遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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謹賀新年 トレセン学園フルマラソン

 

 

 

 年が明けて、翌年元日。

 

 さて、私は現在このクソ寒い中、箱根の山の麓に来ています。

 

 あ、遅れましたが、皆さん、明けましておめでとうございます。

 

 さて、では話を戻しましょう、その理由はというと?

 

 

 まあ、毎年恒例行事であるウマ娘の駅伝レースですね。

 

 そのトレセン学園主催の駅伝に私が狩り出された訳ですが、当然、コースは上り坂のある第五区間です。

 

 坂路を何千と登っている私にしてみれば屁でもないコースなのですが、一言だけ、物申したい。

 

 もの凄く寒いです。私、寒いの苦手なんですよね…。

 

 

「なんで私がマラソンなんかに…」

「おいおい、頼むぜアフ? お前さんに私達のスイーツが掛かってるんだからな?」

「えー…」

 

 

 ナカヤマフェスタ先輩の説得に私はジト目を思わず向けます。

 

 今回のレースは通称、TTG駅伝という変わった形での催しものです。

 

 最終の第七区間では、『天馬』の異名を持つ、トウショウボーイ先輩、『流星の貴公子』ことテンポイント先輩、そして、『緑の刺客』グリーングラス先輩の三人がレースの締めを行います。

 

 どの先輩達も偉大なレジェンドばかりです、そんなレジェンドに手渡すタスキを私が運ぶなんて恐れ多いですよね。

 

 そして、肝心な私の対戦相手なのですけども、これまたヤバい人達なのです。

 

 私があまり走りに乗り気でないというのも、その事があるからですね。

 

 まず、この間、メジロドーベルさんと私が買い物に出かけた時のことを皆さんは覚えているでしょうか?

 

 その時に私が姉弟子に間違えて出会ったウマ娘が居ましたよね?

 

 そう、レースになると気性が一気に変わり、お気に入りのマスクことイケさんを振り落とすとリミッターが外れる怪物ウマ娘。

 

 綺麗な栗色の髪はまさにターフに映える事でしょう。

 

 別名、『金色の暴君』フランス語では『金細工師』の名を持つ若き天才。

 

 メジロ家の血を継承する未来を担う三冠ウマ娘候補、その名も、『オルフェーヴル』です。

 

 マスクを被り、一見して大人しそうに見えますが、見た目に騙されてはいけません、キレたらヤバイんです。

 

 

「…何…?」

「…いえいえ!? 何でもないですよー!? 今日は互いに楽しみましょう! ね!」

「…ん…」

 

 

 そう言って、オルフェーヴルちゃんは冷や汗を垂らしている私の言葉に静かに頷いて答えてくれます。

 

 はい、日常的には本当に大人しい娘だと思います。

 

 あと、良い娘です。私も娯楽とはいえど、まさか、この娘と走る事になるとは思いもしませんでした。

 

 そして、その反対側に私が視線を向けてみると…?

 

 

「…ふぅ…、よし…足の調子は良さそうね…」

 

 

 綺麗な鹿毛の髪をサラリと背後に靡かせ、軽くストレッチがてら、足を伸ばしている美人がそこに居ました。

 

 観た者を惹き付けるような綺麗な立ち姿。

 

 そして、吸い込まれるような水色の瞳の奥には静かに闘志が漲っています。

 

 瞳の輝きに衝撃を受け、また多くの人々に強い衝撃を与えるウマ娘になって欲しいという思いから彼女の名前は記憶に残るような名前となりました。

 

 

 別名、『英雄』

 

 

 走る姿はまるで羽を広げて羽ばたくように走る事から、天を駆けているようだと噂されている若き、三冠ウマ娘候補。

 

 その名は、『ディープインパクト』。

 

 そう、私と走る二人はトレセン学園始まって以来の秀才、天才と言われている三冠ウマ娘候補の二人なのです。

 

 あれ? 私は場違いなんじゃなかろうか?

 

 娯楽の意味を込めたこの催しなのですが、どうやら、それとは別に若いウマ娘の育成に関しても同時に行うことができるとトレセン学園の運営側が企画したメンバーらしいです。

 

 小柄な身体のディープインパクトちゃんはストレッチをしながら私の方をジッと見つめてきてます。

 

 ヤバイよ、ヤバイよー。

 

 何というか、運営側は何をもってして、このメンバーをこの配置に集めたのか本当に私は涙が出てきそうですよ。

 

 確かに、私もG1朝日杯を先日勝った実績はあります。

 

 ですが、今、私の横にいるディープインパクトちゃんもオルフェーヴルちゃんも、未だにG1レースを走っていないながらも、G1を勝った実力あるウマ娘を併走で蹴散らしたという話を私は耳にした事がありました。

 

 そんな、イケイケドンドンなウマ娘と私が走るとなると骨が折れるどころではありません。

 

 これ、娯楽の範囲やないで? ガチにやらなアカンやつやで?

 

 という具合に私は当日になって、レース相手を目の当たりにして戦慄するほかありませんでした。

 

 ディープインパクトとオルフェーヴルとマラソンして、先頭でタスキを繋げだなんて、どんだけ鬼畜なんでしょうね。

 

 ちなみに、レースメンバーの編成を弄っているのは生徒会の方々です。

 

 つまり、これは明らかにルドルフ会長とナリタブライアン先輩が仕組んだ組み合わせという事に他なりません。

 

 粉バナナ! 私を陥れるために仕組んだバナナ!

 

 今の季節はバナナよりみかんなんですけどね、話が逸れてしまいましたけども。

 

 という事で、私はこの二人と走らないといけません、これは、私も本気モードにならないといけないとダメかもしれませんね。

 

 しばらくして、どうやって私がペース配分をしようかと考えていた矢先でした。

 

 

「…こうして、お話するのは初めてかしら…アフトクラトラス先輩…?」

「…ん…、そうですね…貴女は」

「ディープインパクトです。先輩」

 

 

 そう言って、柔らかな表情を浮かべ、私に話しかけてくる綺麗な鹿毛の美人ウマ娘、ディープインパクト。

 

 互いに話には聞いてはいたが、オルフェーヴルちゃんを含めて私達は初対面だ。

 

 しばらく、ディープインパクトと目を見つめ合っていた私は名乗ってきた彼女に静かに口を開く。

 

 

「貴女が『英雄』と言われている事は存じていますよ、名前もね」

「…そうでしたか」

「えぇ、オルフェーヴルちゃんも、2度ほどお会いしましたものね」

「…そうだったか…?」

「えぇ、ショッピングモールと売店で」

 

 

 そう私が告げるとオルフェーヴルちゃんはしばらく考えた後、おぉ! と声を零し、思い出したのか納得したように手をポンと叩く。

 

 あの時の出来事は私は忘れもしません、とはいえ、姉弟子の姿があの時、たまたま重なってしまっただけなんですけれども。

 

 私はそんなオルフェーヴルちゃんの反応を見て思わず笑みを浮かべたまま、こう話を続ける。

 

 

「まぁ、なんにせよ、私は貴女達に前を譲るつもりはありませんけどね」

「!? …、随分な自信ですね」

「…私の前を走るってのか?」

「えぇ、そう言ったんです、私は生憎と負けず嫌いな性格でしてね、貴女達もそうじゃないですか?」

 

 

 私は挑発的な口調で煽るようにして彼女達に告げる。

 

 負けるつもりはない、これはウマ娘として、何より、私としての積み重ねてきた様々な思いを胸に抱いての言葉だ。

 

 これは、私からの挑戦状である。

 

 二人の実力がどれくらいのものかは私も判断しかねるが、二人が三冠ウマ娘になれるだけのポテンシャルを秘めている怪物という点においては間違いないだろう、ならば、全力で挑ませてもらわなくてはいけない。

 

 すると、ディープインパクトちゃんは何がおかしかったのかクスクスと笑顔を浮かべて、私にグイッと間合いを詰めてくるとこう告げ始める。

 

 

「相変わらず面白い人ね、貴女は…」

「…む…な、なんですか」

「『魔王』と『英雄』だなんて、よく出来た話だとは思わないかしら?」

 

 

 そう言って、色っぽく私の耳元で囁くようにして呟いてくるディープインパクトちゃん。

 

 この娘、私がなんと呼ばれているかわかっている上で煽ってきてますね。

 

 RPGではよくある話で魔王を倒すために英雄が立ち上がるという話、なるほど、私がつまりはその魔王だと言いたいという事なんでしょうかね。

 

 すると、オルフェーヴルちゃんはそんな私とディープインパクトちゃんの間を仲裁するように入ると付けていたマスクを外す。

 

 そして、人が変わったような凶暴な眼差しを見せつけてくると、先ほどの大人しそうな一面とは裏腹に刺々しい彼女の変貌ぶりが露わになった。

 

 

「なぁ、二人で話を勝手に進めてんじゃねーぞ、おい。私の前を走ろうなんて身の程知らずなんだよ」

「なんですって?」

「聞こえなかったか? 英雄様、私の前を走るなんて身の程を弁えてねぇって言ってんだ」

 

 

 そう言って、凶暴性のある表情を露わにするオルフェーヴルに対して、不機嫌そうに彼女を睨みつけるディープインパクト。

 

 私との間を邪魔するなとばかりにディープインパクトちゃんは目の前のオルフェーヴルちゃんに対して一歩も引こうとはしません。

 

 互いに負けず嫌いなのかもしれませんね。

 

 すると、オルフェーヴルちゃんは私の方にも鋭い眼光を向けてきます。

 

 

「あんたもだ。アフト……なんちゃら

「覚えてないんですね、名前呼びにくいならアフちゃんでいいですよ」

 

 

 私の名前を覚えてらっしゃらないオルフェーヴルちゃんにそう告げる私。

 

 名前呼びにくいですもんね! えぇ! 分かりますよ!(涙目)。

 

 別に悔しくなんてないですとも、というより以前、特攻服を売ってあげたのに何故覚えていないのか。

 

 はっ! まさか、私のキャラが薄いのでは!

 

 これは、濃くしなくては(使命感)。

 

 濃くした結果ルドルフ会長から怒られるのは目に見えて分かりますけどね。

 

 ため息を吐く私は肩を竦めながら、二人に告げる。

 

 

「まあ、今回はエンタメ色が強いですし、公式戦でもありませんからね、気楽にやりましょう」

「……そう…、でも私は貴女に負けたくないわ」

「同感だ。こんなちっちゃいちんちくりんな奴に負けたくねーな」

「…一応、先輩なんですよ? 君達? ん? ぶっ飛ばしますよ? 誰がちんちくりんじゃコラァ!」

「どうどう! 落ち着けアフ!」

 

 

 そう言って、私が飛びかかろうとした途端に後ろから苦笑いを浮かべたナカヤマフェスタ先輩が羽交い締めしてくる。

 

 もう許さん! 死ぬか!消えるか!!土下座してでも生き延びるのか!! 選べい!!

 

 アフちゃんデストロイヤーかましてやる! 先輩としての威厳を見せんばあかんのじゃー! 離せい!

 

 私がこんな風にぷんすこ怒っている最中、ナカヤマフェスタ先輩はオルフェーヴルに対してこう告げ始める。

 

 

「義理の妹ながら、相変わらず、マスク外すと癖の強い奴だな、お前は」

「余計なお世話だ、クソ姉貴!」

「はぁ、とりあえず、お前はマスクを着けろマスクを」

 

 

 そう言って私の羽交い締めを解いたナカヤマフェスタ先輩はため息を吐くとオルフェーヴルが振り落とした、イケさんというマスクを拾うとそれをオルフェーヴルに着けてやる。

 

 すると、先ほどの凶暴性はどこへやら、目元がトロンとしたオルフェーヴルは落ち着いた物腰に変わり、その口調もやんわりしたものへと変わる。

 

 

「…世話をかけた…ありがとう」

「ウッソだろお前ッ!?」

 

 

 そのあまりの変貌振りに私もこの反応である。

 

 先ほどまで、中指立てるほど荒ぶっていたにも関わらず、この落ち着きようである。腑に落ちな過ぎて涙が出ますよ。

 

 そして、そんな声を上げている私と、マスクを装着したオルフェーヴルちゃんは何故か無言の握手とハグをしてきました。

 

 これはどう反応すれば良いのか、まるでわけがわからんぞ!?

 

 イケさんを外してはいけない(戒め)。

 

 さて、そんな最中、ディープインパクトちゃんは私を見つめたまま笑みを浮かべるとゆっくりと語り始める。

 

 

「私は貴女の実力は認めているわ、貴女と走る機会は来年になりそうだけれど、私は貴女と今日、走る事が出来て嬉しいの」

「…今更言っても遅いです、私はもうぷんぷん丸です」

「ふふふ、本当よ、…それじゃ互いに悔いが無い走りをしましょう」

 

 

 そう告げるディープインパクトちゃんは踵を返すと私に背を向け、歩き去ってゆく、その立ち去る姿も綺麗で様になっていました。

 

 でもなんか、後ろ姿から彼女の様子を見ているとどうにも悦に浸っているようにも見えるんですよねー、気のせいでしょうかね?

 

 とはいえ、私はこのオルフェーヴルとディープインパクトを相手にして、次の走者にタスキを繋がなくてはいけませんからね、気を引き締めてないと間違いなくやられます。

 

 現在、第3区間ではアグネスタキオン先輩とフジキセキ先輩、ウオッカちゃんがしのぎを削りあっています。

 

 奇しくも、リギル、スピカ、アンタレスの三チームですね。

 

 いやー、今更ながらやっぱりおかしいと思いますねー。

 

 ナリタブライアン先輩やシンボリルドルフ会長、テイオーちゃんやスペ先輩、スズカ先輩、グラスワンダー先輩やエルコンドルパサー先輩などのチーム所属のウマ娘を出すなら分かります。

 

 ディープインパクトちゃんもオルフェーヴルちゃんもどこのチームですらないというね?

 

 しかも、まだ、公式戦走ってないのではないでしょうか?

 

 インチキッ…! 助っ人インチキッ…! ノーカンッ! ノーカンッ!

 

 まあ、有能なウマ娘を育てるという名目は分からなくは無いですけども。

 

 私より適任がいると思うんですよね、クライ一族とか、特に良いんじゃ無いですかね?(ゲス顔)。

 

 

「さあ! 第3区から今、第4区にタスキが渡りました! 先頭はサイレンススズカ! ちょっと遅れてグラスワンダー! メジロドーベルと続きます!」

 

 

 …あ、これ、あかん奴や。

 

 待ってくだちい、第5区に入るまでに先頭取ってないと、私、ディープインパクトちゃんとオルフェーヴルちゃんを差さないといけなくなるんですけど?

 

 待って! それはいくらなんでも私でも無理や!

 

 この二人とも半端ないって! だってめっちゃ二人とも加速すんもん! そんなんできひんやん普通! できるなら言っといて…、いや、この場合言わなくても分かりますね、はい。

 

 第4区のウマ娘ももうしばらくしたら姿が見えてくる事でしょう。

 

 さて、私もそろそろ走る準備をしなくてはなりませんね。

 

 クラウチングスタートでロケットスタートしなきゃ(使命感)。

 

 私は準備を整えて、手足に付けている重石をガチャリガチャリと外すと、地面に投げます。

 

 そして、重石で陥没する地面を他所に準備体操、腰、脚、腕を重点的に伸ばして、軽く汗を流し、体勢を整えます。

 

 コースには既に気合いが入ったオルフェーヴルちゃんとディープインパクトちゃん二人の姿がありました。

 

 私は彼女達に並ぶようにして、体勢を低くしたまま一人だけクラウチングスタートの構えを取ります。

 

 そして、背後からだんだんと聞こえてくる無数の足音。

 

 いよいよ、TTG駅伝激戦の第5区の火蓋が切って落とされようとしていました。


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