さて、スプリンターズSも終わり、秋の菊花賞に向けて私たちも本格的なトレーニングを始めました。
とでも言うと思いましたか? ふふん、実は秋にはもう一つの一大イベントがあるのですよ。
それはですね、トレセン学園の学園祭の時期なのです。
いやー、私もようやく学生らしいことができるのか、嬉しいですね本当に。
いつもは鬼のようなトレーニングに明け暮れる日々だったのですけれども、こういったイベント事は実にありがたいです。
私はるんるん気分で現在、学園祭の準備を手伝いながら鼻歌を口ずさんでいました。
「ふんふんふーん♪…おや?」
そんな上機嫌な私の前になんと大量の飾り付けの材料を運ぶゼンノロブロイことゼンちゃんの姿が。
うーん、あんなちっこい身体で無茶したら怪我をしてしまいますね、それは由々しき事、ここは一つ私が手伝ってあげなければ。
私はすぐさま、材料を運んでいるゼンちゃんに近寄るとにこやかに笑みを浮かべながら話しかける。
「やぁーやぁー、ゼンちゃん。手伝おうか?」
「あ、アフちゃん!」
そう言いながら私はゼンちゃんが抱えている材料を持ってあげる。
大方、学園祭のための材料なのだろう。そうと分かれば話は早い、大天使アフエルである私は当然手伝う事にした。
目の前にたくさんのを材料を持ったか弱い女の子が居るんですよ! ここで手を貸さなきゃ漢が廃るってもんですよっ!
あ、良く考えたら私も普通にウマ娘でした。
ま、まぁ、細かいところはさておき、心優しい私は飾り付けに使う材料を抱えながらゼンちゃんと教室に向かう。
「アフちゃんありがとう助かるよぉ〜」
「いえいえ〜、これくらいならあと三倍くらいあっても軽く持てそうですし気にしないでください」
「何それ怖い」
そう言いながら、満面の笑みを浮かべて私の言葉にドン引きするゼンちゃん。なんでや。
いや、そりゃあれだけ筋トレとか坂とか追い込みとかしてたら筋肉なんてバリバリ付き放題ですよ。
試しに私の腹筋見てみます? キュッてなってますからキュッて。
そう言いながら、私は材料を置いてゼンちゃんにお腹を触らせてあげる。
すると、ゼンちゃんはおーっと声を上げながら、興味深そうに私のお腹を手でスリスリと確認、むふふ、どうだ凄いだろう。
しばらくお腹を触っていたゼンちゃんは私の顔を見つめながらこう語り始める。
「確かにすべすべしてて、スタイル凄く良い!」
「でしょう? 普段から鬼みたいなトレーニングしてますからね」
「あ、でも上の方はなんだかプニプニしてて摘めるかも」
「おい、それ胸つまんどるやろがい」
そう言いながら、私の下乳あたりの脂肪を摘み始めたゼンちゃんに突っ込みを入れる。
ススッとさりげなく手が上にいっていることに気ついてないとでも思ったか? 甘いわ! 私がどれだけ普段からその辺、弄られてると思ってるんだ全く。
寝ぼけたブライアン先輩からは鷲掴みにされ、ゴルシちゃんからはナチュラルに鷲掴みにされ、そして、普段のトレーニングでは無駄に揺れるんですよ。
本当に肩は凝るわで、ろくな事がない。
今、多分、世の中にいる女性とウマ娘の何%かを敵に回したような気がしますが、多分気のせいでしょう。
主に頭文字がサで始まり、カで終わるウマ娘さんから怒りの鉄拳が私に飛んできても何ら不思議ではない。
ゼンちゃんにお腹を触らせてあげた私はそそくさと上着を元に戻す。なんだか、触らせ損だった気がするのは気のせいだろうか?
気を取り直して材料をとりあえず教室に入れ込む私とゼンちゃん、学園祭の準備は大変ですね本当。
さて、材料も運び終えましたし、私は退散するとしましょうかね。
え? クラスの学園祭の準備を手伝わないのかですって? いや、手伝ってあげたいのはやまやまなのですが、実は私にも用事というものがありましてね。
というのも、私自身が出店を出さなきゃいけないから店を組み立てなきゃならんのですよ。
何を作るのかと言われたら、たこ焼き屋の屋台です。今回は同じチームアンタレスのバンブーメモリー先輩とナカヤマフェスタ先輩が手伝ってくれるそうなのでちょっと安心してます。
さてと、私も準備を手伝って来ますかね、いやー忙しい。嘘です、若干、クラスの準備手伝うのめんどくさいから抜け出したい口実にこじつけただけです。ごめんなさい。
そんな感じでご機嫌にチームアンタレスの出店の手伝いに向かおうと教室を出て歩きはじめる私。
すると、しばらくして、背後から肩をポンと叩かれて呼び止められた。
「あの…、ちょっといいかしら、貴女、アフトクラトラス…?」
「…はい?」
呼び止められた私はキョトンとしながら後ろへと振り返る。すると、そこに居たのは鹿毛の目付きがキリッとしてる緑色が印象的なリボンを付けたクールな雰囲気のウマ娘だった。
私は首を傾げて、声をかけて来たウマ娘に対してこう語り始める。
「あれ? どこかでお会いしましたっけ?」
「いや…顔を合わせるのはこれが初めてだけれども」
「ですよね! ところで、メジロドーベルさん何用ですか?」
私は首を傾げて、呼び止めるようにして肩を叩いて来たメジロドーベルさんに告げる。
そりゃ、いきなり初対面の人から声を掛けてこられたら普通にそうなりますよね。
しかもサイレンススズカさんやタイキシャトル先輩と同期ですし、メジロドーベルさん、それに名門メジロ家(笑)の出のエリートですから私も緊張してしまいます。
すると、ドーベルさんはキリッとした表情で私の手を急に握りしめるとこう語り始める。
「私、まどろっこしいのが嫌いだから率直に言うわ、先日のウイニングライブでの貴女の歌に惚れたの」
「…はい?」
「先日の貴女のライブ、あの素晴らしい曲だったわ。周りはどう思うか知らないけれど私はあの曲好きよ」
そう言って、真剣な眼差しで見つめてくるドーベルさん。先日のウイニングライブっていうとおそらく私が熱唱した紅の事だろう。
あれ、完全にネタだったんですけどね、まさかドーベルさんが気に入るとは思わなんだ。
しかし、美人さんである。そして、クールに見えて顔を赤くしてるのがちょっと可愛い。
おっといかんいかん、私の悪戯心が疼いてしまうところだった。最近、ゴルシちゃんに毒されてきてる気がする。
え? お前、元々そんな感じだったろ、ですって。 ぐうの音も出ませんね、はい。
ひとまず、メジロドーベルさんに笑みを浮かべたまま私は彼女にこう告げはじめる。
「ありがとうございます。会長には怒られちゃいましたけどね」
「そうなの?…私は良かったと思ったんだけどな…」
「ドーベルさん最近何か嫌な事でもあったんですか? ちょっと破壊衝動強すぎやしないですかね?」
私は顔を引きつらせながら、メジロドーベルさんにそう突っ込みを入れる。
毎回、楽器を壊すのが通例のバンドの曲が気に入ったとかそう思わざる得ない。
ドーベルさん凛々しい顔してなかなかに凄いぶっ飛んでるなとか私は内心で思ってしまった。
さて、気を取り直して私はコホンと咳払いを入れると彼女にこう話をし始めた。
「ありがとうございます。それでは私は露店の準備があるのでこれで…」
「それで、本題なんだけど、私、アンタレスに入ることにしたわ」
「ちょっと待てい」
踵を返して、その場からすぐに立ち去ろうとした私はドーベルさんのその言葉を聞いて思わず振り返ると間髪入れずにそう告げる。
いやいや、何故そうなった。確かにドーベルさんはオークスとか勝っている実績のあるウマ娘なのだけれど、どこをどうやったらアンタレスに入りたいと思ってしまうのか、修羅になりたいんですかね?
私はドーベルさんの正気を疑う、一応、この人も名門メジロ家の一員なんですけど。
あ、なるほどだからか、あれー? でもマックイーンさんとは血縁関係そんなに濃かったかな? あれー?
そんなわけで、アンタレスに入ると言ってのけたドーベルさんの説得に私はすぐさま入ることに。
メジロ家の令嬢が正気を失っておられるのだ。私が正気に戻さねば(使命感。
私は早速、ドーベルさんに言い聞かせるようにこう話をし始めた。
「いいですか? ドーベルさん。ウチは薩摩の戦闘民族並みに頭がおかしいトレーニングをすることで有名なのですよ?」
「えぇ、そうね」
「ですから、リギルとスピカのようなですね…」
「覚悟は出来てるわ、貴女のファン第1号として愛を貫く覚悟は出来てるもの」
「あ、わかった。この人、やばい人だ」
そう言って、私の説得は開始3秒程度で霧散した。なんだこの人、目がマジだから本当に怖いんだけれど。
あまりの衝撃に私は思わず思った事を口走ってしまった。
実際、普段からアンタレスのトレーニングをしていたらそんな事、私なら口が裂けても言えない。
私に対して何の愛を貫くんですかね? 毎回、思うんですけど、私の周りにはどうしてこんな人達ばかり寄ってくるんでしょう。
そして、真剣な眼差しで手を握ってくるメジロドーベルさんに私は思わず後退る。
「アフトクラトラス…、貴女と同じチームで一緒に私も走りたいの」
「あの…、アフちゃんでいいです。アフちゃんで、あとドーベルさんの方が年上ですしね? ね?」
手を掴み迫るメジロドーベルさんの顔が近い、何故、わざわざ顔を近づけてくるのか。
とりあえず、私は顔が近いメジロドーベルさんの両肩を掴むと身体から引き離す。
おっとヒヒ~ンとはそう簡単にテンションは上がらせませんよ。
それに、私はこの後、露店の手伝いがあるのだ。こんなところで油を売っているところを姉弟子なんかに見つかったらなんと言われるか。
引き離したメジロドーベルさんはサラリと長い髪を靡かせると嬉しそうに笑みを浮かべたまま私にこう語り始めた。
「アフちゃんね、わかったわ。それで、貴女何か急いでたんでしょう? 私も手伝うわ」
「えっ!? あー…んー…。べ、別に多分、人手は足りてるとは思うのでお気遣いしてもらわなくても…」
私はいろんな方向視線を泳がせながら、すっとぼけるように好意的なメジロドーベルさんにそう告げる。
先程から、よくわかった。これ私が苦手なタイプのウマ娘だと半ば確信した。これだけ好意的に迫られたら私は逆に引いてしまうタイプなのである。
犬に例えると完全に豆柴系だな私。いや、ウマ娘なんですけども。
でもまぁ、ナリタブライアン先輩の前例もあるので一概には言えませんね。はい。
確か、メジロドーベルさんは話によると男の人が苦手で、自分はかわいくない、女っぽくないと普段から言っているとよく耳にしていた気がするんですけども、それに加えて、極度の恥ずかしがり屋で上がり症だとか。
見た限りどこがだよ、と私は思わず突っ込みを入れたくなった。尻尾を上機嫌にフリフリ振ってますけど大丈夫かなこの人。
一見、クールビューティーなウマ娘に見えて結構グイグイ来てますよね、さっきから。
私がウマ娘だからでしょうか? うーん、どうなんでしょうか、この状況自体、あまりにあり得ないことすぎて頭がついていきません。
「私達、もう同じチームメイトでしょう? せっかくだし手伝わせて」
「もうアンタレスに入るのは、撤回する気が微塵もないんですね」
アンタレスに迷わず加入する気満々のメジロドーベルさんの肝の座り方が怖い。
しかし、これ以上、何を言っても仕方なさそうなので、私はため息を吐くと彼女にこう告げはじめる。
下手に断り続けても彼女の好意を無下にしているようで気分もよくありませんしね。
「それでは、学園祭で販売するたこ焼きの露店の準備があるので手伝って貰えたら有り難いです」
「あら、それならお安い御用。なら私も当日の販売も手伝わせて」
「そうしてくれると助かりますね」
そう言って、私はメジロドーベルさんと学園祭で使う露店の準備に入るために校庭に向かう。
チームごとの露店はそれぞれ異なっていて、リギルはなんと執事喫茶とかやるらしい。アンタレスは出店と巨大な和太鼓演奏だとか。
何故に和太鼓、そして、今回はミホノブルボン先輩がその和太鼓をデカい桴でぶっ叩くらしい。
これがアンタレスの毎年恒例の行事だとか、正直、ボディビルダー対決とかじゃなくて良かったとかも思ったりはしましたけれども、流石に私もそれは出たくありませんし。
そのほかにも、占いの館とか、早食い大会などの行事も盛りだくさんのようです。
ブライアン先輩は確か、ちびっ子探検隊をヒシアマ姉さんとやると言っていたような気がします。
あの二人は意外と小さな子供達に好かれる上に人気者ですからね。
一年に一度の学園祭なので、準備にも気合いが入りますね、ゼンちゃんも頑張ってましたし私も頑張らないと。
「おーい、アフちゃんそれそっちに置いといて!」
「はーい!」
私はバンブーメモリー先輩に言われた通りに材料を配置しながら、グッと腰骨を伸ばす。
明日の学園祭が実に楽しみだ。
その後、暗くなるまで学園祭のいろんな準備にアンタレスの皆さんと携わる事になった。
だが、一つだけここで思った事がある。
それは普段からやるトレーニングより、格段に楽ができたという事だ。逆にいい休暇になったのでビックリしたのはここだけの話である。