努力とは、積み重ねこそが全てである。
歴代のウマ娘達はそうやって、歴史に名を刻み込んで来た。
それは、このトレセン学園に所属する者ならば誰しもが理解していること、だが、中にはそんな努力を必要とせずに怪物となる者も中には存在する。
まさしく選ばれた者、天から授かりし才能と血筋と才能は唯一無二の物だ
人々はそれを天才と言う。
そして、このトレセン学園はそんな天才達の集まるような魔境と言っても良いだろう。
実力で推し測られる厳しい勝負の世界、そんな世界で天才達の中でも、さらに、才能を持った者は必ず現れる。
トレセン学園のグラウンドを屋上から静かに見下ろしている彼女もまた、そんな天才達の中でも、抜きん出た才能の持ち主であった。
「…こんなところに居たか、どうだ? トレセン学園は?」
「………………」
彼女は鹿毛の長い髪を靡かせるが、背後から声を掛けて来たフジキセキ先輩の問いかけには全く答えようとはしなかった。
青いリボンに鹿毛の長く美しい髪、透き通った白い肌、綺麗な水色の瞳に小柄な身体からは威圧感を感じる。
彼女は今、トレセン学園の屋上から静かに外を一望していた。
屋上からの光景を静かに見渡している彼女の目には何が写っているのかはわからない、だが、あくまでも彼女が今日、この学園に居るのは見学の為であった。
フジキセキ先輩は黙ったまま返事を返さない彼女に呆れたように左右に首を振りため息をつく。
「学校見学をしたいというから連れてきたというのに、お前がいくら期待の星と言われてるかはわからんがな、勝手に…」
「…あそこにいる…、小さなウマ娘…」
「ん…?」
フジキセキ先輩はその彼女の言葉に思わず言いかけた口を閉じ、歩を進めて屋上から彼女の視線の先にあるウマ娘とやらを確認する。
そこには、坂路を汗だくになりながら駆け上がるウマ娘の姿があった。
黒髪の中に目立つ蒼く目立つパールブルーの毛先。そして、青鹿毛特有の黒く鮮やかな尻尾に耳。
人形の様に小さく整った容姿に綺麗な白い肌。そして、やたら自己主張が激しい胸。
だが、その足は鋭く研ぎ澄まされ迷いもなく疾風の様に坂路を駆け上がる。その速さはまさしく化け物じみた力強さを感じられた。
鹿毛の長く美しい髪を靡かせる彼女はそんな彼女の姿を見て釘付けになっていた。
彼女は己の実力に絶対的な自信があった。
だが、そんな彼女が初めて抱いた感情。
それはあのウマ娘には今の自分では勝てないだろうという確信が生まれた事であった。
足の速さ、キレ、底力、全てが恐らく自分よりも上回っているとあの鬼気迫る走りと才能の片鱗を見ていればわかる。
そして、そのウマ娘の姿を見たフジキセキ先輩は口を開き、そのウマ娘の名前をゆっくりと鹿毛の彼女に告げる。
「あぁ…アフトクラトラスか、アンタレスの期待のウマ娘だよ」
「…アフト…、クラトラス…」
「なんだ、あいつが気になるのか?」
そう言って、フジキセキ先輩は彼女に問いかける。
そんなフジキセキ先輩の問いかけに彼女はコクリと素直に頷いた。
確かにアンタレスに所属するアフトクラトラスの評価は各方面から非常に高い。
モンスターと呼ばれているミホノブルボンの妹弟子としてアンタレスに所属し、徹底的に鍛えに鍛え抜かれた身体は最早、日本だけに収まる器では無くなりつつある。
シンボリルドルフ会長と同じく、皇帝の名を持ちながらそこには泥臭く、ひたむきに努力する姿があった。
努力と厳しい特訓により積み重ねられる精神的なバックボーンというものは非常に強固、アフトクラトラスの力の源は才能だけでなく更に己を厳しく追い込む太い精神力だ。
ミホノブルボンやライスシャワー、サクラバクシンオーという叩き上げのウマ娘達に囲まれている彼女にはそれがどれだけ大切なものかを理解しているのであろう。
本当の天才とは努力を続けられる者を指す。
アフトクラトラスはその条件を理解している本物と言っていい才能の持ち主だ。
才能は元々、シンボリルドルフやナリタブライアンに匹敵するほどの力を持ちながらも、慢心することは決してなく、彼女は常に自らを追い込んでいた。
衝撃のOP戦から、彼女は既に三冠を有望視されてる。
「才能の塊であり、その上、あれだけのものを積み重ねてきている。化け物になりつつあるよ、あいつはな」
フジキセキ先輩の言葉にアフトクラトラスを見つめている鹿毛のウマ娘は思わず静かに笑みを浮かべた。
2年後、そのアフトクラトラスと戦う事ができると考えるだけで思わず気持ちが高ぶってしまう。
見たいものは見れた。彼女は踵を返すとフジキセキの横を通り過ぎ、屋上の扉に手をかける。
フジキセキは立ち去ろうとする彼女にこう問いかけた。
「もう、トレセン学園の見学は良いのか?
ーーー…ディープインパクト」
そのフジキセキ先輩の言葉に彼女は立ち去ろうとした足をピタリと止める。
かつて、その名は世界に轟いた。
世界を股にかけ、人々を激震させた深い衝撃。
果たして、こんなウマ娘が存在して良いのかと誰もがそう口々に言っていた。
敗北など考えられない戦いに、人はどこまでも夢を見た。
奇跡に最も近いウマ娘。
それが、彼女、ディープインパクト。
だが、彼女はまだ、トレセン学園に入ってすらいない無名のウマ娘。
その才能は天賦のものであり、生徒会長であるシンボリルドルフ、シャドーロールの怪物ナリタブライアンに匹敵する。
いずれぶつかるかもしれない強敵の走る姿に彼女は期待を膨らませていた。
トレセン学園に入るのは先の話、その時が来るのを彼女は静かに虎視眈眈と待つ。
「強いですね…彼女。おそらく、今、一緒に走れば、負けるのは私の方でしょう…」
「…ほう」
「ですが…、興味が湧きました。この学園は本当に面白そうです」
そう言って、ディープインパクトと呼ばれたウマ娘は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと扉から出て行った。
三冠を取るウマ娘は10年に1人と言われている。
だが、その10年に1人という現象が固まって起こった現象があった。
それは、皇帝と呼ばれたシンボリルドルフと追い込みの鬼、ミスターシービーの2人である。
不運か幸運なのかはわからないが、かつて、その10年に1人と呼ばれた三冠ウマ娘の2人は世代が近かった事もあり、激闘を繰り広げる事となった。
そして、また、このトレセン学園で再びその10年に1人の逸材が重なるという再来が起きつつある。
果たして、どんなドラマがこの先待ち受けているのか、それは誰も知る由はない。
そして、一方で坂路をいつも通り駆け上がり終えて、タオルで汗を拭っていた私はというと。
「…うぅ…、今なんか寒気が…」
「妹弟子よ、風邪ですか?」
「あ、いえ、なんか誰かに見られていたような気がしまして」
ミホノブルボンの姉弟子に顔を引きつらせながらそう答える私。
何やら過剰評価の上、とんでもないものに目をつけられたようなそんな嫌な気配を感じたのですが多分気のせいでしょうね。
まあ、とんでもない人に目をつけられるのはいつものことなんですけど。
そう、例えば、それはシャドーロールの怪物さんだったり、破天荒の聞かん坊のゴルシちゃんだったり、メジロ家の荒ぶるクールなウマ娘だったりと変な方ばかりですし。
え? 私もその中に含まれるですって? やだなぁ、私は真面目系マスコットウマ娘ですよ、そんなわけないじゃないですか。
しかしながら、さっきの視線はいつもグラスワンダーさんがスペ先輩に送っているようなものと近いような気がしましたけど、気のせいですよね? きっと。
そんな感じで、ひと段落していた私が汗をタオルで拭っていると背後からガバッと何者かが飛びついてきた。
「ぶふっ…!? ふぁ!?」
「アフちゃんお疲れ様!」
思わず、変な声を上げてしまう私。
いきなり背後から飛び掛かかられたら誰だってそうなりますよね、心臓止まるかと思った。
ため息を吐いた私は頬ずりしてくるドーベルさんにめんどくさそうにこう告げる。
「…ドーベルさんでしたか、もう、いきなり飛び掛かってくるものだからびっくりしましたよ」
「今日時間あるかしら? これからシューズを買いに行こうと思っているのだけど」
そう言って、目を真っ直ぐに見つめながら問いかけてくるメジロドーベルさん。顔が近すぎです。ドアップかな?
しかしながら、シューズ選びか、確かにターフを走る上でシューズ選びは大切だ。
特に練習をする上では重要だし、シューズ選びを怠って足を痛めたりしたらそれこそ本末転倒。
私も坂路で磨り減ったトレーニングシューズを破棄してそろそろ新しいシューズを買おうと思っていたところだ。
アンタレスの練習をしているとシューズの磨り減り方が半端ないって!もー!
坂路の量、半端ないって!
だってめっちゃ坂路登るんやもん! 普通そんな事起きるぅ? 言っといてぇや、坂路練習そんなんあるんなら。
四桁や…、またまたまたまた四桁や、三桁やったら多分、そんなにすり減って無かったとは思います。今よりかは。
さて、こうして私はメジロドーベルさんと一緒にシューズを買いにショッピングモールへ、前に来た時は水着選びでしたね確か。
そして、シューズ選びに際して、今回はなんとある方が何故か無理矢理同行する事となった。
そのお方とは、私をいつも可愛がってくれるこの人。
「シューズ選びならこのヒシアマ姉さんに任しときなっ! 私のオススメの一品ってやつを教えてやるからよっ!」
ヒシアマ姉さんその人である。
やたらと自信満々なヒシアマ姉さんなのだが、私とメジロドーベルさんの二人は疑いの眼差しを彼女に向けていた。
本当に大丈夫なんでしょうかね?
まあ、彼女にはよく可愛がっては貰ってはいるんですが、ブライアン先輩の部屋では彼女の全裸姿を何度見たことか。
その分、私も全裸を晒しているとは思うんですけどね、この間は悪ふざけでニンジンを賭けた脱衣麻雀とやらをブライアン先輩とマルゼンスキー先輩と共に卓を囲んでやったんですけど全敗しちゃいましたし。
私は自信満々なヒシアマ姉さんにため息を吐くとこう告げはじめる。
「まぁ、それは良いんですけど、選ぶのがヒシアマ姉さんですからねー今日はまた何でシューズ選びに付き合ってくれるんですか?」
「んなっ!? お前なー…。…そりゃお前が昨日の夜中にまた寝ぼけて私のベッドに入って来たもんだから、ブライアンの奴が拗ねてめんどくさく…もがっ!」
「オーケー、わかりました。この話はそれまでです」
そう言って無理矢理、慌てて肩を掴み口を塞いで余計なことを言いかけたヒシアマ姉さんの話を切り上げる私。
何故なら、自分の命の危険を背後から感じたからです。誰か私の背後を見てみてください、多分、目にハイライトが無いメジロドーベルさんの姿が拝めると思いますので。
昨晩は何もなかった、いいね?(意味深)
だが、私の肩には既に殺気のこもった柔らかな手がポンと肩に置かれていた。
「事情聴取しましょうか?」
「カツ丼は出ますかね」
「カツ丼にしてあげるわよ」
「斬新ですね」
顔を引きつらせた私の小粋なジョークに満面の笑みを浮かべて答えるメジロドーベルさん。
カツ丼にしてあげるって何! 私をカツ丼にするのならそれはもうカツ丼では無いのでは無いでしょうか(素朴な疑問)。
その後はメジロドーベルさんにつく言い訳をやら考えながら、適当に考えた事情やらを事細かく話す羽目になりました。
皆さんも勢いで遊びに熱中するのもほどほどにしないとですね、私みたいになります。
さて、気を取り直してヒシアマ姉さんと共にシューズを見て回る私とメジロドーベルさん。
なかなか斬新なモデルがありますね、見ていて実に面白いです。
「こんなのはどうだ? ヒシアマ姉さんイチオシモデルだぞ!」
「えー…、これ、追い込み専用モデルじゃないですか、ミスターシービーさん愛用って銘打ってありますし」
「ばっきゃろー! あのギリギリのスリルがたまらねーんじゃねぇか! わかんねぇかなぁ、このロマンが…」
ヒシアマ姉さん本人曰く、もうダメかもしれない、追いつけないかもしれないという追い詰められた自分を楽しむのが醍醐味だとか。
熱く語る、ヒシアマ姉さんの話を聞いた私はメジロドーベルさんと顔を見合わせると、納得したように頷く。
なるほど、つまり追い込みが大好きなウマ娘とは。
「ドMって事ですね」
「ちげーわ! なんでそうなんだよ!」
私の言葉に思わず突っ込みを入れてくるヒシアマ姉さん、だって、これまでニンジンを賭けて全敗を喫しても、なおブライアン先輩に挑戦するではないですか貴女。
別に服を脱ぐのが好きな痴女ウマ娘という訳ではない、ということはつまり、服を脱ぐことによって自分を追い込んでいるということなのだろう。
つまり、結論、ドMである。
確信を得た私は真っ直ぐにヒシアマ姉さんの瞳を見据えながらこう語り始める。
「テストもいつも追試ギリギリ攻めたりしてるーってブライアン先輩が言ってましたし、ヒシアマ姉さん間違いないですよ」
「いやいやいや、ちょっと待て、それはおかしい」
「ヒシアマ姉さん安心してください! すぐに縄で縛ってロウソクで追い込んであげますからね」
「言い方変えてもアウトだそれは! この馬鹿!」
準備よく縄をビシビシと伸ばして用意しているメジロドーベルさんの姿を指差しながら告げる私にヒシアマ姉さんは盛大に突っ込みを入れてくる。
あれ? ちょっと待って、というかなんでメジロドーベルさん縛る縄なんか持ってんですかね? 何に使う為の縄なんですかね?
私は軽く戦慄した。その用途が想像ついてしまうあたり、私はもうダメかもしれない。
私達はその後、気を取り直して無事に足に合うトレーニングシューズを探すことに成功しました。
足に合うシューズを選ぶのもなかなか大変ですね、はい。
私が選んだのは奇しくも、シンボリルドルフ会長と同じモデルに近いシューズでした。先行などを得意とするウマ娘がよく使うシューズですね。
「いいんじゃないか? お前らしいとは思うぞ、私には合いそうに無いけどなぁ、それは」
「アフちゃんらしいんじゃないかしら?」
「そうですかね」
買うと決めた新品のシューズをレジに持って行く私。
これから先、秋のシーズンに突入し、トレーニングやレースも過酷さが増す事になるだろう。私とて、東スポ杯の重賞に冬にはG1の朝日杯が待ち構えている。
全く気が抜けない時期であり、アンタレスとしても踏ん張りどころだ。
だから、今日くらいは他愛の無い会話をしながら買い物を楽しむのも悪くは無いだろう。
その後、私達はいろんなショッピングモールの店を回りながら、充実した1日を過ごすのだった。