遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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アフチャンネル

 

 

 クラシック第一弾、皐月賞勝利。

 

 私はようやく安堵したように肩を落とす。

 

 緊張してなかったと言えば嘘になる。いくら鍛えたとは言っても周りにいるのはG1級のウマ娘ばかり、足元を掬われてもおかしくない面子ばかりだ。

 

 そんな中、無事に勝てたことは幸いです。

 

 

「よし、次のレースに向けて練習を……」

「アフトクラトラスさん、ウイニングライブスタンバイお願いします」

「帰ります」

「ダメに決まってんだろ、お前」

 

 

 そう言って、そそくさと帰ろうとした私はがっしりと肩をヒシアマ姉さんに掴まれ止められました。

 

 しかも、追撃するかのようにその背後からいきなり……。

 

 

「はいドーン!」

「!?!? ひゃあっ!?」

 

 

 私の勝負服のスカートが捲られました。

 

 幸いにもレース場でなくバックヤードでの出来事だったのでファンや皆様にパンツを見られなかったのが救いでしたね。

 

 私は勝負服のスカートを抑えて、とっさに振り返る。

 

 

「な、なにすんですかっ!?」

水色と白の縞々か……予想通りだったなー」

 

 

 そこに居たのは首を傾げながら私のパンツの柄を何の躊躇もなく口に出す白いあんちくしょう。

 

 ゴールドシップが悩ましい表情を浮かべて立っていました。

 

 予想通りって私のパンツの柄を何予想してるんですかね、この人。

 

 

「いやー、アフ、凄かったなぁーお前ー」

「にゃぁぁぁ!? スリスリすんなー! 久々に会ったらこれなんですからもう……」

 

 

 私は鬱陶しそうにゴルシちゃんを引き離しながら表情を曇らせます。

 

 悪堕ちはどうしたんだお前ですって?

 

 やだなー、悪堕ちなんてするわけないじゃないですかー、あれは試合前でナーバスになってただけですよ。

 

 まあ、締めるところは締める、締めないところはなんか緩い、それが、アフちゃんクオリティなので、悪堕ちなんてしてないんだからね!(ビクンビクン!)。

 

 ライスシャワー先輩に後でお礼を言っておかなくてはいけませんね。

 

 レース前に喝が入ったのはあの人のおかげでしたから、じゃなかったら、きっと私は今日、これだけの走りはできてなかったと思います。

 

 さて、次は大事なダービーですからね、切り替えなきゃ。

 

 

「それはそうとアフ」

「……ほぇ?」

「ウイニングライブ行ってこい、じゃなきゃまたルドルフ会長がカンカンだぞ」

 

 

 そう言って、現れたナリタブライアン先輩は呆れたようにため息を吐くと私に告げる。

 

 ウイニングライブですかー、あったな、そんなのも……。

 

 やんなきゃダメっすか、そうですか、仕方ない、やりますか、最近全然、歌って踊ってないですけども。

 

 

「じゃあ適当にイージードゥダンス! って踊ってきても良いですか?」(わざとならスルーしてください)

「ダメに決まってんだろ」

「ぐぬぬ……」

 

 

 致し方なしに私はそのまま着替えてウイニングライブに向かいます。

 

 流石にG1のレースで勝ってウイニングライブをブッチなんてことはできませんからね、G2なら良いってわけでもないんですけども、前はやりましたけどね、私。

 

 なんやかんやでライブの会場のカーテンが上がり、会場には観客席に多くの人達がズラリと押しかけていました。

 

 いやー人気者はつらいですねー。

 

 G1第一弾、今日は真面目に久方ぶりにやりましょうかね。

 

 というわけで、ステージに躍り出た私はマイクを握りしめて笑顔を振りまきながら曲に合わせて踊ります。

 

 バックダンサーにはシンちゃんとサクラプレジデントさんの2人です。

 

 安心して背中を任せられるお二人ですね。

 

 

「私がいつか〜♪」

 

 

 私の歌に合わせてくれる2人。

 

 よくよく考えたら、レース後にライブって結構きつい気はするんですよね毎回。

 

 真面目に歌って踊る私の姿に何故かポカンとしている皆さん。

 

 え? 予想外だった? 普通に歌って踊るのは予想外だったんですかね? いつもより盛り上がっても良いのよ? 

 

 誰だよ、真面目にやれって言ってた人、あ、ルドルフ会長でしたね……。

 

 なんで真面目にやる方が滑ってるんですよね、これはいかん。

 

 心なしかシンちゃんとサクラプレジデントちゃんは楽しそうに歌って踊っていますけれども私の反骨精神がここでやれと轟叫んでいます。

 

 そして、いよいよ私の中の変なスイッチが入ってしまいました。

 

 

「……って! やってられっかー!」

「!?」

「!!!?」

 

 

 曲の途中でいきなり出てきた私の声にピタリと踊りが止まる後ろの2人。

 

 そして、同時にざわついていた会場もシーンと静まりかえります。

 

 それから、私はプロレスラーのマイクパフォーマンスばりにこんなことを話し始める。

 

 いつのまにかBGMもそれっぽいものに変更し、会場は騒然としていました。

 

 打ち合わせ通りですね、多分、裏で話をつけていたゴルシちゃんがやってくれたのでしょう。

 

 今回はこのストロングスタイルでいきます。

 

 

「皆さんッ! 元気ですかァーッ!」

「…………」

「元気があればなんでもできるッ! どうもッアフトクラトラスですッ! 今日はね、私が勝った記念にねッ! 皆さんにこの言葉を送りたいと思いますッ!」

 

 

 返事がない客さんを無視して、マイクパフォーマンスを続ける私。

 

 背後からはファイッ! ファイッ! という声と共に闘魂に溢れたBGMが流れている。

 

 マイクを握りしめた私はゆっくりと語るように皆さんに言葉を送りはじめた。

 

 

「この道をゆけばどうなるものか……危ぶむなかれ!」

 

 

 顎を妙にしゃくりながらそれっぽく語り出す私に騒然とし始める会場。

 

 皆さん、これが私流というやつです。残念だったな、普通のライブで終わると思いましたか? 甘いわー! 

 

 語り出す私は締めに入る。

 

 

「危ぶめば道はなし、踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ行けばわかるさっ! ありがとうーっ!」

 

 

 速報、アフトクラトラスのウイニングライブと思ったらだいぶ昔のプロレスリングだったの巻。

 

 顎をしゃくりながらそんなセリフを私が言う中、先程とはうってかわり会場は何故か大盛り上がりをみせる。

 

 しゃあオラ! やんぞこらッ! やれんのか! オイッ! 

 

 

「しゃあオラ! タココラ! 歌うぞコラッ!」

「アフちゃんッ!? それ違う人だから!」

 

 

 サクラプレジデントちゃんの制止をぶっちぎりそこから私の曲が急に変わり、盛り上がるラップ曲に変わる。

 

 ユーロビート調の曲に急に変わりあたふたするシンちゃんとサクラプレジデントちゃんの2人。

 

 しっかりついてこいよー! 行くぞー! 

 

 

「HEY♪ YO!♪」

 

 

 そこからは、通称アフちゃん劇場が開幕しました。

 

 ラップ曲に合わせて早口でラップに合わせて踊りながら、パーリーピーポーを盛り上げるお仕事です。

 

 ラップ調の曲になるのでダンスも必然的に激しくてなんかすんごいものになります。

 

 それに付いてくるシンちゃんとサクラプレジデントちゃんはさすがですけどね。

 

 通称、ファンの間では私のライブはぶっ飛んだライブという事で別の意味で人気があるそうです。

 

 これが、新規開拓の秘訣ですね、エンターテイメントにはサプライズは大事ですからね。

 

 

「hey!♪ hands UP!♪」

 

 

 ライブ会場は軽く海外のクラブばりの盛り上がりを見せます。

 

 私はそれに合わせてブレイクダンスだったり、超高等なダンスを次々と繰り広げて会場を盛り上げます。

 

 そんな中、裏でDJを担当してくれているのは言わずもがなゴールドシップちゃんです。

 

 ほんと、あの娘なんでもできるな、まさか、DJもできるとは予想外でしたよ。

 

 そんなこんなで異様な大盛り上がりを見せた私の皐月賞のウイニングライブは無事に成功を収めました。

 

 真面目にしようとはしたんですよ、最初だけですけど。

 

 それはほら、やっぱり皆さんの期待を裏切ってはいけないじゃないですか。

 

 だから、いつも通りネタに突っ走りました。後悔はしていません、はい。

 

 ライブも終わり、引き上げた私は一息つくと一仕事終えた実感を噛み締めます。

 

 

「アフトクラトラスー、ルドルフ会長が呼んでたぞー」

「……ぼへぇ!?」

 

 

 と思っていた矢先にこれである。

 

 はい、わかっております。いつものパターンですね、うん、知ってました。

 

 でもね、私は頑張ってお客さんを盛り上げたと思うんですよ、だからね、ルドルフ会長も多少は目を瞑ってくれるかなーって……。

 

 という幻想は木っ端微塵に砕かれましたね。

 

 みっちりお説教を食らいました。真面目にやりなさいと拳骨されました。いつものやつです。

 

 さて、そんな訳なんで皐月賞を終えたんですけども。

 

 

「ってな感じだったんですが皆さん、どうでしょう?」

 

 

 と私は現在進行形で撮っている生中継の動画配信チャンネルを使ってユーザーの皆さんに問いかけます。

 

 実はこれ、ゴルシちゃんが別チャンネルで私に持ちかけてきたチャンネルなんですよね。

 

 なんでもリアルタイムで皆さんからのレスポンスが返ってくる動画チャンネルだとか。

 

 付いたチャンネル名がアフチャンネル。

 

 なんか語呂がいいのでそのまま引き受けた動画配信なんですね、放送内容は主に私の事とか面白い事とかを中心に色んな動画をあげる予定です。

 

 今は現状報告なんですけどね。

 

 

『芝生えるwww』

『ウマ娘の枠に囚われない癖ウマ娘』

『ポンコツマスコット界隈のレジェンド』

 

 

 などという反応が返って来ました。

 

 なんですか、そんなに褒めても何もあげませんけどね。

 

 強いて言うなら、私ならではだからこその芸当なんですよ。

 

 アフチャンネルの住民は私の事をよく理解しています、流石ですねものが違いますよ。

 

 

「次はダービーも取りますからね、楽しみにしていてください、おっと、そろそろランニング行かなきゃ……」

 

 

 私は部屋にかけてある時計を見ながらそう呟く。

 

 ダンベル持って走って走って、またダービーまでに身体を仕上げなきゃいけませんからね、私に休息はないのですよ。

 

 

『ファッ!?』

『ランニング……』

『もう身体鍛えてんのかよ』

『アスリートなんやから、そらそうよ』

『パンツください(迫真』

 

 

 そんな感じで私の言葉に騒然とする生中継動画のコメント。

 

 おい、最後のやつ、さりげなくパンツを要求してくるんじゃない、たまに下着が無くなっちゃってたりして困ってるんですからね、私。

 

 身につける下着が無くなっちゃうでしょうが! ノーパンで走れというんですか! そら無理ですよ。

 

 

「私のパンツはやれん、だが、このヒシアマ姉さんのブラジャーならやろう、100万から!」

 

 

 そう言って私は背後からプランとヒシアマ姉さんから拝借したブラジャーを提示する私。

 

 健全な紳士諸君なら黙っていないでしょう。

 

 トレーニングセール開催! さあ張った張った! 

 

 

『ほう……言い値で買おう』

『草』

『500万!』

『600万!』

 

 

 どんどん値段が釣りあがっていくヒシアマ姉さんのブラジャー。

 

 おうふ、ノリで言っただけなのに、凄いことになって来ました。

 

 手が震えてきやがったじぇ……。なんでこんな値上がりしてんの!資本主義怖すぎるわ! まさしく札束の戦争! もっと使い道があるでしょうに!

 

 そうして、最終的な値段がこの値段です。

 

 

『8000万!』

『決まったな』

『これもう普通に家買えるんじゃね?』

『大草原不可避』

 

 

 なんとついた値段は8000万円でした。

 

 こんなブラジャー一つになんでそんな値段が付いてるんですかね、皆さん変態過ぎで草が生えますよ本当。

 

 私は動揺を隠せないまま、震えた声でこう話しを続けます。

 

 

「で、では後日送らせていただきまひゅっ!?」

 

 

 そう言って震える手でブラジャーをじっと見つめる私。

 

 信じられるか? この布切れが8000万円ですよ、なんじゃそら! 札束でぶっ叩くにも限度があるわ! 

 

 そうして、動揺を隠せない私を見てコメントが再び賑わいます。

 

 

『アフちゃんが一番ビビってて草』

『アフちゃんのブラジャーをおまけに付けるとどうなるんだろう?』

『二倍の額を払うぞ、当たり前なんだよなぁ……』

『札束で振るう酷い暴力を見た』

 

 

 コメント欄でもこの始末。

 

 私のブラジャー高すぎィ! なんでそんな値段が付いちゃってるんですかね! 

 

 絶対ろくな使われ方されないぞ……わかんないですけども。

 

 こうして、なんやかんやで落札されたヒシアマ姉さんのブラジャーは後日、お金の振込と共に速達で郵送しました。

 

 重課金って怖いですね……人間の欲の闇を垣間見た気がします。

 

 もちろん、そのお金の半分はヒシアマ姉さんに差し上げました。何というか……、その、罪悪感に苛まれてですけどね。

 

 

「ちょっ!? アフ! なんだこのお金! 」

「な、なんかいろいろありまして……はい」

 

 

 真実は伏せておきましょう、時として知らないことが幸せな事もあります。

 

 新品のシューズの代金とかなんか色んなものに使ってもらえたらな、なんて思いながら私は苦笑いを浮かべるばかりでした。

 

 次はいよいよ、天皇賞、春。

 

 ライスシャワー先輩とマックイーン先輩が激突。

 

 波乱万丈の一週間が再び幕を開けようとしていました。


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