遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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淀に舞う刺客

 

 

 

 天皇賞はゆっくりとしたスタートから始まった。

 

 というのも致し方ない、なんせ距離は3200mという長距離だ。どうやっても長い距離を走り切るにはスタミナを温存する必要がある。

 

 ライスシャワー先輩は中盤あたりからマックイーン先輩の背中を真っ直ぐに見据えていた。

 

 捉えるにはまだ早い、出来るだけ脚を溜め、一気に差し切る。

 

 それが、ライスシャワー先輩の得意な走り、そして、私も姉弟子もそのことは一番理解していた。

 

 

「……ライスシャワー先輩、冷静ですね」

「そうですね」

 

 

 ミホノブルボン先輩は静かに駆けるライスシャワー先輩を儚げな表情を浮かべ見つめる。

 

 それは、ライスシャワー先輩を見てどこか遠い場所を思い浮かべているようだった。

 

 そして、ミホノブルボン先輩は私にゆっくりと語りはじめる。

 

 

「妹弟子、……貴女は彼女がこのレースのシミュレーションをどれくらいしたと思いますか?」

「え?」

 

 

 私は姉弟子のその言葉に目を丸くして呆気に取られた表情を浮かべる。

 

 シミュレーション……、確かにライスシャワー先輩はこの天皇賞のために相当なトレーニングをしてきたことを知ってはいる。

 

 だが、そんな事を姉弟子から聞かれるとは予想もしていませんでした。

 

 

「……彼女は……、アンタレスに入る前からこのレースのシミュレーションを何度もしてきました。 それこそ、何千、いや、もしかすると何万も……」

「……!? そ、そんな前から!?」

「えぇ、もちろんです」

 

 

 姉弟子は迷いなくそう私に言い切る。

 

 それは、ライスシャワー先輩が自分の脚質をよりずっと前から理解していたからに他ならない。

 

 だが、それにしてもそんな前からなんて私は知らなかった。

 

 天皇賞春、このレースを何故、そんな前から、私はその事についての疑問を拭い去れない。

 

 すると、姉弟子はゆっくりと語り始める。

 

 

「知っていたんですよ、自分の脚質、そして、自分の事を……。……だから、私は……彼女と並んで走りたかった、いや、走れるように……ほんとはなりたかったんです」

「……姉弟子……」

「わかっていたんです。脚質や身体つきから私と彼女は走る場所が違うことは……。……だけど……、共に駆けてきた、切磋琢磨をした仲間とずっとライバルでいたい……そう思うじゃないですか」

 

 

 そう告げる姉弟子の顔はとても寂しそうな顔をしていました。

 

 だからこそ、菊花賞で姉弟子はライスシャワー先輩に勝ちたかったのかもしれません、距離なんて努力次第で埋めれると証明したかった。

 

 きっとそうであるなら、姉弟子もマイルに転向せずにライスシャワー先輩が本気で走れる天皇賞でぶつかる事だってできた。

 

 しかしながら、菊花賞を走った後に姉弟子は足の多大な負荷の為、しばらくの間、休養を余儀なくされたと語りました。

 

 距離を伸ばす為に無理な努力を積み重ねた代償。

 

 ステイヤーという土俵にライスシャワー先輩と共に立つ為に行ったトレーニングが裏目となってしまった。

 

 

「出来ることなら、ライスシャワーとまた天皇賞で戦いたかったと思っています。……悔しいですね……本当に……」

 

 

 姉弟子はそう言うと、ニコリと私に微笑みかけてきた。

 

 天皇賞でまた共に駆けたい。

 

 確かに、きっと私も姉弟子と同じ立場ならそう思います。だって、一緒に走ってきたライバルなら隣で走りたいと思うじゃないですか。

 

 私は姉弟子の右足を見て、悲しげな表情を浮かべます。

 

 足首に痛々しく巻かれたテーピング、きっとまだ、その時の代償が癒えてないんでしょう。

 

 だけど、ミホノブルボンの姉弟子は路線をマイルに変えてトレーニングと調整を行い、走る事をやめるという事はしませんでした。

 

 それは、義理母の為です。

 

 私も同じように、いつか返ってきてくれる義理母の為に走りました。

 

 そして、義理母は帰って来てくれました。

 

 だから、次はライスシャワー先輩が頑張る番、私はミホノブルボンの姉弟子の目を見つめたままこう告げます。

 

 

「姉弟子……、だったら尚更、見届けましょう! ライスシャワー先輩の走りを」

「妹弟子……」

「だって、ライスシャワー先輩は姉弟子のライバルですよ! 私は信じてます! 私の中でミホノブルボンとライスシャワーは最強で最高のウマ娘だって!」

 

 

 私は隣で座る姉弟子の手を握り力強くそう告げた。

 

 私がずっと見続けてきたのは、姉弟子とライスシャワー先輩の背中だった。

 

 高みを目指して、自分は才能が無いと言い聞かせながらも、ルドルフ会長を超えるようなウマ娘を目指してひたすらひたむきに努力をし続けた姉弟子。

 

 何度も、何度も姉弟子に負かされても決して折れずにただ超える為に駆け続け、懸命に努力を積み重ね菊花賞でその努力を証明して見せたライスシャワー先輩。

 

 その二人が私の家族であった事は最大の誇りだ。

 

 

「さあ、折り返し、正面には各ウマ娘がやってきます」

 

 

 そして、私達の目の前を天皇賞を駆けるウマ娘達が通過する。

 

 まるで、その時だけゆっくりと時間が流れるようだった。

 

 黒鹿毛の髪がふわりと揺れる。一瞬だけ、ほんの一瞬だけれど、その時、わかった。

 

 こちらを見つめてくる綺麗なその瞳が私と姉弟子の姿をしっかりと見ていた事を。

 

 そして、その視線と目が合った瞬間、天皇賞を駆ける淀の刺客、ライスシャワー先輩がこちらを見て頷いてくれた事を私と姉弟子は目を見て理解した。

 

 

「えぇ、あの娘は……強いですからね」

 

 

 心配するな。

 

 あの目は確かにそう訴えていた。

 

 身体と魂を削り、絞り、鍛え抜いた身体、その身体には確かにライスシャワー先輩が血の滲むような努力を積み重ねた跡がある。

 

 勝利を掴むために鬼となり、この淀の地に足を踏み入れた。

 

 

「先頭はやはりマックイーン! これは、三連覇なるか!」

 

 

 残り1000m、ライスシャワー先輩は静かに息を潜めてその時を待つ。

 

 彼女の眼差しはしっかりとメジロマックイーンの背中を捉えていた。

 

 ズルズルと先頭を走っていたメジロパーマーがだんだんと足が鈍くなり、入れ替わるようにマックイーンが先頭に躍り出る。

 

 それを横目にライスシャワー先輩は静かにメジロマックイーンの背中を見つめた。

 

 ぴったりと張り付いているその姿は鬼気迫るような雰囲気が漂っている。

 

 最後の最後まで、あの背中を追ってやると彼女は意気込む。

 

 チリチリとした緊迫感が会場に漂い始めた。

 

 そう、勝負は残り400mになってからだ。

 

 

「……しっかりと付いてきてますわね……」

 

 

 メジロマックイーンは顔をしかめる。

 

 背後から迫る黒い影、決して彼女も侮っているわけではなかった。

 

 背後から迫る軍団の中にいてもなお、その目はしっかりと自分を捉えて離さない。

 

 まるで、心臓を鷲掴みにされているようなそんなプレッシャーを感じる。

 

 迫り来る黒い死神、不気味に鎌を振り上げたそれが迫ってきているような気分だ。

 

 

「……くっ……! ここではなさいと!」

 

 

 出来るだけ差を空けておかねばやばい。

 

 直感的にマックイーンはそう思った。だが、いくら足を早めても離れる気配は皆無。

 

 メジロマックイーンは完全に黒いヒットマンに捉えられていた。

 

 そして、いよいよ、残り後400m地点……。

 

 その瞬間であった、背後から迫る黒い影はゆらりと身体を揺らすと一気に加速する。

 

 

「さあ! マックイーンの独走になるか! 外から! 外からライスシャワー! 外からライスシャワー!」

 

 

 積み重ね積み重ねて、培ったもの全てを爆発させる。

 

 それは、そんなライスシャワー先輩の気持ちが入った凄まじい走りであった。

 

 会場にどよめきが起こる。ここにきて苦しそうな表情を浮かべているメジロマックイーン先輩の表情が見えたからだ。

 

 

「今年だけもう一度頑張れマックイーン! しかしライスシャワーだ!」

 

 

 互いに譲れないプライド。

 

 鬼気迫るライスシャワー先輩を横目に見るメジロマックイーン先輩。

 

 そして、その時、彼女は全てを悟る。

 

 

(何故!! なんで!! 貴女に!!)

 

 

 勝ちの道筋が全て奪われていた。

 

 メジロマックイーン先輩は外からグングンと伸びていくライスシャワー先輩にその事を突きつけられた。

 

 名誉ある三連覇。そのためにマックイーン先輩も努力を積み重ねてきた。

 

 だが、それが及ばなかった時の絶望感は計り知れない。

 

 そう、ライスシャワー先輩が積み重ねてきたその血の滲むようなトレーニングは遥かに想像絶するものであった。

 

 それが、メジロマックイーン先輩が積み重ねてきたものを上回っただけなのだ。

 

 

 そして……、決着の時。

 

 

 ビュンッ! と風を切るように加速したライスシャワー先輩は鋭い脚でそのままゴールを突き抜けていった。

 

 

「やはりライスシャワー! ライスシャワーだ! 昨年の菊花賞でもミホノブルボンの三冠を阻んだライスシャワーだ! ライスシャワー! 今、1着でゴールイン!」

 

 

 ゴールを先頭で駆けていくライスシャワー先輩。

 

 天皇賞春という大舞台で、ライスシャワー先輩は舞った。

 

 淀の刺客、その名にふさわしい見事な差し足に会場はどよめいたままだ。

 

 だが、彼らはメジロマックイーンの三連覇を見届けにきていた人達、そんな中、2着でゴールインしたマックイーンは地面に崩れるようにして膝をつく。

 

 

「……はぁ……はぁ……、……負け……私の……」

 

 

 言葉が出てこなかった。

 

 彼女のプライドが負けを受け入れられずにいた。

 

 確かに見事なライスシャワー先輩の走りであった、だが、そのメジロマックイーン先輩の心境とまた会場にいる皆も同じであったのだ。

 

 ミホノブルボンの三冠を阻み、次はメジロマックイーンの三連覇までも……! 

 

 楽しみにして見にきた大記録、それを目の前で潰された。

 

 

「うわぁぁぁん! あのウマ娘! 大っ嫌いだぁ!」

 

 

 その時だった、会場に来ていた一人の小さな女の子の声が会場に響き渡る。

 

 それを、あやすようにする母親。

 

 だが、会場に来ていた皆はそんな子供の泣き声に同調するように忌々しくこんな罵倒を投げ始めた。

 

 

「あのウマ娘、ほんと空気読めねーよな」

「ミホノブルボンの記録だけじゃなくてマックイーンの記録をぶち壊すなんてとんだ悪者だぜ」

 

 

 冷めたような口調で、心にもないような言葉を次々と発する観客達。

 

 私はその発せられた彼らの言葉に絶句した。

 

 何故、あの走りを見てそんな言葉が口から出てくるのか理解ができなかった。

 

 私は握り拳を作り、その場から立ち上がるとその観客に向かって駆け出そうとする。

 

 だが、その時だった。

 

 私を制するようにミホノブルボン先輩が肩を掴んでくる。

 

 

「……やめなさい妹弟子」

「身内があんな風に言われて黙っていられませんよ!」

 

 

 ミホノブルボン先輩の制止に対して私は怒りが込もった静かな声色で告げる。

 

 それに同調するように会場のあちこちからブーイングが飛び出しはじめた。

 

 それを見た私はミホノブルボン先輩に向き直るとこう告げる。

 

 

「こんな事されてもですか! 黙って見逃せと!?」

「そうです」

「ライスシャワー先輩がどれだけの思いで……!」

 

 

 私はそう言葉に出そうとしてやめた。

 

 そう、私もわかっているのだ。単に見に来ている観客達は何も知らない事を。

 

 だから、心にもないような言葉が出る。

 

 あの天皇賞を走り切るのにどれだけ大変な努力が背景にあるかなんて彼らには関係ないのだ。

 

 目の前でメジロマックイーンに勝ったあのウマ娘は自分達の見たかった大記録をぶち壊した悪人でしかない。

 

 そんな捉え方しかできないのである。

 

 

「ふざけんな!」

「マックイーンの記録見に来たんだぞ! こっちは!」

 

 

 会場でヒートアップした客の心無い言葉。

 

 会場に向かって息を整えてお辞儀をするライスシャワー先輩に向かってそれは容赦なく投げかけられていた。

 

 私はミホノブルボン先輩の手を振り切るとターフに出るとお辞儀をしているライスシャワー先輩の元へと向かう。

 

 

「あ、あのバカッ……!」

 

 

 その私の姿が視界に入ったヒシアマゾン先輩は身を乗り出して声を上げる。

 

 だが、駆けた私は会場に向かいお辞儀をしているライスシャワー先輩の元に近寄るとブーイングをしてくる観客達を睨みつける。

 

 

「お、おい、なんだ? あのウマ娘?」

「アフトクラトラスじゃないか?」

 

 

 急に現れた私の姿にどよめく会場。

 

 それに、ライスシャワー先輩もまた突然現れ側に来た私に目を丸くしていた。

 

 

「はぁ……はぁ……アフちゃん……? 」

「……ライスシャワー先輩……」

 

 

 私は静かにその名前を呼ぶと笑みを浮かべる。

 

 周りは記録を見に来た、メジロマックイーンの勇姿を見に来た。そうかもしれない、だけど、私には全く関係ない。

 

 私は笑みを浮かべたままこう告げる。

 

 

「見事な走りでした。流石自慢の先輩ですっ!」

「……アフちゃん……いや……あの……」

「あの人達がどう言おうがどうでもいいです。私はとても感動しました」

 

 

 私の言葉に静かに笑みを浮かべるライスシャワー先輩。

 

 私はゴールを駆け抜けたライスシャワー先輩がただ誇らしいし、それを貶すような、自分勝手な感情をぶつけてくる観客は許せないだけなのだ。

 

 私は観客席にいる皆に向き直ると啖呵を切るようにしてこう告げる。

 

 

「この人に文句があるなら私が受けますよ、なんなら殴り合いでもなんでもやってやりますから今、この場で前に出てきてください」

「アフちゃん! ちょっと……」

「ライス先輩の代わりに喧嘩買ってあげるって言ってんですよ、ほら、かかって来いや」

 

 

 星◯監督、見ていてください! 

 

 アフトクラトラス! やってやります! 

 

 中◯時代の貴方の大乱闘は素晴らしかったですね、はい。

 

 そんな感じで煽るように観客達に告げる私はクイクイと手招きするように挑発する。

 

 

「オラー! かかってこんかー! 口だけかお前らー! 3200m走る事も出来ない奴がでかい口叩いてんじゃねーぞこの野郎!」

 

 

 私の啖呵に静まり返る会場。

 

 その眼差しはヤバイウマ娘を見るような眼差しでした。

 

 まあ、概ね合ってるんですけどね、私、実際ヤバイウマ娘ですし、最近、自覚がちょっとだけ出てきました。

 

 いい具合にヘイトが私に集まってんじゃないですかね? 

 

 よし、なら拳で語り合うのが手っ取り早いですよ。

 

 そんな中、私の背後から迫る目を光らせた怖い人がやってきました。

 

 

「何をしとるんだお前は!」

「ぎゃん!」

 

 

 スパンッといい音が私の後頭部で鳴り響く。

 

 そして、まるで猫をつかむように首根っこを掴まれる私。

 

 そこに立っていたのは、言うまでもなくルドルフ会長、その人である。

 

 なんでや! 私なんも悪いことしてへんやろ! 

 

 そんな中、観客席にいたエアグルーヴ先輩は頭を抱えるようにして呆れたようにこう呟く。

 

 

「……観客に向かって喧嘩売るウマ娘なんて前代未聞だぞ……」

「まあ、アフだからなぁ……、流石はアンタレスの暴れウマ娘だ」

「感心してる場合かブライアン」

 

 

 私を鎮圧した会長を見ながらケラケラと笑うブライアン先輩にため息をつきながら告げるエアグルーヴ先輩。

 

 絶賛嫌われにいくスタイルを突っ走る私の姿は同じウマ娘ならば考えられないだろう。

 

 ですけど私、プロレスならヒールが大好きなんですよね、だから、別に嫌われようが何しようがむしろ有難いというね? 

 

 というか、そちらの方がカッコいいじゃないですか、まあ、この場合はそうではないんですけどね。

 

 間違っていることは声を上げて間違っていると言える、そんな納得した生き方を私はしたいんです。

 

 

「……皆さんうちの生徒がとんだ失礼をしまし……」

「てめーら! そんなに記録が見たきゃ見せてやるよ! 私が凱旋門取ってきたるから黙って見とけ馬鹿野郎!

「ちょっ!? お前!」

「それなら文句ねぇだろうが! こらぁ!」

 

 

 ルドルフ会長から羽交い締めされた私はそう喚きながら観客達に向かって中指を立てる。

 

 どよめく会場、だけど言ってしまった以上は仕方がない、そのまま突っ走るしかないですね。

 

 やってやろうじゃねぇかこの野郎! 

 

 ヤバイ面子の凱旋門? 関係無いから!(帝◯魂)。

 

 

「お前ら見とけよ! 絶対やってやっからな!」

「アフ、それより無敗で三冠取れよな!」

 

 

 そんな中、また観客の1人が私を煽るように告げてくる。

 

 無敗で三冠? ただでさえ凱旋門取ってくるって言ってんのに何言ってんですかこの人。

 

 私は呆れたように肩を竦めるとその観客に向かって声を上げる。

 

 

「なんだよなんだよ! 挑発ですか! そんな挑発に私が乗るわけないでしょ! ただでさえ凱旋門走らないといけないんですから!」

「…………」

 

 

 そう告げる私の言葉に冷めたように静まり返る会場。

 

 なんだやっぱり口だけか、ライスシャワーと同じチームとはいえ大したことねーな。

 

 そんな感情が見え透いているようでした。

 

 心なしか、バカにされたような眼差しを向けられているような気がします。

 

 なので、余計に私は腹が立ったのでこう言ってやりました。

 

 

「やってやろうじゃねぇか! この野郎!」

 

 

 その瞬間、会場から爆笑が起きます。

 

 ルドルフ会長から羽交い締めにされて荒ぶる私。

 

 そんな私は困った表情を浮かべているライスシャワー先輩から宥められます。

 

 

「アフちゃん? ね? とりあえず、ほら落ち着いて、ね?」

「うがあああああ!」

 

 

 いつのまにか、ライスシャワー先輩に向けられていたヘイトは何処へやら。

 

 それは何故か私に対する無茶振りに変換される事となりました。

 

 なんでそうなったんや……、あ、私が変に啖呵切っちゃったせいですね、これ。

 

 

「お前ら! 絶対後でライス先輩のウイニングライブ見にこいよ! 来なかったら尻にタイキックしてやっからな!」

 

 

 最後までそう喚く私はその後、エアグルーヴ先輩とヒシアマゾン先輩から両脇を抱えられ、その場から退場させられていく。

 

 おかしい、ついさっきまでかっこよく先輩を庇う後輩の図だった筈なのになんでこんな扱いになってしまってるんでしょうかね。

 

 コレガワカラナイ。

 

 

 

 

 その後、2人からレース場に続く入場ゲートの通路まで連行された私は自分が口走ってしまった事に思わず頭を抱えてしまう。

 

 

「……あぁ……私は何を口走ったんだろう……」

「馬鹿だろお前」

 

 

 ヒシアマゾン先輩からの冷静な突っ込み。

 

 膝から崩れ落ちている私に容赦ない一言が入ります。はい、私もわかっていますとも、何言ってしまったんでしょうね、私は。

 

 アホかな? 無敗で三冠取ってやるとか。

 

 まあ、言ってしまった事は仕方ないんですけど。

 

 

「……アフ……お前という奴は……本当に……」

「会長、深呼吸してください、深呼吸」

「いや、もう一周回って冷静だ……」

 

 

 そんな中、怒りと呆れをはるかに通り越してしまったルドルフ会長が非常に疲れたような表情を浮かべて頭を抱えていた。

 

 会場にいた観客達を煽り、喧嘩を売ったかと思えばライスシャワーに向けられていたヘイトを全て受け止め異様だった雰囲気を全部、期待に変えた。

 

 そんな事を目の前でやられてしまってはルドルフ会長も怒るに怒れない。

 

 むしろ自爆している私に逆に同情しているような眼差しさえ向けてくる始末である。

 

 そんな中、私の側に近寄ってくる1人のウマ娘。

 

 

「本当にもう」

「あいたっ!」

 

 

 コツンとそのウマ娘、今回の主役であるライスシャワー先輩からデコを指で弾かれる私。

 

 ぷくっと頬を膨らませているライス先輩が天使すぎて辛いです……。ツライングしそう、サードのエラー。

 

 そんなライス先輩の顔を見て私はちょっと涙目になりながらデコをさすり彼女の顔を見つめます。

 

 

「気持ちは嬉しかったわ……けど、あんな無茶するアフちゃんは見たくなかったなっ」

「……うぐっ……で、でも……でも……」

「わかってる、でもね、私も嫌われるのには慣れてるの、私のせいで傷つくアフちゃんは見たくはないわ」

 

 

 そう言って、私の頭を何度も撫でてくるライス先輩。

 

 きっと、ミホノブルボン先輩もライス先輩と同じようなことを思っていたのでしょう。

 

 だから私を止めるように割り込んだ、それは理解はできるんですけど。

 

 

「気がつけば、いてもたってもいられず身体が勝手に動いていました……」

「などと容疑者は供述しており……」

「ヒシアマ姉さん、犯罪者扱いは勘弁してください……」

 

 

 なんか目線にモザイクかかってるような気がするんですけど、気のせいですよね? 

 

 私のそんな言葉を聞いたライス先輩はニコリと笑みを浮かべると優しく私の頭を撫で、こう告げてきます。

 

 

「みんなが期待するようなウマ娘に私はきっとなるから、だから今はこれでいいの、アフちゃんありがとう」

 

 

 そう告げるライス先輩は私の頭から頬にそっと手を移して、添えるように優しく撫でてくれました。

 

 私はそんなライス先輩の表情を見て思わずシュンと尻尾と耳が元気なく垂れ下がってしまいます。

 

 何か余計なお世話だったのかもしれません。

 

 そんな中、私とライス先輩の元に見慣れた栗毛の髪を靡かせるウマ娘がやってきます。

 

 彼女はライスシャワー先輩の側に近寄るとそっと肩に手を置きました。

 

 

「おめでとうございます、ライスシャワー」

「ブルボンちゃん……」

 

 

 その言葉に反応するように笑みを浮かべるライスシャワー先輩。

 

 確かに終わった後に一悶着あったにせよ、勝ったのはライスシャワー先輩です。素直なミホノブルボン先輩の言葉はライスシャワー先輩には一番の労いの言葉になったのかもしれません。

 

 すると、姉弟子は私や周りにいるウマ娘達の顔を見渡しながらこう告げる。

 

 

「少し、時間を頂けますか?」

 

 

 自分とライスシャワーを2人きりにしてほしい。

 

 そういったお願いが私達に対して姉弟子から出てきた。

 

 私やヒシアマ姉さん、そして、エアグルーヴ先輩やルドルフ会長は顔を見合わせると静かに頷く。

 

 それから、私達は姉弟子とライスシャワー先輩を2人きりにしてその場から立ち去った。

 

 どんな話をしていたのだろう。

 

 その話を知る者は当事者である2人だけだ。

 

 ライバルであり莫逆の友、ライスシャワー先輩と姉弟子はそんな間柄だ、だからこそ、2人で話したい事はたくさんあるだろう。

 

 

 G1レース、天皇賞春。

 

 

 その激闘を制し、盾を持つ勝者に輝いたのは、淀に舞う黒い刺客であり、私の親愛なる先輩、ライスシャワーだった。

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