各大陸の王者、世界最高峰のレースを勝ってきた怪物達。
それらに立ち向かわんとするは日本の英雄達。
あるのは栄光か、それとも、圧倒的な世界との差か。
さあ、始めよう。
ワールドドリームシリーズ。
あの開会式から日が変わり、ようやく始まったワールドドリームシリーズ。
一年を通して、日本の総戦力と世界の総戦力でぶつかり合うこの過酷なレースは過去一熾烈を極めるものと言われていた。
そんな世界と日本との総力戦の初戦。
最初の対決、初戦を飾るのは……。
「ようやくだな……姉貴」
「あぁ……、世界と戦うぞブライアン」
そう、世界最強姉妹対決。
海外では【バトル・オブ・シスターズ】と広告を打たれたそれは、今後、海外ウマ娘と日本ウマ娘との対決の命運を占う一戦と言っても過言ではないだろう。
ナリタブライアンとビワハヤヒデ。
本来、対決を望まれていたはずのこの姉妹が、今回、日本を背負い世界へ挑まんとしている。
対するは世界最高峰の舞台で活躍する最強姉妹。
デイラミとダラカニ。
両者とも、G1戦績は申し分なくはその能力はまさしく怪物級と言っても差し支え無いだろう。
そんな2人は控室でシューズを結びながら、レースに向けて準備に取り掛かっていた。
「……ダラカニ」
「何? 姉者」
デイラミの急な声かけにそう答えるダラカニ。
デイラミはそんなダラカニに対してゆっくりと語り始める。
それはこのレースの意味、そして、自分達が世界戦の先鋒を務めるという意味を含めた言葉だった。
「私達はこれから続く者達、世界最高峰で戦ってきた猛者達の先駆けです」
「…………そうね」
「おそらく、貴女とナリタブライアン、最後の直線はこの一騎打ちになると私は踏んでいます」
そう告げるデイラミの言葉にダラカニは目を見開く。
そう、それはデイラミが妹であるダラカニを信用し、後を託すということを意味している。
ダラカニは知っている。実力ならば、姉であるデイラミの方が上であるという事を。
それなのに何故、自分を最後の直線で勝負させようとしているのか、それが理解できなかった。
「姉者が最後の直線で勝負すべきだッ! 確実に勝つならそれが一番理にかなってる!」
「……いや、それがどうにもそうもいかなそうなのよね」
「?!」
声を上げるダラカニを他所に、デイラミは冷静に視線を逸らし、何か思い出すかのように目を細める。
それは、会場に入る前に見かけたビワハヤヒデだった。
その姿を見たデイラミは正直言って驚いた。
以前見たその身体とはまるで違う、纏っているその覇気。
それだけじゃない、鍛え抜かれた身体は一体どれほどの走り込みと修練をして会得したのか。
この一年という期間で己を倒すためだけにビワハヤヒデは化けたとすぐさま悟ったのである。
「……ビワハヤヒデ、今の彼女の相手をするのはちょっと苦労しそうね」
「……え?」
「なんでもないわ」
自分を削りに来るのは分かり切っている。
ならば、妹を万全の状態でナリタブライアンにぶつける。
デイラミにとってはそれが盤石な勝利に近づく方程式と考えた。
世界で戦うからこそ、相手を侮ったりはしない。どんな相手か分析し、最適解で戦い勝利する。
そう、だからこそ、彼女はBCターフをもその手に収めたのだ。
会場入りする中、そんなデイラミの背中を見つめていたダラカニは静かにこう思う。
(……姉者がこんな風に他人を警戒するなんていつぶりだろう、それほどまで強くなってるのかビワハヤヒデは……)
同時に嫌な予感、悪寒もあった。
デイラミはダラカニよりも、これまで幾千の世界の猛者達と戦いを繰り広げてきた。
そんなデイラミが久方ぶりにビワハヤヒデというウマ娘を警戒している。
いや、それに彼女だけじゃない。
彼女の妹はこの日本という国で三冠を手に入れ、シャドーロールの怪物と言われたウマ娘。
彼女もまた強くなって帰ってきている。
ナリタブライアンを倒すのは一筋縄ではいかない、それは、ダラカニがよく理解していた。
「……全く、相変わらず面白いじゃないのこの国は……ねぇ? アフトクラトラス」
彼女はそう静かにライバルと思っている青鹿髪のウマ娘の背中を思い出していた。
デイラミの後ろから光差すレース会場に足を踏み入れるダラカニ。
足を踏み入れた途端、会場からは割れんばかりの歓声が上がるのだった。
会場の観客席。
私は静かにレース場に足を踏み入れたダラカニの背中を見つめていた。
そんな私に姉弟子であるミホノブルボンがゆっくり声をかけてくる。
「良いのですか? アフ、彼女に声を掛けてこなくて」
「……ん?」
「ライバルなのでしょう? ダラカニは。それに日本に来た時、彼女、貴女のことずっと気にかけてましたよ」
そう告げる姉弟子は笑みを浮かべていた。
まあ、ダラカニちゃんとはイギリスダービーと凱旋門賞でやり合った仲でしたからね、あの時は険悪だったような気もしないでもないですが。
そんな彼女も以前、生死の狭間を彷徨う私の訃報を聞いてから取り乱していたそうで、根はほんとに優しい娘なんですよね。
まあ、けど、私はナリタブライアン先輩も大好きなので、なんか、声を掛けづらかったといいますか。
───それに……。
「戦いの前にあんな顔してる彼女に声をかけては集中の邪魔になるでしょう? 私が声をかけなくても多分充分ですよ」
会場入りしたダラカニさんの顔つきを見て私はそう言い切った。
覚悟とプライドを持ったあの顔つき。
あれはそう、私と最初に会った時のギラギラした時のダラカニさんの顔だ。
「楽しみですね、このレース」
私は静かにそう呟き思わず笑みをこぼす。
互いに鍛え抜かれた身体で全力をぶつけ合う。
これから先、起きる最強姉妹同士の激突に心を踊らずにいられるだろうか。
会場に入る直前のゲート。
そこで、ビワハヤヒデは静かに足を止めた。
それは、ナリタブライアンへ彼女から言わなければいけないことがあったからだ。
「ブライアン、私はこの一年、死に物狂いでミホノブルボンとトレーニングを行なった」
「……あぁ、その目と顔つき、身体を見ればわかるさ」
いったいどれほどの時間をトレーニングに費やしたのだろう。
ミホノブルボンが身に纏うそれはブライアンが当初、目を疑うほどに凄まじいものであった。
それは、自分が切磋琢磨した友たちの尊厳を傷つけられたからか、はたまた、彼女自身が勝利に飢えていたからか、それはわからない。
そんなビワハヤヒデは一言、ナリタブライアンへこう語りはじめる。
「姉ってのはな……ブライアン、妹に背中を見せてくもんだ」
「どうしたんだ、そんな話を急に……」
「最後の直線、お前に託す。だからブライアン……」
そこで言葉を区切るとナリタブライアンの方へ向き直るビワハヤヒデ。
向き直った彼女の瞳の奥にはこれまでにないほどの炎が燃え盛っているのがブライアンにはよく分かった。
それは、日本のウマ娘としての尊厳とプライド、そして、自分を信じ託してくれたライバル達の想いを全てこのレースにぶつけるという覚悟が籠った眼差しだ。
「私やタイシン、チケット、そして、この国のウマ娘達の想いと力を全部ぶつけてくれ、
……私はその為の水先案内人だ!」
「姉貴……」
最後の直線、その勝負を全て妹であるナリタブライアンに託す。
これはレースが始まる前からずっとビワハヤヒデがナリタブライアンに話していた事だ。
残り五百メートルの地点、そこが、最後の最後、ブライアンの天性の末脚と破壊力のある加速力が必要になってくる。
だからこそ、ビワハヤヒデはナリタブライアンを勝たせる為に彼女を先に生かせると決めていた。
それに、ビワハヤヒデは知っている。
この一年、凄まじいトレーニングで身体を鍛え上げてきたのは自分だけではないと言うことを。
「死に物狂いでトレーニングしたのは私だけじゃあるまい、ブライアン、お前ならきっと私達の想いと共に駆けてくれると信じてる」
それは、己の身を投げ打ってでも、この勝負を勝つという意気込み。
その時、ブライアンは全てを悟った。
そう、ビワハヤヒデは最初からデイラミとの戦いを望んでいるのだと。
ナリタタイシン、ウイニングチケット、自分と日本のクラシックを戦い抜いたこの2人は決して弱くなんかない、それを証明する為に、今日この日まで、ビワハヤヒデはミホノブルボンと共に死に物狂いで身体を鍛え上げてきた。
身に纏うそれには鬼が宿るほどに、そこまで、このレースにかけていた。
ブライアンは深い深呼吸をすると気合いを入れるように頬をばちんと両手で叩く、そして、声をあげて足を進めながらこう吠えた。
「あぁ!! 行こう!! 姉貴ッ! 私達が最強だッ!」
「応ッ!」
胸を張り、2人はレース会場へと足を踏み入れる。
対峙するは凄まじい気迫と異様な雰囲気を醸し出す世界で戦う最強姉妹の2人。
互いに見つめ合う両陣営のウマ娘は静かにその闘志を燃やしながらゆっくりとゲートへ向かう。
会場はその緊迫感のある光景を息を呑んで見つめていた。
「……いよいよはじまるな」
「そうですね」
シンザン先輩がそう呟くと隣にいたルドルフ会長は静かに頷く。
これまで、世界の猛者達と戦う機会はジャパンカップ、もしくは海外遠征でのG1レース出場という機会しか無かった。
それが、こうして向こうから出向き、尚且つ、一年間を通して日本という舞台で互いに過酷なトレーニングを経てこれまで積み上げ得た実力をぶつける合う事ができる。
こんな機会はそうはない、今こそ日本のウマ娘達の底力を世界に知らしめる事ができる。
「さあ、ゲート入りしましたダラカニとデイラミ、そして、ビワハヤヒデとナリタブライアン、既に両者とも臨戦体制だ」
スタートを前に更に姿勢を低くし構える両者。
会場は相変わらず静まり返り、その時を静かに待っている。
果たして、世界最強の姉妹を決めるレースの行方はいかに。
「今ッ! ゲートが一斉に開きましたッ!」
ゲートが開いた途端、会場から凄まじい歓声が上がる。
会場全体の熱気と熱狂が一気に上がっていくのを肌で感じた。
ワールドドリームシリーズ。
第1戦目。
バトル・オブ・シスターズ、世界最強姉妹決定戦の火蓋がいよいよ切って落とされた。