さて、あの選抜発表があってから二日が経ちました。
私はというと、ファンの皆さんが戸惑っている事だろうと察して配信をすることにしました。
そう、アフちゃんねるです!
登録者数はいまや鰻登り! まあ、なんたって前回の三冠ウマ娘とのタイマンレースに勝ちましたからね!
ウイニングライブはないなったんですが、それもこれも海外ネキ達が悪い。
「はい、という事で久々に配信します。やほやほ! 皆、アフちゃんだよー!」
『うわ出た!』
『はよ走れ』
『何してんだ坂行ってこい』
『本当にこの娘、海外勢に勝ったのかね?』
「久々の配信なのにこの言われよう、涙が出ますよ」
そう、海外勢のせいで私のチャンネルも見ての通りです。
もう、あんなとんでもメンバー引き連れて普通に殴り込みに来るかね? 私はのんびり配信したいというのに……。
よりにもよって、世界第3位のリボーさんとタイマン張らないといけなくなっちゃったんだから、もう泣きそうですよ。
「海外勢の人達マジでしたもの、アレはやばいですって普通あんな引き連れてきます? そんなんできひんやん普通! シーバードさん半端ないって! もうー!」
『草』
『そら、先に仕掛けたのはこっちだしな』
『お礼参りって事でしょ』
『ディープとアッフはちゃんと勝ってきてください』
「何という無茶振り、もう少し労って」
皆は私をもうちょっと甘やかすべきだと思う、私の非常にリスナーの筈なのに厳しいのはなぜだろう。
はい、私の普段の行いですね、自覚はあります。正直すまんかった。
まあ、気を取り直して今日の配信の内容ですけども。
「さて! それじゃ今日は……! ……義理母との思い出話でもしましょうかね? たまには」
『おー!』
『遠山トレーナーか……』
『めちゃくちゃ厳しかったって聞いてたよ』
そう言って、私の話を聞いていたリスナーさん達は興味津々でそうコメントを残してくれる。
そう、厳しかった。だけど、そこには愛情もあって、私にはかけがえのない家族であり母親だった。
私は実の母も父も知らないし、自分の生い立ちがどうだったかはよくわかっていない。
「義理母は厳しかったですよー? めちゃくちゃ坂路を走らせるし、身体を鍛えて鍛えて強くして勝たせるって信条の人でしたから、小さい時から私は厩舎の裏山を走らされてましたけど、涙流しながら駆けてましたから」
『うわぁ……』
『それは末恐ろしい』
『自分なら逃げてる』
「でしょう? けど、義理母はちゃんとご褒美もくれていたので飴と鞭の使い方がほんとうまかったんですよね」
小さい頃の私は義理母がくれるご褒美が嬉しくてきつかったけど頑張れました。
ちゃんとやり遂げると褒めてくれるのも嬉しかったですから。
厳しいだけだと潰れてしまうという事を義理母はよく理解していたのです。
もちろん、無茶なトレーニングはありましたが、体調を見極める眼もちゃんと持ち合わせていましたからね、そういう時は私を休ませてくれていました。
「よく話してくれていた義理母の夢、それは姉弟子もですが、ずっと叶えてあげたいって思っていました。……私の走る理由は多分、最初は義理母を喜ばせたい、お母さんの夢を叶えてあげたいって思って走ってたんだと思います」
『……深いなぁ』
『自分の為じゃなくて母のためか』
『アッフの強さの理由はそこかな? もしかして』
「ですかねー? あんまり考えたことはないんですけど、少なくとも私利私欲で走るとかはあんま考えたことは無いのかも? 多分……」
あるとしたら、あのディープちゃんと走った有馬記念くらいでしょうか?
あれも、ライスシャワー先輩の分まで走るという気持ちとディープちゃんとの約束を果たしたいという気持ちがあって、我が儘を言って走ったレースなので自分の為にと言われるとなんだかピンとはあまりきませんね、よくよく考えれば自分も出たいと思っていたのであれは自分の為かもしれない。
三冠は義理母の為、常に勝っているのは後からついてきた結果くらいにしか今のところ考えていません。
「そんなわけで、トレセンに来る前から私は義理母からスパルタな育成をさせられていて、それはもう皆さんの想像を絶すると思います」
『具体的には?』
『想像を絶するってどんな感じなんかな? 恐怖しか感じんわ』
『重りつけたりとかかな?』
「えっとですね……」
そこから私は義理母と行った凄まじいトレーニングについて皆さんに話した。
時には、厩舎の裏手にある悪路の坂路を合計で、もはや数えていないですが幾千、幾万と駆け上がり。
トレーニングの終わりには怪我の予防にと引きちぎれるかと思うようなガッツリとしたクールダウンとストレッチ。
流れる川での水泳なんかもしましたかね、バタフライとかで。
あとは、コンクリートの塊やめちゃくちゃ重いバカでかいタイヤなんかも引きながら坂路を登ったりとか。
悪天候の時の慣らしなんかもしてましたかね。
まあ、他にもたくさん例はあげましたが、挙げるとキリがないので、そんな感じのメニューを小さい時からいっぱいしてきました。
「まあ、他にもたくさんあるんですけど、こんなもんですかね?」
『一体何を目指してたんだ(困惑)』
『ハード過ぎて草』
『地上最強でも目指してたのかな?』
コメント欄の皆さんもこれにはドン引きしてました。
アンタレスに入る前からこれだったので、トレセン学園に入ってようやく解放されたと思った矢先また地獄が始まったみたいになりましたよね。
アッフは目の前が真っ暗になりました。泣けるぜ本当。
「……けど、そんな義理母が私は大好きでした。今でも愛してます、姉弟子もライスシャワー先輩もね、あの二人は私にとって唯一の家族みたいなものですから」
『そうだよね……』
『アッフの生い立ち聞けてなんか泣けた』
『いつもはポンコツなのにな』
「おい、いつもポンコツとは何事だ、おい!」
最後のリスナーのコメントに一瞬だけしんみりした空気に草が生える。
大事な人がそばにいてくれる有り難みは私はよくわかります。
だから、私はその人達の為なら命だって張れる。
「よし、良い時間ですし、トレーニングに行ってきましょうかね! じゃあ皆さん! 乙アフ!」
『乙アフ!』
『お疲れ様ー』
『頑張れアッフ、海外の奴らなんかに負けるな!』
私はそう言って配信を切るとランニングウェアに着替えてナイターのトレーニングに出かける。
外は暗くなってはいるが、別段、私は目が良いのであまり気にはなりません。
まあ、本来ならドゥラちゃんとキズナちゃんを誘ってあげたいところですが、あの二人はメジロドーベルさんから、昼間しこたましごかれてましたからね、流石に気を使いました。
「あまり遠出をするのもあれですから今日はサイボーグ坂路で走りますかね」
私はそう呟きながらサイボーグ坂路まで軽く慣らしで走る。
今日は珍しく雲もあまりなく綺麗な満月が照らしてくれていました。
すると、私の目の前に小さなウマ娘の姿がゆっくりと現れます。
気の強そうな眼差し、刺々しい鹿毛の短い髪のウマ娘でした。
雰囲気はどこか普通のウマ娘でないことは察しましたが、私は静かに彼女の横を素通りしようとしました。
すると、彼女は私にすれ違いざまに静かにこう呟きます。
「アフトクラトラス、お前には私と同じ血が流れてる」
それを聞いた私は目を見開いてゆっくりと足を止めました。
そして、静かに呟いたウマ娘に向き直ります。
特徴的な八重歯を見せながら笑みを浮かべるそのウマ娘を私は知っている。
そう、海外勢を引き連れてきた一人、世界第3位にランクされているが、その能力は世界一位のシーバードと相違ないウマ娘。
いまだに無敗を誇るイタリアが誇る至宝、リボーその人だ。
「何の用ですか、今からトレーニングなんですが」
「言った通りだが? お前には私と同じ血が流れてるってな」
「意味がわかりません」
私は急に呼び止めてきたリボーに対して顔を顰めながらそう告げる。
リボーと同じ血が流れている? それは果たしてどういう意味なのか。
私は物心つくときから日本にいましたし、自分は日本のウマ娘であると思っています。
「まあ、お前と私は親戚って事だな、従姉妹みたいなもんだよ」
「だからなんです?」
「……お前の本当の親も知ってるって事だな」
私はそうリボーから言われて余計に苛立ちました。
家族は義理母と姉弟子、そしてライスシャワー先輩だけだ、そんな事をいきなり現れて言われても私からしたらいい迷惑です。
もはや、実の親だとか私の生まれがどうだとか、そんな事には興味がありませんしね。
「まぁ、こういうのは走ったが早いか? んで、どうだい? 今から3本ほど1600m走らねーか私と」
「話が見えませんけど……」
「まあまあ、走りゃわかる、そういうもんだろ? 私らウマ娘ってのはさ」
そう言って、懐かしそうに私を見てくるリボーの目は何故か優しかった。
そういう風に言われたんじゃ私も無碍に断るわけにもいきません。
私は深いため息を吐いて視線を横に向けたまま、静かにこう告げる。
「……3本ですよ」
「おう、それじゃ場所移動すっか」
そう言って、私はリボーと共にトレセン学園のトラックへと移動した。
走る長さは1600m、ちょうどマイルのレースと同じくらいの距離だ。
まあ、マイルくらいの距離ならたかだか3本走るくらいどうということはない。
「ちなみに真剣勝負だ、手抜きは無しだぜ?」
「わかってますよ」
そう告げるリボーと共にスタートラインに立つ私。
そこから位置についてヨーイドンッ! で私はリボーと共にかける。
世界3位か何か知らないが、私とて凱旋門も勝ったし日欧三冠をとった上で未だ無敗だ。
リボーとの簡単なこのレースに負ける気はさらさらなかった。
そう、全く負ける気はなかった。だからこそ本気で走った。
しかし、それにもかかわらずだ……。
「ハァ……ハァ……!?」
私の前を走る彼女の背中がすごく遠く感じた。
圧倒的な強さだった。地を這う走りですら間合いを詰めることすらできない。
いや、むしろ、リボーもまた私と同じ構えで走っていた。
リボーと私の身体の大きさは同じ、そして、同じ走り方、これはどういう事なのか全く理解できない。
理解できない内に私は三本ともリボーに全敗した。
「……まあ、こんなもんだろ」
「ハァ……ハァ……」
「ダラカニが負けたのも理解できるな、確かにアレよりかは、お前は強いよアフトクラトラス」
そう告げるリボーは多少息は切らしているがそれでも余裕というものを感じられた。
私は初めて、勝てるビジョンが浮かばないと心の底からそう思った。
リボーというウマ娘の力量がこれまで走ったどのウマ娘にも当てはまらない。
「……アフトクラトラス、ギリシャ語で皇帝って意味だろ」
「……だからなんだってんですか……」
「そんな大層な名をお前は付けられた。そうなる宿命だと願いを込めてな」
リボーは静かに私を見つめながらそう告げる。
私を見つめるその眼はどこか悲しげであった。
私にはその意味は理解できない、なんだってそんな目で見つめられなくちゃいけないのか。
「……お前の実の母親はもうこの世にはいねぇよ」
「……っ!?」
「ただ、お前の事はずっと私に話してくれていたんだ、アフトクラトラス」
私の実の母の事を語るリボーに私は目を見開いた。
顔も名前も知らない私の母、そんな母親の事を語るリボーに私も動揺が隠せないでいた。
だったら、なんで私は日本にいるんだ。私を一人だけ義理母に預けたのは何か事情があったのか……。
「まあ、続きは……お前が私の前に立てるくらい強くなったら話してやる。強くなれアフトクラトラス、私を楽しませるくらいにな」
「…………ッ!」
「お前が強くなるのを私は楽しみにしてる」
そう告げて、静かにその場から立ち去っていくリボー。
リボーと対戦する前にあれだけボコボコにされたんじゃなんにも言えませんね。
死ぬほど鍛えた身体、死に物狂いで毎日励んだトレーニング。
だけど、リボーの背中は遠かった。
あの実力差を埋めるには前みたいな期間じゃ全然足りない。
「……あんたは私が絶対倒す」
ルドルフ会長が言っていた一年半、この期間にもっと今より強くならなくちゃいけない。
誰よりも速く、誰よりも強く。
今まで以上のやり方で、怪我をした以前よりも遥かに強く。
そうでなくてはあのレベルのウマ娘を倒す事なんてできない。
これまで以上に私は固い意志を固める、自分の母の事を聞く為、そして、自分自身のことを知るために。
私は自分の為に走る事をこの日決意した。