遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

60 / 172
心臓破りの坂

 

 

 

 クラシック前哨戦弥生賞。

 

 ゲートインを終えた私はいつものようにクラウチングスタートの構えを取り、静かにゲートが開くのを待ちます。

 

 あー、この試合前の緊張感堪らないですねー。

 

 意識するのはやはり、スタートダッシュ、これに成功するか否かで試合の展開がガラリと変わりますしね。

 

 私は静かに姿勢を低くする。

 

 パン! という音と共にゲートが勢いよく開いた。

 

 私は足に力を込め、いつものようにロケットスタートを決める。

 

 いつものように先行取り、私の周りには私をマークしようと徹底しているウマ娘達の姿があった。

 

 

「今回のレース、いつものように簡単に勝てると思わないでねっ!」

「…へぇ…、なるほど…」

 

 

 確かにこう囲まれてはレースはし辛い。

 

 並大抵のウマ娘ではこの状況を打破するのは厳しいだろう。

 

 ペースは乱される上に抜け出しにくく、戦い辛いレース展開だ。

 

 

 だが、それはもう、私は経験済みだ。

 

 

 しかもG1という大舞台でね。

 

 だからですかね、私は静かに状況を把握すると澄み切った頭の中でこの状況を打破する算段を組み立てる。

 

 一度受けた洗礼を顧みずに何も策を練って来ないのは愚者がする事です。

 

 失敗をするのはいい、ようは失敗して何を学ぶのかが大切なのだ。

 

 

(右に寄せて一気に抜けるか…)

 

 

 そうして、私は右に身体を寄せて、一気に内から囲まれている状況を打破しようと試みる。

 

 だが、それに気づいたウマ娘達は私の進路を阻もうとそれに合わせてくる。

 

 しかしながら、私はその様子を見て内心でほくそ笑んだ。

 

 実にわかりやすい、見え見えなのだ。私にマークを集中しているからだろうが、まんまと掛かってくれた。

 

 

「…とでも言うと思ったかーっ! 甘いわーっ!」

「ガッ…っ! ご、強引にっ!」

 

 

 右に寄せてくる集団の僅かなズレを察知した私は一気に身体を左外側にぶつけると、そのままぶち抜いた。

 

 これには全員、驚愕の表情を浮かべている。

 

 私が小柄だから身体をぶつけて来ない綺麗なレースをするとでも思いましたかね?

 

 そんなことはちゃんちゃらおかしな話ですよ、必要ならダーティーなやり方だって取ります。

 

 それに、鍛えた私の身体に敵うとでも思いましたかね? ならば、ダンベルで60kgを片手で難なく上げれるほど筋肉鍛えてないとキツイと思います、はい。

 

 今ぶつかったウマ娘の表情と吹き飛んだ距離を見れば、一目瞭然だとは思いますけども。

 

 流石に私が全力でぶつかったら、あのウマ娘、レース外にぶっ飛んで競争中止になってしまうので加減はしましたけどね、勿論。

 

 とはいえ、これで進路は確保、私はグングンと速度を上げ順位を上げていく。

 

 そんな中、観客席では…。

 

 

「あのアフちゃんにぶつかったウマ娘、コロス!!」

「落ち着いて! ドーベルちゃん!」

 

 

 アグデジさんから羽交い締めされているドーベルさんの姿があった。

 

 何やってんですかね、あの人は…。

 

 というか、ぶつかったのは私の方なんですけども、逆にブチ切れられても致し方ないのでは? とか思ったりしています。

 

 進路を確保して、先頭付近に躍り出た私は澄み切った頭でさらに体内時計でペース配分を確認する。

 

 多少のズレはあるが、今のところ問題はない。

 

 残り800m付近に差し掛かり、全体のペースも押し上がるように上がっていく。

 

 だが、忘れてはいけない、ここは中山レース場。

 

 心臓破りの坂と呼ばれる高低差のある坂が待ち構えているレース場だ。

 

 当然、皆、この心臓破りの坂で苦戦を強いられる事となる。

 

 だが、それに関して私は全くもって気にも留めない脚力を有している。

 

 いや、むしろ、坂こそ、私本来の力を発揮できる主戦場なのである。

 

 

「さあ! 中山の坂! 高低差がありキツイことで知られておりますが! おぉと! 3番手! アフトクラトラス! 加速していくッ! むしろ生き生きとしているッ! これはどうした事かっ!」

 

 

 炸裂するような脚で地面を蹴り出し、どんどん坂を推進していく私の姿に会場ではどよめきが沸き起こる。

 

 きっと、この現象はあのミホノブルボンの姉弟子以来だろう。

 

 キッツイ坂を嬉しそうに伸び伸びと登るのって私たちくらいですもんね、こんな坂を駆け上がるなんてわけないです。

 

 なんでかと言われれば、皆さんはもうご存知の通りかと思います。あんなもんしょっちゅう登っていたら、それはねぇ?

 

 そう、この状況は私にとってみれば水を得た魚、私は魚類ではないんですけども。

 

 だが、それに食らいつかんとしてくるウマ娘も中にはいる。

 

 当然だ、なんといっても実力者ばかりが集うこのレース、それなりにプライドを持ち合わせているウマ娘が勢ぞろいしている。

 

 

「後続も負けてはいられないと釣られて上がってくるっ! 上がってくるがこれはどうかっ! 苦しそうにも見えますッ! 心臓破りの坂はやはり鬼門だッ!」

 

 

 まあ、無理について来ようとするウマ娘も中にはいるわけですけども、私とは違って坂は走り慣れてないこともあって苦戦してるみたいですけどね。

 

 心臓破りの坂を越えれば後は直線のみ。

 

 さあ、ここからが勝負、私は既に4角先頭に躍り出ているので後はゴールまでぶち抜くだけだ。

 

 

「アフトクラトラス先頭ッ! さあ残り400m! 後続はどうだッ! これは苦しいかッ! これは苦しいかッ!」

 

 

 私との差はかなり離れてしまっている。

 

 心臓破りの坂がやはり堪えたのだろう、皆は脚に力が上手く入っていないように思えた。

 

 一方で私はむしろ、坂を越えて直線に入った事でうまい具合に力を抜く事が出来ており、更に加速している。

 

 おほ〜走るの楽しいのぉ〜。

 

 一言で言えばそんな感じです。なるほど、あれだけキツイ練習をこなしてきた甲斐があったというものですね。

 

 それから、私は先頭でゴールイン。

 

 

「先頭! アフトクラトラスゴールインッ! 脚を余してこの強さッ! 今年のクラシックの主役は私だと言わんばかりの余裕ッ! これが日本の至宝ッ! 世界よこれがスパルタの皇帝だッ!」

 

 

 そう言って、私のことを持ち上げてくる実況アナウンサー。

 

 やめて! その謳い文句はやめてッ! 私死んじゃう! 何世界にさりげなく喧嘩売ってんですかッ!

 

 今の私なんて秒殺モノですよ、国内だから無双しているだけですからね! しかも、ゼンちゃんとネオちゃん居ないですし。

 

 下手に意識させないで、私のアンチも増えちゃいますから、ほら、アフトクラトラス、あれ調子乗ってて嫌いなんだよねーとか言われちゃいますから!

 

 私はあくまでマスコット枠でいいのです。みんなから愛される感じので、まあ、別に私は周りの評価なんて微塵も興味ないですけどね。

 

 うん、よくよく考えたらぶっちゃけ嫌われても大丈夫でしたわ、私、ブーイングされたら観客を煽った上で中指を立てて返すようなキャラでしたわ。

 

 まあ、そんな訳で一着でゴールイン、弥生賞は難なく勝つ事が出来ました。

 

 

「ふう…、まあ、こんなもんですかね」

 

 

 正直な話、私の脚は有り余ってます。

 

 というのも、菊花賞の芝3000mをバッチリと走りきるための対策として相当な走り込みと坂路、アホみたいなトレーニングしていた訳ですからね。

 

 今や、私は恐らく最悪でもフランスのカドラン賞なら普通に走り切って勝つ自信があります。

 

 ちなみにカドラン賞の距離は4000mです。

 

 めっちゃ長いですねー、いやー、こんなん走れんの? って距離です、頭おかしい。

 

 ちなみに一番長いレースでグランドナショナルというものがあります。これが、7000mの障害物レースですね。

 

 私としては10000mくらいは目安に走れるようにならないといけないなと思っています。

 

 なんだ、私の方が頭がおかしかったか、勝ったな(謎の自信)。

 

 そして、レースが終わり試合後の通路で皆さんが祝福するために待ってくださってました。

 

 

「アフちゃんおめでとう!」

「とりあえず前哨戦は難なくだな」

 

 

 レース後にこうやって賞賛して頂けるのは嬉しい限りですね。

 

 レース場に続く通路で待ち構えてくれる皆さんの暖かさに私は思わずほっこりとしてしまいます。

 

 そして、わざわざ出迎えてくれる皆さんに私は満面の笑みで応えます。

 

 

「えぇ、中山のレース場はやはり私には合ってるみたいですね、むしろ、坂はもっと急かと思ってました」

「なかなかキツイんだぞ? あの心臓破りの坂」

「そうなんですか?」

 

 

 ほーん、みたいな感じで受け答えする私に顔を見合わせている皆さんはやっぱり頭がおかしかったかと諦めたように肩を竦ませる。

 

 なんでや、姉弟子もそんな感じやったやろ!

 

 そんな中、ジーッと私の胸を見つめてくるスペ先輩が不思議そうにこう問いかけてきます。

 

 

「こんなでっかいものぶら下げてるのに凄いねアフちゃん、坂登る時すんごい揺れてたし」

「なるほど、最後の直線じゃないのに異様に盛り上がってたのはそのせいか」

 

 

 私はスペ先輩の言葉にがっくりと項垂れる。

 

 皆さん、ちょっと欲に忠実過ぎです。私の胸しか見てないじゃないですかー、やだー。

 

 しかしながら、私の場合、こればっかりは致し方ないんですよね、好きでこうなったわけではありませんので。

 

 そんな話で少しばかりがっくりとしていた私なんですけども、しばらくして、ナリタブライアン先輩が私にこう告げてくる。

 

 

「どうでもいいが、アフ、お前、今日ウイニングライブのセンターだぞ」

「あ…」

 

 

 そう、すっかり忘れていましたウイニングライブ。

 

 致し方ないので私は渋々準備を始めます。

 

 これもウマ娘の仕事なのでね、ていうか、毎回思うんですが、皆さんなんで可愛いステージ衣装ばっかり着るんでしょう。

 

 まあ、私も着るんですけどね! ですが、私はいつも趣向を変える事で有名なウマ娘。

 

 ライブ会場に登場した私はイキリ感が半端ない格好をしたまま登場。

 

 今の私はアフトクラトラスではありません、その名もアフザエルです。

 

 

「ヘイ! エブリワン! 盛り上がっていきましょ!」

 

 

 会場は何故か大盛り上がり、なんと言いますか、ダンスや歌を鍛えに鍛えまくった私は一足飛びでそっちに飛んじゃったみたいです。

 

 ランニングマンは勿論、キレキレのダンスに会場からは黄色い声が上がります。

 

 最近、こんな事ばっかりやってるせいで私のファンに女性ファンがやたらと増えてきました。

 

 それに振り回される他のウマ娘達は大変だろうとは思います。

 

 シンチャンとかプレジデントちゃんとかは私の性格を理解してるのでノリノリでやってくれるんですけどね。

 

 初登壇のスズノマーチちゃんなんかは、戸惑った様子で『えっ!? 嘘でしょ!? こんなん踊んの!?』みたいな感じで愕然としてましたからね。

 

 ほら、そんなことはいいからランニングマンするんだよ、あくしろよ(にっこり)。

 

 修行が足りないですね、アスリートたるもの身体にギプス付けたり重石を手足に付けてウイニングライブやってたらこれくらい軽くできるようになりますよ。

 

 シンチャンは最近、私に聞いて重石を手足に付けるようにしたみたいですけどね。

 

 こうしてライブは大盛況。

 

 でも皆さん、私が薄着になるたび乗り出すように盛り上がるのはやめましょう、危ないですからね。

 

 

 こうして、私はウイニングライブでまた適当に盛大なやらかして、ルドルフ会長から翌日、説教をされることになるのでした。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。