いよいよ、スプリンターズSのゲートイン。
準備体操をしているだけでも海外ウマ娘達の身体を見ていればその実力はだいたい掴める。
スプリント、マイルを勝てるわけだと観客席から眺めていた私は思わずそう感じた。足の作り方を見ればそれは一目瞭然だ。
クラシックと短距離専門のウマ娘は基本的に身体の筋肉の鍛え方も脚の筋肉の付き方も異なる。
その点において、世界最高峰のレースBCマイルを制した実績のあるルアーや、海外短距離G1制覇をしたロックソングは見事な身体の作りをしていた。
私はゲートインする前の海外ウマ娘の二人を見て顔を引きつらせながらこう呟く。
「うっへー…私、来年あんなのとやり合わなきゃならんのか…」
すでに胸がはち切れたチアガールの服に代わり制服に着替えた私は尻尾を振り振りしながら苦笑いを浮かべていた。
あ、もちろん手元にはたこ焼きがあります、御安心下さい私は皆さんにたこ焼きと夢を売る可愛いマスコットなのです。
ははは、もうこれいっそ全部オグリ先輩にあげようかな、売るのがめんどくさくなってきた。
さて、バクシンオー先輩とタイキシャトル先輩はというと異様に落ち着いている。
やはり、バクシンオー先輩はクラスメイト達の応援も大きいのだろう。こんなエゲツない面子を相手にあれだけ落ち着けるなんて肝が座り過ぎである。
しばらくして、いよいよ枠入りの時を迎える。
ザワザワと盛り上がる観客達、最後の枠入りが終わり皆はその時を待ちわびる。
電撃の短距離戦へ。
大激戦のスプリンターズSがいよいよ幕を開ける。
会場内に響き渡るファンファーレ。
芝1200m観客達のボルテージもファンファーレと共に手拍子を合わせ一気に盛り上がった。
実況席に座るのは今日もこの人、大接戦ドゴーンで有名な愛称はブルーアイランドさんである。
あ、ちなみにこれは私が勝手に付けたニックネームなので悪しからず、実況席からは今日のレースについての話が聞こえてくる。
「さぁ、晴天で迎えることが出来ましたスプリンターズS。今日の注目はサクラバクシンオーとタイキシャトルの巌流島決戦! さらに日本ウマ娘と海外ウマ娘との対決です。各ウマ娘ゲートイン終わりました」
そう言って、レース開始を今か今かと待つ観客達。
静寂な空気が流れ、スタートを切る主審が旗を上げる。そして、しばらくそれを挙げたまま時間が静止した。
スタートの一瞬で全てが決まる。それが、スプリンターズSだ。
ヨーイドンッで走り、単に足が速いウマ娘が勝つシンプルな勝負、スタートを待つ彼女達の足にも思わず力が籠る。
そして、パンッ! という音と共にゲートが一気に開いた。
すぐさま、先行を取りに行ったのはやはりこの二人のウマ娘達だった。
「おっと! ポンっと先行で来たのはやはりタイキシャトル! だが、サクラバクシンオーもそれに並ぶ! これは見事なスタートダッシュを決めた!」
二人とも差しには回らず見事な先行取り、これには会場もどよめいた。早くも注目されているウマ娘二人の先行争い、これに燃えない筈がない。
私も思わず上手いと声に出してしまった。見事なスタート、バクシンオー先輩もタイキシャトル先輩もさすがは短距離のスペシャリストだなと納得してしまった。
海外ウマ娘達も負けていない、あの二人と変わらないスタートだ。
見事なスタートダッシュを決めたサクラバクシンオー先輩とタイキシャトル先輩の二人。
だが、そんな二人よりも先に見事なスタートを決めて先行を取ったウマ娘が居た。それは、逃げ策に打って出た海外ウマ娘、BCターフを制したルアーである。
さらに、二人の背後からは直ぐにロックソングが迫って来ている。はやくもレースは序盤から4強対決という展開に。
(やっぱりそうなったネ…)
(だけど、これは願ってもない展開!)
タイキシャトル先輩とサクラバクシンオー先輩の二人の思惑が一致する。
これならレースの展開が荒れるようなことはない、存分に力を出して戦える。海外ウマ娘の姿を確認しながら、二人は思わず内心で笑みを浮かべていた。
勝負は最後の200m直線、ここで伸びて決着をつける。今はまだ先頭につけて脚を溜める時だ。
先頭を走るルアーから離されない程度の距離を保ちながら、二人はゆっくりと間合いを詰めていく。ロックソングもそれにつられるように上がって来た。
1000mから900m、そして、残り800mの表記を過ぎる。
「逃げに入るルアー! さあ、距離はだんだんと無くなってまいりました! 残り800m! さぁ、ここからどうなる! 日本のウマ娘の意地を見せるのか!」
白熱するレース展開に実況席からも熱い声が上がる。
スタートダッシュを綺麗に決めたバクシンオー先輩にもタイキシャトル先輩の足にもまだまだ余裕がある。
ここからが勝負だ。先行の二人は一瞬互いの視線が交差する。
プライドを賭けた戦い、それも、日本での戦いで負けてなるものかとそんな意地と意地が激しくぶつかった一瞬だった。
タイキシャトル先輩の剛脚に力が入り、地面を割くように異常な伸びを見せはじめた。みるみる内に先頭を走っているルアーを捉えにかかる。
(早めに捉えるっ)
200mギリギリまで待つつもりであったが、タイキシャトル先輩は勝負に出た。
それは、先頭を走るルアーの脚に疲労が見えたからだ。早めに先頭に躍り出て一気に押し切ろうという魂胆であった。
タイキシャトル先輩はそう考えていた。自分の脚を信用しているからこそできる芸当だ。
これには、観客席からも大声援が上がった。タイキシャトル先輩の人気の高さが伺える。
「残り400m!タイキシャトル上がる! タイキシャトル上がる! 凄い脚だ! 伸びる!これは射程圏内に入った! まだ伸びる! だが、来た来た! 背後から来たっ! あれは間違いない!」
残り400mの地点でルアーはタイキシャトル先輩に並ばれ一気に抜かれそうになるが、それでも辛うじて食い下がる。
そして、実況にもムチが入る。激しく声を張り上げすごいテンションの実況に会場も大盛り上がりだ。
しかし、伸びて来たのはタイキシャトル先輩だけではない、背後から迫るのは我がチームアンタレスが誇るスプリント最強の委員長。
「サクラバクシンオーが猛追撃ィ! タイキシャトルと並んだァ! ルアーがなんとここで退がるっ! これは凄いことになった」
サクラバクシンオー先輩の必殺の脚が炸裂。
まさしく、その脚は爆裂と表現したら良いくらいの凄まじい伸び脚だった。
二人の背後からマークしていたロックソングも急激に伸びる二人の脚について行けない。
一気に先頭に躍り出た二人は顔を見合わせて火花を散らす。それは、負けてたまるものかと言わんばかりの表情だった。
まず仕掛けたのはタイキシャトルからだった。脚に力を込めてバクシンオーを引き離そうと試みる。
「残り200っ! タイキシャトルがここで出る! タイキシャトルだ! タイキシャトル! だが、バクシンオーが差し返すっ! 譲らない! 譲らない! 互いに先頭を譲らない! 壮絶な一騎打ちになりました! 」
だが、バクシンオー先輩はすぐさまタイキシャトル先輩を差し返し先頭を取らせんとしていた。
デットヒートした二人の足は止まらない。
それは、死闘にも見えた戯れにも見えた。
きっと、二人にしかわからない世界が見えたに違いない、だが、勝負というのは常に勝者と敗者を作る。
全て積み重ねたものがレースに反映される。このレースを勝つためにバクシンオーは皆から支えられた。
タイキシャトルは日本の誇る短距離の王者としての看板を背負ってこのレースに挑んだ。
残り50m、僅かな差か絶望の距離か。
限界を越えた先、その世界を見たのはやはり、このウマ娘だった。
「タイキシャトル!右に僅かによれたっ! バクシンオーがここで僅かに競り勝つ! バクシンオーか! これは、バクシンオーかっ!」
脚を崩したのはタイキシャトル先輩だった。
理由はわからない、芝が原因か、何かに脚を取られたのか、疲労による僅かな隙か。だが、そこを見逃すほどバクシンオー先輩は甘くはない。
その一瞬の隙をついて、前に躍り出る。残り数十メートルで明暗が綺麗に分かれる。
大接戦、だがそんな大接戦では僅かなロスが命取りになる。
タイキシャトル先輩はおそらく焦っていたのだろうと思った。
ルアーを降したまでは良い、だが伸びる自分の脚に食らいつくサクラバクシンオー先輩の気迫に押された。
(しまっ…! !)
(今だっ!今しか無いっ!)
引き離せないバクシンオーの走りに焦ったタイキシャトル先輩の完全なミスだった。
僅かにバクシンオー先輩がタイキシャトル先輩の先を行く。
先頭を切り裂くはバクシンオー、チームアンタレスのサクラバクシンオー先輩だ。
張り裂けそうな雄叫びを上げて、ゴールを切った瞬間、実況がここで思わず吠える。
「いった! いった! 抜けた! サクラバクシンオーが抜けたっ! サクラバクシンオーが抜けたっ! 進撃のバクシンオー! これが日本のスプリントキングだァ!」
実況は相変わらず大袈裟だが、観客席から一気に爆発したかのような大歓声が一斉に上がる。
僅かな差、右にタイキシャトル先輩がよれなければきっとあのまま差し返してたかもしれない。
微かに脚が取られたのが明暗を分けた、あれが無ければ本当にどうなっていたのかわからなかった。
息を切らしながら、死闘を終えたサクラバクシンオー先輩は高々と腕を振り上げる。
その光景に会場は揺れた。盛大な賛辞と拍手がレースを制したサクラバクシンオー先輩へと送られる。
そして、彼女のクラスメイト達は喜びを爆発させて、ターフへ乗り込むとサクラバクシンオー先輩の元へと駆けていく。
私達のクラス委員長がリギルの誇る短距離の王者を負かした。
そのことが彼女をスプリンターズSで応援していた彼女達には誇らしかったに違いない。遠目からそれを眺めていた私はそう思った。
「すごい! すごいよ! 委員長っ!」
「やれるって思ってたよっ! 絶対勝てるって!」
そう言いながら、バクシンオー先輩の元に駆け寄り抱きつきながら笑みを浮かべるクラスメイト達。
すると、バクシンオー先輩は苦笑いを浮かべながら近寄って来た彼女達に倒れるように身体を預ける。
そして、バクシンオー先輩は息を切らしながらゆっくりとこう話をしはじめる。
「ありがとう…、皆のおかげだよっ…。後、ごめん、肩貸して…脚が…」
「あ…っ」
そう言いながら、苦笑いを浮かべつつ身体を預けてくるバクシンオー先輩の脚に視線を落とすクラスメイト達。
彼女の脚は限界を超えすぎたせいか、激しく痙攣を起こしていた。そして、おそらく上手く立てないところを見る限り肉離れか何かを起こしているのだろう。
すぐにクラスメイトの一人がバクシンオー先輩に肩を貸す。多分、そこまで重症というわけでもないがこれではウイニングライブは出来そうに無い。
すると、その様子を遠目でたこ焼きを抱えて見ていた私の肩にポンと手が置かれる。
急に肩に手を置かれた私の背中に悪寒が走る。私は苦笑いを浮かべてゆっくりと後ろへと振り返った。
すると、そこには真顔で私の肩に手を置いているミホノブルボンの姉弟子の姿が、そして、姉弟子は私にこう告げはじめる。
「バクシンオーの代わりにウイニングライブ行って貰えますね?」
「えっ!? 何故ェ!」
姉弟子の急な無茶振りにたこ焼きを抱えていた私は思わず驚きの声を上げる。
いや何故そうなるんですかっ! 私、気配を消して空気になっていたのに!? 何故こんな時にそんな扱いなんですかっ!?
バクシンオー先輩が出来ないのはわかりますが代打がまさかの私、しかも、センターという。一体どうしろと。
漫才でもしたら良いんですかね? 私、演歌くらいしか出来ませんよ?
これは服を脱いでサービスをせざる得ないのではないだろうか? いや、しませんけどね、大衆の前でそんなことしたら社会的に死んでします私が。
そんな中、クラスメイトから肩で身体を支えて貰っているバクシンオー先輩の元にタイキシャトル先輩がやってくる。
そして、笑みを浮かべるタイキシャトル先輩はバクシンオー先輩に手を差し出した。
「ナイスランでした。悔しいデスガ、次はミーが勝ちます」
「はい、こちらこそありがとうございます、また走りましょう」
「楽しみにしてますネ」
そう言いながら握手を交わす二人。
二人の健闘を讃えて会場からも拍手が巻き起こっていた。確かに手に汗握る名勝負でした、それは認めましょう。
ですけど、私がウイニングライブやるのはちょっと意味がわかんないですね、もう帰って良いですかね? えっ? ダメ?
その後、私はズルズルと引きずられバクシンオー先輩の代打でウイニングライブを歌って踊ることに。
スプリンターズSで走った先輩達の視線が痛い中、タイキシャトル先輩に可愛がられつつ歌うあの苦痛といったら、胃が痛かったです。
誰だお前って言われても仕方ないですよね、はい。
なんか、腹が立ったので最後にウイニングライブのセンターで紅を熱唱してやりました。観客の人達からポカンとされましたけど後悔はしていません。
ちなみにその後、私はルドルフ会長から馬鹿者と言われ怒られました。なんでや。
こうして、秋のG1一発目のレースから好スタートを切ったチームアンタレス。
いよいよ、次は菊花賞。
果たしてクラシックの戦線最終レースはどのような展開が待ち受けているのだろうか。