トレセン学園のレース場。
トレーナーである貴女はあるウマ娘の走る姿に目が釘付けになった。
青鹿毛の綺麗な髪をしたそのウマ娘はどこか愛らしく、それでいて物凄いスピードでコースを駆けていく。
しばらくすると走り終えた彼女はずっと見ていた貴方の方へやってきた。
「ちょっと、さっきからじろじろ見てるんですか、変態さんですか、貴方」
何故か彼女は貴方が部外者だと勘違いしていたらしい。
貴方は誤解を解くために自分がトレーナーであることを彼女に話した。
「へー、貴方が姉弟子が話していたアンタレスの新しいトレーナーですか」
そうだと貴方は首を縦に振る
貴方はチームの引き継ぎでこのトレセン学園に来て今日からアンタレスのトレーナーに任命されたのである
しかし、目の前にいる青鹿毛のウマ娘は何というか癖が強そうだ。
しかも、デカい。
どことは言わないが彼女の一部分は非常に自己主張が激しかった、まあ、性格も自己主張が激しいのだろうが、何というか、貴方の第一印象はアホっぽいウマ娘だなと思った。
「ふむ、貴方は義理母から気に入られた理由はよくわかりませんが私のトレーナーになったからにはビシバシいきますからね! 覚悟していてください!」
いや、それはこちらのセリフなんだがと言いたいところだが、ふんす! とドヤ顔をしているアフトクラトラスを見ていると貴方はなんだかどうでもよく感じてしまい深いため息をついた。
しかしながら、こんな小柄なウマ娘が果たしてどのくらいのウマ娘なのか、まだ計りかねている。
本番のレースではどのくらい活躍できるのか、見てみないことにはわからない。
当のアフトクラトラス本人はすぐにトレーニングに戻る、と言うと元気よく勾配が急な坂路を走り回っている。
その坂路というのも貴方が今まで見たことないような急な坂路だ。
名をサイボーグ坂路というらしい、聞いた話によると遠山トレーナーがトレセン学園に無理やり作らせた専用の坂路だという。
「おらあああああああああ」
全力でその坂路を駆ける彼女の姿を眺める貴方はその馬鹿げた脚力に驚いた。
凄い勢いで坂を登っていくちっこいウマ娘。
まあ、一部分に関しては大きいのだが、それにしても信じられないようなスピードで駆けていく彼女の姿には圧倒された。
トレーニング後、彼女は軽く水分補給をしながら貴方に近寄ってきた。
「ま、ざっとこんなもんです、あ、トレーニングメニューですけど、アンタレスのスケジュールはこれですよ」
そう言って、アフトクラトラスが渡してきたのはアンタレスのトレーニングメニューだ。
そのメニュー内容に目を通した瞬間、貴方は度肝を抜いた。
一言で言うなら頭がおかしくなりそうだった。
アンタレスの片鱗を見たとかじゃない、もっと恐ろしい何かを見てしまったようなそんな感覚である。
そんな貴方はこう感じた。このウマ娘を護らねばと。
「え? 今日は休め? 何言ってんですか今からコンクリを……はい? 土方じゃないんだからですって? いや、そうですけど。あっ……ちょ!? 何してるんですかっ!?」
貴方はアフトクラトラスの身体を抱き抱えると、すぐさまその場から彼女を引き剥がす事にした。
こんなところにいては彼女がまた過度なトレーニングに走るかわからない。
こういう時は強硬手段が一番だ。この手に限る。
コマンドーの大佐並みの圧でアフトクラトラスを休ませる。いや、おそらく貴方はもう大佐かもしれない
アフトクラトラスを抱っこして誘拐した貴方はひとまず、ダンスルームへ移動した。
「なんですかもう! 誘拐なんて慣れてますけど、いきなりびっくりするじゃないですか!」
誘拐に慣れてるというアフトクラトラスの反論もどうかと思うが、まあ何にしろ彼女をあのとんでも坂から遠ざけれたのは我ながらいい仕事をしたと思った。
彼女は相変わらずぷんぷんと怒っているが怖いというよりも怒り方が可愛いという感じだ。
身体がちっさいのもあるんだろうが、ちょこまかと動くこのウマ娘には何か不思議な愛らしさというものが感じられる。
「そんでどうすんですか、え? トレーニングメニューを見直す? 義理母と一緒に? 別に今のままでも……あーはいはい、わかりましたからそんなに顔詰めてこないでください暑苦しい」
そう言いながらプイっと顔を背けるアフトクラトラスに貴方は苦笑いを浮かべる。
頑張り屋なのは良いことだが、頑張りすぎるのは良くない。
あなたの師匠であるタケトレーナーやオカトレーナーがよく言っていた言葉だ。
さて、とりあえずトレーニングメニューからの見直しから必要だろう。
「全く、義理母が言ってましたよ? あいつなら私を全レースで一着にできるって。ホンマかいなって思わず思いましたけど、甘々ですし」
君のチーム自体がスパルタ過ぎるんだとすかさず貴方はアフトクラトラスにツッコミを入れる。
アフトクラトラスのこんな小さな身体のどこにそんな馬力があるのか不思議で仕方ないと貴方は思った。
何か秘密があるのだろうか……。
「何、人の胸をマジマジ見てんですかこの変態」
そう思っていた矢先、ジト目でアフトクラトラスから貴方はそう指摘された。
別にそういうつもりはなかったのだが、視線がどうも自己主張が激しい彼女の胸へいってしまっていたらしい。
さて、トレーニングの見直しだが、改めて見ても物凄いトレーニング量だと貴方はスケジュール表を見ながら感じた。
どうしたらこんなメニューを一日で熟るのだろうか、もはや理解の域を越えている。
「トレーナーもアンタレス式トレーニング一緒にしますか? 半泣きになりますよ?」
そう言って、恐ろしい事を満面の笑みでさらりと言ってくるアフトクラトラス。
普通にオーバーワークのトレーニングである、普通のウマ娘だったら間違いなくぶっ倒れそうなメニュー内容だ、それを勧めてくるのはアホの極みでしかない。
こんなメニューを普通に勧めてくるなと、貴方は軽くチョップをアフトクラトラスに入れる。
「あー! DVですよ! DV! これは許されない案件だ! 頭パッカーンなったらどうすんですか!! え? 元々何も入ってないから大丈夫ですって? ぶっ飛ばしますよこの変態トレーナー!」
この気性の荒さである。いやはや、ゴールドシップ並みに癖が強いとは聞いてはいたが、貴方はこのアフトクラトラスの扱いには苦労しそうだと肩をすくめてため息を吐くしかない。
小さな身体でぷんすこ! と怒っているアフトクラトラスに貴方は、適当なご褒美で釣りながら宥めつつ軽く扱う、こういうときはこの手に限る。
内心チョロいと思ったのはここだけの話だ。
それから数ヶ月、貴方はアフトクラトラスのトレーナーとして、彼女を支え、朝日杯と皐月賞を制覇。
深夜帯に何やら自室で彼女がワチャワチャ配信している事をのぞけば、素晴らしい戦績である。
G1優勝できなかったら、遠山トレーナーとアフトクラトラスからめちゃくちゃキレられるので必死でスケジュールを管理しながら彼女を支えている貴方は立派である。
そんな最中、アフトクラトラスからこんな話を貴方は振られた。
「レースのローテーション見せてくださいよ。
……はぁ!? なんでこんなクソローテになってんですかっ! え? 義理母の指示? いやいや、死にますよ? え? これ私死ぬの?」
皐月賞が終わってからの欧州三冠プランのめちゃくちゃなハードローテーションを見せた時は激しく抗議。
元々、涙目になりながら遠山トレーナーからの地獄の練習を避けてきたアフトクラトラスを宥めつつこれまで上手くやってきたのだが、まあ、案の定、レースプランを見たアフトクラトラスが取り乱していた。
貴方は大丈夫大丈夫と、軽くアフトクラトラスの肩をぽんぽんしながら告げる。
「あんだけアホみたいなトレーニングしてて、君は強いから勝てるでしょうって? おい、それは最初の頃に私を心配していた貴方のセリフとは思えないんだが、ちょっと、最近諦めてきてませんか? アンタレスだから仕方ない? いやそうですけど、勘弁してくださいよ……」
ここなしかアフトクラトラスの背中に哀愁が漂っている。
貴方はとりあえずアフトクラトラスを撫でて誤魔化すことにした。まあ、アフトクラトラスはチョロいので撫でて褒めておけばどんなトレーニングでも耐えれると遠山トレーナーが言っていたので大丈夫だろう。
それから、トレーニングしては走り、鍛えて、二人三脚で貴方はアフトクラトラスの管理を行なっていった。
日々成長していく彼女の姿には驚かされてばかりだ。
アンタレス式のトレーニング方法にも手を加えて、変わらず内容ハードではあるもののアフトクラトラスの体に負担を少なくしていくような形で貴方はトレーニングを進める工夫をした。
それからしばらくして、天皇賞・春での出来事だ。
何とレース後、アフトクラトラスが乱入して観客に向かって喧嘩を売っていた。
どうやらマックイーンの三連覇を阻んだライスシャワーへ対するブーイングが気に入らなかったらしい、確かに気持ちはわかるあれは聞いてて良いものではなかった。
それならまだいい、しかしながら……。
「凱旋門とってきてやるよ馬鹿野郎! かかってこいやぁこのやろー!」
何と凱旋門をとってきてやる宣言、これには貴方も頭を抱えるしかなかった。
すぐに羽交い締めして、アフトクラトラスを回収した貴方は彼女に説教をした。
なお、全く聞いているそぶりは無かった模様。
ルドルフ会長からアフトクラトラスが拳骨を受けていたが、まあ仕方ないと肩をすくめるしかなかった。
それから、日本ダービーを制したアフトクラトラスは無敗で二冠達成、この出来事に日本のメディアもファンも大盛り上がりであった。
その勢いのまま海外遠征へ、ダラカニという強大なライバルがいたもののそこからイギリスダービーとキングジョージを制覇。
そして、成長したアフトクラトラスがついに宣言通り凱旋門を取った。日本のウマ娘の初の快挙だそうだ。
貴方は自分の事のようにこの事を喜んだ。辛い時もアフトクラトラスに寄り添い、彼女の苦悩をよく理解していたからこそ、彼女が輝いた姿がとても嬉しく感じた。
だが、それよりも貴方が気になったのはアフトクラトラスの身体だろう。
何やら深刻な爆弾を抱えているようであったが、トレーナーとしてこれを見過ごすわけにはいかない。
「……菊花賞を回避? ……何を言ってるんですか貴方……ここまできてそんなことできるわけないでしょ?」
貴方は必死にアフトクラトラスを呼び止めるが、それでも彼女の意思は固かった。
笑みを浮かべながら、応えてくるアフトクラトラスに貴方は何も言えなかった。
本来ならここで止めるべきだろうと判断すべきだが、日欧のダブル三冠という偉業を成し遂げるには断固たる決意というものがいる。
貴方はアフトクラトラスのトレーナーだ。
この先の決断をどうするかは、貴方次第だろう。