遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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チームの絆

 

 

 ショッピングモール。

 

 私がここにくるのも久しぶりなような気がしますね。

 

 最近はいろんな事が立て続けに起こって、私としても心の整理がつかないうちにトレーニング漬けの毎日を自らに課していましたから。

 

 プライベートな時間なんて、もちろんありません。

 

 月月火水木金金、これが今の私のスケジュールでしたし、もう、感覚が麻痺したのか、それがごく当たり前だと思っていました。

 

 新しいトレーニングトレーナーのオカさんの言葉はこんなトレーニングをしていた私を見抜いてだったんだろうなと今にして思います。

 

 ひたすら、トレーニングを積み重ねれば勝てるという事ではないと義理母にも言われましたからね。

 

 私はまだまだ、考えが浅はかで甘かったのだと自覚させられました。

 

 私の隣では、メジロドーベルさんが満面の笑みを浮かべて歩いています。

 

 

「アフちゃんは…買いたいものとかある? 服とか」

「えーっと…そうですね…」

 

 

 買いたい服は無いかとメジロドーベルさんから言われた私は顔を引きつらせます。

 

 女の子らしいお洒落なんて、ここ最近、全く考えた事なんてありませんでした。ほぼ毎日ジャージでしたからね、しかも、トレセン学園指定のジャージです。

 

 というよりなんで今更服買うの? と皆さんは思われてるかもしれませんね。

 

 この間、ショッピングモールにヒシアマ姉さんと来た時に買っておけば良かったじゃないかと思われる方もいるかもしれません。

 

 というのも、これには当然、理由があった。

 

 

「今日はちゃんと温泉旅行に必要なものを買っておかなきゃね」

「はぁ…」

 

 

 そう、メジロドーベルさんから温泉旅行に誘われたからである。

 

 温泉旅行と言ってもピンと来ない、いや、お風呂は大好きなんですが、いきなり温泉旅行なんて言われても実感が湧きませんし。

 

 なお、この事は他言無用とのこと。

 

 ブライアン先輩がまた拗ねなければいいのですけどね。いやはや、変なところに気を使うのが面倒くさい。

 

 私としては何も考えず、ただ強くなるためのトレーニングを他のウマ娘の何倍もやりたいと思っているというのに…。

 

 しかし、トレーニングの時間だけをこなすばかりというのは効率的には良くないという事も私は理解している。

 

 たまにはこういう時間を設けるべきなのかもしれませんね。

 

 

「ほら! アフちゃん! これ! これなんか私似合うと思うよ!」

「…はぁ…」

「あ! このスカートなんかいいんじゃないっ! このショートパンツも可愛いしっ!」

 

 

 そう言って、どんどん私の元に服を持ってくるメジロドーベルさん。

 

 私の手元にはたくさんの服が積まれていく。いや、積まれるのは別にいいんですけどね、これは、私が着せ替え人形みたいにされるって事なんでしょうかね。

 

 もうジャージでいいじゃないですか。

 

 服を選んで持ってくるメジロドーベルさんはそれはもう楽しそうでした。もしかしたら、素の自分を私の前だから晒し出しているのかもしれませんけれど。

 

 私は顔を引きつらせながら彼女が服を持って来ては着替え、持って来ては着替えの繰り返しをする事になりました。

 

 着せ替え人形みたいになっていますね、はい。

 

 温泉旅行に行くだけだというのに何故にそんなにお洒落に気を使わなくてはならないのか疑問ですけれど、致し方ありませんね。

 

 ライスシャワー先輩も温泉行くと話を聞いたので、楽しみではあるのですけども。

 

 そして、最近では、知らぬ間に私に魔王というあだ名が付いたらしいです。

 

 魔王と聞くとなんだか、あまり、イメージは良くありませんけど、ラスボス的な感じですしカッコいいですが、私には仰々しい名前に思えて仕方ありません。

 

 そうして、ショッピングモールをメジロドーベルさんと歩いていた私は暫く服を選びたいと言ったメジロドーベルさんを待つためにショッピングモールのベンチに腰を下ろしていました。

 

 買った服がわりと多めだったので、肩が重い。

 

 荷物を降ろした私は軽く肩を回し、手を組んでグッと腰骨を伸ばす。

 

 

「はぁ…買い物ってこんなに疲れるものでしたかね」

 

 

 そう言って、伸ばしていた手を降ろしてため息を吐く私。

 

 すると、そんな私の目の前をふと、あるウマ娘が横切った。

 

 癖のある長い姉弟子と同じような栗毛の髪を見た途端、私は思わず目を見開いてその後ろ姿を見つめる。

 

 もしかしたら、姉弟子かもしれない、そう思ってしまった。

 

 気がつけば、私はそのウマ娘に話しかけていた。

 

 

「…あ…っ! あの…っ!」

「……ん…?」

 

 

 私の方に振り返る栗毛のウマ娘。

 

 荒々しく跳ねた癖毛の髪とマスクをつけ、いかにも不良少女といったパンクな格好のウマ娘は私の方を振り返ると首を傾げてくる。

 

 わかってはいた。こんなところに姉弟子がいない事くらい。

 

 だが、それでも、もしかしたらと私は思ってしまったのである。

 

 私は改めて人違いだと確信すると、少しだけ気落ちしたように彼女に対して、申し訳なさそうにこう話しはじめた。

 

 

「…すいません、人違いだったみたいです」

「そうか…」

 

 

 そう言って、踵を返してその場から立ち去っていく栗毛のウマ娘。

 

 振り返った彼女を一見して荒々しく感じたが、話してみると意外とそうでもなかった。人は見かけによりませんね。

 

 そんな中、買い物を終えて買い物袋を両手に持ったメジロドーベルさんが私の側へとやってくる。

 

 メジロドーベルさんは首を傾げたまま、栗毛のウマ娘の背中を真っ直ぐに見つめている私にこう問いかけ始めた。

 

 

「どうしたの? アフちゃん」

「いや、人違いでちょっとあの方に話しかけてしまったもので…」

「あー、あの娘は…」

「ん…? ご存知なんですか?」

「…まぁ、ちょっとね?」

 

 

 メジロドーベルさんは私に顔を引きつらせながらそう答える。なんだか、顔見知りのようだが、一体どういうことなのだろうか?

 

 気になった私はもう少し、メジロドーベルさんに今さっき話しかけたウマ娘について問いかけてみる事にした。

 

 

「メジロドーベルさんのお知り合いでしょうか?」

「…そんなところかしら、従姉妹みたいなものね」

「従姉妹…」

「そう、従姉妹。とは言ってもだいぶ離れてるんだけど…」

 

 

 そう言って、意味深な表情を浮かべるメジロドーベルさん。

 

 栗毛の顔見知り、あまり検討がつきませんね、メジロ家はマックイーンさんをはじめ、だいたいヤバい人達しか居ないイメージがあるんですけれども。

 

 私が思わず話しかけてしまったのも、何というか、彼女が纏っている威圧感のようなものがどこか姉弟子に似ているところがあったのが理由なんですがね。

 

 私と共に彼女の後ろ姿を見つめるメジロドーベルさんは私が話しかけた彼女についてこう語り始める。

 

 

オルフェーヴルっていうんだけどね、普段は大人しい娘なんだけど、レースの時は物凄く強くて荒々しい娘なの」

「…オル…フェーヴル…」

 

 

 私はメジロドーベルさんの言い放った言葉に思わず耳を疑った。

 

 その名も金色の暴君

 

 史実では英雄、ディープインパクト以来6年ぶり7頭目のクラシック三冠ウマ娘。

 

 そして、シャドーロールの怪物ナリタブライアン以来17年ぶり3頭目の3歳四冠ウマ娘となったとんでもない化け物である。

 

 メジロドーベルさんから話を聞いた私は話しかけた彼女が身に纏うそれに思わず納得してしまった。

 

 しかしながら、毎回、なんで私はこうも癖のあるウマ娘と縁があるのか、未だに疑問である。

 

 

「オルフェはまだデビューは少しばかり先なんだけど、身内の中じゃ逸材と言われてるわね」

「なるほどですね、納得です」

「普段はあんな感じで大人しいし、良い娘なんだけどねー…」

 

 

 そう言って、困ったような笑みを浮かべるメジロドーベルさん。

 

 彼女が何が言いたいのか理解している私は同情するように顔を引きつらせながら笑みを浮かべる。

 

 そう、オルフェーヴルは普段は大人しいのだ。普段は。

 

 ただし、その大人しい性格もレースになると事情が違うという。

 

 というのも、いつも彼女が愛用しているマスクがレースで飛翔すると豹変したようにギアが入り、物凄く荒々しいレースになるというのだ。

 

 ちなみに彼女がいつも肌身離さず身に付けているお気に入りのマスクの名前はイケさんというらしい。

 

 私はそれを聞いて思わず笑いそうになってしまったのはここだけの話である。

 

 

 さて、買い物を終えた私はメジロドーベルさんと共に買い物袋を持ちながら寮へと戻る事にしました。

 

 明日からは温泉旅行という事なので、いろいろと準備をしなくてはなりませんからね。

 

 とはいえ、何もトレーニングをしないという日があると何だか、違和感しかありません。

 

 キツいトレーニングを普段から毎日こなすのが日課みたいなものでしたし。

 

 エベレストの山くらいなら何事も無く完登できそうなくらいは坂路を登ってきたという自負は間違いなくある。

 

 そんな他愛のない事を考えていた私はキャリーバッグに荷物を積み込み旅行の準備を整えると一息入れた。

 

 

「さてと、準備はこんなもので大丈夫でしょうかね…」

 

 

 ウマ娘になってからの初めての温泉旅行。

 

 今まではトレーニングばかりの毎日を送り、最後に旅行に出かけたのはきっと姉弟子と義理母と一緒にドバイに行った時くらいだろうか。

 

 その時の写真は私は大事に小さな額に入れて部屋に飾っている。

 

 義理母の見舞いには何度も病院に足を運んでいるし、きっと、来年には義理母も退院して姉弟子も帰ってきて前のような毎日が送れるようになるはずだ。

 

 私は今はそう信じるしかなかった。

 

 それなのに温泉旅行なんてしてて良いのだろうかと思いもするが、トレーニングトレーナーの指示であるならばそれを受け入れるしかない。

 

 翌日、キャリーバッグを引く私は寮の部屋の鍵をしっかりと閉めて部屋を後にした。

 

 寮から出ると、そこで私を待っていたのは…。

 

 

「おせーぞ、アフ公」

「さあ、早く行くっすよ!」

「久しぶりね、温泉旅行なんて」

 

 

 チームアンタレスの先輩方だった。

 

 もちろん、そこにはメイセイオペラ先輩やライスシャワー先輩、そして、メジロドーベルさんも居る。

 

 そう、実はこの温泉旅行はチームメンバーが私のためにわざわざ企画してくれたものだったのである。

 

 

「皆さん…なんで…」

 

 

 私は思わず、チームメンバー全員が居ることに目を丸くせずにはいられなかった。

 

 それは、てっきり、メジロドーベルさんが私に気を使って誘ってくれた旅行だと思っていたからだ。

 

 だが、実際は違っていたのである。

 

 姉弟子と義理母の一件があって以来、豹変して気の狂ったようなトレーニングを毎日行う私。

 

 実は、そんな私の姿を目の当たりにしていた彼女達が私の事を考えて皆で計画していた事だった。

 

 アグネスタキオン先輩は優しく笑みを浮かべながら、私の肩をポンと叩きこう話をし始める。

 

 

「同じチームメンバーだろう? …苦しい時や辛い時は支え合うのは当然だ」

「…タキオン先輩…」

「そうよ、アフちゃん、私達が居るんだから頼ってくれて良いんだからね」

 

 

 そう言って、サクラバクシンオー先輩は優しく私の手を握りしめながら笑みを浮かべていた。

 

 私はその言葉に思わず目頭が熱くなる。

 

 こんなに優しい先輩達に心配してもらえるなんて、有り難いのだろうと。

 

 私は涙を目に浮かべたまま笑みを浮かべて、静かに頷いた。

 

 てっきり、一人きりになったと思っていたけれど、私を気にかけてくれる方がたくさんいる。

 

 何故か少しだけ、肩の荷が下りたようなそんな気がした。

 

 私達はその後、バスに乗り込むとチームアンタレス全員が乗ったバスは温泉旅行に向けて出発した。

 

 温泉旅行に向かうバスの中、私の隣にはライスシャワー先輩が座り、バスに揺られながら、こんな話を私にし始めた。

 

 

「アフちゃん、良い先輩でしょう? アンタレスの先輩達は」

「…えぇ、まさかこんな事を考えてくれてるなんて思いもしませんでしたよ」

 

 

 私は笑みを浮かべて隣に座るライスシャワー先輩にそう告げる。

 

 考えてみれば、バンブーメモリー先輩もライスシャワー先輩もメジロドーベルさん、そして、同じチームでないにもかかわらず、ナリタブライアン先輩もまた、私の事を心配して、いつも声を掛けて来てくれていた。

 

 姉弟子が菊花賞で負けて何も私に言わないままで姿を消したあの日から、私はずっと、入院した義理母の事や勝ち続けなければいけないというプレッシャーの中で懸命に足掻くことしか頭になかった。

 

 元のように笑って、馬鹿して、怒られて、そんな自分を押し殺して義理母の望む強いウマ娘になるという目標の為に修羅になろうという決意を固めるまでに思い至っていたのである。

 

 だけど、新しいトレーニングトレーナーから体を大切にしろと諭され、チームメンバーから私はこうして目を掛けてもらっている。

 

 そこには素直な感謝の気持ちしかなかった。

 

 

「ライスシャワー先輩」

「…ん?」

「…ありがとう…ございます」

 

 

 私はその感謝の気持ちをしっかりと言葉でライスシャワー先輩に伝えた。

 

 もちろん、勝つ為に自らを追い込む鬼になる事は今後も私はやめる事は出来ないだろうとは思う。

 

 だけど、少しだけ、自分の事を改めて見つめ直してみようと私は密かに心の中に留めておこうとそう感じたのだった


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