スタートは案の定身体のぶつけ合いから始まりました。
体格差から言えば私の方が不利でしょう、オルフェちゃんの身体つきからして吹き飛ばされるのが私だと会場の皆が思ったはずです。
「ぐっ……」
「……ぐぬっ!」
ですが、私はよれないどころかバチバチでオルフェちゃんに自ら身体をぶつけにいきます。
こんなところでよろけるようなヤワな鍛え方なんてしてきてませんからね。
互いに顔を歪めるオルフェちゃんと私。
「すげぇなアフ、体格差のあるオルフェーヴル相手に1歩も引いてねぇ」
「私の鍛え方の成果だな」
そう言いながら、腕を組み頷くゴルシちゃん。
確かに、実際に走っている私としてはその実感はあった。
実践に近い形でゴルシちゃんからタックルを受けながら並走をしていたおかげか、オルフェちゃんのタックルに関してはなんともない。
そんな私の様子をゴルシちゃんの隣で眺めているドーベルさんはこう続ける
「アフちゃんは元々体幹が凄く強いし強靭なのよ、アンタレス式……いや、アンタレス式の中でもハードな遠山式トレーニングを積んできてるわ、並大抵な体当たりじゃびくともしないわよ」
「それに加えて私の実践が加わってって事だな? よーし! アッフ! オルフェのやつぶっ飛ばしてこーい!」
そう、元々ある遠山式軍隊トレーニングを重ねた私にはそもそもラフな体当たりなどは全然意味をなさない。
実際、海外遠征でもキングジョージを走る際にアラムシャーさんから洗礼を受けましたからね。
アレはマジで痛かった。血が出ましたし、やり返しましたけど。
殴り合いならこちとら引けをとりませんよ。
「やっぱり凄い……、あれでよれないなんて」
「舐めんな後輩、こんくらいしょっちゅうある事だ、それと、早くそのマスク取らないと私には勝てませんよ」
「………………」
そう言いながら、私は横目にオルフェちゃんを見ながら告げる。
するとオルフェちゃんはニヤリと笑みを浮かべるとマスクを手に掴んでそれを思いっきり上へと投げた。
彼女は凶悪な笑みを浮かべたまま、並走する私にこう告げる。
「上等だよ! とことんやろうぜ先輩!」
「はっ! かかってこいよ! 生意気な後輩がッ!」
そう言って、私はドンッと足に力を入れてオルフェちゃんの先手を取る。
背後からの方が私を倒しやすいでしょう? なら、いいハンデになるでしょうこれがね。
あと、投げられたマスク、すまんかった。
私がオルフェちゃんを煽ったばっかりに、なんか知りませんがとある方がオルフェちゃんから振り落とされて飛翔してる光景が目に浮かびます。
「先手はアフがいったか!!」
「こりゃおもしろいねい」
レースの展開に声を上げるルドルフ会長。
その隣で腕を組みながら眺めているシンザン先輩は面白くなってきたと笑みを浮かべていた。
コース取りからして、互いに安定した距離感に収まったこの状況、再びぶつかり合うとすればそれはおそらく直線だ。
1000m、800mと表記が過ぎていく。
さて、復帰戦の天皇賞以来ですからね、足の調子が果たしていいものかどうか。
有馬記念のあの出来事から、私が前のような走りに戻すまで相当なリハビリとトレーニングを積んできました。
以前のように走れるかわからないと言われたこの足がどれくらいなものか。
「頼みましたよッ! 相棒ッ!」
そう言って私は自分の足を軽く叩く。
表記が600m地点、私はここで仕掛けることにした。
足に思いっきり力を入れて、酸素を肺に一気に取り込む。
ドンッ! と力を入れて地面に脚をたたきつけたその瞬間。
「今から走り比べか? 待ってたぜぇ」
私の隣にはそう囁いてくるオルフェーヴルちゃんの姿があった。
私は思わず目を見開く、いつの間に並ばれていたのかと。
いや、それよりも私が仕掛ける前に彼女はもう動き出していた。
「……マジかよアイツ」
「なんて脚してやがる、さっきまで……」
二、三身差あった距離を一瞬で詰めてくるそのオルフェーヴルの瞬発力にその会場にいた全ウマ娘が驚いた。
私だって例外ではない、それなりに差を広げていたつもりだったが、このプレッシャーには思わず冷や汗が出た。
超スピードの豪脚、私は表情を歪め、一気に引き剥がすため加速する。
「おっとアフトクラトラス! 一瞬にしてオルフェーヴルに並ばれた! まだ直線ではありませんが一気にレースが動きそうです!」
四の五の言っている暇はない、多分、一気にギアを上げていかないとそのままぶち抜かれてしまう。
差を開くならコーナーッ! 散々、曲がりがキツい色んな山の坂を全力疾走で駆け上がったのだ、ここでその本領を発揮するべきだろう。
「アフトクラトラスッ! 身体を低く構えたこれは……!」
私の走る構えに会場が一気にどよめく。
そう、それは私が勝負を決めに行く時に常に取る走る構えだからだ。
その名は地を這う走り、これまで幾多のG1を制してきたこの走りが出ると皆がそう思っていた。
「……来るぞ、あれだ」
「アフトクラトラスの走りだな」
次の瞬間、600m過ぎから炸裂音と共に私の身体が急加速する。
それに合わせてオルフェーヴルもまた、一気に速度を上げて食らいついてきた。
その光景に会場は大盛り上がりである。ラストスパート、300mが過ぎ最後の直線での一騎打ち。
「アフトクラトラス先頭! アフトクラトラス先頭ッ! だが、オルフェーヴル凄まじい追い上げだ!! ……いや!! オルフェーヴル走り方を変えたぞッ!? あの走りはなんだッ!」
オルフェちゃんの走り方が変わった事に会場はどよめいた。
その走り方は私の地を這う走りに近いがそうでは無い。
金色の暴君の真骨頂、これが、三冠を獲り全てを薙ぎ倒してきたオルフェーヴルだからこそ可能な荒々しくも精密な走りであった。
金細工師の走り、それがこのオルフェーヴルに名付けられた走りだった。
「……ぐっ……!」
「はっはーッ! アンタを越えるぜアフトクラトラスゥ!!」
凄まじいプレッシャーと追い上げに私も表情を曇らせる。
正直、オルフェーヴルの底は計り知れない、常識的な考え方やペース配分なんてのはこの娘に当てはまらないのは分かっていた事だ。
そんなことはどうだっていい、それよりも私は楽しかった。
こんな風に自分に食らいついてくる強敵にあえて。
私は思わず笑みを浮かべる。
私の底が分からないのはきっと向こうだって同じだ、そんなものぶち壊すためにあるのだから。
そう義理母に私は教えられてきた。
「舐めるなよ後輩、お前にはまだ早いよ」
「……んだと……」
私に並びかけたオルフェちゃんに私は静かにそう告げる。
そして、私はこの時に一気にリミッターを外すことにした。オルフェちゃんの力がそれに値すると感じたからだ。
ギアの6速、私は躊躇なくその領域まで一気に足に力を込めた。
爆発したような音と共に私は一気にオルフェちゃんを引き剥がす。
「あ、アフトクラトラスの末脚炸裂ゥ!! 凄まじい音を立てオルフェーヴルを引き剥がしにかかるッ! オルフェーヴルも必死に食らいつくがどうだっ間に合うかっ!」
残り50mで勝敗は決した。
オルフェちゃんと私の距離は一気に離れ一瞬にして私の身体はゴールを駆け抜けて行った。
「1着ゴールしたのはアフトクラトラスッ! 凄まじい速さだァ! 魔王の帰還ッ! オルフェーヴルの走りを寄せ付けないッ! これが魔王アフトクラトラスだァ!」
私はその瞬間、拳を上に掲げる。
会場からは割れんばかりの歓声と拍手喝采が飛び交った。
オルフェちゃんのあの末脚には正直焦りました、ですが、そんなものはそもそも関係ありません。
幾多の強敵を私は今日という日まで何人とねじ伏せて来ました。
海外のG1でイギリスダービーと凱旋門で二度にわたり戦ったダラカニ。
そして、キングジョージで殴り合ったアラムシャー。
凱旋門で激闘を繰り広げたハイシャパラル、そして、シンボリクリスエス。
海外でG1で三冠を取り、私に菊花賞で再び挑んで来たネオユニヴァースとゼンノロブロイ。
そして、有馬記念で死闘を繰り広げた後輩のディープインパクト。
私を倒さんとたくさんの猛者達との戦いを繰り広げてきました。
どの誰もがG1レースを数多く勝ち、怪物や化け物と呼ばれるようなウマ娘達ばかりです。
その私を倒すには、まだ、オルフェちゃんでは経験と地力の差があります。
私は静かに膝に手を着いて息を整えるオルフェちゃんに近寄ると静かにこう告げます。
「……貴方はまだ強くなれます、正直、恐怖を感じました」
「……世辞なら辞めろ」
オルフェちゃんは下を向いて私にそう告げてきます。
そのオルフェちゃんの目から涙が出ていた事に私は気づいていましたが、敢えて気づかない振りをしました。
彼女にもプライドがありますからね、理解できます。
歓声を上げる観客席に視線を向けたまま、私はオルフェちゃんにこう続ける。
「そもそも世辞なんて言う柄じゃないですよ、……凱旋門、獲ってから出直してきなさい」
「……次はぶっ倒してやる、覚えとけ」
私はオルフェちゃんのその一言に笑みを浮かべます。
そうでなくては面白くない、しかし、ディープちゃんといいオルフェちゃんといいクソ生意気である。
お前、胸揉ませてやっただろ金とるぞ。
そんな生意気な後輩ですけどなんか可愛いんですよね、やっぱり私は何か目覚めているのではなかろうか?
さて、私達のレースが終わり、会場からは温かい拍手が鳴り響いていますが、そんな最中、会場にアナウンスが流れます。
「ここで、皆様にご連絡がございます。
この後、海外ウマ娘と日本ウマ娘との合同レースを予定しております、引き続きご着席したまま自走のレースをお楽しみください」
「……合同レース?」
私は思わずそのアナウンスに首を傾げる。
なんだってそんな話は聞いていませんでしたからね。
しかもこの合同レース、ルドルフ会長も把握していなかったのか、何やら驚いたような表情を浮かべていました。
何やらきな臭い匂いがしてますが、私とオルフェちゃんのレースの後に誰がこんなレースを予定したんでしょうかね。
「おい、会長、これはどういう……」
「いや、私も初めて聞いた……、これは理事長が秘密裏に承諾したことかもしれない」
そう、おそらく理事長にシーバードが提案したレースであることは間違いない。
だが、もう決まったレースだ。
そのレースに果たして誰が出るのか、どんなレースなのか。
そんな中、ルドルフやブライアンの元に紙が届く、そこには出走するメンバーが表記されていた。
「短距離、マイル、中距離、長距離、ダートの5部門か」
「タマモクロス、オグリキャップ、スペシャルウィークにスズカ、こちらは全部G1級のウマ娘が走るみたいだな」
そこには各部門のエキスパートであるG1級のウマ娘の名前が載っている。
そして、なによりも驚いたのは合同レースに出る海外ウマ娘の面子だ。
二人の側で出走表を見たエアグルーヴはワナワナと震えながらそれを見つめている。
「なんだ……これは……」
エアグルーヴはその名前を目にした瞬間に言葉を失った。
そこに書いてあるのは世界的に有名で幾つものG1を重ねてきた化け物ばかりだ。
「ニジンスキー、ブラックキャビア、マンノウォー、ルアー、オペラハウス、シーザスターズ、フランケル、ダンシングブレーヴ、セクレタリアト、リボー、シーバード……その他のウマ娘も全部レジェンド級の怪物ばかりじゃないか……」
「オールスターってわけか……ハハ……これは驚いたな」
ブライアンはエアグルーヴから挙げられる名前を聞いて冷や汗が止まらなかった。
それだけ世界中のウマ娘が日本のウマ娘に本気という事、そうさせたのは間違いなくディープインパクトとアフトクラトラスの二人だ。
いずれは来ると思っていた海外ウマ娘の襲来、先に向こうが痺れを切らして仕掛けてきた。
それに備えるための三冠ウマ娘の対戦レースだったのだが。
「これは……少しばかり予定を変えないといけないかもな」
「同感だ」
向こうがこうして仕掛けた上で手の内や力の内を見せてくれるのは願ってもない事だ。
生徒会のメンバーはこの合同レースを静観することに決めた。
一方で、三冠レースを終えた私はというと。
「え? ウイニングライブないなったんですか? あれー? んー? どういうことー?」
何がなんやら全く分からず混乱していた。
もうわけがわからんです、オルフェちゃんはそそくさと引き上げてますし、なんか話聞くとウイニングライブも無くなったらしいですし。
「よーし行くぞー、ポンコツー」
「えー!? 私レース勝ったんですけど!? ちょっと!? なんですかこの扱い!?」
ゴルシちゃんから回収されていく私。
とりあえずジタバタしてますが強引に襟を掴まれてズルズルと引き摺られていきます。
SWDT4回戦、勝者、アフトクラトラス。
そんな勝利の余韻に浸る間も無くトレセン学園を揺るがす衝撃的な出来事がこの日巻き起こるとは私は思いもしませんでした。