遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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合同トレーニング

 

 

 

 私のデビュー戦からしばらくして。

 

 私はいつものように先輩達と共に元気よく今日も今日とて坂路を駆け上がっていた。

 

 この時にはもう坂路にもすっかりと慣れてしまい、ミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩についていけるまでに成長していた。

 

 とはいえ、普通にできるようになれば、更にきつい練習が上乗せされていくので、身体の方はいつもボロボロである。

 

 それと、一つ、私の周りで変化があった。

 

 それは、以前、話していたチームリギル所属の二人の先輩がこのサイボーグ専用坂路で共にトレーニングをしていることである。

 

 

「…かはっ…! も、もうだめだ…、キツい、キツすぎるぞこれっ!」

「…足が震えて…、力が…」

 

 

 エアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩。

 

 この二人が、私達の地獄のトレーニングに付き合う事になったのだ。

 

 とはいえ、練習量は以前よりもだいぶ減らしている。それは、リギルのチームトレーナーであるオハナさんからの進言からだった。

 

 以前の私達ならば、遠山厩舎式、軍隊トレーニングという名目で莫大な量の筋力トレーニングと坂路上がり、追い込みトレーニングを行っていたのだが、その、リギルのトレーナーのオハナさん、そして、私達の義理母、特別トレーニングトレーナーのマトさんを含めて話し合った結果、より、効率よく、さらにウマ娘に負担を強いないトレーニング法を考えついたのである。

 

 つまり、サイボーグ専用坂路をこなす本数はかなり減ったのだが、その坂路を走る練習法を変えた事により以前よりも遥かに筋肉に負荷がかかり、強烈にキツい練習メニューと化してしまったのだ。

 

 私やミホノブルボン先輩、ライスシャワー先輩は以前から莫大な坂路トレーニング、筋力トレーニング、追い込みを積んできた甲斐があり、順応にはさほど時間はかからなかった。

 

 だが、チームリギルのこの二人は別である。普段からやっているトレーニングとは桁外れなそのキツさに足が思うように動かないでいた。

 

 しかし、それでも、あの二人の持つ豪脚や走りは天性のものだと実感させられた。

 

 坂路で併走していれば、よくわかる。

 

 ヒシアマゾン先輩は追い込みから一気に捲る凄まじい伸び脚を兼ね備え、そして、ダイナカールの娘であるエアグルーヴ先輩は気概とその秘めたるプライドで食らいつくような鋭い差し足の片鱗を時折、チラつかせていた。

 

 さすがはG1ウマ娘を数多く抱えている名門チーム、リギルだけのことはある。

 

 そんな彼女達の姿を観察していたライスシャワー先輩と私はその二人のトレーニングを坂路を駆け上がりながら分析していた。

 

 

「どう思います? あの走り」

「差し足ならエアグルーヴ先輩のあの走りは驚異的だと思うわ…、ヒシアマゾン先輩の方は…粗があるけれど、爆発的な伸び足があって怖いですね…」

「やっぱり、ライスシャワー先輩もそう思われましたか…」

「私なら…、二人の背後にピッタリマークして伸び切ったところを刺しにいくかな…、もちろん、相手の調子を見てから決めるけど」

 

 

 そう言って、ライスシャワー先輩はニコリと微笑み、私に向かってさらりと怖い事を言ってのける。

 

 正直、ライスシャワー先輩の走りは完全なるヒットマンスタイルである。こうと決めた相手をピッタリとマークし、最後の最後で仕留めにかかる戦い方を好む先輩だ。

 

 そして、彼女についたあだ名が淀の刺客。

 

 彼女の必殺仕事人ぶりは人気上位のウマ娘を背後から襲う死神として、恐怖の対象とされている。

 

 そして、その事が彼女に対するファンの風当たりの強さの原因でもあった。

 

 嫌われ者と本人が口から言っているのはその自分の走りの本質を彼女自身が自覚しているからである。

 

 だが、私はそんな彼女の走りに対して敬意を持っていた。それは、同期であるミホノブルボン先輩も同じである。

 

 私はそんな彼女の言葉にこう話をしはじめる。

 

 

「次のスプリングステークスは、ミホノブルボン先輩をやはりマークですか?」

「そうしようかとは思っているけれど…、距離がね…、もしかしたら苦戦するかもしれないわ」

 

 

 私の言葉にライスシャワー先輩は困ったような顔をしながら笑みを浮かべていた。

 

 そう、スプリングステークスは1800m、ライスシャワー先輩の土俵とは言い難いギリギリの適正距離レースなのである。

 

 では何故、わざわざ、そんなスプリングステークスを選んだのかは、もう言うまでもないだろう。

 

 ライスシャワー先輩にとってみれば、ミホノブルボン先輩は同室の仲間であり、同時にクラシックを戦う同期になる。

 

 それは、目に見えて強いライバルが目の前にいるという事。ライスシャワー先輩にとって、ミホノブルボン先輩は仲間であり、親友であり、そして、越えるべきライバルなのだ。

 

 ならば、距離に不安があっても、彼女と走りたいと思うのは何も不思議な事ではない。

 

 ただ、ライスシャワー先輩が言っている通り、苦戦は強いられることにはなるだろう。

 

 坂路をひたすら駆け上がるヒシアマゾン先輩とエアグルーヴ先輩に対して、チームリギルのトレーナーであるオハナさんの檄が飛んでいる。

 

 チームの統括をしている以上、彼女もまた、愛情を持ってウマ娘達に接しているのだ。

 

 

「だらしがないぞ! お前達! もっと力強く駆け上がれるだろう!」

「はい…っ! …はぁ…はぁ…」

「キツさからかフォームが崩れかけながら走るから、無駄にスタミナを坂に取られてるんだ。ミホノブルボンの走り方を参考にしろ、あれの走り方が坂路を幾千も積み重ねた理想的な走り方だ」

 

 

 そう言って、チームリギルのトレーナーであるオハナさんは坂路を爆速して駆け上がるミホノブルボン先輩を指しながら告げる。

 

 いや、確かにそうだが、多分、あのフォームが完全に完成するのはそれこそ、馬鹿げた数字の本数を坂路でこなしたからこそ出来る芸当である。

 

 しかしながら、確かにオハナさんが話す通り、このサイボーグ専用坂路を攻略する足がかり程度にはなることは間違いはない。

 

 坂路の申し子と言われた先輩だからこその芸当、それを少しでも参考に二人ができればいいなとは思う。

 

 その分私も盗ませてもらうがな! ひゃっはー!

 

 直一気、殿一気、大外一気、自在差し、馬群割り、二の脚、スタートダッシュから4角先頭の取り方、二枚腰にスローペースからハイペースのこなし方、大まくりから接戦の制しかたまで、学べるものを全部学んでやる!

 

 私に足りないもの、それは経験だ。

 

 クラシックは来年、だからこそ、そこに向けもう私は動き出す。

 

 そして、クラシックを制した後は天皇賞、ジャパンC、有馬記念。

 

 それらを全て制したら、翌年からは欧州に活躍の場を移し戦うのだ。

 

 途方もない目標だが、これを達成するにはライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩を倒さなくてはならない。

 

 そう、彼女達を倒すのはこの私だ。

 

 そんな覚悟を内に秘めつつ、私は過酷なトレーニングでズタボロになりつつあったエアグルーヴ先輩に近寄るとこんな話を持ちかけはじめる。

 

 

「エアグルーヴ先輩、足動かないなら私がお尻をマッサージしてあげましょうか?」

「…なっ…! お、お尻だと!? お前! 私の尻をどうする気だ!」

「まあ、正確には足の付け根部分ですが、激しく走ったせいで炎症起こすのを防がないとなと思いまして」

 

 

 そう言って、お尻をすかさず隠し、顔を真っ赤にするエアグルーヴ先輩に首を傾げながら告げる私。

 

 これは、いわゆる私が学んだサイボーグ専用坂路トレーニングでのケア方である。

 

 私の場合は当初はエアグルーヴ先輩のように足の負担からか、炎症などを起こす事もよくあった。

 

 そういった場合は当然、トレーニングは中止になり、非常に効率が悪い。

 

 だからこそ、クールダウン、さらに、炎症を防ぐケアを念入りに行っておく必要がある。

 

 そう言った説明を私がエアグルーヴ先輩に告げると、エアグルーヴ先輩は渋々、私の言葉に従い背を向けたまま横になった。

 

 私はとりあえず、エアグルーヴ先輩の足の付け根部分を軽く触る。

 

 

「ひゃぁ…っ!?」

「あーこれは…やってますね」

「や、やってる?」

「はい、負荷をかけ過ぎて、ここにかなりの熱があります。よくなるんですよ。私もなりましたし」

 

 

 そう言って、私はスベスベのエアグルーヴ先輩の足の付け根を触りつつ、分析する。

 

 しかし、なんだこの弾力性。この人、あんな馬鹿げた差し足してるくせになんでこんなに柔らかいんだろうか…。

 

 エアグルーヴ先輩のお尻の素晴らしい弾力性を感じつつ、私はひとまず、指圧でほぐしながら、彼女の足をケアしていった。

 

 その際、マッサージしたのが私でよかったですね、とエアグルーヴ先輩に一言だけ告げておく。

 

 ちなみに、ヒシアマゾン先輩はというと?

 

 

「あだだだだだっ! そっちにはそれ以上曲がらねぇよ! 痛っつぅ〜」

「柔軟性が無いから身体が耐えきれぬのです、音を上げるのはまだ早いですよ」

 

 

 ミホノブルボン先輩から、それはもう、力士の股割りも真っ青なガチガチな柔軟と強烈な指圧によるマッサージをされていた。

 

 その光景はあの厳しいリギルのトレーナーであるオハナさんでさえ、ドン引きするレベルである。

 

 これはミホノブルボン先輩が独自に改良に改良を重ね、研究した柔軟と負荷をかけ過ぎた筋肉に対してのケア法(いじめ)である。

 

 徹底した柔軟とミホノブルボン先輩の凄まじい力による指圧による筋肉の負荷の解消はまさにケアというより拷問のそれに近い。

 

 だが、私はそれに耐えて来た自信がある。ちなみにライスシャワー先輩は自信が無いので他人のマッサージはしたがらない。

 

 ライスシャワー先輩曰く、力加減を間違えて息の根を止めそうだから、だそうだ。それならやらないのが一番である。

 

 それを目の当たりにしていたエアグルーヴ先輩からは血の気がサァっと引いていくのがよくわかった。

 

 そう、私はわざわざエアグルーヴ先輩を助けてあげたのである。恐らく、ヒシアマゾン先輩の後に私も同じようなマッサージを受ける事になるだろう。

 

 ちなみに坂路トレーニングが過酷になれば過酷になるほど、ミホノブルボン先輩が行うそれは激痛が伴う。

 

 だが、私やライスシャワー先輩のような熟練者になると、それが気持ちがいいマッサージに思えてこれるから不思議だ。

 

 ちなみに私はドMではない。これは自信を持ってそう言える筈だ。多分。

 

 ミホノブルボン先輩のたまに当たる柔らかい部分で中和されてる感も歪めないが、それはともかく、要は慣れだ。

 

 ひとまず、エアグルーヴ先輩のお尻から太ももをケアした私は腰に手を当てて、グッと立ち上がる。

 

 時折、マッサージの最中にエアグルーヴ先輩の下着がブルマの合間から見えたり見えなかったりしたが、しっかりと直しておいたので問題はなかろう。

 

 そこからは、再び、坂路トレーニングを再開し、筋力トレーニング、追い込み併走をいつものごとく鬼のように行った。

 

 エアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩は坂路トレーニングだけでダウンしてしまったので残りは私達だけで行ったが、非常に勉強になった一日だった。

 

 それを大体、三日ほどリギルのお二人と私達が合同で行った。

 

 そして、最終日にはお二人とミホノブルボン先輩と模擬戦である。

 

 結果はミホノブルボン先輩が最後の直線の坂で爆走、エアグルーヴ先輩が2着、ヒシアマゾン先輩が3着という結果に終わった。

 

 これを間近で見ていたチームリギルのトレーナーであるオハナさんはレース後、ミホノブルボン先輩に話にやってきた。

 

 

「ありがとう、良いトレーニングが積めた三日間になったわ」

「いえ、こちらこそ、効率の良いトレーニングを教わることができ、勉強になりました」

 

 

 そう話しながら、笑顔でオハナさんと握手を交わすミホノブルボン先輩。

 

 すると、リギルのトレーナーであるオハナはミホノブルボン先輩の手を握ったまま満面の笑みを浮かべてこんな話をしはじめた。

 

 

「流石は遠山厩舎の集大成ね。どうかしら? 貴女さえ良ければ、アフトクラトラスと共にウチのチームに迎え入れたいと考えているのだけれど」

 

 

 そう、それは、ミホノブルボン先輩に対するチームスカウトの話であった。

 

 そして、何故だか、私もおまけ扱いで入っている。

 

 解せぬ。確かに実力なら今の段階ならミホノブルボン先輩にもライスシャワー先輩にも勝てる気はしないのだけれど。

 

 すると、ミホノブルボン先輩は左右に首を振り、明確にそのリギルのお誘いを蹴った。

 

 ミホノブルボン先輩は握手をしたまま、オハナさんにこう話をしはじめる。

 

 

「生憎ですが、私は既にチームに入ってまして…。せっかくのお誘いですが、辞退させてもらいます。この娘も同様です」

「…そう、それは残念ね…、ライスシャワーにも同じように声を掛けてみたんだけど貴女のように断られたわ、ふふ…、惜しいわね本当に」

「ありがとうございます、嬉しい限りです」

 

 

 ミホノブルボン先輩はオハナさんとそう話しながら、握手していた手を離す。

 

 ライスシャワー先輩にも声かけてたんだこの人…。それはそうか、あんなトレーニングを淡々とこなしているライスシャワー先輩に声が掛からないはずはない。

 

 流石は敏腕トレーナーである。ウマ娘を見る目はかなりのものだと素直にそう思った。私をおまけ扱いしたのは悲しくはなったけれども。

 

 エアグルーヴ先輩やヒシアマゾン先輩からも学ぶ事がたくさんあったこの三日間だったが、一つわかった事がある。

 

 せめて、トレーニング量はオハナさんがドン引きしないレベルにしませんか? という事だ。

 

 オハナさんってトレセン学園でも厳しいトレーナーの筈なのにそのトレーナーさんから心配されるレベルのトレーニングってやっぱりおかしいと思います! 今更ですけどね(白目)。

 

 オハナさんが天使に見えるなんて、リギルのこの二人も思わなかっただろうな、多分。

 

 そうじゃなかったら、倍のトレーニング量をこなしている結果になっていた。ありがとうオハナさん、私は貴女の事が大好きでした、いろんな意味で。

 

 リギルの皆さんが羨ましいなぁ。

 

 こうして、短いながらも、チームリギルとの合同練習を終えた私達の三日間はとても濃いものになるのでした。

 

 


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