遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS
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スプリンターズS

 

 

 激戦が予想されるスプリンターズS、当日。

 

 スプリント最強を決める決定戦、その戦いの舞台に二人の日本が誇る至宝が激突。

 

 それは、言わずもがなサクラバクシンオー先輩とタイキシャトル先輩だ。

 

 1番人気はタイキシャトル先輩、そして、2番3番は海外ウマ娘のロックソングとルアーが占めて、サクラバクシンオー先輩は4番人気。

 

 そんな、アンタレスのメンバーであるサクラバクシンオー先輩の大事なレースが始まろうかとしている中、私、アフトクラトラスが何をしているかというと?

 

 はい、勘がよろしい方は多分、この時点でお気付きかもしれませんね。

 

 

「はーい、いらっしゃいませー、たこ焼きいかがっすかー」

 

 

 そう、たこ焼きをレース場で皆さんに売って回っています。

 

 またかよ、と思われたかもしれません、私もそう思います。なんでだよ、たこ焼きこの間売ったばかりでしょうよ。

 

 事の経緯は前回と同じです、だいたい、白くて、わけがわからんあんちくしょうのせいです。私はいつも振り回されてますね、ほんと。

 

 しかも、今回はいつもとは違います、なんと私は現在、チアガールのコスチュームを着ながらたこ焼きを売って回っているのです。

 

 そして、サイズが恐らく合ってなかったのでしょう、私の胸の辺りがやたらとパッツンパッツンしてますし、これ。

 

 しかも、チアガールのコスチュームとだけあってスカート丈が短いというね。

 

 何故、チアガールなのか、むしろこれはダイワスカーレットちゃんに着せて、私は応援団みたく、晒しを胸に巻いて漢気溢れる団長みたいな格好が良かった。

 

 ゴルシちゃんも同じ格好をしてるので文句は言えないのだが、次回からちゃんとサイズは確認してほしいと思う。

 

 そんな事を思いつつもたこ焼きを売って回る最中、同じく焼きそばを売って回っていたゴルシちゃんが私の肩をポンと叩いてくる。

 

 

「よぉ、調子はどうだい? 売れてっかー」

「ぼちぼちですね、てか、この服サイズ合ってないんですけど」

「えーっ! マジかぁ、胸周りちゃんと揉んで確かめたんだがなぁ」

「そんなアバウトな方法でサイズ決めないでくださいよ、ちょっと」

 

 

 そう言いながら、私の服のサイズが合ってないことに驚いたような声を上げるゴルシちゃん。

 

 サイズはデカくなってない筈だ、多分。たしかに胸は成長したりはしていたが、そんな成長ばっかりしてドトウちゃんのような巨乳になるのは御免被りたい。

 

 とはいえ、このはちきれんばかりの己の胸部を見ればそうも言ってられないだろう、だから身長に栄養がいけと言ってたんですけどね、何度も。

 

 しかも、それが筋トレしすぎて得た大胸筋ではありません、ポヨンポヨンしたやつだからタチが悪い。

 

 そんな私はたこ焼きを抱えたまま、ゴルシちゃんにジト目を向けてやさぐれていた。

 

 あれ? これデジャブじゃないですかね? 前もこんな事あったような気がするんですけども。

 

 さて、気を取り直して、観客席がドッといきなり盛り上がる。

 

 まだ、レース前のパドックだが、現れたのは今日の大本命、タイキシャトル先輩だ。

 

 前回のスプリンターズSを勝った事もあり、観客達の期待も高い、綺麗な艶のある栗毛の髪がいつも以上に映えていた。

 

 鍛え抜かれた歴戦の身体、王者の風格がある圧倒的な雰囲気は他のウマ娘には無いものだ。

 

 そんな中、私はゴルシちゃんと並んでチアガールの格好でそれを見つめている。この私達の光景もだいぶシュールだと思うんですけどね、私個人としましては。

 

 流石に秋一発目のG1だけあって、雰囲気が違うなと感じた。

 

 

「すげー身体だな相変わらず」

「こりゃたまげた」

 

 

 タイキシャトル先輩の鍛え抜かれ、仕上がった身体に観客席からも、ちらほらとそんな声が上がる。

 

 はっはー、まだ驚くのは早いぜ、お客さん達や。

 

 タイキシャトル先輩だけで驚いてたら困りますよ、まだウチのバクシンオー先輩の晴れ姿を見てはおるますまい。

 

 私が見た限り、重石を手足に付けて坂でミホノブルボンの姉弟子と併せ、さらに、このレースの為に仕上げてきた彼女はまさしくスプリント界の王としての片鱗を見せていた。

 

 そして、バクシンオー先輩はこのレースの為に身体を仕上げてきた。

 

 その為に犠牲にしたものもある。レースに出る彼女の為にと、クラスメイト達は彼女が抜けた穴を懸命に協力しながら埋めた。

 

 バクシンオー先輩は一人で走る訳ではない、私達、アンタレスのチームメイトがいて、そして、彼女を送り出してくれたクラスメイトの思いを乗せて今日は駆ける。

 

 その証拠に、観客席に視線を移せば彼女の同じクラスのウマ娘達がデカい横断幕を観客席から吊るしていた。横断幕にはデカデカと私達の爆進王という文字と綺麗な稲妻のロゴが入っている。

 

 

「バクシンオー! 頑張れー!」

「私達の委員長ーっ!」

 

 

 駆けつけたバクシンオー先輩のクラスメイト達からの鳴り響く声援、これは、きっと彼女が積み上げてきたものだろう。

 

 練習時間に割くことのできる時間を責任感が強い彼女は敢えてクラスの為にと業務に費やした。

 

 同期のミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩がトレーニングを積んで強くなる中、彼女にはきっと焦りがあったに違いない。

 

 私はバクシンオー先輩のパドックでの登場をゴルシちゃんと並んで心待ちにしていた。

 

 

 

 

 スプリンターズSのパドックでタイキシャトルに観客席が湧く中、彼らの前に1週間、仕上げた身体を披露する時がいよいよやってきた。

 

 スプリングステークスでの敗北、あの負けから彼女はそのことを身に染みて感じていた。

 

 同じチームであるミホノブルボンに敗北し、2着どころかバテてしまい、情けなく着外になってしまった。

 

 ライスシャワーも4着、この時、私は自分の至らなさを身に染みて思い知った。

 

 クラス委員長の仕事をこなしながら、私はこんなところで何をやっているんだろうとそう感じていた。

 

 ライバル達は自分がクラスの為に働いている中、きっと、血の滲むような努力を積み重ねてきているはずだ。

 

 あのルドルフ会長でさえ、生徒会長の仕事をこなしながらあれだけ力強い走りができているというのに私は何をやっているのだと、己を責めた。

 

 パドックに向かうレース場の道の途中でふと、バクシンオーは足を止める。

 

 

「……っ…」

 

 

 胸元に手を置けば、高鳴る心臓の音が鮮明に聞こえてくる。

 

 G1という大舞台、対するはマイル王タイキシャトル、そして、海外から来た精鋭のウマ娘達。

 

 今日のレースをわざわざ観に来てくれたであろうクラスメイト達の声がここまで聞こえてくる。そう、このレースに挑む私に彼女達はこう言ってくれた。

 

 あれは確か、夏ごろの話だっただろうか。

 

 始まりは私の事をいつも手伝ってくれるクラスメイトの一人である彼女の言葉がきっかけだった。

 

 バンッと力強く私の机を叩いた彼女は迫るようにして私にこう告げてきた。

 

 

『バクシンオーちゃん、次は絶対勝とうっ!』

『えっ…?』

『スプリングステークスっ! 見てたんだよ私! 』

 

 

 そう言って、バクシンオーの手を握って来たのは黒鹿毛のショートヘアのちっさな身体のウマ娘だった。

 

 彼女は優れた才能を見込まれて、飛び級してトレセン学園にやってきた。

 

 幼いながらもしっかりものでなんでも得意。その上、彼女は素直で明るいがんばり屋のウマ娘だった。彼女の名はニシノフラワーという、そう、サクラバクシンオーと同じく短距離を得意とするウマ娘だ。

 

 クラス委員長であるバクシンオーは飛び級でやってきたニシノフラワーの面倒をよく見ていた。

 

 そんな、ニシノフラワーがクラスにいち早く馴染めたのはサクラバクシンオーがクラスメイトとの仲を取り持ってくれたからである。

 

 彼女には、クラスの中心であり、みんなのことを良く考えてくれるサクラバクシンオーが憧れの存在だった。

 

 そして、同じ戦線で戦うからこそ彼女はバクシンオーの持つ類い稀な才能に気づいていた。

 

 だからこそ、クラス委員長としてクラスをまとめながら生徒会の仕事を請け負い才能を開花できていないバクシンオーの現状が彼女には歯痒かった。

 

 

『バクシンオーちゃんは勝てるんだから…っ! 強いのクラスのみんな知ってるんだよ! みんなでサポートするからっ!』

『……でも、私は委員長だから…』

『応援するよ! ねぇ! みんな!』

 

 

 そう言って、クラスメイト達に同意を求めるニシノフラワー。

 

 クラスメイト達からも、それに同意するように次々とあちらこちらから声が上がった。同じ同級生でもあり、ライバルであるにも関わらずだ。

 

 それは、バクシンオーがどれだけ自分達の為に働いてくれているのか彼女達も知っているからだ。だからこそ、今度は何かしらの形で彼女の力になりたいと皆がそう思っていた。

 

 

『委員長にはいつもお世話になってるし!』

『借りがたくさんあるもんねっ!』

『良いとこ見せてよ!優等生!』

 

 

 そう言って、次から次へとクラスの事については何も心配するなと背中を押してくれるクラスメイト達。

 

 今まで、クラスの為に働いて来たバクシンオーはこの言葉に思わず言葉を詰まらせる。

 

 私が積み上げてきたことは無駄ではないのかと思ってしまう事も稀にあった。

 

 クラス委員長としての責任を果たさねばとレースに負けた次の日には、直ぐに気持ちを切り替えて頑張ってきた。

 

 

『あ…、あの…、私…、ありがとう…っ』

 

 

 これには、バクシンオーも思わず涙が自然と溢れ出てきた。

 

 ウマ娘と生まれたからには走りたい。走って実力で勝ちたいと思う。

 

 だからこそ、チームメイトであるライスシャワーもニシノフラワーと同じように業務を負担してくれることもあったし、ミホノブルボンは私の為にトレーニングと調整に付き合ってくれた。

 

 ミホノブルボンと共に行う坂路のトレーニングはきつかったが、一回り、さらに今よりも強くなれた気がした。

 

 深呼吸した私は決心したように頬を両手でパンパンッと二度と叩いて気合いを入れてこう声を出す。

 

 

「よしっ! 行こうっ!」

 

 

 今まで、積み上げてきたものをクラスの皆にもチームメイトの皆にも見てもらいたい。

 

 今日はそれを見せる時だ。心臓を落ち着かせた私はゆっくりと止めていた足を動かす。

 

 この日の為にやるべき事はやってきた。そうして、私はパドックの舞台に足を踏み入れる。

 

 今日は勝ちに来たのだと示す為に。

 

 

 

 タイキシャトル先輩の登場からしばらくして、大声援と拍手で迎えられるサクラバクシンオー先輩に私も頑張れー!と声援を送る。

 

 スプリント戦でありながらこんなに盛り上がりを見せる事はそうそう無いはず、そのレースに挑むプレッシャーもおそらく半端ない筈だ。

 

 私なら少なくとも、かなり緊張してしまいそうだなとか思ってしまう。違います、豆腐メンタルとか言わないでください、私のはこんにゃくメンタルですので。

 

 弾力性があるハートの持ち主なんですよ、胸も弾力性があるねとか、誰が上手いこと言えと。

 

 さて、話が逸れかけましたが、パドックに出てきたサクラバクシンオー先輩は吹っ切れたような表情でした。

 

 私の心配はどうやら杞憂だったようですね、あの様子であればレースはなんら心配なさそうだ。

 

 羽織っていたジャージを脱ぎ捨てるサクラバクシンオー先輩。会場からはタイキシャトル先輩同様に驚いたような声が上がっていた。

 

 それはそうだろう、アンタレスの仕上げトレーニングは死ぬほどキツイ、それをこなしていたのだから仕上がりはバッチリだ。

 

 それだけで驚くなかれ、バクシンオー先輩はゆっくりと腕と足に付けていたリストバンドを全て外すとそれを舞台の床下に投げて見せる。すると…?

 

 

「お、おい! 舞台が凹んでんぞっ!」

「普段からあんなの付けて走ってんのかっ!? おい!」

 

 

 ズンッという音と共にステージの床がリストバンドの重さで少しばかり凹んでしまった。

 

 そう、今では普段から重しを身につけているアンタレスだが、レースではその力を存分に解放できるのである。

 

 ちなみにパドックのステージは木製の上にバクシンオー先輩の身につけている全部のリストバンドの重しであれくらいなのだが、私とミホノブルボンの姉弟子、ライスシャワー先輩が付けているリストバンドは一つだけ普通の地面に投げるだけで地面が陥没する。

 

 ちなみに今も付けています。でも、付け慣れたらそうでもなくなってくるから身体って不思議ですよね(白目)。

 

 来日した海外ウマ娘の皆さんが日本のウマ娘は頭がおかしいと思って帰国しなきゃ良いんですけども、だが、否定できないから悲しい。

 

 少なくとも、私のチームは…、あ、隣にも居ましたねそんな感じのウマ娘が。

 

 私は隣に立っているゴルシちゃんの顔をチラリと見て思わずそう思ってしまった。基本クレイジーなウマ娘ばかりなのは、当たっているかもしれない。

 

 すると、ゴールドシップちゃんはバクシンオー先輩のパドックを見つめながら私の肩をポンと叩くと耳打ちでこんなことを話し始める。

 

 

「ほら、私がたこ焼き持ってやっから、せっかくチアの格好してんだし、フレーフレーしてやんなよ、な?」

「んな事、今したら胸がはち切れるわ! できるかっ!」

 

 

 そう言って、たこ焼きを抱えたままアホな事を言い出すゴルシちゃんにツッコミを入れる私。

 

 胸が大惨事になるわ、脚上げた途端に胸元のボタンがブチんと音が鳴るのが容易に想像出来てしまうから不思議。

 

 しかも、下は短パン履いてませんのでそんな事ができるはずが無い、ただでさえ、この格好自体危ういのに何を考えてるんだか。

 

 そんな風なやりとりをしているうちにバクシンオー先輩のパドックが終わる。

 

 さて、私もたこ焼きの販売に戻るとするか、そう思って踵を返した矢先の事だった。

 

 胸元からブチッという、何かが引き千切れる音と共にボタンらしきものが吹っ飛ぶ。

 

 

「あっ…」

「あちゃー…」

 

 

 はい、私の胸元のボタンが引き千切れた音ですね。思わず、それに頭を抱えるゴールドシップちゃん。

 

 そして、何故か、その瞬間、私の胸元が露わになり、観客席の数人が盛り上がってうるさかったので軽く顔面にナックルパートをお見舞いしてすぐに黙らせました。

 

 別に胸元を見られること自体は屁でも無いのですが、なんかイラっと来たのでつい…、嘘です、ちょっと羞恥心もありました。

 

 今度から普通に学校指定の制服で配った方が良いなという教訓にはなったと思う。こうして私は結局、着替える羽目になってしまうのだった。

 

 

 さて、私達がこんなアホな事をしている間にいよいよ、パドックも終わり激闘のスプリンターズSの幕が上がる。

 

 勝つのは果たして、日本のウマ娘なのか海外のウマ娘か。

 

 今、短距離の頂上決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。








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