シンボリルドルフ。
夏、日差しが差し込む中、彼女は目を瞑りながら瞑想を行っていた。
満を持して挑んだ三冠ウマ娘対決。
彼女はその舞台で残念ながらシンザンに負けた。
その事を踏まえ考え、己の肉体と走りに限界を感じ、悩みぬいた結果。
彼女がたどり着いた結果は感謝であった。
自分自身を育ててくれた皆とトレーナー、そして、支えてくれた多くのファンへの限りなく大きな恩。
それを返すためにどうすれば良いのか、そう思い至った結果。
辿り着いた答えがアフトクラトラスとハードなトレーニングを後の一日5000回、感謝のスパートダッシュであった。
気を整え、拝み、祈り、構えて、走る。
この一連の行動を行うにあたり、当初は10秒ほどかかっていた。
これを終わらせるために日は明け、走り終えれば倒れるようにその場で寝る。
起きればまたアフトクラトラスとのハードトレーニング、5000回のスパートダッシュ、そして、また倒れる様に寝る。
山の奥地、自然に囲まれた地でひたすら、雑念を取り払い、毎日駆け続けた。
半年を過ぎた頃、ルドルフはここで異変に気づく。
5000回、スパートダッシュを終えたのに夜が明けていない。
ここにきて、シンボリルドルフ、開花の時を迎える。
ダッシュ5000回、3時間を切る。
代わりにこの環境を用意してくれたトレーナーへ感謝する時間が増えた。
そして、アフトクラトラスと共にトレーニングに入る時。
シンボリルドルフのスパートダッシュは……。
音を置き去りにした。
「な、なんですか今のダッシュ……」
当事者である私は目の前で凄まじい速さで加速するルドルフ会長に言葉を失った。
音を置き去りにするスパートダッシュ。
こんなダッシュを残り僅か、400mで出されたりしたら正直、追いつける気がしない。
シンボリルドルフ会長が新たに
「百式走法、皇帝神威と……私は名付けた」
そう静かに語るルドルフ会長には以前にも増して威厳や空気感が全く違っていた。
一体、どれほどの修練を積めばこれほどの気迫を纏えるというのか。
流石はルドルフ会長というべきだ。
ルドルフ会長は自分で自分の殻を破って見せたのだ。
己を見つめ直し、更に強くなるために。
「アフ、お前はどうなんだ?」
「ふっ……愚問ですね」
私は問いかけてくるルドルフ会長にドヤ顔をする。
そう、私もまた新たな極地へとたどり着いたのです。
その名をナンバーズギア。
6しか上げれなかったギアを9にまでひき上げれるようにしました。
凄いでしょう、三段回まで上げれるように成長したのです。
しかも、ギアの段階を最高速度まで二段階踏まえることにより無理に最高速度まで叩き出していたギア6から二段階挟む事で身体への負担を軽減させることに成功しました。
一気に加速し、スピードに乗るギア1。
スピードを維持しつつ、足を抑えるギア2。
コーナリングでのスピードを維持するギア3。
上り坂での急加速を可能にするギア4。
下り坂に適したスピードと脚力を維持するギア5。
ドライブと緩急をつけて相手の合間を抜くギア6。
最終コーナーからの急加速へ移るギア7。
急加速から最高到達速度まで徐々に上げていくギア8。
空気抵抗を最大限にまで切り離した地を這う走り、押し切りを決めるギア9。
これが、新たに私が身につけたナンバーズギアです。
これまでは6から8までが無く、一気に9ギアまで上げていたやり方でした。
強引に自分の限界点を毎回こじ開けるやり方は諸刃の剣、身体への相当な負担がかかり、有マまでに私の身体がボロボロになっていました。
400mから徐々にギア6からギア9まで上げていきゴールへ。
こうする事で完全な勝利の方程式が出来上がるという訳です。
「まあ、私はギアを使い分けなきゃいけないんですけど、そうじゃない化け物みたいなウマ娘も居ますからね」
「……セクレタリアトか」
「はい、あの人の等速ストライドはギアを全く変えずに最初から最後まで最高速です」
私は世界第2位のセクレタリアトさんを例えに出しながらそうルドルフ会長に説明する。
最初から最後まで最高速度、変わらない速さでグングンと後続は引き離されていく。
彼女に勝てるとすれば、逃げで先方に立ち、彼女と変わらない速度で走り抜けるようなウマ娘じゃないと無理だ。
しかも、彼女の最高速度を常に上回っていないといけない。
「そんな事が可能なウマ娘なんているのか……?」
「わかりません、まあ、だからこそ私は全く違う方法を取らせていただいたんですけどね、これなら最後だけならセクレタリアトさんの最高速度を上回れると思います」
そう、最後の勝負の直線で打ち抜く。
この走りならそれでセクレタリアトでさえも打ち破る事が可能かもしれない。
多分。自信ないですけど。
最高速度を保ち続けるウマ娘を負かすなんて想像つきませんしね、そもそも。
それに……。
「ふっ……ずいぶんと強気だな?」
「当たり前です、じゃないとリボーには勝てませんからね」
そう、私の標的はあくまでリボー。
彼女に勝つのが私の役目であり、私の宿敵ですからね。
どうやって彼女に勝つのか、それしか私は今考えていません。
強いて言えば、セクレタリアトさんの等速ストライドを唯一破れるかもしれないとすれば、それは。
「……もしかしたら姉弟子ならあるいは……」
「……ミホノブルボンか?」
「えぇ、可能性があるとするならという話ですがね」
等速ストライドを破るとすれば、逃げが決まり、セクレタリアトさんの最高速度を常に保ち続ける。
こんな芸当ができるのは姉弟子をおいて他に考えられません。
だが、それでも世界第2位を誇るセクレタリアトは底が知れない。
「けど、私の姉弟子ですよ? 姉が妹の私にカッコいい背中見せてくれないとねやっぱり」
「簡単に言う、相手は世界だぞ?」
「関係ないですよーそんなもん」
私はそう言いながら笑みを浮かべる。
それだけ姉弟子達ならやってくれると信頼していますからね。
きっとライスシャワー先輩もステイヤーで勝ってくれます。
だって二人とも、私がずっと追いかけてきた背中だから。
「そう言えば、お前の目標はセクレタリアトではなかったか?」
「あー……、言っていましたねそう言えば」
「良いのか? 憧れのウマ娘が負けるのは?」
そう言いながら、私に問いかけてくるルドルフ会長。
よくまあ、私が転入した時のことなんて覚えていましたね。
セクレタリアトに姉弟子が勝って欲しい?
そんな事、答えなんて決まっています。
「私の憧れはこのトレセン学園に入ってから姉弟子とライスシャワー先輩の二人です、私はあの二人の背中を見て走ってましたから」
「……そうか」
そう、私の憧れはあの二人だ。
たくさん傷つき、たくさん苦悩し、足掻いて、なお、共に分かち合いながら切磋琢磨してきた二人の背中。
血が繋がってなくてもあの二人は私にとっては姉だ。
「さて、あの二人がどうなっているか楽しみだな」
一方、その頃。
姉弟子とライスシャワー先輩のトレーニングは壮絶なものとなっていました。
ライスシャワー先輩はマトさんと共にマックイーンさんを倒した天皇賞春まで以上の追い込みを行っています。
「ライスシャワーッ!! もっとだッ! もっと追い込めるぞッ!」
「はいッ! ハァ……ハァ……」
遠山式以上の強烈な筋力トレーニングと追い込み。
ライスシャワー先輩の身体からは最早、黒い何かが滲み出ており、時折、それが死神に見えるようになっていました。
積みに積み重ねた執念。
それは、ライバルであり、親友でもあるミホノブルボンと常に凌ぎを削りあったからだ。
そして、そんなライスシャワー先輩の姿を見てミホノブルボン先輩が燃えないわけが無かった。
サイボーグ坂路をひたすら駆け上がるその姿には何かが取り憑いたような気迫さえ感じられた。
「……ハァ……ハァ……、ミ、ミホノブルボン……」
声をかけようと顔を上げるビワハヤヒデ先輩。
だが、その顔を見た途端に彼女の血の気が引いた。
サイボーグ坂路を幾千も駆け上がれどまだその身に纏う空気には研ぎ澄まされた何かがあった。
そして、それは信じられないような姿に見えて来る。
(……な、なんだ……もう一人……ミホノブルボンの隣にもう一人誰か居る)
そう、それは見えるはずの無い姿。
姉弟子を叱咤激励する、見える筈の無いトレーナーの姿がビワハヤヒデ先輩には確かに見えた。
かつて、ミホノブルボンと二人三脚で三冠を戦った遠山トレーナーの姿だ。
あり得る筈の無いその光景にビワハヤヒデ先輩は目を疑った。
「……何か? ……まだまだ行きますよ、ハヤヒデ」
「…………」
ビワハヤヒデ先輩はゴクリと思わず唾を飲み込む。
遠山式トレーニングの真骨頂がミホノブルボンの姉弟子を通して垣間見えた気がした。
凄まじい鍛錬と、厳しいトレーニングを積み重ねた者にしか見えない境地。
「……もう、誰も家族を失ったりしない」
「ミホノブルボン……」
「アフは私の家族です。あの子を守る為に私もライスも己の命さえ削る覚悟はとっくにできています」
そう、ミホノブルボンの姉弟子もライスシャワー先輩も覚悟を決めていた。
例え差し違えたとしても、私を海外勢には絶対に渡さないという覚悟。
「どんなことを言われても、どんな風に思われたとしても、彼女は私と同じ遠山式……いや、今は亡き遠山トレーナーの愛娘。それを否定なんてさせないッ! 奪わせやしないッ!」
「ブルボン……」
「ハヤヒデ、貴女もそうでしょう! 姉として姉妹としてッ! 譲れない誇りがあるでしょう!」
その言葉にビワハヤヒデ先輩は強く頷く。
そうだ、死んでも守るべきものがある。命に変えても譲れない誇りがある。
そうして、自分達は強くなってきた。
走ることに全てを費やしてきた。そして、それを全力でぶつけられる相手がいる。
「何本でもかかってこいッ!」
「その意気ですッ!」
そうして、ブルボンの姉弟子とハヤヒデ先輩は力を込めてサイボーグ坂路を駆け上がる。
無我夢中に必死に、そうしていく中で感覚がだんだんと研ぎ澄まされていくのが二人にはわかった。
世界頂上決戦。
SWDTワールドシリーズ開催まであと一年。