
こんな会場に人が集まっている中、盛大に遅刻をしてくるウマ娘なんて聞いた事が無い。
そんなアフトクラトラスの話にイラついていたのはこの海外ウマ娘である。
「あんのアホがァ! 私はあんなバ鹿に負けたのか! あー!! 悔しいッ!」
「お、落ち着けダラカニ」
そう、アフトクラトラスと二度に渡り走り勝負したダラカニである。
ダラカニは正直、アフトクラトラスの実力に関しては認めている。
認めてはいるが、あのウマ娘の破天荒加減と無茶にはちょっとばかりやきもきしていた。
凱旋門を獲り、そして、自国の三冠を獲り未だに無敗。
そのG1勝利数は最早伝説の域にまで達そうとしている。
そんな国を代表するようなウマ娘が素行に難ありのアホだという事がダラカニには非常に腹立たしかった。
「まあ、そんなこと言い始めたら私とかどうなんだよ」
「私らも大概だからなぁ」
「うむ」
「貴女達の話はしてないでしょ! あー! 本当に! なんでこうなるのかしら!」
そう言いながら頷くサンデーサイレンスを初めとした海外ウマ娘達の反応に頭を抱えるダラカニ。
海外のウマ娘達も素行に難ありのウマ娘達は確かに沢山多くいるため、なんとも言えない、というか、大半がエゴの塊の問題児軍団である。
そんな最中、リボーは嬉しそうに笑いながらシーバードにこう告げる。
「なぁ、このレースが終わったらいよいよ始めるんだよな? シーバード」
「まあね、とりあえず準備しとかなきゃね」
「おーおー遂にはじめんのかい姫様」
中央に鎮座する世界の絶対王者、シーバードの一言に嬉しそうに笑うサンデーサイレンス。
そう、この三冠ウマ娘のレースは始まりに過ぎない。
彼女達にとってみれば、それは、ただの前座。
シーバードは笑みを浮かべたまま口を開く。
「この国の最強は全部頂くわ」
日本のウマ娘達からの全ての王座強奪。
今日はそのきっかけになる日だと、シーバードも含め全ての名だたる海外ウマ娘達はそう決めていた。
アメリカンファラオ、ダンシングブレーブ、ブラックキャビア、シーザスターズ、アフォームド、カーリン、デイラミ、マンノウォー、シアトルスルー、フランケル。
それだけでなく、その他の海外ウマ娘達は嬉しそうに笑みを浮かべ、血をたぎらせていた。
召集がかかった全ての海外ウマ娘達は凄まじい雰囲気を醸し出しながら目を光らせる。
いよいよ、この国で走ることができるのかと。
「よくもまぁ、こんな面子に声を掛けたもんだ、オールスターじゃねぇか」
「その方がワクワクするでしょ? ほら、日本のウマ娘達が力足らずでもあなた達のバトルで盛り上がるじゃない?」
「普通はこんな面子が国に乗り込んできたら卒倒もんだけどな」
海外の怪物オールスター達を改めて見たサンデーサイレンスは肩をすくめる。
なんだったら自分は日本側についてやりたいくらいだとも思った。こんな連中相手に走るとなるとどれだけの凄いウマ娘を日本中からかき集めてこないといけなくなるのか。
すると会場の盛り上がりに気がついたシーバードが笑みを浮かべて静かに呟く。
「あら、ようやく来たわねちびっ子が……」
「ったく……ようやくかよ。……ん? なんかあいつ頭にコブできてないか?」
たんこぶを携えてゲートから出てきたのは何を隠そう今日の主役であるアフトクラトラスである。
ずいぶん遅刻をしていたみたいだが、何故か頭にたんこぶを乗せているようだった。
さて、ようやく会場入りした私ですが、ルドルフ会長からこってり絞られ、頭にげんこつをいつもの様に受けました。
たまには、なでなでしてくれていいではないですか、だからルナちゃんはお尻が弱いとか言われるんですよ!
あ、1番言ってるのは私でしたか、それはすまんかった。
まあ、遅れた私が悪いんですけどね!
オルフェちゃんは腕を組んだままこちらを真っ直ぐ見つめ、静かな声色でこう告げてきた。
「……舐めてるんですか先輩」
「あー……ごめんごめん、まあ、ぶっちゃけ舐めてる」
「………………」
私からの容赦ない一言に顔を歪めるオルフェちゃん。
舐めてるって言えばそうだし、否定しようがないですからね、遅れてきてますから私。
喧嘩腰できてるならこちらもそう応えないと呑まれちゃいますからね、わざわざ、遅刻くらいで恐縮するのがバ鹿らしいですし。
すると、マスクを外したオルフェちゃんがメンチを切りながら凶悪な表情を浮かべ、私へガンを飛ばすようにデコを突き合わせてきました。
「そうか、なら遠慮なくぶっ飛ばせるなぁ! 先輩よォ!」
「やれるもんならやってみろや小娘がァ」
それに触発された私も一歩も引かず瞳孔を開かせてデコをオルフェちゃんに突き合わせる。
その様はもはやレースを行う二人とは思えない様なやりとりだ。
思わずこれには苦笑いを浮かべたルドルフ会長とナリタブライアン先輩が乱入し仲裁に入る。
「お前達、当たり前だが格闘技の試合じゃないんだぞ」
「喧嘩は御法度だ。レースを中断させたいのか?」
ピリピリした空気が会場に流れる。
ぐぬぬ、いやしかしですよ、私とオルフェちゃんですよ? 荒れないわけがないじゃないですか!
そんな中、ナリタブライアン先輩は何か悟った様に私とオルフェちゃんの手を握るとそれを何故かそっと私の胸に置いてくる。
「まあまあ、これでも揉んで落ち着け」
「ちょっと、私の胸なんですが、自分の胸なんですけど」
何故私の胸なんですかね、普通、キレてる相手に対して自分の胸差し出すやつなんていますか?
おい、ブライアン先輩、貴女も立派なものつけてるでしょう、普通そっちでしょうが、おかしいぞ!
そんな中、オルフェちゃんは私の胸を揉んだ後にスンッと何か悟った様な表情を浮かべていた。
「すごくおちついた」
「だろう?」
「なんでだよ!!」
え? 何? 私の胸からマイナスイオンでも出てるんですか?
あれですか、人をダメにするソファと同等の能力があったと? いやそれはおかしい。
そんな私たちのやりとりを見ていたルドルフ会長がすごく頭が痛いと頭を押さえながら左右に首を振っている。
奇遇ですね会長、私も頭が痛いです。
「なんか揉めてたみたいだけど……」
「オルフェーヴルがアッフの胸触った瞬間、会場が静かになったぞ、なんでだ?」
わからん、私にもなんでそうなったのか全くわからん。
ルドルフ会長に至ってはもう静かになればなんでも良いやといった具合ですしね。
胸を生贄にされた私は愕然とした様子で片手で自分の胸に手を当てたまま棒立ちするしかありませんでした。
「よし、落ち着いたところでゲートに入れお前達」
「……はい」
「…………なんだろう、この……なんだろう」
なんとも言えないこの気持ちはなんだろう。
戦闘モードだったのに頭から冷水が入ったタライを叩き込まれた様な気持ちはなんでしょうか。
ションボリしている私の尻尾を見ればこの惨状がよくわかると思います。
とはいえ、もうレースも始まるし切り替えて走らないと。
そう切り替えた私は静かにゲート前へ移動すると軽くストレッチを行いそのままゲート入りすることにした。
そんな私達の姿を見ていた海外のウマ娘達は静かに沈黙したのちにダラカニの方へそっと視線を向ける。
「本当にあれに負けたのかお前……」
「いや、なんて言うか……その……」
可哀想な娘を見るような眼差しをダンシングブレーブやラムタラから向けられるダラカニ。
それを聞かれたダラカニは静かに立ち上がると、どこでそんなものを調達してきたのか、木製のバットを片手にどこかへと早足で向かいはじめる。
それを見たイージーゴアとハリケーンランがすかさず止めに入った。
「待って、ダラカニ!? そのバット持ってどこ行くつもり! ステイッ! ステイッ!」
「ダラカニの姉さん待ってッ! 早まっちゃダメですってば!」
そう言いながら、すぐにでもバットを持ってレースに殴り込みに行かんとするダラカニの腰にしがみついて静止する。
ダラカニにしたらあんなアホなウマ娘に2回も負けていることが屈辱であり、羞恥でしかなかった。
この間の有馬記念を見て感動したと思いきやこれである。
自分が尊敬するウマ娘達が何人も見に来ているというのにこれでは生き恥だ。
「離しなさぁい! あいつを消して私も死ぬ!」
「ちょっとッ!? 落ち着いて!?」
「アフトクラトラスゥ!! もう許さない!」
どっかのヤンデレみたいなセリフを吐くダラカニ。
そんな取り乱すダラカニを抑える海外ウマ娘達。
ワイワイガヤガヤとそんな取り乱す彼女を他所に静かにレース会場を眺めている海外のウマ娘達がいた。
そう、シーバードをはじめとしたトップのウマ娘達である。
そんな中、腕を組んだまま席に座っているリボーは隣に座るセクレタリアトにこう話し始めた。
「……あの脚、だいぶ仕上がってやがるなあいつ」
「……ん? アフトクラトラスか?」
「あぁ、見りゃわかるさ、相当走り込んできたんだろうぜ、しかも平地で走ったような筋肉のつき方はしてねーな」
リボーの言葉に静かに頷くセクレタリアト。
彼女達はもはや先程までの珍事などは全く気にしていなかった。
その視線はゲート入りしたアフトクラトラスとオルフェーヴルに向けられていた。
三冠ウマ娘、彼女達はそう呼ばれている。
三冠レースは海外にもあるが、その三冠を取るということはかなりの実力と運を兼ね備えてなければ成すことができない称号だ。
「オルフェーヴルってウマ娘……。あれも相当面白いウマ娘だな、サンデーに少し似てる気がするが……」
「まあ、確かにそんな気はすっけどなァありゃ見てて面白い」
「特に気が荒いとことかな」
そう言いながら、リボーとセクレタリアトの二人は笑いを溢す。
あれらが、自分達に挑んでくると考えるだけで心が躍る。
彼女達は常に強敵との戦いに飢えている。強くなりたいと常に思い、そして、気高いプライドをこの場にいる全員が持っている。
才能に恵まれ、更にその才能に磨きをかけてきた猛者達。
そんな自分達を満足させてくれる存在がこの小さな島国にいるということがとても喜ばしかった。
ゲート入りしたアフトクラトラスとオルフェーヴルの二人の準備が終わったのを遠目で確認するとリボーは静かにこう呟く。
「……ゲート開くぜ」
リボーの呟きと共にバンッ! という音とともに開くゲート。
その瞬間、二人のウマ娘が勢いよく飛び出して身体を思いっきりぶつけ合う。
先程までの珍事が嘘のようなレースの展開に会場は一斉にどよめいた。
SWDT4回戦。
アフトクラトラスとオルフェーヴルとの一騎打ちの火蓋が切られた。