朝日杯当日。
私は首の骨をボキリ、ボキリと鳴らしながらナリタブライアン先輩のベッドから起きると朝日が差している窓を開ける。
日差しが眩しく差し込む中、いよいよ、今日、私のG1初挑戦がはじまるのだ。
緊張していないかと言われれば、正直、している。前日はよく眠れないだろうなと私も思っていました。
そう思ってはいたんですけど、ナリタブライアン先輩のハグと、身長差によって私の顔面を塞ぐような力強く押し付けられたおっぱいに窒息しかけ気を失ってしまいました。
まさか、あんな風に落とされるとは…たまげたなぁ…。おかげで熟睡できましたけど、というより気絶させられたというのがこの場合は正しいでしょうかね。
「よし! 今日は勝つぞ! …あ、ついでにですが、願掛けに寝てるヒシアマ姉さんのでも揉んで拝んでおきましょうかね、腹いせに」
そう独り言を呟く私は寝ているヒシアマ姉さんの豊満なそれをムニムニと二、三回ほど揉んでパンパンッ! と手を叩くと神社のお参りをするように拝む。
寝ているヒシアマ姉さんは『うーん…、寄るなぁ…カメハメ〜…』とか呟いてましたけどね、カメハメってなんでしょうかね?
まあ、大方、私は予想はついてますけども、有名人ですしね、あの方はいろんな意味で、キングですし。
さて、その後、私はひとまずジャージに着替えると、調整のためにレース場のコースを重石を手足につけたまま軽くランニングする。
正直、ガチでこれ付けたまま走ってラップタイムがどれくらいか見ておきたいのですが、そんなことをしては本末転倒しちゃうかもしれませんからね。
私がこの身体になって初めてのG1レースですし、やれることは全てやってはおきたいんですけど、そういうわけにもいきませんしね。
「はぁ…はぁ…、ふぅ…」
「…調子はどうだ? アフ?」
「ん…?」
すると、コースを走っていたところで聞き覚えのある声が掛かり、呼吸を整えていた私はそちらへと振り返る。
そこには、腕を組んだ制服姿のシンボリルドルフ生徒会長が微笑みながらこちらを見つめている姿があった。
私は照れ臭そうに頬を掻きながらコンディションを聞いてきたルドルフ会長にこう言葉を返す。
「えぇ…、特には問題は無いですかね」
「そうか、それなら良かった。オカさんからは話はよく聞いてるよ」
「そうでしたか…」
「あぁ、初のG1はやはり緊張するか?」
ニコリと笑みを浮かべて私に告げるルドルフ会長、どうやら、私の事はお見通しのようだ。
ルドルフ会長からそう言われた私は先程まで走っていたレース場を見つめると、ゆっくりとこう語り始める。
それは、私がこの朝日杯に向けて、どんな思いでトレーニングを積んできたのかという事だ。
「そうですね、それは緊張もしますよ。義理母との約束を果たさないといけないですし、私の夢を叶えたいという一心で今日という日を自分ができる精一杯のトレーニングを積んで待っていたんですから」
「そうか」
「えぇ、…いつも姉弟子の背中を見ていた私でしたけど、だけど、あの人と胸を張って並んで走りたいという気持ちは今でも変わりませんから」
そう言って、ルドルフ会長に微笑む私。
私のウマ娘としての人生は遠山厩舎から始まっている。私の走りは義理母から教わり、姉弟子の背中を追い続けるところから始まった。
今では魔王などと大層な名前を貰って、G1でもたくさんのファンのみんなが私の背中を押してくれている。
そして、アンタレスの仲間たちも私のために、私を支えてくれるために色んなことをしてくれた。
ーーーーーだから私は…。
◇
朝日杯が始まる。
さまざまな力自慢のウマ娘が集うG1レース、その中で私は静かに自分の勝負服に着替え、靴紐を静かに結んでいた。
チームリギル。
生徒会長、シンボリルドルフを始めとして、エルコンドルパサー先輩やマイラーの絶対王者タイキシャトル、シャドーロールの怪物、ナリタブライアン先輩という名だたるG1ウマ娘がこのチームには所属している。
そんな中、私がチームトレーナーのオハナさんから声をかけてもらったのはチームアンタレスにアフちゃんが所属を決めた少し後であった。
『…貴女がネオユニヴァースね、走りを見せてもらったけど、良い脚を持ってるわね、どう? ウチのチームに来ないかしら?』
『リギルにですか?』
『そうよ』
私はその言葉に思わず顔を顰めた。
なぜなら、私は知っていたからだ。チームリギルのチームトレーナーは本当はアンタレスに入ったアフトクラトラスをチームに入れたがっていた事を。
その気持ちはわかる。同期である私もアフちゃんの走りを目の当たりにしたことがあったが、あれは怪物じみた凄まじい走りだった。
同じ同期の中でもズバ抜けて強かったのだ。彼女の底知れぬ強さに私は驚かされた。
それだけではない、同じく同期であるゼンノロブロイの走りにも私は可能性を感じた。
こんなに強いウマ娘が二人もいる。そんな中でリギルのトレーナーが私に声をかけてくる理由が理解できなかった。
『…正直に話せば、ゼンノロブロイもアフトクラトラスもチームに入れるつもりだったんだけど、生憎、振られてしまってね』
『…なるほど、そのスペアというわけですか』
私はそのリギルのチームトレーナーの話に肩を竦めてほくそ笑んだ。
そう、私は二人のスペア、ようは代わりとしてチームに誘われたのだと、この時は思っていた。
冗談ではない、私にもプライドというものがあると、そんな理由で名門チームに入れられても微塵も嬉しいとは思わなかったし、入りたいとも思っていなかった。
だが、チームトレーナー、オハナさんから掛けられた言葉は私の予想を裏切るものだった。
『いいや、違う、私は「三人」とも私のチームに欲しかったのよ』
『…えっ?』
そう告げるオハナさんの言葉に私は目を丸くするしかなかった。
三人とも欲しかったと言われれば、そうなるのは当たり前だ。
来年のクラシックを戦う者達を三人も同じチームに欲しがる理由がわからなかった。しかし、オハナさんは私にこんな話をしてくれた。
『全員に外国人トレーナーをつけ、来年のクラシックは…フランス。そして、アフトクラトラスには日本のクラシック、欧州の大レース、ゼンノロブロイにはアイルランドで行われるレースへ挑戦させるつもりだったわ』
『…それは…』
『けど、それも今となっては夢物語ね…』
そう言って、肩を竦めるリギルのトレーナー。
彼女は私達全員に可能性を見て、そうさせたいと思ってくれていたのだ。世界へ挑戦させるという道を作ってくれようとしていた。
そして、オハナさんは私の手を握りしめて、真っ直ぐ目を見つめてこう言ってくれた。
『貴女には可能性がある。その可能性を私が引き出してあげるわ』
『可能…性…』
その言葉に私は心を打たれた。
それから、私がこのリギルに入る決定的な理由となったのはチームリギルのトレーナーの後ろから現れた一人のトレーニングトレーナーとの出会いだった。
彼は私の肩を力強くポンと叩くと笑みを浮かべこう言ってくれた。
『私も、アナタのチカラになります』
そう、それが、私のウマ娘としての人生を大きく左右する事になるミルさんとの出会いだった。
そして、今、私はある大きな壁に挑もうとしている。
同期であるアフトクラトラス、彼女との直接対決だ。
私は負ける気は無かった。そのためにチーム内でオーバーワークと言われてもそのトレーニングを止めることはしなかった。
トレーニングトレーナーもそんな私に付き合ってくれた。私を勝たせようと、海外で学んださまざまなウマ娘の走り方について教えてくれた。
だから、私はアフトクラトラスという強者を今日負かしてみせる、必ず。
◇
朝日杯のパドック。
さまざまなウマ娘がこの日のために鍛え抜いた身体をファンの前に披露する瞬間である。
観客席からは、来年のクラシックの中心になるであろう新星を見さだめるべく、皆がこぞって身を乗り出してその様子を見守っていた。
「えー、ではパドックの様子です。朝日杯を迎える事になりました。天気は曇り空ですが、芝は良好です」
残念ながら、今回の実況は毎度お馴染み、ブルーアイランドさんではなく、サンタクロースさんです。
最近では短距離実況バクシンオーという名前で呼ばれるそうですが、二つ名を持つなんてすごいですよね、本当、いろんな意味で(意味深)
さて、話を戻して、そんなパドックですが、早速盛り上がりを見せています。
「3枠5番、エイシンチャンプ」
エイシンチャンプちゃんの名前が呼ばれ、その身体をお披露目するチャンプちゃん。
観客席から驚いたような声が上がる。確かに鍛え抜かれた良い身体であった。これはレースにも期待が持てるだろう。
そう、それはあくまで私とネオちゃんがいなければの話だが。
「さて、3枠5番エイシンチャンプ、仕上がりは十分でしょうか、打倒アフトクラトラスを掲げて鍛えてきました。今回も意外性のある走りで魅せてくれるのか! 疾風のような走りに期待しましょう」
そう告げる実況の言葉に周りも期待感を膨らませる。
青が特徴のドレスのような上着にチューブトップ、丈が短いスカートの勝負服に赤い髪留めに長くて綺麗な鹿毛の髪。
会場はそんな彼女の姿を見てより一層盛り上がりを見せた。
そう、皆が期待しているのはヒールを倒すヒーローの姿なのだ。その点、私はかなりヒールだと思う、ヒールっぽくないと言われますけどね。
続いてはこちらも期待のウマ娘、サクラプレジデントちゃん、華々しく笑顔を振りまいての登場。
「1枠2番サクラプレジデント、こちらも今回の走りには大いに期待が持てるでしょう、要注意すべきはアフトクラトラスを始めとした三人と言われていましたが、冬の季節に咲くサクラ吹雪を我々に魅せてくれるやもしれません」
ピンクが特徴の綺麗な勝負服に身を包み、癖のあるショートの鹿毛の髪にピンク髪留めを付けたサクラプレジデントちゃんに観客席からは歓声が送られる。
こちらも期待のウマ娘、私を含めた三人が今日の主役だと言われているが、サクラプレジデントちゃんも十分な実力を兼ね備えている。油断はできない。
そして、いよいよ、朝日杯での2番人気を誇るウマ娘の登場。
会場はざわつき始め、そのウマ娘の登場を今か今かと待ちわびていた。
「さぁ、おまたせしました。打倒アフトクラトラスの大将格、踏みしめる脚は逞しくターフに映えます、海外のトレーニングトレーナーと共に鍛え抜かれたその身体、鹿毛の綺麗な長い髪と共に、その眼には闘志が揺れております4枠7番、ネオユニヴァースっ!」
その瞬間、会場はワッと揺れた。
鹿毛の綺麗な長い髪を黄色と黒のシュシュで束ねている超実力派のウマ娘、その勝負服は黄色のシャツに黒のパーカー、赤のスカートという格好であった。
その素質は今まさに開花しようとしている。
鍛え抜かれたその足に、闘志が溢れてでる眼からは気迫が前面に出ていた。
そして、いよいよ私の出番が回って来た。
「さて、皆さまおまたせしました。今日の朝日杯FS、1番人気の登場です。今やクラシック大本命とまで言われておりますその実力、歴代の中でも凄まじい強さで勝ち上がってきました。漆黒の魔王が、満を期して今、私達の目の前に降臨します。2枠4番アフトクラトラスですっ!」
私は会場に向けて脚を動かし、レースへと向かう。
そして、登場した私に先程まで、大盛り上がりをしていた会場の観客達は私の姿を見た瞬間に静まり返った。
漆黒のマントを身に纏った私に皆が釘付けになっている。
そして、レース場に脚を踏み入れた私はそのマントを勢いよく引き剥がすとそれを力強く片手で掲げた。
「マントを脱いだアフトクラトラスッ! マントをそのまま掲げておりますッ! 掲げてられているマントの裏生地には…っ!なんと…!」
そこに書かれていたのは、いや、私が書いたのは決意の表れだった。
そう、この先に向けた自分へのプレッシャーだ。
「王道制覇の四文字が書かれておりますッ! これは大それたデモンストレーションだッ!」
私のデモンストレーションに会場は一気に湧いた。やることが派手だねぇとかゴルシちゃんあたりに言われてそうですね。
まあ、記者さんたちにも美味しいでしょう? こういうのは、私ならいくらでもやってあげますとも。
そして、皆さんには私の勝負服の初披露ということになりますかね、いやー長かったですね、本当。
デモンストレーションを終えた私はマントを再び身に纏う
漆黒のマントの下は黒のノースリーブベストにへそ出しの白シャツと青のスカーフ、スカートは姉弟子が履いていた色違いの青が特徴のスカートです。鎖の付いたアクセサリーが付いています。
そして、皇帝っぽく青の手袋にマントの両肩には肩章が付いている。
これが私が義理母に作って貰った勝負服です。
肩章が付いてても、何というか、世紀末の肩パットにしか私見えないんですけど、気のせいですかね?
変なところに貴族性なんて出すから(悲しみ。
しかも、胸が自己主張激しいんでね、胸あたりもパッツンパッツンかもしれません、とは思ってたのですが、着た感じ、フィットしてますし、走る分にはなんら問題なさそうです。
勝負パンツもしっかり履いてきました(ドヤ顔。
「鍛え抜かれた身体ッ! 会場からは大歓声が上がっておりますッ! 普段とのギャップが激しいですがッその眼には闘志が満ち溢れております!魔王アフトクラトラスが今姿を見せましたッ!」
魔王という言葉に沸き起こる歓声、なんで1番人気なんか取れたのか私も不思議です。はい。
それに、コートに肩章付いてますけど肩パットにしか見えん、何ということだ。
登場した私を見た観客席はざわつき始める。まあ、私のこんな格好を見ればそうなるでしょうね。
馬子にも衣装とか言わないでください、聞こえてますからね。
パドックを終えてゲートに向かう私はゆっくりと待ち構える三人の目をジッと見据える。
ここからは、冗談抜きのガチンコ勝負だ。
私が今まで積み上げてきたものを全力でぶつけて勝負する、誰にも負けるつもりは無い。
こうして、パドックが無事に終わり、一同がゲートに集結する。
果たして、朝日杯を勝つのはどのウマ娘か、いよいよレース開始のファンファーレが鳴り響こうとしていた。