遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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温泉ロード

 

 

 チームアンタレスでの温泉旅行。

 

 トレーニングトレーナーになったオカさんから休暇を言い渡された私はアンタレスの皆さんと旅館に向けてバスに乗り、出発していた。

 

 その道中、パーキングエリアに立ち寄ったバスから降りた私はタキオン先輩に向かってこんな話を持ちかけていた。

 

 

「あ、荷物だけ積んどいてください。私はここから走りで行くんで、とりあえず行き先までの地図だけくだされば大丈夫です」

「お前は何を言っているんだ?」

 

 

 そう、それは、敢えてバスを降りて走って旅館まで行くという話だ。

 

 道さえわかれば後はどうにでもなる。別に今日中に着けば問題無いのだから、全然余裕だと私は思っている。

 

 既にジャージに着替えている私に死角はない、準備体操をしながら、ゴキリッゴキリッと軽く首の骨を鳴らしていた。

 

 タキオン先輩は私の言葉に呆れたように頭を抑えて左右に首を振っている。

 

 え? 私が知っているアンタレス式の慰安旅行ってこんなのばかりだった気がするんですけどね?

 

 すると、ライスシャワー先輩も笑みを浮かべながらジャージ姿で私の隣にスッと現れた。

 

 

「あら? アフちゃんも同じ事考えてたのね?」

「えぇ、そりゃもう、アンタレスなら当然でしょう」

「非科学的すぎるぞ、お前達」

 

 

 脳筋とはこの事を言うんでしょうね、多分。

 

 やる気満々の私とライスシャワー先輩の言葉にタキオン先輩は深いため息を吐いた。

 

 何キロあるかは知りませんけど、多分、普段走っている坂路ほどはないでしょう。私とライスシャワー先輩なら余裕ですね。

 

 そんな感じで、軽くライスシャワー先輩と拳を突き合わせる私、やはり、長い月日、共にトレーニングを積んできた仲ですから意気投合してしまいますよね。

 

 昔、豊臣秀吉が中国大返しなんてしたとかいう話も聞いたことがありますし、たかだか旅館までの距離なんて屁でもありません。

 

 大和魂とかいう根性さえあれば、大概のものはどうにでもなります。

 

 なんなら、2トントラック引きながらアメリカ横断でも北米横断でもしてやりますよ。

 

 秋のシーズン最中ですから、休暇とはいえ身体を鍛えておかねば鈍りますからね。妥協はしません、それが、アンタレス式です。

 

 そんな感じで私とライスシャワー先輩が旅館まで走るとか言い出したものだから、それをバスの中から聞いていたサクラバクシンオー先輩やバンブーメモリー先輩、メイセイオペラ先輩もまた嬉々としてジャージに着替え、バスから降りてきた。

 

 彼女達も叩き上げのウマ娘、アンタレス式とはなんなのかを理解している。

 

 他のチームより過酷な努力をし、己を磨き鍛えあげるというのが、チームアンタレスだ。

 

 それは姉弟子と義理母がこのチームで築き上げたものと言っても過言ではない。

 

 

「さぁて、それじゃ久々にやりますか」

「距離は結構ありそうっすね」

「旅館はどごさあるかなぁ?」

 

 

 そう言って笑みを浮かべながら、ジャージに着替えた彼女達は私達と並んでストレッチを始めていた。

 

 そんな最中、ジャージに着替えたメジロドーベルさんも私の側にやってくると肩をポンと叩いて満面の笑みでこう語り始める。

 

 

「やっとアフちゃんらしさが出てきたんじゃない? ね?」

「ふふ、そうかもしれませんね」

 

 

 そのメジロドーベルさんの言葉に私も笑みを浮かべながら頷き応える。

 

 意気揚々と準備体操をする私、ここからはガチだ。誰が1番先に旅館まで着くのかが勝負。

 

 荷物を積んだ私はタキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩が見守る中、走る構えを取る。私はもちろん、いつものように姿勢を低くしたクラウチングスタートの構えだ。

 

 そして、タキオン先輩が手を降ろした瞬間…。

 

 

「スタートッ!」

 

 

 ガツンと地面を蹴り上げ、一斉にアンタレスの面々は旅館に向かいスタートを切った。

 

 皆、目は本気モード、手加減無しのガチンコの勝負である。

 

 皆に並んだ私は足の回転を上げてリードを取りに行く、得意の先行策で、一気に旅館まで先頭でぶっち切るためだ。

 

 だが、忘れてはいけない、ここにいるアンタレスのメンバーは私が今まで戦ってきた相手とは経験も地力も違う。

 

 私の背後のすぐ側にはサクラバクシンオー先輩とライスシャワー先輩の二人がキッチリとマークを付けてきた。

 

 ナカヤマフェスタ先輩は駆け出した私達の後ろ姿を見ながら苦笑いを浮かべている。

 

 

「あーあ、あれはマジだな、スタート切った瞬間、全員の目の色変えやがった」

「あぁ、気迫が漲っていたな、全く、レースでもないのに、なにをやってるんだか」

 

 

 バスに戻るタキオン先輩もナカヤマフェスタ先輩同様に本気で旅館まで駆け出した私達に対して呆れたように肩をすくめていた。

 

 その通り、手加減無しの本気の駆け合い。

 

 私がチラリと背後を振り返れば、眼光が光る追撃者達が私を追い抜かんと虎視眈々と迫って来ている。

 

 これは、物凄いプレッシャー、先頭を取った私も顔を思わず引き攣りそうになる。

 

 

「私達が離せると思ったのかしら?」

「優等生の私が指導してあげますよ、せっかくの機会ですから」

 

 

 そう言って、いつの間にか、私に並んだライスシャワー先輩とサクラバクシンオー先輩の二人は私の耳元で優しく囁いてくる。

 

 私はゾクゾクッと背筋が身震いしてしまった。そんな色っぽい声で囁かれると私としてもやり辛いんですけど。

 

 そんな中、私達3人を一気に追い抜く影が二つ。

 

 バンブーメモリー先輩とメジロドーベルさんの二人だ。耳元で囁かれて気が抜けて足の速度を思わず緩めた瞬間に一気に二人が前に出ることを許してしまった。

 

 私達をぶち抜いた二人は笑みを浮かべたまま、私の方に振り返って、まるで、煽るように話し始める。

 

 

「油断大敵っすねー、甘い甘い」

「先行を取ったから勝つわけじゃないのよ? アフちゃん」

 

 

 二人から掛けられる言葉に私は思わずムッとした表情を浮かべた。

 

 ぐうの音も出ない、確かにその通りだ。完全に油断をしていた。バンブーメモリー先輩もメジロドーベルさんもG1ウマ娘、実力は折り紙つきの曲者だ。

 

 そして、サクラバクシンオー先輩とライスシャワー先輩も先頭を取りに行った二人に対して、追いつくように脚のギアを上げはじめた。

 

 これは気を引き締めないとやばい。

 

 先頭を取られた私はそう感じた。本気の眼差し、本気の駆け合いならば、気を引き締め直さないと一気に持っていかれる。

 

 私も目の色を変える。負けるのは嫌いだ。

 

 どんなことであれ、勝負に勝ちたいと思うのはウマ娘として生まれた私の使命のようなものだ。

 

 誰が相手だろうと、どんなに尊敬している者達であろうと勝ちを譲る気持ちは微塵も持ち合わせてはいない。

 

 

「ふっ…! スゥー……! はぁっ!」

 

 

 足を一旦緩めた私は深呼吸を入れて、肺に十分な酸素を取り込むと一気に末脚を炸裂させる。

 

 皆の前には私の先行押し切りしか見せていなかったが、いい機会ですからトレーニングを積み上げてきた私が編み出した新しい走りを見せて上げましょう。

 

 後続からの私の追い込み一気駆けというやつを。

 

 姿勢をゆっくりと低くする私はそのまま、前のめりになる様な形で脚をグングンと回転させ一気に加速する。

 

 黒い旋風が吹き荒れる。

 

 まるで、地を這うような低姿勢から急加速した私はすぐに間合いをドンドンと詰めていき私は四人の姿をしっかりと目で捉えた。

 

 4人に並んだ私は一気に中を割って、最後方から駆け上がる。

 

 これが私が編み出した本気の走り、アフトクラトラス流の激走だ。

 

 小さな身体を最小限に屈める事で空気抵抗を無くし、脚の負担を減らし、さらに、スリップストリームを用いる事で空気抵抗をより効率良く最低限にまで抑える必勝走法。

 

 今の今までコンプレックスと思っていた私の小さな身体はこの走りを完成させるのに適した最高の身体だった。

 

 

「なっ…」

「…そんなっ! あそこから盛り返すなんて!」

 

 

 当然、一気に駆け上がってきた私を目の当たりにしたメジロドーベルさんやライスシャワー先輩達は度肝を抜かされたような表情を浮かべていた。

 

 四人を抜き去った私は一気に先頭に躍り出る。

 

 この勝負、貰った。

 

 気がつけば長い距離を駆けており、もう旅館までの距離もそんなに遠くはない。

 

 このまま押し切れば、私の勝ちは揺るがないだろう。少なくとも、この時はそう感じていた。

 

 まだ、レースでも見せた事が無いこの走りを使うことになったのは誤算だが、この面子相手に手加減など失礼に値する。

 

 だからこそ、私はこの走りを敢えて皆の前でまだ未完成ながらも披露したのだ。

 

 だが、その確信に至るのは早かった。

 

 そう、ただ一人、この場に居ないウマ娘が後方でその時を待っていたのである。

 

 

 その時とは、走っていた地面が土に変わるその瞬間。

 

 

 彼女は私が予想だにしていない死角から一気に加速して、すぐ横に現れた。

 

 

「気を抜くにはまだ早え、おらの本気ば見せみせでねぇべ」

 

 

 そう言って、地面がダートに入った途端、急加速で間合いを詰めてきたのは東北の英雄だった。

 

 メイセイオペラさん、その人である。

 

 海外のダートウマ娘に勝つべく、彼女もまたアンタレスに来てからというもの徹底的にダートでの走りを磨きに磨き上げて来た。

 

 全ては海外ウマ娘に勝つ為のトレーニング、その内容は私達が日頃行っているトレーニングのものと大差が無いほど過酷なものであった。

 

 チームアンタレスの中でもダートに関しては彼女の右に出る者は居ない。

 

 だからこそ、地面が変わったこの瞬間に彼女は勝負を仕掛けに来たのである。

 

 旅館までの距離はそこまで無い、慌てて私は必死になって隣に現れたメイセイオペラさんから逃れようと脚に力を入れる。

 

 だが、離れない、いや、むしろ間合いを詰めて来ているのはメイセイオペラさんの方だった。

 

 地方ダートでその名を轟かしたのは伊達ではない、地方だからといってレベルが低いわけでは無いのだ。

 

 時に、地方のレース場は怪物を作る事だってある。

 

 イナリワン、ハイセイコー、そして、芦毛の怪物オグリキャップ。

 

 彼女達の実力は地方で叩き上げられ昇華されたもの。

 

 メイセイオペラ先輩もダートを駆けるウマ娘として、英雄とまで言われている。

 

 強くないわけがなかった。そして、ダートで鍛えに鍛えられた彼女の脚は最早世界に挑戦できるほどの力強いものにまでなっている。

 

 一方、私や他の四人はメイセイオペラ先輩ほどダートの走り方には慣れていない。

 

 唯一、バンブーメモリー先輩くらいがダートの走行経験がそれなりにあるくらいだろうか、私達がそれぞれ力を出し尽くすまで、メイセイオペラ先輩は静かに待っていたのである。

 

 旅館まで残り僅か、私も力を振り絞ってメイセイオペラ先輩に追いつこうと足掻くがその差はだんだんと開いていく。

 

 旅館の前ではバスで移動し、先回りしているタキオン先輩とナカヤマフェスタ先輩が私達の到着を玄関先で待って居てくれていた。

 

 そして、最終的に旅館に一番乗りを果たしたウマ娘は…。

 

 

「おーっ! メイセイオペラが1着かぁ!」

「はぁ…はぁ…、ちょっとぎま耐えた甲斐があっだよ! まさか、おらが1着取れるたぁどでんしたわぁ」

 

 

 そう言って、メイセイオペラ先輩は晴れやかな笑みを浮かべて息を切らしながらナカヤマフェスタ先輩に告げる。

 

 とはいえ、メイセイオペラ先輩もこのメンバー相手に最後にダート路になったとはいえ、一杯だったようだ。

 

 最後の最後にメイセイオペラ先輩に差された私は思わず表情を険しくして、息を切らしながら歯を噛み締める。

 

 ただ単純に悔しかった。もうちょっとで勝てるところまでレースを運んでいけてたはずなのに。

 

 これが本番なら、これは目も当てられないだろう。

 

 トレーニングはたくさん積み上げてきたと思っていたのに、自分に何が足りなかったのか、それだけが自分の中で引っかかっていた。

 

 私はレースで負ける訳にはいかないのに、こんな風にメイセイオペラ先輩に最後に差されていたんじゃ次のG1レース、朝日杯FSも危うい。

 

 だが、そんな私の表情を見ていたタキオン先輩は飄々とした物腰で何事もなかったかのように肩をポンと叩いてくるとこう告げてくる。

 

 

「さ、丁度みんな良い汗を流したところだし温泉に入るとしよう、せっかくの旅行なんだしな」

 

 

 そう言って、優しく笑みを浮かべるタキオン先輩。

 

 息を切らしている私の側に同じように汗を流しながら肩で息をしているメジロドーベルさんが近寄ってくる。

 

 そして、汗を拭いながらメジロドーベルさんは満面の笑みを浮かべて私の手を掴むと旅館に足を踏み入れながらこう告げてきた

 

 

「さ、アフちゃん、つまんない事考えないで温泉行きましょう温泉!」

「?! ちょっとっ!? ドーベルさん!」

 

 

 メジロドーベルさんに手を引かれ先導されるようにして旅館に足を踏み入れる私の後を微笑ましく見守りながら後に続くアンタレスの皆さん。

 

 つまらない事とは失敬な! 負ければ悔しいのは当たり前ですっ!

 

 G1レースを控える私としては、例え旅館までの競争とはいえ見過ごせぬ敗北経験となりましたし、これでは姉弟子と義理母に合わす顔がありません。

 

 そう、ですから私としてはこの敗北を糧に更なる邁進をしてトレーニングを積まねばと思うに至りましてね。

 

 こんな風に温泉に浸かる暇があれば、坂路トレーニングをしなくてはと思う次第でして。

 

 

「はーい、アフちゃん背中流すわよー」

「あっ…! ちょっと…そこはっ…!…んっ…」

 

 

 という風な私の心情とは裏腹に、メジロドーベルさんから温泉に引きずり込まれた私は抵抗する間も無くこうして背中を流して頂いている真っ最中です。

 

 メジロドーベルさんが洗ってくれる手が何故だかいやらしいのは気のせいですかね? いや、気のせいな訳がない。

 

 確信犯ですね、間違いない、私の勘がそう言っています。

 

 そして、真面目に今の今まで私が話していた事はなんだったのか。

 

 せっかく、私が修羅ウーマンになり掛けていたというのに雰囲気ぶち壊しも良いところですよ本当に。

 

 

 しかし、お風呂好きの私は温泉という誘惑には勝てなかったようです(即堕ち)。


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