皆さんはクレイジーサイコレズという言葉をご存知だろうか?
はい、まあ、私も聞いたことはあるくらいでそんな人は居ないよねーくらいに思っていました。
それはあくまで造語で、こんなもんに当てはまる人ってツチノコを見つけるより難しいですよ。
「アフちゃん! 今日お弁当作ってきたんだけど一緒に食べない?」
「……あ、ありがとうございます」
そう、だからこうして弁当を作って来てもらうからといってその人がそうだとは限らないのだ。
満面の笑みで弁当を差し出してくるメジロドーベルさんに私は笑みを浮かべながら受け取ります。
しかしあれです。
同じウマ娘同士なのにこうして手作り弁当を作ってもらうという状況はなんなんでしょうね?
いや、これは善意からだと思うことにしましょう。
「パクっ……んむぅ、美味しい!」
「ほんと! 良かったぁ」
味も申し分ないです。物凄くおいちい。
そして、私達は今、食堂で食事を取っているんですけども正面には相変わらずオグリ先輩がモキュモキュと大量のご飯を並べて食べています。
オグリさんは何故か手を止め、ジーッと美味しそうにドーベルさんのお弁当を食べる私を人差し指を唇に添えて物欲しそうに見つめてきていました。
口元からよだれ垂れてますよ、でも可愛いから許しますけどね、明日からこの娘、持ち帰って飼っていい?(酷い)。
「……あの、オグリさん? どうしました?」
「おいしそう……」
「ですよねー」
そんな目をキラキラさせて見てきたら嫌でも分かりますよ、メジロドーベルさんの手作りお弁当ですからね。
そんな中、隣にいたメジロドーベルさんはオグリさんに向かってこう告げる。
「これはアフちゃんに作ったものだからね? ね? オグリさん」
「……一口……一口だけ……」
「まあまあ、ドーベルさん」
そう言って、オグリさんにお弁当をあげまいとするドーベルさんを宥める私。
いっぱい食べるオグリさんは私は好きなんで食べさせてあげたいんですよね(甘やかし)。
ほら、みてください、オグリさんシュンとしちゃってますよ、可愛そうに。
んー、でも、ドーベルさんの前という事もありますからね、何かしら交換条件なら問題ないかも……。
もしかしたら、この課題なら諦めてくれるかもしれませんしね。
「まあ〜オグリさんがどうしても一口食べたいならですね〜そうですね〜」
「!?」
そう言って悪巧みしているような笑みを浮かべる私。
私の話を聞いてヨダレを垂らしてガタッと身を乗り出すオグリさん、私は思わずハンカチを取り出してオグリさんの口元を拭いてあげる。
それを見ていたドーベルさんは良いなぁと物欲しそうな目を私に向けてきます。
違うんです、身体が反射的に動いちゃうんですよ。
そうだなー、条件って何が良いでしょうかね?
まあ、適当に言っておきますか、別にあげない訳じゃないですし。
「そうですね、私にディープキスしてくれたらお弁当をちょっと分けてあげますよ」
「!?」
その瞬間、ガタリッとドーベルさんが身を乗り出してきたような気がしましたけれど多分気のせいですよね?
まあ、流石にディープキスは言い過ぎでしたね、というか、冗談ですけどね。
というわけで、私はケラケラ笑いながらこんな風にオグリさんに告げます。
「なーんて冗談ですよ! 冗談! じゃあオグリさんに……」
「良いぞ」
「……はえ……?」
そう言ってオグリさんは席を立つとツカツカと私の方に歩いてくる。
そして、私の肩をがっしりと掴み、腰に手を回すとそこから一気に顔を近づけてきた。
この一連の動作に無駄がなく、全く迷いが無かった事から私は全く反応できなかった。
「はむっ」
「……んむぅ!?」
オグリさんからの大胆なキスだった。
キスをしてきたオグリさんは舌も絡めてきますし、なんか頭の中がぐるぐる掻き回されているようなそんな変な感覚でした。
ビクンビクンと私の身体が無意識のうちに敏感に反応する。
これはダメなやつだ! これはあかんやつや!
冗談だったのに……こんな、こんな事って……。
一言で言うならば濃厚、そして、周りのウマ娘達は顔を真っ赤にしながら指の間からその光景を眺めているだけだった。
キスをされてる当事者の私なんですけど、一言で言いましょう。
アフトクラトラス堕つ。
そんなワードが頭によぎった。というか、私堕ちすぎじゃないですかね(いろんな意味で)。
しばらくして、私の唇からゆっくりと顔を離すオグリさん。
離れていく口元からは糸が引いてました。
「……どうだ? これで良いか? 弁当をくれ」
「……ハァ……ハァ……、なんで貴女迷いなく……あぅ……」
目がトロンとしてる私はそう呟くとガクンと膝から崩れ落ちるように力尽きました。
なんかしゅごい(語彙力)。
わかりました。弁当のため、要は食べ物に関してはオグリさんにはなんの躊躇いも迷いもなく行えるんですね。
私が完全に見誤ってました。
足腰に力が入らなくった私はポーッとしながらただただ呆然としていました。
何というか、余計なことを言ってしまったなと、なんか、その……まさかこんなことになるなんて(錯乱)。
そして、私が力無くヘタレ込む私。
呆然としていると、いつのまにかメジロドーベルさんが前に立っていました。
放心状態なんでね、いつの間に! って感じですよ。
メジロドーベルさんは何やらボソリと呟いていました。
「……上書きしなきゃ……」
「……はい?」
そして、次の瞬間。
私の眼前にドーベルさんの顔がありました。あっという間に間合いを詰められた私は呆気にとられたままです。
「はむっ……」
「ちょっとまっ……!? んんっ……!?」
私を勢いよく押し倒すドーベルさん。
周りのウマ娘は何やら歓声なのか悲鳴なのかよくわからない声を上げて喜んでいる様子でした。
そして、ここで実況の青島バクシンオーさんから一言。
『メジロドーベル差したぁ! 迷いなく差しました! まだ伸びる! まだ伸びる! これにはアフトクラトラス撃沈です!』
『いやー、今回のレースも波乱万丈でしたね』
うん、刺さってますね口元にディープインパクトされてますから。
ブチューとメジロドーベルさんから接吻を受けた私はその後ジタバタしていましたが、舌を絡めたりしたせいで次第に力が抜けていき、出荷される前のマグロみたいになってしまいました。
それから、満足したメジロドーベルさんは口元からゆっくりと顔を離していきます。
そこに残っていたのは目からハイライトが完全に消失した私の顔でした。
なんか事後みたいな顔になってます。
「衛生兵! 衛生兵!」
「ちょっ!? アフちゃん先輩大丈夫ですか!?」
そのまま担架に積まれる私。
ドナドナ〜が流れてきますね〜、あーあの星綺麗だなー彗星かなー?
あ、ありのままに今起こったことを話すぜ! オグリさんからディープキスされたかと思ったらドーベルさんからも接吻されていた!
な、何を言っているかわからねーと思うが私も頭がどうにかなりそうだった。
というか頭がおかしくなりました。あ、元から? ってやかましいわ。
そんなわけで、2人から壮絶なディープキスをされた私はそこからしばらく立ち直るのに3日くらいかかりました。
ちなみに私のお弁当はオグリさんが完食されたようです。
あれ? もしかしたらオグリさん私を食べようとしたんじゃないんですかね……(恐怖)。
今回学んだことは、人をからかうのもほどほどにしておきましょうという事です。皆さんも気をつけてください。
アフちゃんとのお約束です。
さて、そんな事があってそれからどうしたかというと。
日本ダービーに向けて、バリバリの最終調整中です。
なんか先日凄いことがあったような気がしますけどきっと気のせいですね。いや、気のせいです。みんな、いいね?
記憶にないのであれはなかったことと一緒です。
「足上げろ! 足!」
「軸がよれてきとるぞ!」
「はいっ!」
丸太を引きずりながら坂路を登る私。
厳しいの言葉が飛び交う中、懸命に足を動かしグングンと坂を駆け上がります。
日本ダービーは運の要素が確かにありますが、だからといって実力が関係ないわけではありません。
最終調整の前日には仮想のコースチェック、これまでの日本ダービーの走り方、そして、勝つために必要なポイントを的確に抑えてきました。
やはり、今のところ警戒すべきはエイシンチャンプちゃんとサクラプレジデントちゃんでしょうかね、あの瞬発力は侮れませんし何より前回の皐月賞での結果を踏まえ私を警戒しているはずですから。
それらを踏まえた結果、義理母とオカさんが出した答えはこれでした。
「日本ダービーは……差しでいく」
「……差し……ですか?」
「あぁ、そうだ」
差し足を使った走り、それは今まで、先行で押し切りぶっちぎってた私には意外すぎる戦法でした。
意外、ですが、確かに裏をかくという意味では差しは有効な戦術ではあります。
これまでのレースであまり試したことがないという点を考えなければの話ですけれども。
オカさんは義理母の話を補足するようになぜその選択に踏み切ったのか私に説明をし始める。
「本来、お前の走りは確かに先行向けだが、差し足も一級品だ。終盤に溜めて一気にごぼう抜きも不可能ではない」
「……うーん……」
「今回はむしろ、先行の方が不利だろうな、警戒されている分、ペースを乱される場合がある。終盤に中団から一気に外出て仕掛けた方が無難だ」
オカさんの言葉に義理母も静かに頷く。
確かに、坂路は瞬発力を鍛える効果もある。ギアのチェンジに関して言えばアンタレス以上に鍛えているところは少ないだろう。
差し足の走りについても私は以前からナリタブライアン先輩にレクチャーしてもらっていたし、走りが自在であればあるほど相手も対応がしずらい。
「わかりました、やりましょう」
私は考えた末、日本ダービーは差しの戦法で戦うことに決めた。
ただ、この策が上手くいくとは限らない、日本ダービーは荒れる事も多いと聞くレースだ。
撃沈するリスクも高いが、それを克服しなければ世界で戦う事もまた夢となってしまうだろう。
ミホノブルボンの姉弟子も勝ったのだ。私もそれに続かなければ。
こうして、私は日本ダービーの最終調整を徹底し、やれることは全てやり尽くすことにした。
日本中が注目する日本ダービー。
その、栄光を掴むために集結する強敵達を迎え撃つ覚悟を固め、私はいよいよ、その日を迎えようとしていた。