そのウマ娘はライバルの背中を追った。
ひたすら、戦い、何度も負けても諦めなかった。
同世代の彼女を越えたい、ただ一心にそれだけを望み、日々を全て走る事に注ぎ込んだ。
身体を削り、魂を削った。
そして、彼女は淀に舞う刺客となった。
己を高め、例え、その結果が自分が皆から嫌われようともその歩みを止めようとはしなかった。
そこには彼女の譲れないプライドがあったのだ。
静かな夜。
そんな夜に凌ぎを削りあったライバルと私は改めて見つめ合う形で再会した。
共に鍛え、共に切磋琢磨し、互いに高めあったライバル。
そして、彼女は私のかけがえのない友人でもある。
「……随分と窶れましたね……、ライスシャワー」
そんな私を見て、いつも追いかけていた友人は心配そうに告げてきた。
その背中は今や、世界へと行ってしまった。
靡く栗毛の髪、鍛えに鍛え抜かれた完璧な身体、完全無欠と賞賛される我が愛しのライバルは私の前に今立っている。
「……ブルボンちゃん……」
「随分、無茶なトレーニングで身体を絞っているみたいですね」
彼女はなんとも言えない表情を浮かべながら私にそう告げてきます。
久方ぶりにあった旧友が、窶れた姿なんて見れば致し方ないのかもしれない……。私はそんなブルボンちゃんの心境を察して肩をすくめると笑みを浮かべ応えてあげる。
「これでも足りるかどうか……」
「マックイーンは……強いですからね」
「えぇ……本当に……」
私のその言葉に静かに頷くミホノブルボンちゃん。
ステイヤーの戦いは過酷、長い距離を走りきるスタミナは当たり前でその上で終盤に振り切る瞬発力、そして、根性が必須。
そんな過酷なレースに挑む私を心配する所は本当にブルボンちゃんらしいと思う。
「帰ってきてたんだね……」
「えぇ、一区切り付きましたし義理母も貴女達の事も心配でしたから」
「ふふ、アフちゃんの事も気掛かりだったんでしょう?」
「もちろん」
ブルボンちゃんはそう言って、肩を竦めながら答える。
特にアフちゃんは問題児というか、ほっとけない娘だから尚更、ブルボンちゃんは気に掛かってたんじゃないかと私は思った。
私はブルボンちゃんのその言葉に思わず笑みが溢れる。
それは、アフちゃんには私だけでなくブルボンちゃんも必要だと思っていたからだ。
例え、血の繋がりが無くとも共に深い絆で結ばれている家族、そんな、家族が居ないのはアフちゃんにも寂しかったに違いない。
私ももちろん、そう思っていた。
「ライスシャワー……」
「ん? なに? ブルボンちゃん?」
名前を呼ぶブルボンちゃんに私は笑みを浮かべて応える。
すると、ブルボンちゃんは私の身体をそっと抱き寄せると優しく頭を撫でてきた。
いきなりの出来事に私も思わず目を丸くする。
「あまり……無理しないでください……、貴女も私にとっても妹弟子にとっても大切な家族です」
「…………」
「私は大切な友人がきっと天皇賞を勝つって信じています。……だって私を倒したウマ娘なんですから」
抱き寄せてきたブルボンちゃんは優しい声色で何度も私の頭を撫でてくる。
そこには私に対する信頼と愛情が込もっていた。心地良くて、去年まで互いに火花を散らして戦ったあの時の事が信じられない。
いや、互いに認め合っているからこそかもしれない、私はブルボンちゃんのその暖かな心に救われた気がした。
「……うん、頑張る、だから応援して」
「私も妹弟子も全力で応援しますよ、だからきっと勝ってきてください」
ブルボンちゃんはそう言って私の頭を優しく何度も撫でてくれた。
背中を押してくれる人がいる。
それだけで、私は十分に強くなれる、そう、いくらでも強くなれる。改めて、そう思った。
皐月賞も無事に終わり、動画配信チャンネルその名もアフチャンネルを始めた今日この頃。
はい、皆さん大好きアフトクラトラスですよー、はーいパチパチ。
そんな私が今なにをしてるかですって? まあ、見てください、ゴルシちゃんと決闘の最中なんですから。
しかも見てください、場所はなんとグラウンド! 走りながら決闘してるんですよ。
これが、最近流行りというランニングデュエル! というやつです。えっ? 違う? 細かいことはええんやで。
キングはエンターテイナーでなければならない!
「ヒャーハハハハハハハ! 踊れゴルシィ! 死のダンスを!」
「アフ、お前ハジけすぎだろ」
だが、奴はハジけた。
はい、という事でまたもや変な意味で私は闇落ちしていました。
今の私の気分はチームサティスファクションのリーダーですからね、嘘です、アンタレスです。
「私のハンドレスコンボは無敵です!」
「はい、私のターンな、こうしてああしてこうしてほい」
「……こんなんじゃ……満足できねぇぜ……」
この間なんと3分くらい。
私はゴルシちゃんからボコボコにされ、おっ◯いまで掴まれるダイレクトアタックを受けました。
なんでや! おっ◯い関係ないやろ!
ちなみに今、動画配信しながら走ってますからね、なんと器用なことでしょう。ある意味体幹鍛えられるから良いんですけどね。
ちなみにこのお手製の私が持ってるデュエルディスクは普段付けてた重しと同じ重量というね。
「はい、私の勝ちだな」
やれやれといった具合に肩をすくめるゴルシちゃん。
ちくしょう! カード頑張って集めて作ったのに! こんなの酷いよ! あんまりだよ!
どういう事だ! まるで意味がわからんぞ!
そんな訳でデュエルで完敗した私は落ち込んだように項垂れたまま、駄々をこねるように叫ぶ。
「ハルトォォォォォォ!!」
「誰だよ」
知りません、なんとなく叫んでみただけです。
私ってからっきしこういうゲームって苦手なんですよね、闇には染まりやすいんですけどね、毛色的にも物理的にも心理的にも。
闇というビッグウェーブを乗りこなすウマ娘、それが私です。
乗るしかねぇ、このビッグウェーブに。
『許さねぇ! ドンサ◯ザンドォォォ!』
『はいはい、儂のせい儂のせい』
『コイツはウマ娘の「アフトクラトラス」、伝説の癖ウマ娘さ!』
『ふーん……伝説って?』
『ああ!』
『意味もなく叫ぶアフちゃんは嫌いだ……』
動画のコメントもこんな風に賑わってました。
そして、何故か最後に嫌われる私。
なんでや、まあ、ネタなんですけどね、とはいえ、何故こうもネタが通じるんでしょうこの人達。
ライスシャワー先輩の天皇賞が控えてるというのに何やってるんでしょうかね、私。
「良い絵が撮れたんでまあ、良しとしますか」
「ほんと、ときどき迷走するよなーお前は」
「ときどきというか、しょっちゅうしてますけどね」
名付けて迷子のアフちゃん。
毎度、迷走してますけど何というか、これが私なんで致し方ないですね。
みんなも好きでしょう? だから問題ないんですよ(暴論)。
カードゲームをしたのは何年振りでしたかね? 随分、昔だったような気がします。
「さてと、お遊びはこれくらいにして、トレーニングしますかね」
「ん? お前、この間、皐月賞走ったばかりだろ?」
「次は日本ダービーですよ、余裕かましてる時間は無いです」
私はため息を吐くと実況を打ち切り、肩を竦めながらゴルシちゃんに答える。
所謂、ファンサービスというやつですね、彼らもファンサービスを喜んでいるに違いありません
君も私のファンになったのかな?(煽り)。
「モグモグ……ん? なんだアフじゃないか?」
「んお? ……あ、オグリ先輩!」
「ゴルシと2人で何をやってるんだこんなところで」
そう言って、先程まで走っていたレース場にニンジンコロッケを頬張りながら上機嫌に耳をぴこぴこさせているオグリキャップ先輩から声を掛けられる私。
何をやっているかと言われると……、うーん、何やってんでしょうね私。
強いて言うなら走りながらカードゲームをしていたと答えるべきなんでしょうけれども。
「人気取りに走ってました」
「お前は何事も隠さず直球で言うなぁ……」
全く動じる事のない私の一言に感心するように呟きながらコロッケを頬張るオグリ先輩。
すると、何かを思い出したようにポンと手を叩くと続けるようにこう語り出す。
「あ、そうそう、ブライアンのやつがお前探していたぞ?」
「ほえ? ブライアン先輩がですか?」
「あぁ、なんでもお前の海外遠征の件について話があるそうだ」
オグリ先輩はそう言うと、手持ちに持っていたコロッケを全て食べきり頷く。
ブライアン先輩から海外遠征についての話?
どういう事だろう、日本ダービーが終わり次第、欧州に渡るとは以前から話していたがこのタイミングでとなるとなんだか気になる。
ブライアン先輩も何度か海外のG1レースに出てるから、多分、もしかしたらそのアドバイスか何かだろう。
すると、オグリ先輩はジッと私を見据えながらこう告げはじめる。
「おい、アフ、私からも一言言っておくぞ、海外の……しかも三冠G1レースに出るなら覚悟しておいた方が良い」
「…………」
「あそこは日本とは別次元だ、詳しい話はブライアンからでも聞くといい、ではな」
そう言うと、コロッケを頬張りながら上機嫌に尻尾をフリフリさせて去っていくオグリ先輩。
別次元……、レベルは確かに高いですし、私も重々承知していますけれど、改めて言われるとなんだか身構えてしまいますよね。
それから私はゴルシちゃんと撮影道具を片付けた後、改めてブライアン先輩の所へ足を運ぶ事にした。
話によるとブライアン先輩は中庭にいるらしい、しばらく歩いた後、中庭にブライアン先輩の姿を見つける。
「ブライアン先輩ー、何ですか? ……用……っ……て……」
しかし、私が中庭にいるブライアン先輩に声を掛けようとしたその時だった。
ブライアン先輩の隣に立つ栗毛の見慣れた髪が視界に入ってくる。
凛とした横顔に、冷静な眼差しと落ち着いている物腰、そして、彼女が持つ雰囲気を私は知っている。
そして、2人は深刻そうな面持ちで何やら話し込んでいるようだった。
「……それは、不味いな」
「えぇ、私も聞いた時には耳を疑いました……まさか、フランスダービーでないなんて……」
「当てが外れたか、……これはどうしたもんか」
私は深刻な表情を浮かべている2人の姿に違和感を感じながら、恐る恐る近づいていく。
半年……、半年だ。姿を消してようやく帰ってきたその人の名前をゆっくりと口に出して私は呼ぶ。
「……姉……弟子……?」
「……っ!? ……アフ!?」
私の姿を見たブライアン先輩は驚いたような表情を浮かべている。
まさか、このタイミングで私に見つかるとは思ってもみなかったようなそんな驚き方だ。
すると、その呼び声に反応するかのようにピクンと耳を動かした栗毛のウマ娘はゆっくりと口を開き始める。
「……妹弟子……ですか」
「……っ! 姉弟子っ!」
私は思わずその場から駆け出して、姉弟子に抱きついた。
もう会えないかと思った。
義理母が病に倒れ、そして、姉弟子も消えてしまって、私はどうしたらいいかわからなくなってしまった。
こうしてまた会える事が出来て私は堪えていたものが胸の底から溢れ出そうになっていた。
色々言いたいことが山ほどある。だけど、それ以上にこうして目の前に立っている姿を見て心底安心している自分がいた。
「馬鹿っ!? なんで何にも言わず居なくなっちゃったんですかっ!!」
「……随分と心配をかけてしまいましたね」
「……っ! 本当にっ……! 本当にもう……! 会えないかもって……っ!」
私は涙を流しながら、何度も握りこぶしで姉弟子の胸を叩く。
何にも連絡を寄こさず、唯一知ったのはトレセン学園に出された休学届けだけ、そんなのもう二度と帰ってこないかと思うじゃないですか。
あのレースの後だから尚更、私はそう思ってましたし、やり場のない思いをレースにぶつけ、周りが見えなくなってしまったんですから。
そんな私の心の内を察したのか、姉弟子は優しい表情を浮かべ、私の頭を何度も撫でながら抱きしめてくる。
「……心配、かけてしまいましたねごめんなさい」
「もうっ!! ……ぐすっ……、もう勝手にどっかに行ってしまわないでくださいっ!」
姉弟子にそう告げる私は落ち着くまで、しばらくの間、ずっと姉弟子から撫でてもらいました。
これには、ブライアン先輩もやれやれと肩を竦めて笑みを浮かべています。
そうして、しばらくして落ち着いた私はそっと姉弟子から離れると目元をぬぐいます。
改めて、気を取り直し、私は先程まで話していたことについて2人に問いかけました。
「それで、ぐすっ……、一体、2人とも深刻な顔で何の話をしていたんですか?」
鼻をすすりながら、先程まで何やら話し込んでいた事について問いかける私。
確か、フランスとか言っていたのは聞こえていましたけれど、それ以外は全くと言っていいほど何もわからない。
すると、その私の言葉を聞いた2人は互いにしばらくの間見つめ合うと、ゆっくりとブライアン先輩の方から私に語り始めた。
「あー……その事なんだがな……実は……」
そう言って、言い辛そうに視線をそらすブライアン先輩。
なんだろう? 私に関係する事なのかな?
意味深な台詞のオグリキャップ先輩の言葉がふと頭を過る。
すると、姉弟子がブライアン先輩の代わりに私に向かいゆっくりとその事について語り始めた。
「……貴女、イギリスダービーに出ると言っていましたよね? 妹弟子」
「んあ? ……えぇ、まあ、その予定ですけれど……でも、日本ダービーに勝った後の話ですよ?」
「……なるほど、それは……」
そう言うと、姉弟子はチラりとブライアン先輩の方に視線を見せる。
ブライアン先輩は頭を抱えるようにして、静かに姉弟子に頷いた。
そのブライアン先輩の反応を見た姉弟子は改めて私に向き直るとゆっくりとこう告げ始める。
「……アイルランドの怪物、ダラカニがフランスダービーではなく、イギリスダービーに出ると表明しました」
「……は?」
「言った通りです、イギリスダービーに出ると表明しました。つまりは……、貴女がイギリスで戦う相手はアイルランドの至宝です」
姉弟子は真っ直ぐに私の目を見据えながらそう告げた。
あの、ダラカニがイギリスダービーに出る?
いや、走り慣れているフランスの地をあえて蹴る意味がよくわからない。
何故、わざわざイギリスダービーに出るのだろうか、だが、その理由はいくら考えても思いつかなかった。
「ちょっ!? ちょっと待ってください! 何でわざわざイギリスになんて……」
「理由はわからない、だが、実際にこうして奴が出る事を決めたんだ」
「……この調子だともしかするとキングジョージも出るかもしれないですね」
そう告げる姉弟子は表情を曇らせる。
ダラカニの実力は折り紙つきだ。私も良く知っている。
アイルランドの至宝であり、フランスの地でその足に磨きをかけて成り上がった怪物。
姉であるデイラミと共に怪物姉妹としてその名を轟かせた。
「私もデビュー前に何回か海外に呼ばれて併走でやり合った事はあるんだがな、……あれは相当なもんだぞ」
「……ブライアン先輩……」
「なんなら一回負かされた、……そのくらい強い」
デビュー前にして、ブライアン先輩を一度負かすほどの実力を持っていた。
その事実は紛れもなく、彼女が天才である証明に他ならない、私も併走ならブライアン先輩と何度かやり合った事があるからわかる。
「……日本ダービーもそうですが、ダービーには魔物が住んでいます、くれぐれも油断は決してしないのが賢明です」
「……そう、ですね……」
姉弟子の一言にまるで現実味が無いような感覚に私は陥っていた。
ダラカニとイギリスダービーを賭けて走る。
怪物と戦わねばいけないというプレッシャー、もちろん、何者であろうが負ければそれまでの話だ。
ならば、受けて立つしかないだろう。
「……早いか、遅いかの違いです。いずれにしろ凱旋門賞でやりあう事になるのは間違いなかったですからね」
「ま、それはそうだな」
ブライアン先輩は私の言葉に肩を竦めて答える。
鬼門となったイギリスダービー、なんにしろ、やるべき事をやらねば負けてしまうのは間違いない。
そんな私に姉弟子は仕方ないとばかりにため息を吐くと笑みを浮かべこう告げてきます。
「久々に貴女のトレーニングを見てあげましょうか、どれだけ鍛えたか見てあげます」
「うぇ!?」
「まさか、私が居ない間に手を抜いていたわけでも無いでしょう? 義理母も私も貴女をそんな風に鍛えていたわけではありませんしね」
お、おうふ、確かにそうなんですけども。
地獄のようなトレーニングの日々がフラッシュバックしてきます。とはいえ、私自身、相当、自分を追い込んできたと思うんですがなんでか身構えてしまいますね。
「お、お手柔らかにお願いしま……」
「ふふ、寝言は寝てから言うべきですよ」
こうして、姉弟子から両耳を引っ掴まれた私はそのまま拉致される事に。
いやぁ、懐かしいなぁと思いつつもこの後の地獄のトレーニングを想像するだけで背筋が凍りつきそうでした。
追伸、寝てからではなく死んでから寝言を言いそうです。