遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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新入生とダービーの前日

 

 

 

 

 やあ、こんにちは、君が噂の転入生だね。

 

 私が生徒会長のシンボリルドルフだ。

 

 トレセン学園は初めてだろうから私がいろいろと話をしてあげよう。

 

 ん? アフトクラトラスについて知りたいだって? 

 

 あの問題児について知りたいなんて君も変わっているな……、あれが憧れの先輩というのもちょっとな……。

 

 ん? い、いや、別に馬鹿にしているという事では無いんだ。

 

 確かにあれは一癖も二癖もあるポンコツなんだが、実力は……間違いなく、いや疑いようのない怪物だ。

 

 それ故にアレに憧れてこのトレセン学園に入ってくるウマ娘が最近多くてね。

 

 あぁ、君もあいつのレースに刺激されて入った口か、レースと私生活じゃ全然違うぞあいつは。

 

 アフトクラトラスの事をもっと教えて欲しいだって?

 

 ……そうだな、んー、一言で説明するのは非常に難しいんだがな。

 

 長くなるが、それでもいいのなら、話してやろう。

 

 まず、アフトクラトラスは君が知っている通りとんでもない実力を秘めたウマ娘だ。

 

 素行は非常に問題があるがな。

 

 だが、それを踏まえてもレースでは決して手を抜かない真面目なウマ娘であることは間違いないだろう。

 

 私生活ではやたらと周りのウマ娘達に可愛がられていて、本人もそれは歓迎している節がある。

 

 普通ならあれだけの実力があるのならば、尖っていて、近寄りがたいような雰囲気があってもおかしくは無いのだがな……。

 

 アフトクラトラスにはそれは無いんだよ。

 

 入学した頃のサイレンススズカやブライアン、そして私なんかは特にそうだった。

 

 他のウマ娘にも目にもくれず、己が足を高めライバル達を倒し、誰よりも速くなる事を目標にして日々過ごしていたんだ。

 

 だが、アフトクラトラスは違う。

 

 見知らぬウマ娘が併走に誘ってもあいつは快く引き受けるんだ。

 

 何故だかわかるか? 普通なら格下と思う相手の誘い、普通なら自分の為にならないからと断るだろう? 

 

 それはな、あいつが所属しているチームがそうだからだ。

 

 叩き上げのエキスパートがズラリと揃っている精鋭チーム、アンタレス。

 

 そう、自分より実力が劣っていようともあいつには関係ないんだよ。

 

 要は己が課しているトレーニングについて来る根性や精神力があるかどうかで判断しているんだ。

 

 あいつの姉弟子であるミホノブルボンがそうであるようにトレーニング次第で強くなれると思っているから、見限る事は決してない。

 

 実力を付けるために地獄のトレーニングをこなして己のライバルとしてのウマ娘になり得るのか、そこを見ているんだよ。

 

 一見、この行動は非常に優しいと思うだろう?

 

 だがな、あいつとの現実の実力差を目の当たりにし、アンタレスの苛烈なトレーニングに耐え抜ける精神力を持ったウマ娘は限りなく少ない。

 

 もしかすると、まだ、突き放す行動の方が優しいのかもしれない。

 

 トレセン学園の中でもチームアンタレスはずば抜けてスパルタだ。

 

 その事を把握している実力のないウマ娘はアフトクラトラスには無闇にトレーニングを持ちかけたりはしない。

 

 ただし、これだけは伝えておくが、もし君がアンタレスのトレーニングを耐え抜く事ができる精神力と根性があるならば、間違いなくG1ウマ娘としてこのトレセン学園で名を残す事が出来るだろう。

 

 努力する者を見捨てないという意味では彼女は非常に優しく手を差し伸べてくれる良き先輩になり得ると私は思っているよ。

 

 アレには散々手を焼かされているがね、それでも、私にとっても可愛い後輩だ。

 

 元々から才能がある天才が凄まじい努力を積み重ねているのだから、アレはもう手がつけられんよ。

 

 あいつを超えたいと思っているのであればこれだけは言っておくぞ、生半可な覚悟や努力じゃアフトクラトラスには決して勝てないとな。

 

 私か? ……さあ、走ってみなければわからないが私は負ける気はさらさらないよ。

 

 君もこのトレセン学園の門を叩き、入ったのならば、覚悟を決めた方が良い。

 

 こちらの領域に来たいのであれば、これまでの概念を全て捨て去り、常識が外れるほどの血の滲むような努力を積み重ねる覚悟をね。

 

 もっとも、君に才能があるのならば話は別だがな。

 

 ちょっと意地悪な事を言ってしまったかな?

 

 だが、話した通り、例え、才能がなくともこの学園ではそれを開花させる場所はある。

 

 涙を流し、田舎に帰る事を選択するか、それとも戦う強い意志を持ってこの学園で実力を身につけて走りぬくのか選択するのは君次第だ。

 

 だから、私は生徒会長として君の転入を歓迎するよ、期待しているから存分にウマ娘としての実力を発揮してくれ。

 

 あぁ、そうだ、もうすぐ日本ダービーがある。

 

 よければ君も見ていくといい、私の話を聞いて君の憧れているアフトクラトラスの走る姿がまた違って見えてくるはずだ。

 

 

 

 日本ダービー前日。

 

 私の周りには人だかりができていた。

 

 それはそうだろう、何しろ未だ無敗、そして、前回の天皇賞春ではライスシャワー先輩を庇った上に、自分の口から無敗三冠、凱旋門奪取を宣言したのだからマスコミ達にとっては私は良い取材対象だ。

 

 そして、言うまでもなくこれまでの圧倒的戦績から一番人気、日本中が注目する日本ダービーでのこの人気の高さがより私への取材を加熱させていた。

 

 その対象で私ですが、まあ、非常に鬱陶しく感じていましたね、期待されているのはわかりますけど、別にマスコミの為に走っているわけでもなんでも無いわけですから。

 

 

「アフトクラトラスさん! 今回のレースへの意気込みを聞かせてくださいっ!」

「んー、別に普通ですかね、特には無いです」

「あのー、写真を撮りたいのでこちらを向いてもらっても……」

「嫌です」

 

 

 めんどくさそうに手をひらひらとさせてあっちへ行けと言わんばかりの仕草をする私。

 

 レース前でナーバスになっているのもありますけど、マスコミって基本、私信用してないんですよね。

 

 ゴマすりみたいに近寄って平気で裏切るような記事を世の中にばら撒く人達なので。

 

 ミホノブルボン先輩も同じように言っていましたしね、ライスシャワー先輩に対する記事を書いた新聞記者なんかは特に信用してません。

 

 というか、あの天皇賞春後、ライスシャワー先輩批判するような記事を書いた新聞社は全部、私の取材を出禁にしてやりました。

 

 

「では、アフトクラトラスさん、今回のレースですが、徹底的なマークが予想されるのですが、何か秘策はあるのでしょうか?」

「んー、良い質問ですね。ですが、それ言っちゃうとネタバレになっちゃうんでレースを見て判断してもらえればなと」

 

 

 そう言って肩を竦めながら私は記者の質問に答える。

 

 教えてあげたいんですけど流石にね? それ話しちゃうと相手も対策組んできちゃうんで意味なくなっちゃいますから。

 

 すると、しばらくして他の記者さんからこんな質問が飛んでくる。

 

 

「アフトクラトラスさん、このレース後、海外遠征の話が上がっているのですが本当でしょうか?」

「このレース次第ですね、今はお答えしかねます。今はこのレースに集中しているので」

「警戒しているウマ娘は居ますか?」

「……警戒ですか? ……そりゃ居ますよ、もちろん日本ダービーに出てくる全員です」

 

 

 私は淡々と記者から飛んでくる質問に答える。

 

 日本ダービーに出てくるウマ娘は全員くせ者ばかりだ、そんな中、警戒すべきウマ娘は全員に決まっている。

 

 何が起きるかわからないのが日本ダービー、警戒すべきは特定のウマ娘だけでなく、全員だ。

 

 

「アフトクラトラスさん、ゼンノロブロイ、ネオユニヴァースのお二人は現在、海の向こうに遠征に行きましたがそれについてはどう思われているでしょうか?」

「別にどうも思わないですね、強いて言えば2人とも私の親友なので海外のウマ娘を蹴散らして欲しいなとは思っていますよ」

 

 

 私は笑みを浮かべて質問してきた記者に答える。

 

 そう、ゼンちゃんも天皇賞春が終わってから日本ダービーを選択せずにすぐに海の向こう側へと行ってしまった。

 

 だが、その選択は私は間違っているとは思わない、海外で勝つのが難しいと言われている中、挑戦する意志を見せたゼンちゃんを私はリスペクトしている。

 

 

「いやぁ……しかし、記者の間では貴女との対決を避けたという話が……」

「憶測で物事を語らない方が良いですよ? 海外のウマ娘を蹴散らしてさらに強くなって私と戦うという選択肢を選んだという捉え方もできますよね? 少なくとも私はそう思っています」

 

 

 苦笑いを浮かべながらそんな言葉を発した記者に対して私は真顔で蔑んだような眼差しを向け容赦ない言葉をぶつけた。

 

 事実でない事を誇張して憶測で話すなど私には許しがたい事だ。

 

 しかも、私が好きな2人のことをそんな風に言われて黙っていることなんてできるはずもない。

 

 うん、というわけで、そんな言葉を発したあの新聞記者は後で名前聞いて出禁ですね。

 

 

「私は私のできる走りを精一杯するだけです。どんな結果になっても後悔しない走りをしたいと思います。それでは、これで記者会見を終わりたいと思います、では」

 

 

 そう言って、私は無理やり記者会見を終了し、スタスタと会場を後にする。

 

 ちゃんとした質問をしてくれる記者には真摯に受け答えしますし、しっかりした記事を書いてくれる新聞社は懇意にはしてあげます。

 

 それ以外は雑に扱いますね、というかそもそも相手にしませんし、出禁にしますから関係ないんですけど。

 

 姉弟子もアンタレスのチームメンバーも皆が皆、同じような感じなので、私達は揃って記者泣かせチームなんて呼ばれてます。

 

 まあ、勝手に泣いてる記者がアレなだけなんですけどね、まずは自分の普段の言動や行為を省みて欲しいなと思います。

 

 

「相変わらず厳しいなぁ、お前の記者会見」

「マスコミは基本信用しないんですよ、私」

「まあ、気持ちはわからんでもないがな」

 

 

 ヒシアマゾン先輩の言葉に答える私に肩を竦めながら苦笑いを浮かべるブライアン先輩。

 

 本業は走りとレース、それ以外の事には関心が無いに等しいのでね。

 

 ゼンちゃんとネオちゃんが頑張っているんだから尚更気合いが入りますよ、2人の後をすぐに追えるように日本ダービーは勝たないといけません。

 

 それに、チームアンタレスのみんなもミホノブルボン先輩をはじめ、既に何人か向こうでレースに出たという話も聞きましたから私としてもモチベーションが今物凄く高いんです。

 

 

「そういや、聞いた話だけど今回、新入生が全員、日本ダービー見にくるって話だぞ」

「ほう、それは面白い話を聞いたな」

「それならなおさら気合いを入れて走らないといけませんね」

 

 

 ヒシアマゾン先輩の言葉に首をゴキリと軽く鳴らして答える私。

 

 とはいえ、やってきた事を全て出し切るだけなんですけどね今回。

 

 ナリタブライアン先輩との日本ダービーのシミュレーションも何度もしましたし、差し足を鍛えるために徹底した瞬発力強化も行いましたから。

 

 万全の状態に身体もいつも通りに仕上げてきたのでね、早くレースが待ち遠しいですよほんとに。

 

 

 こうして、日本ダービーの前日はゆっくりと過ぎていく。

 

 最終的な調整もしっかりとし、盤石にした今、私は多くの観客達が待つ運命の日本ダービー当日を迎えることとなった。


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