遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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新たな誓い

 

 

 

 天皇賞が終わって。

 

 先程まで、大人数でいた通路には人払いをした2人のウマ娘しかいない。

 

 天皇賞を勝ったライスシャワー先輩、そして、そのライバルであるミホノブルボンの姉弟子だ。

 

 ライスシャワー先輩と2人きりになった姉弟子はこんな話をし始める。

 

 

「ライスシャワー、貴女はこちらには来ないのですか?」

「えっ……?」

 

 

 ライスシャワー先輩はミホノブルボン先輩の言葉に呆気にとられたような表情を浮かべる。

 

 海外のレース、それは日本で行われるウマ娘のレースよりも遥かにレベルが高く、怪物達がひしめき合う魔境である。

 

 そこへ行くという事を考えたことがなかったライスシャワー先輩にとって、姉弟子の言葉は衝撃的だった。

 

 だが、同時に考える、今の自分の力量を。

 

 

「まだ、日本にいるみんなは私のことを認めてくれてないわ……、そんな状態で行くのはまだ……」

「そうですか……」

「でも、認められたら走りたい、海外でも走ってみたいと思うの」

 

 

 ライスシャワー先輩はニコリとミホノブルボンの姉弟子に微笑みかけながら告げる。

 

 その言葉を聞いたミホノブルボンの姉弟子はライスシャワー先輩の言葉に納得したように頷き口を開いた。

 

 

「……来年、ブリーダーズカップ・ターフ、ライスシャワー、貴女とその場で私はまた勝負がしたい」

「……え……?」

「世界最高峰のレースの一つ、私はその場所で貴女と走りたいと思っています」

 

 

 ミホノブルボンの姉弟子はライスシャワー先輩の手を握りしめて力強く頷く。

 

 ブリーダーズカップ・ターフ。

 

 それは、1984年に創設されたアメリカ主催のウマ娘達のレースの祭典である。

 

 アメリカはダート主戦の為にクラシックよりはランクは下がるものの、それでも名だたる世界のウマ娘がこぞってその名誉を得ようと集う一大レースだ。

 

 

「貴女との決着はまだ着いてるなんて私は思ってません、何度でも、何回でも、私は貴女と戦いたい、貴女と私のレースを世界中の人たちに見て欲しいんです」

「ブルボンちゃん……」

「距離は2400m、日本ダービーと同じです。私もこの足を完治させて、マイルからクラシックに絶対に復活してみせますですから、貴女も……」

 

 

 そうミホノブルボンの姉弟子が告げる前にライスシャワー先輩は手を取り嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

 ライバルからの挑戦状、そして、海外レースへの誘い、これが嬉しくないわけがない。

 

 ライスシャワー先輩は力強く頷くとミホノブルボンの姉弟子にこう告げる。

 

 

「うん! 絶対に行く! きっと行くわ! 私もブルボンちゃんと走りたい!」

「……ライスシャワー……」

「私も頑張るわ、だからブルボンちゃんも負けないで」

「……っ! はいっ!」

 

 

 ライスシャワー先輩の返事を聞いたミホノブルボンの姉弟子は嬉しそうに頷く。

 

 改めて交わした誓い、2人にとっての新たな目標ができた瞬間であった。

 

 そんな中、2人の元にあるウマ娘がやってくる。

 

 芦毛の髪を揺らしながら、今回の天皇賞で雪辱を味わったメジロマックイーン先輩その人だ。

 

 

「面白い話をしていらっしゃるわね?」

「……マックイーンさん……」

「ライスシャワーさん、素晴らしいレースでしたわ……、今回は私の完敗です」

 

 

 そう言って、メジロマックイーン先輩はライスシャワー先輩の手を握り笑みを浮かべる。

 

 三連覇という記録、それを目前で打ち破られてもなお、メジロマックイーンは清々しいほどにライスシャワー先輩のレースを賞賛していた。

 

 その身に纏う風格はあいも変わらず、王者に恥じない立ち振る舞いである。

 

 そして、握手をライスシャワー先輩と交わしたメジロマックイーン先輩はミホノブルボンの姉弟子に視線を向けると真面目な表情でこう告げる。

 

 

「私とて、このままやられっぱなしというのは気が済みませんわ、今回は負けましたけどリベンジをしたいと思っていますの、ミホノブルボンさん? ……私もブリーダーズカップ・ターフ、参戦させていただきますわ」

「……!?」

「……メジロマックイーンさん……も……ですか?」

 

 

 メジロマックイーンがブリーダーズカップ・ターフに参戦する。

 

 その宣言に2人は思わず度肝を抜かされた。

 

 まさか、有利なステイヤーという路線から2400mのレースを彼女が選んでくるなんて思ってもいなかったからだ。

 

 しかし、メジロマックイーンは笑みを浮かべて2人に話を続ける。

 

 

「あら? 私こう見えても2200mの宝塚記念、G2で2400mレースの京都大賞典を勝ってますのよ、……3000m以下だからと侮ってもらっては困りますわ」

 

 

 メジロマックイーンは何も問題はないと言わんばかりに2人に告げる。

 

 確かに、メジロマックイーンが得意とするのは長距離だ。だが、実際に3000m以下のレースでも勝てる力量は兼ね備えている。

 

 ライスシャワー先輩にリベンジがしたい。

 

 メジロマックイーンは既に先のことを見越し切り替えた上でミホノブルボンの姉弟子と同じくライスシャワー先輩に挑戦状を叩きつけたのである。

 

 メジロマックイーンは誇り高いのだ、自分が背負っている家系、そして、期待してくれたチームメイトや自分自身の名誉のためにも自分を負かしたライスシャワー先輩に勝ちたいと思っていた。

 

 ライスシャワー先輩とて、それは重々理解している。だからこそ、メジロマックイーン先輩に向き直ると笑みを浮かべ迷いなくこう告げた。

 

 

「受けて立ちますよ、マックイーンさん」

「ふふ、……まさか、この2人と走ることになるとは思いませんでしたね」

「あら? 怖気付いたのかしら?」

「……まさか? ……貴女を倒せると聞くだけで足が疼きますよ」

 

 

 強い相手がいればいるほど燃えるもの。

 

 プライド高いウマ娘達は皆そうなのだ。皆が常に目指しているところは誰よりも早いウマ娘になること。

 

 天皇賞春を終えて、三人はいつか戦うべき目指す場所を立て、そこに向かうべく別々の道を歩み始める。

 

 交わる場所は同じ、決戦の地はアメリカへ。

 

 

 

 それから、二日後。

 

 私ことアフトクラトラスは何してるかと言いますと、はい、地獄のようなトレーニングを積み重ねている真っ最中です。

 

 というのも、先日の発言ですね? デカデカと記事に載っちゃってました。

 

『アフトクラトラス! 無敗三冠! 凱旋門奪取宣言!』という記事ですね。

 

 これ書いた人◯ねばいいのに。これだからマスメディアは……。

 

 とか思ってたら今朝のニュースになっていましたからこれまたびっくりですよ。

 

 これだからマスメディアは……(2回目)。

 

 しかも、ニュースで思いっきり観客に向かって喧嘩売ってる私の映像ががっつり流れていたわけですよ。

 

 まあ、そんなわけで言った以上はやれよな? 絶対やれよな? みたいなプレッシャーの元、義理母とオカさんにトレーナーについてもらい地獄のトレーニングをしている真っ最中です。

 

 

「おらぁ! アフトクラトラス! タイム落ちてきとるぞ! ペース上げんかぁ!」

「顔上げろ! 顔!」

「……はいっ!」

 

 

 坂を尋常じゃない速さで駆け上がっては降り、筋トレは徹底的な下半身強化に当てられる。

 

 トレーニングジムでひたすら一心不乱に筋力トレーニングをしている私の姿に周りいたウマ娘からもこんな声が上がった。

 

 

「うわぁ……アフ先輩凄いわね……」

「鬼気迫るというか、身体から湯気が出てるし……」

 

 

 もはやオーバーヒートとかそんなレベルじゃないですね、多分、今のトレーニングはトレーナーが2人いることによってやばいレベルのトレーニングになっています。

 

 うん、みんなドン引きしてて悲しいなぁ、もっとフレンドリーに接してくれていいのに。

 

 まあ、この状況なら無理ですね(諦め)。

 

 

「アフ頑張ってるなー」

「ハァ……ハァ……ブライアン先輩?」

「ほら、これでも飲んで水分補給しとけ」

 

 

 そう言って、私にニンジン飲料を渡してくるブライアン先輩。

 

 ひゃあ! 美味いー! 体に染みるじぇこれは! 

 

 タオルで汗をぬぐいながらニンジンジュースを堪能する私、そんな私の側に腰を下ろしたブライアン先輩はゆっくりと口を開く。

 

 

「なぁ、アフ、お前、凱旋門走ったのちに菊花賞も走るんだよな?」

「……? そうですよ?」

「悪いことは言わん、やめとけ」

 

 

 隣に座るブライアン先輩は珍しく真剣な眼差しで私に告げてきた。

 

 凱旋門奪取宣言、無敗三冠をやるなら別に同年である必要は確かに無いだろう。

 

 だが、私は今年取ると決めていた。自分の状態はよくわかっているつもりだし、何より挑戦を諦めたく無いと思っていたからだ。

 

 ブライアン先輩から忠告を受けた私は静かにこう問いかける。

 

 

「何故ですか?」

「身体への負担が膨大にかかるからだ。考えてもみろ、凱旋門賞は2400m、そして、菊花賞は3000mという長距離だ、……下手をするとお前……」

 

 

 そこで、ブライアン先輩は言葉を切った。

 

 私の走りをブライアン先輩は間近で見てきている。私の今の走り、終盤で炸裂させる地を這う走りは身体への負担が膨大にかかる。

 

 そうなれば、その走りを駆使して戦う大レースがこれだけ続けばその負担も計り知れないものになることは明白であった。

 

 下手をすれば、取り返しのつかないことになり得る。

 

 それは私も重々承知していることだった。

 

 

「……えぇ……わかってますよ」

「……そうか、わかった上でもお前は……」

「そうです、私、約束しちゃいましたからね、皆に」

 

 

 言ったことは守らないと。

 

 私はブライアン先輩に笑顔を浮かべて迷いなくそう告げた。

 

 身体と魂を削る走り、それが私の走りだ。

 

 ウマ娘として私はやりたいように生きるし、何より、応援してくれている皆の期待に応えたい。

 

 

「お前がそう言うなら私はお前を応援するだけだ、今年は無理かもしれないがWDT、夢の11R、お前と走りたいんだから無理するなよ」

「へっへーん、誰に言ってますか?」

 

 

 ブライアン先輩に撫でられながら、私は笑顔を浮かべてそれに答える。

 

 無理かどうかなんてやってみないとわかんないんですから、だったら私は挑戦する方を選びますね! 

 

 まあ、まずは目の前の日本ダービーですけども。

 

 

「あぁ、そうだ、この機会に日本ダービーの走り方を教えといてやろう、ちょっとこの後時間あるか?」

「……? えぇ、もちろん、私も是非聞きたいです」

「そうか、それじゃトレーニングが終わったらミーティングルームの前に来てくれ」

「はいっ」

 

 

 それから私は日本ダービーに向けたトレーニングをひたすらこなした後にミーティングルームでブライアン先輩から日本ダービーについての走り方について教授してもらった。

 

 こういった情報はありがたいですよね、実際に走った事がないわけですし、コースの分析とかペースの分配とか勉強になります。

 

 しっかりと頭に叩き込んでおかないと損です。

 

 

 天皇賞春が終わり、次は私の日本ダービー。

 

 

 世界へ挑戦するために必要な第一歩、そして、日本中が注目する大レース。

 

 そんな大レースに向けて、私はもう動き出していた。


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