遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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電撃の短距離戦

 

 

 

 いよいよ、レースが本格化してくる秋。

 

 秋の始まりG1、第1戦目はサクラバクシンオー先輩が出場するスプリンターズS。

 

 電撃の短距離戦。

 

 短い距離の覇者を決めるこの戦いに向けてミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩の同期である彼女は身体をしっかりと仕上げている最中である。

 

 短距離戦にて絶対的強さを誇るサクラバクシンオー先輩。

 

 だが、この秋、スプリンターズSにおいて、トレセン学園に激震が走った。

 

 その理由はチームリギルから、なんとスプリンターズSにタイキシャトル先輩の出走が表明されたのである。

 

 さらにそれだけではない、なんと海外からも参戦を表明した海外ウマ娘が居た。

 

 それが、BCマイル連覇の実績を持つ短距離戦スペシャリストのルアー。そして、名スプリンターとして知られているロックソングがこのスプリンターズSに参加を表明していたのである。

 

 その理由は世界最強のスプリンター、未だに無敗の海外スプリント界の至宝、ブラックキャビアが参戦するとされていたからだ。

 

 だが、その話題となっていたブラックキャビアは様々な理由で参加表明を急遽、取り消してしまったのである。

 

 なので、今回のスプリンターズSはブラックキャビア不在の日本の誇る短距離代表ウマ娘対海外ウマ娘というとんでもない構図が出来上がってしまったのだ。

 

 ブラックキャビア? ルアー? タイキシャトル? ロックソング?

 

 何その無理ゲーと思われたかもしれない、私もそう思う。

 

 そもそもなんで、生きてる事自体がチートみたいなブラックキャビアさんが参加しようとしたのか恐ろしい限りだ。

 

 世界的にも今、短距離ウマ娘は物凄く熱気があるレースが多くなってきたからかもしれない。

 

 その理由の一つとしては、オーストラリアのランドウィックで行われた芝レース世界最高の総賞金額1000万豪ドル(約8.8億円)を誇るジ・エベレストが挙げられるだろう。

 

 そう、莫大な賞金が掛かるこのレースの距離がスプリンターズSと同じく1200m。

 

 そのため、各国のウマ娘の育成機関はこのレースの賞金と同じく莫大な賞金が手に入るペガサスワールドCの為にダートウマ娘と短距離ウマ娘の育成に力を注いでいる。

 

 おそらく、ブラックキャビアがスプリンターズSに出走表明を一度出してきたのはこれの前哨戦としての事だったのだろうと私は推測した。

 

 結果的にブラックキャビアは今回、スプリンターズS自体は回避はしたのだが、それでもあれだけの怪物が日本にやってこようとした事自体、恐ろしい話である。

 

 それでなくても今年は例年よりレベルが異様に高い、いや、高すぎる。

 

 ロックソングにルアー、そして、タイキシャトル先輩といった面々、私なら裸足で逃げ出したくなるような面子だ。

 

 

 アンタレスからはバンブーメモリー先輩とサクラバクシンオー先輩の二人がこの戦いに参戦。

 

 日本のウマ娘の威信にかけて、絶対に勝たなくてはいけない凄まじい激闘を予感させるような組み合わせに私もワクワクが止まらなかった。

 

 

 電撃の爆進王VS無敵のマイル王。

 

 

 この構図だけでもワクワクするというのに、さらに海外ウマ娘の参戦ということもあって今年のスプリンターズSは目が離せない。

 

 そういう過程もあって、サクラバクシンオー先輩はミホノブルボン先輩と併せで現在、最後の仕上げにかかっているところだ。

 

 短距離での坂路上がりで足腰を鍛え、瞬発力を最大限に高めている。

 

 スプリンターズSの距離はたった1200m。鼻差での決着も十分にあり得るような一瞬の短距離戦だ。

 

 スタートをミスれば、その時点で勝負は決まる。

 

 しかも、日本スプリント界の期待の星とされているサクラバクシンオー先輩にはそのプレッシャーがずっしりと両肩にのしかかっていた。

 

 スプリントでは誰にも負けないというプライドが彼女にはある。

 

 例え、それが短距離で日本最強だと呼び声のあるリギルのタイキシャトルが相手でも。

 

 そんな気持ちが入ったスプリンターズSに向けた、トレーニングでの走りだった。

 

 それを遠目から見ていた私は隣で同じく見学しているライスシャワー先輩にこう話をしはじめる。

 

 

「気合い入ってますね、サクラバクシンオー先輩」

「そうね、本来なら12月にあるはずのスプリンターズSが秋の始めのG1になってるし、さらに海外ウマ娘が参戦ってこともあって気合いが入る気持ちはわかるわ」

「アンタレスでの切り込み隊長みたいなものですもんね!」

 

 

 私はライスシャワー先輩の言葉に頷いて、満面の笑みで答えた。

 

 そう、これは私が知っている競馬の知識とは完全に異なっているレースだ。

 

 本来なら、タイキシャトル先輩が出走する事はないし、海外ウマ娘もこれほどまで贅沢な面子は集まってなかった筈。

 

 だが、蓋を開けてみれば短距離最強決定戦になっているし、私の知識が確かならこの年、サクラバクシンオー先輩はスプリンターズSは勝てなかった筈だ。

 

 しかし、サクラバクシンオー先輩の気合いが入っている追い込みや走りを見ていると、この年、もしやという期待が湧き出てくるようであった。

 

 周りのレベルが高いだけに、これは、私が見たことの無いレベルのレースを見せてくれるのではないだろうか。

 

 トレーニングを終えたミホノブルボン先輩とサクラバクシンオー先輩は汗をタオルで拭いながらこちらに歩いてきた。

 

 スプリンターズSに向けて気合いが入っているサクラバクシンオー先輩に私は笑みを浮かべ飲料水を手渡しながら問いかける。

 

 

「調子はいかがでしょうか?」

「えぇ、非常に良いわね、バンブーメモリーは?」

「今、タキオン先輩と併せてますよ。あの人もすごい気合い入ってました」

「でしょうね、…ふぅ…、もっと気を引き締めなきゃ、足元掬われかねないかも」

 

 

 そう言って、サクラバクシンオー先輩は飲料水を一気に飲み干していた。

 

 このスプリンターズSに向けての彼女の覚悟は凄い。

 

 なぜなら、本来は真面目な学級委員で通していた筈の彼女が、その業務を他に投げてまで、このレースの為に身体を鍛えに鍛え抜いているからだ。

 

 バンブーメモリー先輩もいつも以上に肉体に負荷を掛けて、タキオン先輩に走り方を教えてもらいながら仕上げに取り掛かっている。

 

 全てはハイレベルの短距離戦を制すため、スプリントという距離で誰にも負けたくないというプライドが彼女達をそうさせていた。

 

 タイキシャトル先輩の実力はサクラバクシンオー先輩も良く知っている。

 

 かつて、タイキシャトル先輩はスプリンターズSを制覇した実績もある。

 

 さらに加えて、フランスのマイル路線の最高峰レース、ジャック・ル・マロワ賞も制した事はトレセン学園では広く知られていた。

 

 チームリギルが誇る短距離最強ウマ娘。

 

 そんなすごいウマ娘がスプリンターズSにまたやってくる。

 

 同じ短距離を主戦とする者として、サクラバクシンオー先輩はこのタイキシャトル先輩にはスプリント戦では決して負けられないというプライドがあった。

 

 来年にはスプリント路線での海外進出を考えているサクラバクシンオー先輩にとってみればまさに好機。

 

 私には短距離戦のなんたるかはまだわからないが、少なくとも1600mという短い距離のレースを走った事のある経験からすると1200mのレースがどれだけ難しいかというのは理解できる。

 

 レース運び、一瞬の判断、瞬発力、キレのある力強い脚などなど、挙げればキリがない。

 

 何か、何か私にできる事はないだろうか?

 

 私にできる事と言えばヌイグルミ並みに抱き心地が良いことと演歌歌える事といろんな方言の検定(自称)を持ってるくらいですけども…。

 

 あ、だめだ、よくよく考えたら何の役にも立たないポンコツだわ、私。

 

 うーん、これはさらに特技を増やす必要があるでしょうか? しかしながら、レースに関係ない特技を増やしたところでどうするのって話なんですけどね。

 

 

 

 さて、それから1週間後。

 

 秋のG1レースの始まりを告げる、第1戦、スプリンターズS、前日。

 

 記者に囲まれている中、サクラバクシンオー先輩とタイキシャトル先輩の二人は有力なウマ娘として今回のレースについての意気込みを話している最中である。

 

 私はその中継をオグリ先輩と共に昼食を摂りながら見守っていた。

 

 サクラバクシンオー先輩の隣には腕を組んでいる私の義理母が立っている。異様な圧を発しているあたり流石だなと思うばかりだ。

 

 そんな中、サクラバクシンオー先輩に記者から質問が飛び交う。

 

 

「サクラバクシンオーさんっ! 今回、タイキシャトルさんとの短距離戦について何か一言っ!」

「そうですね、マイル戦でどうかは知りませんけれど、スプリントは私の聖域です。トレセン学園の優等生として私は全く負ける気はしませんね」

 

 

 そう言って、まるでタイキシャトル先輩を煽るかのように闘志をむき出しにしているようなコメントを返すバクシンオー先輩。

 

 私は思わず、おーっ、と声が出てしまった。かなりパンチが効いている。負けん気の強さが前面に出てるなとそう思った。

 

 一方、そのコメントを耳にした記者の一人がすぐさま、オハナさんと共にスプリンターズSの記者会見に出ているタイキシャトル先輩に向かいこう告げる。

 

 

「バクシンオーさんはこう仰られてますが、タイキシャトルさんは今回出てくる海外ウマ娘、そして、バクシンオーさんとのレースに関してどう思われてるのでしょうか?」

「ノープログレム。スプリンターズSは一度勝ってますからネー。やるからにはフルパワーですヨ」

 

 

 そう言って、質問してくる記者に問題ないとばかりに答えるタイキシャトル先輩。

 

 これが、国内マイルの絶対王者と言われているところからくる余裕なのか、しかしながら、一見飄々としながら記者の質問に答える彼女の身体から溢れ出る雰囲気にテレビを通して見ていた私は思わず鳥肌が立つ。

 

 そのウマ娘の身体つきを見れば分かる、ジャージ越しからでも培ってきた筋肉、短距離ウマ娘だからこその、鍛え抜かれた短距離戦用の分厚い筋肉が目視で確認できる。

 

 タイキシャトル先輩といえど、その地位は決して安泰ではない。

 

 風の噂では下の世代には名刀デュランダル、そして、古株になって実力を付けてきたトロットサンダーなどの有力なウマ娘が台頭しつつあるとか。

 

 さらに、スカーレット一族のエリート、ダイワメジャー。

 

 新世代には、力をつけつつあるカレンチャンを始め、ジャスタウェイ、モーリス、ロードカナロアが虎視眈々とその座を狙っている。

 

 今や、短距離はタイキシャトル先輩一強ではなく海外ウマ娘を交えた群雄割拠の時代に入ろうとしていた。

 

 そんな中での、スプリンターズSでのサクラバクシンオー先輩との激突はトレセン学園の皆が注目する一大レースだ。

 

 タイキシャトル先輩はそういった現状を理解している上でゆっくりと口を開きマイクを通してこう語る。

 

 

「ロックソングにルアー、海外の強豪もいマス。明日はベリーエキサイティングなレースになるでしょう。ですが、短距離最強は変わらず私という事を証明してみせマス」

 

 

 そう言きるタイキシャトル先輩の言葉にサクラバクシンオー先輩は鋭く視線を彼女に向ける。

 

 それは、タイキシャトル先輩を短距離最強と私は認めていない、とばかりに訴えかけるような眼差しだった。

 

 その視線に気づいたタイキシャトル先輩もサクラバクシンオー先輩の眼をジッと見据える。

 

 互いの視線が交差し合う中、緊迫した空気が辺りに漂う。

 

 記者会見の最後に記者は二人の握手する姿を撮らせて欲しいと要望を出した。

 

 その要望を聞いた二人は互いに席を立つと歩み寄り、差し出した手を握りしめたまま、真っ直ぐに見つめ合っていた。

 

 

「…明日、決着をつけましょう」

「望むところデス」

 

 

 そう言って、しばしの間、握手をして見つめ合った二人は互いに踵を返してその記者会見の場を後にしはじめる。

 

 記者会見の中継を見ていた私は無事に終わった二人のやり取りを見て大きく安堵の吐息を溢した。

 

 あんなにピリピリしたようなレース前の記者会見なんて見た事が無い、確かに勝負事となればそうなるのもわかるのだが、あそこまで闘志をむき出しだと思わず心配になってしまう。

 

 さて、無事にテレビの中継も終わりましたしご飯を食べるとしますか!

 

 そう思い、私が食事のトレーに視線を向ける。すると何という事でしょう、私の食べるはずだった昼食が綺麗サッパリ無くなってるではないですかっ!

 

 そして、目の前には口周りをハンカチで拭き拭きしているオグリ先輩。

 

 私はジト目のまま口周りをハンカチで拭いているオグリ先輩にこう問いかけた。

 

 

「オグリ先輩、もしかして私の食べました?」

「…うっ…、な、なんのことだ?」

「食べましたよね?」

 

 

 そう言いながら、ジト目のまま顔をグッと近づけてオグリ先輩を問い詰める私。

 

 だいたい、食事が目の前で消えるなんてあり得ない、あり得るとしたらそれはオグリ先輩が一瞬にして食べてしまうことくらいだ。

 

 私に問い詰められたオグリ先輩は顔を赤くすると恥ずかしそうに視線を逸らしながら、静かに頷く。

 

 やっぱりそうだったか、私の直感はよく働くのだ、君のように勘のいいウマ娘は嫌いだよとか、オグリ先輩言わないでくださいね?

 

 顔を赤くしたオグリ先輩は指をツンツンしながら私から視線を逸らしこう話をし始めた。

 

 

「…テレビ見てて食べそうになかったから…つい…」

「許しますよっ! 私ので良ければあげますともっ! ですが、代わりにハグして撫でさせてください」

 

 

 満面の笑みを浮かべる私は恥ずかしそうに話してくるオグリ先輩にそう告げる。

 

 すると、オグリ先輩は少し考えたのちに困ったような表情を浮かべつつ、視線を逸らしゆっくりとこう告げはじめた。

 

 

「…ぐっ…し、仕方ないな、少しだけだぞ…?」

 

 

 顔を真っ赤にしているオグリ先輩は実に恥ずかしそうに私の視線から目を逸らしながらそう話した。

 

 可愛すぎる。うん、きっと私はオグリ先輩を甘やかしすぎてるんでしょうけどね。しかしながらこの愛らしさには敵いませんよ。

 

 黙って私の昼食を食べちゃったんだしそれくらいはね? ほら、ご飯の恨みは怖いとよく言うではないですか。

 

 多少は我慢してたのも分かる。その証拠にオグリ先輩がつい垂らしてしまったのであろう涎の跡を見つけてしまった。

 

 まあ、でも我慢していても食べてしまっては意味がない、こればかりはオグリ先輩が悪いのである。

 

 そんなわけで、スプリンターズSの前日記者会見を見届けた私はいつも通り、オグリ先輩を愛でる活動を再開する。

 

 いつか、オグリ先輩を愛でようの会を作りたいものです。会員費はだいたいオグリ先輩の食費に回りそうな気はしますけどね。

 

 いよいよ明日に迫ったサクラバクシンオー先輩の晴れ舞台。

 

 電撃の短距離戦、タイキシャトル先輩とサクラバクシンオー先輩の勝負の行方はいかに!

 

 そして、そんな一大レースを控えた前日の昼休み、昼食を終えた私はオグリ先輩にこうして癒されるのだった。


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