一年半という期間を設けた世界選抜戦に向けて。
日本の全チームが一丸となり、凄まじいトレーニングを各自積んでいた。
最強姉妹対決、こう銘打たれたポスターを前にビワハヤヒデは静かに佇んでいた。
「……姉か……」
彼女が佇んでいるのには理由がある。
それは、ビワハヤヒデと走ることになるだろう今までで最強のウマ娘、その名をデイラミ。
21戦11勝、その殆どがG1戦というまさしく化け物だ、その中には世界最高峰の凱旋門賞と同じくらいのレース、BCターフ、キングジョージまで彼女は勝っている。
しかも、この間のレースではウイニングチケット、ナリタタイシンの二人を相手に全く寄せ付けない強さを見せつけてきた。
こんな化け物に果たして私が敵うのだろうか
「こんなところで何してるんです?」
「……ん? いや、ちょっとな……」
「考え事ですか?」
そう言いながら、ビワハヤヒデに声をかけて来たのはミホノブルボンだ。
アフトクラトラスの姉弟子であり、今では海外レースで実績を上げ続けているウマ娘。
ビワハヤヒデの顔を見たブルボンは少し笑みを浮かべるとこう告げて来た。
「ハヤヒデ、少し話しましょうか」
「……話ですか」
「貴女が考えてることについて、ですよ」
そう言いながらブルボンと私は場所を移す。
ビワハヤヒデはトレセン学園の中庭にあるベンチに座り、静かに私は空を見上げた。
今日はやけに晴れた心地よい天気であった。
暫しの沈黙の後に話を切り出したのはブルボンの方からだった。
「……デイラミと自分の事で悩んでいるのでしょう」
「……鋭いな」
「見ればわかりますよ」
そう言いながら、ビワハヤヒデの返答に笑みをこぼすブルボン。
凄い実力を持った相手と三冠ウマ娘、ナリタブライアンの姉としてのプレッシャー。
この二つが重くビワハヤヒデにはのし掛かる。
それは、ミホノブルボンにもよく理解ができる。
妹弟子であるアフトクラトラス、彼女はミホノブルボンの代わりに義理の母の夢を叶え、さらに、世界最高峰のレース、凱旋門賞まで制覇した。
だからこそ、ビワハヤヒデが何に悩んでいるのか深く理解することができた。
「……凄い妹を持つと姉は大変だな」
「そうですか?」
「あぁ……君だってそうだろう?」
そう言いながらブルボンに問いかけるビワハヤヒデ。
だが、ブルボンは左右に首を振りそれを否定する。
そして、静かにビワハヤヒデに向いこうつげはじめた。
「なら、妹より強くなればいい、血反吐吐いても身体が悲鳴を上げても私は強く在り続けます」
「…………」
「私より凄い偉業を確かにアフは成し遂げました。ですが、私はあの娘より自分が弱いだとか劣っているだなんて思ったことはありません、それは貴女もでしょう、ハヤヒデ」
そのブルボンの言葉にビワハヤヒデはハッと目を見開く。
確かに自分が今までブライアンに負けているだなんて微塵も思ったことはなかった。
もちろん、三冠を取り、最近では海外レースもブライアンが勝った事もビワハヤヒデは知っている。
それでも、ビワハヤヒデは彼女の前では強い姉であろうとした。
「……だが、タイシンもチケットもデイラミに負けた、そんな奴に私が果たして勝てるのか……」
「そんなもの走らなくては分からないでしょう」
「……見ればわかるさ」
そう言いながら、ビワハヤヒデは先日のレースを思い返す。
ビワハヤヒデと鎬を削り、そしてクラシックを戦ったライバルである二人、その彼女達ですらデイラミには歯が立たなかった。
そんな彼女達の代わりに自分が勝てるのか、ビワハヤヒデはその不安が拭えないでいた。
ビワハヤヒデのその様子を見て、ミホノブルボンはゆっくりと口を開く。
「勢いの皐月賞、運のダービー、そして、実力の菊花賞」
「…………」
「貴女は実力の菊花をその手に掴んだ。あの二人とクラシックを最後まで走り抜いて。……私が獲れなかった菊花賞を獲ったんですよ」
ビワハヤヒデの瞳を真っ直ぐに見つめたままそう告げるミホノブルボン。
ビワハヤヒデには確固たる実力がある。
それは、菊花賞もだが、宝塚記念、そして、3200mの長さを誇る天皇賞も彼女は勝った。
だからこそ、ミホノブルボンには確信があった。彼女ならば、ナリタブライアンと共にあのデイラミとダラカニの最強姉妹に勝てると。
「……正直、貴女とアフの奴で走るべきだと思っていた。貴女もアフも凄いウマ娘だからだ」
「…………」
「だがッ! ウイニングチケットとタイシンが負けた相手をみすみす譲るわけにはいかないッ! 私は私だ! ブライアンと必ず勝つッ!」
ビワハヤヒデはどこか覚悟を決めたようにはっきりとそう言い切る。
その目には先程とは違い闘志が漲っていた。
あの二人と走ったクラシック戦線の時のように、ナリタブライアンへ背中を見せたようにビワハヤヒデには偉大な姉としての誇りを取り戻していた。
「……吹っ切れたみたいですね」
それを見たミホノブルボンはそう確信する。
敵は圧倒的な海外の怪物達、それを例えるなら古代のテルモピュライの戦いのようなものだ。
強大な敵と戦うには圧倒的なトレーニング量とモチベーションが必要になる。
戦う心がなければ、海外ウマ娘には勝てない。
「ハヤヒデ、よければ私と共に遠山式トレーニングをやる覚悟はありますか?」
「……何?」
「今の貴女ならそれを熟す覚悟だってあるはずです。違いますか?」
そう問いかけられたビワハヤヒデは静かに考える。
アンタレスでも随一のハードさを誇る遠山式トレーニングメニューである。
今は亡き遠山トレーナーが発案した『鍛えて、強くする』をもとに構成され、アフトクラトラス、ミホノブルボン、ライスシャワー、メジロドーベル、ドゥラメンテ、キズナの六人が普段から行っている常軌を逸したトレーニングメニューだ。
今では優秀なトレセン学園のトレーナー達からさまざまな手を加えられ、より効率よく負荷が掛かるトレーニングメニューとなっている。
「……まさしく、修羅に入る覚悟だな……良いだろう」
「死ぬ気でこの一年半、頑張りましょう」
そう告げるミホノブルボンの言葉に静かに頷くビワハヤヒデ。
そんな二人のやりとりを物陰で壁に身体を預けたままこっそりと聞いていた一人のウマ娘が居た。
彼女は物陰から少しだけビワハヤヒデの顔へ視線を向けるとしばらくして、静かに笑みを浮かべる。
「……姉貴を誘おうと思ったが、私が出るまでもなかったな」
そう、物陰から話を聞いていたのはビワハヤヒデと姉妹であるナリタブライアンだ。
最強姉妹対決という事で彼女自身はミナトレーナーと共に熾烈なトレーニングに日々明け暮れていた。
だが、姉であるビワハヤヒデが気掛かりであったためこうして様子を見に来たという訳である。
デイラミとダラカニという姉妹を相手に気落ちしていないか心配だったがそれも無用の心配だったようだ。
「……さて……、アフの奴でも誘ってトレーニングするか、確か今日は生徒会に呼ばれてたっけな?」
ナリタブライアンはそう呟くとその場からゆっくりと離れる。
姉も覚悟を決めて、修羅になる道を選んだ。
ならば、自分も相応の覚悟を持って一年半後の対決に臨まないといけないだろう
姉、ビワハヤヒデと共に挑む最強姉妹対決。
「……絶対に勝つぞ、姉貴」
後悔だけはないようにしたい、自分の全力をこの一年半に注ぎ込む。
ナリタブライアンはひっそりと静かな闘志を胸にその場を後にした。
海外ウマ娘との対決に向けて各ウマ娘がそれぞれの想いを胸に秘めていた。
それは、アフトクラトラスも例外ではない。
「お前……」
「いや! 今回私悪くないでしょ!? 掲示板がやったんだ! 私は悪くねぇ!」
「と容疑者は申しており……」
「だからヒシアマ姉さん!? 私にモザイクかけないでくださいよ! ちょっと!?」
と思いたいところである。
我らがアフトクラトラスは現在生徒会へ呼び出しを食らいこのようにサンデーサイレンスの件について生徒会メンバーから弄られていた。
正直な話、今回アフトクラトラスが完全にとばっちりなのは全員周知の事実。
今回は別件もあり彼女を呼び出したのである。
「さて、茶番はさておき、話というのはドゥラメンテとキズナの事だ」
「……それを先に言ってくださいよ」
「お前は普段が普段だからな、たまにはこうして釘を差しておかないとまたやらかすだろう」
「……ルナちゃん……」
「なんだ、拳骨されたいのか?」
「なんでもないです」
そう言いながらニッコリ笑顔で拳を鳴らすルドルフにすぐに視線を逸らして誤魔化すアフトクラトラス。
ルドルフ会長は深いため息を吐くと本題について話し始める。
「アフ、お前は私とオカさんとでこれから集中的に遠山式を含めて熾烈なトレーニングを行う、つまり、二人を見る時間が減るという事だ」
「ほうほう」
「しかし、二人も海外ウマ娘との対決には出てもらわないといけない。よって、お前の代理にキングカメハメハとレジェンドトレーナーであるアンカツトレーナーに見てもらう事にした」
そう告げるルドルフの言葉にアフトクラトラスは静かに頷く。
確かにアフトクラトラスとルドルフはそれぞれ、リボーとシーバードという海外ウマ娘の中でも別格のウマ娘と戦わないといけない。
それには過酷でハードなトレーニングに集中し、力をつける必要がある。
「……わかりました、そこはお任せします。二人とも駄々捏ねそうですけどね」
「後輩に好かれてるな?」
「甘えられてるだけです」
二人の事を思い出しながらそう苦笑いを浮かべ、ルドルフに答えるアフトクラトラス。
一年半という期間、どれだけ各個人のレベルを上げていけるのか、それが、勝敗の行方を左右することに繋がる。
それに、アフトクラトラスにはリボーとの因縁があった。
それは、彼女自身の出自をリボーが知っているから。
少なからず、今の状況を幸せだと感じているアフトクラトラスからすれば、多少なり気にはなる事だ。
自分が何者であるのかようやくわかる事ができるきっかけができた。
「ルドルフ会長、私は死ぬ気でやりますよ? ついて来れますか?」
「誰に向かって言ってるんだ? 当たり前だ」
そう言いながら、互いに笑みを浮かべるアフトクラトラスとルドルフ。
三冠ウマ娘勝負でシンザンに負けたあの日から、ルドルフには地獄を見る覚悟はとうにできていた。
日本のウマ娘の意地をかけた勝負の一年半の始まりである。