遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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運命の第5区間

 

 

 

 運命の第5区間。

 

 私はクラウチングスタートの姿勢から背後から迫り来るメジロドーベルさんからタスキが渡るのを静かに待つ。

 

 相手がサイレンススズカ先輩にグラスワンダー先輩となると、これはメジロドーベルさんでも苦戦するのは致し方ないだろう。

 

 最悪なシナリオとはなってしまいましたが、これはこれで戦いようはあります。

 

 ディープインパクトちゃんとオルフェーヴルちゃん相手にやるだけのことをやるだけですからね、私は。

 

 

「今! サイレンススズカからオルフェーヴルにタスキが手渡されました! 続いてグラスワンダーからタスキを受け取ったディープインパクトが今スタートを切りました!」

 

 

 ビュンと風を切る音と共に凄まじいスタートダッシュを切る二人。

 

 やはり、速い、私は思わず目を細めその後ろ姿を静かに見守ります。

 

 確かに差は多少はついてしまうでしょう、その事はもう覚悟済みです。私は少し遅れてやってきたメジロドーベルさんからタスキを受け取ります。

 

 

「ごめんなさい! アフちゃん! 少し遅くなったわ!」

「…大丈夫、すぐに追いつきます」

「…えっ?」

 

 

 タスキを受け取る私の返答に目を丸くするメジロドーベルさん。

 

 タスキを受け取った私は腰を低く落として、身体全体の筋力とバネを使って、勢いよくバンッとスタートを切ります。

 

 これには、会場も大盛り上がり、実況席に座るアナウンサーは声を張り上げる。

 

 

「アフトクラトラス凄まじいスタートダッシュだぁ! 何という速さでしょうか! 出遅れのはずがもうすぐに二人に並んでしまいましたぁ!」

 

 

 私のスタートダッシュの速さに舌を巻くアナウンサーさん。

 

 しかしながら、当然でしょう。私は今まで新走法の完成だけにトレーニングを費やしていた訳ではありません。

 

 それこそ、身体に重石を付け、地獄のようなトレーニングを己に課してきました。

 

 特に私の持ち味である先行型に必要なスタートなら有り得ない数の回数を行なってきています。

 

 そして、坂路の道ならば、私の力は十二分に発揮できるという訳です。

 

 

「スパルタの皇帝! 本領発揮かっ! グングン坂を駆け上がる! 脚色は衰えません! それどころか生き生きしているように見えます!」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子と越えてきた坂に比べれば、なんと簡単な坂路だろうか。

 

 ディープインパクトちゃんとオルフェーヴルちゃんを横目に出遅れた筈の私はあっという間にリードを取る事に成功しました。

 

 先行は取れた、あとは最後に貯めている脚を一気に解放して爆走するだけです。

 

 

「…ハァ…ハァ…、やっぱり凄いわね…」

「……ぐっ…」

 

 

 私の走りに二人は思わず顔を顰めていました。

 

 彼女達にもプライドがあります。坂路とはいえど、私に抜かれた事が癪に触るのも致し方ないというもの。

 

 私は後ろを一瞬だけ確認しつつも、すぐに前に向き直り第5区間の山坂道を黙々と駆け上がってゆく。

 

 平地なら本当にヤバかったかもわかりませんね、ですが、坂路である以上は私の領域です。

 

 

「先行をぶん取る形で前に行きますアフトクラトラス! さあ、坂もいよいよ終わりに差し掛かります」

 

 

 そして、坂の下り、普通なら加速をするべきではなく、脚を温存しながら気をつけて走るべきはこの下りなのです。

 

 登りは確かにキツイですが、本来、足に負荷が掛かるのはこの下り坂、ここをどう捌くかが、勝負の分かれ目と言っていいでしょう。

 

 その点において私は問題はありません、熟知していますので、問題は後ろを走る二人ですが…。

 

 

「……ハァ…ハァ…」

「フッ……フッ……」

 

 

 二人ともやはり、素晴らしいウマ娘ですね。

 

 天性の才能とは恐ろしいものです。下り坂、私との差を一気に詰めれるチャンスと捉えずにしっかりと控えてきました。

 

 本来ならどちらかにこの下り坂で脚を消耗して欲しかったところでしたけれど、これは、最後の平地が勝負どころになりそうですね。

 

 実況アナウンサーは冷静な言葉遣いでそんな私達の駆け引きを実況してくださいます。

 

 

「さぁ、冷静にアフトクラトラスとの間を取る後続二人、下りでは仕掛けようとはしません」

 

 

 私は二人を警戒しつつも、下り坂を先頭で走ります。

 

 そして、下り坂も終わり、平地に脚を踏み入れた私はそのままのスピードを保ったまま、第6区間に待ち構えているナリタブライアン先輩に向けて駆けます。

 

 なんとしてもこのタスキは先頭で渡しておきたいところ、ナリタブライアン先輩は今回、特別にミホノブルボン先輩の代わりにランナーを受けてくださったんですから。

 

 その恩義に報いらなければなりませんからね。

 

 私がそんな事を考えている中、第6区間ではそのナリタブライアン先輩と早くも火花を散らしている先輩が居ました。

 

 そう、ディープインパクトちゃんからタスキを受け取る予定のウマ娘。

 

 皇帝、シンボリルドルフ生徒会長です。

 

 

「ブライアン、まさか、お前とこうして走る事になるとはな」

「フッ…WDTの雪辱戦か?」

「…ふふ、まあ、そんなところか、どちらにしろ楽しみだよ」

 

 

 他愛のない話をしながら笑みを浮かべる二人。

 

 そんな二人に対し、フワリと黒毛の髪を揺らして現れるもう一人のランナー。

 

 雰囲気、威圧感共に引けを取らないカリスマ性を兼ね備えている彼女は

 

 二人の間に割って入る彼女は静かにこう告げる。

 

 

「意気込むのは結構だが、二人とも、今回は私が勝たせてもらうよ」

「…まさか、お前さんが出てくるとは思っていなかったよ」

「来年、やり合うウマ娘のランを間近で見ておきたいと思うのは自然なことでしょう? 生徒会長殿」

「相変わらずだなお前は…シンボリクリスエス」

 

 

 そう言って、シンボリルドルフ生徒会長は肩を竦め苦笑いを浮かべる。

 

 シンボリルドルフ生徒会長と同じく、シンボリの名を冠するウマ娘。

 

 長い黒鹿毛の髪を緑と白のピンで留めて、スラリとした長くて美しい脚線美に鍛えられたグラマラスな身体、勝気な目つきの綺麗な美人。

 

 それが、二人に引けをとらない圧倒的な雰囲気と威圧感を醸し出す黒鹿毛の怪物、シンボリクリスエスその人である。

 

 本来史実なら、G1レース4勝、天皇賞、有馬記念も制した実績とポテンシャルを併せ持つ彼女は紛れもなくルドルフ会長やナリタブライアン先輩とも引けを取らない実力者だ。

 

 そして、彼女は今年、あるウマ娘に対し、注目をしていた。

 

 それは、去年の朝日杯FSを制した超新星である青鹿毛のウマ娘、スパルタの皇帝という名を冠する彼女との戦いをシンボリクリスエスは覚悟していたのだ。

 

 その名は、アフトクラトラス。

 

 普段は愛らしさと無邪気さを垣間見せているそのウマ娘の本気となった実力をシンボリクリスエスは目の当たりにした。

 

 だからこそ、今回、この駅伝レースに参加したのである。

 

 それは、アフトクラトラスの実力をその目で改めて見極めるためでもあった。

 

 

「アフの奴は強いぞ? クリスエス」

「ふふっ…重々承知よ、そんなこと」

「愚問だったか」

 

 

 そう言って肩を竦めるナリタブライアン。

 

 今、第5区を走っているウマ娘達は、とてつもない実力を秘めた三冠候補達だ。

 

 そのことを考えれば、クリスエスとて、アフトクラトラスの実力を見誤ろう筈がない。

 

 そして、そんな三冠ウマ娘候補である彼女達がやってくる最後の直線に3人は視線を向ける。

 

 アナウンサーもいよいよ最後の第5区間の直線に差し掛かる場面にテンションを上げて声を荒げていた。

 

 

「さぁ! 最後の直線に差し掛かって先頭はアフトクラトラス! アフトクラトラスです! 今、姿が見えました!」

 

 

 そう、先頭は依然変わりなく私だ。

 

 だが、私もこの時ばかりは余裕が無かった。何故なら、背後から迫り来る二人の姿を背中で感じていたからだ。

 

 そして、この直線に入って、彼女達がその実力の真価を見せてくるだろうと私は予見していた。

 

 私の背後から追走するディープインパクトは微かな笑みを浮かべると静かに身体を前屈みにしはじめる。

 

 

「やはり強いですね…、アフトクラトラス先輩。ですが…」

 

 

 前屈みになったディープインパクトは真っ直ぐに私の背中を捉えていた。

 

 それは、彼女が得意とする走り方の構え、腕を広げ、風を切る彼女本来の走りだ。

 

 そして、ディープインパクトは次の瞬間、信じられないような末脚を炸裂させて、一気に加速する。

 

 

「…”勝つ”のは私です」

 

 

 まるで、空を飛翔するかのように腕を背後に流し、本領を発揮して一気に私との差を詰めてくるディープインパクト。

 

 これには会場も大盛り上がり、実況アナウンサーはバン! と机を叩くと前のめりに声を張り上げる。

 

 

「ディープインパクト! ディープインパクトが、今、翼を広げました! 凄まじい速さで追い上げていく! お…、だが…?」

 

 

 実況アナウンサーは同じく、私をディープインパクトと共に追走していたオルフェーヴルに視線を向ける。

 

 何やら、先ほどと彼女の異なっている様子に違和感を感じているようであった。

 

 それもそのはず、先ほど、ディープインパクトと共に並ぶ形で走っていた筈の彼女の口元、そこには…。

 

 

「テメェだけ行かせるわけねェだろうがァ!」

 

 

 彼女のお気に入りのマスクのイケさん姿が無かったのだから。

 

 ディープインパクトが一気に加速した影響を受けておそらくは外れたのだろう。

 

 マスクという箍が外れた彼女の狂暴性が、レースという環境の中で一気に爆発する。

 

 翼を広げたディープインパクトに一気に並ぶように地面を蹴り上げグングンと加速するオルフェーヴルの末脚は驚異の一言であった。

 

 

「金色の暴君! ここで参戦ッ! ディープインパクトと共に風を切り裂き! 先頭を走るアフトクラトラスに襲いかかる!」

 

 

 力強く駆ける彼女達は一気に私との差を詰めてくると共にそのまま追い抜かんとする。

 

 だが、私とて、その事を予想していなかった訳ではない、二人が一気にやってきた今、私もまた本気を出さざる得ない。

 

 そう、編み出した私の新走法、私は生憎と負けず嫌いな性格でしてね、彼女達にみすみす勝ちを譲る気は更々ないんですよ。

 

 姿勢を低くし、体勢を整える私の姿に実況アナウンサーは声を張り上げる

 

 

「おっと!アフトクラトラス!ここで身体を低く保ちました!…これは間違いありません!」

 

 

 姿勢を低く保った私はそのまま前のめりになるように地面を這うようにして一気に加速する。

 

 末脚を炸裂させるのはディープインパクトやオルフェーヴルだけの特技ではありません。

 

 私もまた持っているんですよ、姉弟子や義理母仕込みの一気に爆発する脚をね。

 

 

「青き魔王! ここに降臨! スパルタの皇帝が英雄と悪魔を迎え撃たんと今、その底力を発揮致しました! 」

 

 

 アナウンサーの実況もここに来て更に会場を盛り上げようと感情を込めて声を上げる。

 

 地を這う魔王と、天を飛ぶ英雄。

 

 そして、爆速暴君と金色の暴君。

 

 皆が見たかった光景がそこにはあった。凄まじい三冠ウマ娘候補である3人の戦いを見て、誰しもが思う。

 

 この駅伝レースは娯楽という範疇を超えて、伝説的な光景でないかと。

 

 

「魔王と英雄ッ! そして、暴君対決ッ! さぁ来た! さぁ来た! 果たしてどのウマ娘が勝つのでしょうか!」

 

 

 私の隣に二人が並ぶ。

 

 一糸乱れず、一直線に並んだ私達は誰も先頭を譲ろうとはしない。

 

 それは、それぞれのプライドが許さなかった。

 

 私達の誰もが勝利を欲している。強いウマ娘にただ勝ちたいという欲求に飢えている。

 

 飢餓感をそれぞれ抱いた私達の勝負は互いに一歩も譲らない激闘となるのは目に見えて明らかであった。

 

 

「三人とも譲らないッ! 譲りませんッ! 速い速い速いッ! 何という速さでしょうか! 大接戦だ! 大接戦ッ! 大接戦ッ!ドゴーンッ!」

 

 

 そして、私達はなだれ込むようにしてゴールに突っ込む。

 

 同時の入り、これにはアナウンサーもなんと言って良いか分からず、テンションを上げすぎたせいで語彙力を失ってしまったようだ。

 

 そして、私達は持っていたタスキを第6区間のルドルフ会長達にほぼ同時のタイミングで手渡す事になった。

 

 なったのですが、私の方は少々、おかしな事になっていまして…。

 

 

「よしこい! アフ!」

「ちょっ…!? なんで抱きしめる構えなんですかぁ!?」

 

 

 両手を広げて待ち構えているナリタブライアン先輩に私は思わず突っ込みを入れる。

 

 なんでや! 走る体勢で受け取るやろ!

 

 普通は違います、ルドルフ会長達をみてください、走る構えを取っているでしょう?

 

 何故に抱き留めようと思ったのかは謎なのですが、私はそのままナリタブライアン先輩の胸元に突進する形で抱きとめられました。

 

 そして、せっかく同着で着いたのもつかの間、走り出したルドルフ会長達との差が開いてしまいました。

 

 抱きとめられた私は背中をバン! とブライアン先輩から叩かれると笑みを浮かべてこう告げられる。

 

 

「後は任せろ!」

「ハァ…ハァ…、い、いいからはよスタートしてくださひ…」

「応っ!」

 

 

 そして、私からタスキを受け取ったナリタブライアン先輩はサムズアップして走り始める。

 

 まぁ、ナリタブライアン先輩の走りは差しだからスタート関係ないといえばそうなんでしょうけどね!

 

 いや、それでもおかしい!

 

 せっかく私が同着で入ったのに! 意味がないでしょうが!? 相手見てくださいよ! ルドルフ会長と…あれは…。

 

 

「ハァ…ゼェ…あれは…、まさか…、シンボリ…クリスエス先輩…」

 

 

 駆け出していく背中を見て私は思わず声を零す。

 

 見間違うあろう筈がない、あの後ろ姿は間違いなくそうだろう。

 

 黒鹿毛の綺麗で艶のある髪、そして、あの髪留めを見ればわかる。

 

 走り出した彼女はこちらを少し振り返って、私の方に視線を向けると笑みを浮かべていたように見えた。

 

 私はその時思わず察した。

 

 

「くそっ…しまった…っ!」

 

 

 なるほど、見られていたわけだ、さっきの二人とのレースを。

 

 思わず、感情的に声に出してしまった私は顔をしかめる。

 

 彼女のその笑みの意味を察してしまい、私はこのレースで本気を出した事を内心、後悔する。

 

 己の手の内を彼女の目前で晒してしまった。

 

 来年、いずれ、なんらかの形でぶつかるであろうウマ娘、その彼女に私は全力を見せてしまった。

 

 だが、私は二人の怪物との激闘の影響で息を切らしながら、中腰で駆ける彼女の背中を見つめる事しか出来なかった。

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