ゴールドシップに見つかった私ことアフトクラトラスは現在、彼女と昼食を摂っている真っ最中である。
私がご飯をパクパクと食べている中、対面に座るゴールドシップはニコニコと私の顔を見つめ何故か上機嫌であった。
なんだろう…。私、別に何にもしていないんだけども。
つい、その視線が気になって、私はニコニコとこちらを見てくるゴールドシップにこう問いかけた。
「あ、あのー…、そんなに見つめられると食べづらいんだけども」
「ふんふんふーん♪ お構いなくー♪」
「いや、私が構うやろがい」
そう言って、笑みを浮かべて答えるゴールドシップに突っ込みを入れる私。
そんなに見つめられると食べ辛いっての、しかも、ニコニコしながら見られているから尚更、気になって仕方がない。
なんだね、何を企んでるんだね、お前は。
内心ではそんな警戒をしつつ、現在、彼女といるわけだけども、もっと見るべき人が居ると思うんだけどな! 私は!
ほら、あそこで大盛りご飯食べてるオグリキャップ先輩とか! 誰も見ないなら私が見てやるぞ! 対面に座ってな!
そう思った私は、対面に座るゴールドシップにちょっとついてこいと言わんばかりにご飯が乗ったトレーを持ち上げるとそのまま、黙々とご飯を食べているオグリキャップ先輩の前に座る。
オグリキャップ先輩、この方はもはやトレセン学園の食堂におけるマスコットキャラと言ってよい
芦毛の綺麗な長い髪に、芦毛の怪物という名に恥じないその食べっぷりはあのシンザンを思い浮かべてしまいそうだ。
オグリキャップ先輩は数々のG1を制した叩き上げのウマ娘であり、私はかなりリスペクトしている。
おそらく、トレセン学園ではナリタブライアン先輩とシンボリルドルフ先輩と同等かそれ以上の力を秘めた秀才だ。
さて、そんなオグリキャップ先輩の前に座った私はというと先程、私の対面に座っていたゴールドシップを隣に座らせて、前にいるオグリキャップ先輩をジーッとニコニコと笑みを浮かべながら見つめていた。
「モグモグ…モグモグ…」
「………………」
「…んっ…、そ、そんなに見られると恥ずかしいんだが…」
そう言って、ご飯を一心不乱に先程まで食べていたオグリキャップ先輩は私の視線に気づき恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら告げて来た。
ほらな、やっぱり普通はそうなるんだよ。
でも、私はオグリキャップ先輩が可愛かったので悪戯心が疼いてしまったのかニコニコと笑顔を浮かべたまま顔を赤くしている彼女にこう告げる。
「いえいえー、お構いなくー。たくさん食べるオグリ先輩が可愛かったので見つめてたいなぁっと思いまして」
「…い、いや、私は食べ辛いんだが…」
「ほら、ゴールドシップ、わかりましたか? つまりこういう事なんですよ、見つめられると食べ辛いんですよ、ご飯って」
「いや、お前と先輩とじゃご飯の量がそもそもちげーだろ」
そう言って、呆れたようにゴールドシップは左右に首を振り私に告げる。
いや、そりゃそうだけども、私は比較的に小柄だしたくさん食べるとまた身体が重くなって坂路キツくなるからそうなりますよ。
それに、少食の私の食事を眺めるより、オグリキャップ先輩がたくさん食べる光景を見ながらほっこりする方が実に理にかなっていると思います。
大食いの恥ずかしさから顔を赤くしてるオグリキャップ先輩見てくださいよ、可愛いじゃないですか。
私は好きです、なんなら私のご飯を分けてあげたいくらいです。
そんな感じで、オグリ先輩の対面で賑やかにご飯を食べる私とゴールドシップ。というか、なんでこの娘やたらと私に絡んでくるんだろうか?
まあ、私は私で全く無関係だったオグリキャップ先輩を巻き込んでいるんですけども、私がやたら人懐っこい性格って言われるのは多分、こういうところなんでしょうね。
私はしばらくして、ご飯を食べている最中のオグリ先輩の目前にスッとニンジンを置く。
すると、オグリ先輩はそれに反応したのか、私が目前に置いたニンジンを目で追い始めた。
ちなみにすでにオグリ先輩の食器はすっからかんになっている。いくらなんでも食うの早すぎだろこの人。
そして、私はそのニンジンを左右にオグリ先輩の目の前で揺らす。
すると、それに反応するように釣られてオグリ先輩も涎を垂らしながら左右に身体を揺らし始めた。
まだ食うんかい、お腹随分とポッコリしてるじゃないですか貴女。
でも、なんだろう、なんか楽しい。
そうして、私がオグリ先輩をおもちゃにしているとゴールドシップが横から私の頭に軽くチョップを入れてきた。
「やめい、食べ物をおもちゃにするでない」
「あぐっ…、つ、つい、オグリ先輩が面白くて…」
「ニンジン…ニンジン…」
「はい、差し上げますよ、そんなに欲しがるなんて思いませんでした」
そう言って、オグリ先輩にニンジンを差し上げるとオグリ先輩の表情がパァっと明るくなり満面の笑みを浮かべていた。
やばい、可愛すぎる。なんだこの生き物、本当にあの芦毛の怪物なんだろうか。
というか、私は芦毛に囲まれて無いだろうか?
青鹿毛の私が目立って仕方ないなこれ。オセロじゃ無いんだぞ、オセロ。頑張っても私の髪の毛は真っ白にならないんだぞ。
すると、ゴールドシップは私の背後を取ると何故か強引にいきなり、抱き寄せ始めた。
「あー、やっぱりオメーはちっこくて可愛いなぁ! しかもその癖っぷり! 私は嫌いじゃないぞー! 良きかな良きかな!」
「どぅへぇい!?」
これには流石の私も度肝を抜かされて、思わず変な声が出てしまう。
どうやら、ゴールドシップに私が気に入られた理由はおんなじような変わった思考の持ち主で癖ウマ娘だからっぽい。
おいこら! さりげなく私のおっぱいを掴むんじゃ無い!
なるほど、サンデーサイレンスとマックイーンみたいな感じになっているわけか…。
おいちょっと待て、マックイーンならいるだろう! 私は関係ないぞ! 嫌だー! 癖ウマ娘枠にされたくなぃー!
スリスリと頬を擦り付けてくるゴールドシップになされるがままの私。オグリ先輩! ニンジンあげたんだし助けてくださいよ!
すかさず助けを求めオグリ先輩と視線を合わせる私、そして目があったオグリ先輩はというと。
「ハムハムハムハムッ!」
「誰もニンジン取らないよっ! 慌てて食うんじゃないよ!」
私からニンジンを没収されると勘違いしたのか、むしゃむしゃと勢いよくそれを齧り食べていた。
いや、あげたものを没収なんかするわけないでしょうが。そうか、オグリ先輩をおもちゃにしたのが仇になったかここで。
そんなわけでゴールドシップになされるがままの私なのだが、ここで、あるウマ娘の姿を見つける。
そう、それは私と同期であり、同じクラスのウマ娘である眼鏡を掛けた髪を編んでいるちっこいウマ娘。
ゼンノロブロイちゃん、その人である。
「ゼンちゃーん、お助けー」
「ふぁっ!?」
そして、小説を読みながらたまたまそこを通りかかったゼンちゃんことゼンノロブロイは私の縋り付くような声に驚き、ビクッと身体を硬直させる。
ゼンノロブロイちゃんの視線の先には、おそらく、ゴールドシップから頬ずりをされて涙目の私の姿がきっと映っていることだろう。
誰か、私の代わりにマックイーンちゃん連れてきて、早く!
そんな中、私が助けを求めたゼンノロブロイちゃんはというと?
「…多分、ウマ娘違いです…」
「目を見て! ねぇ! 絶対気がついてるよね! ね!」
変なのに関わらないようにしようと、なんとゼンノロブロイちゃんは私の言葉をスルーして、通りすがりの通行人として、あろうことか、顔を小説で隠しながらなんと素通りしようとしたのである。
ちなみに私を一方的にハグしているゴールドシップはご満悦のご様子である。そして、私は死にそうになっている。
同じように身長ちっこい同士の仲じゃないか、私を助けてくれたらきっと良いことがある! 多分!
そんな中、意を決して、ゼンノロブロイは私に抱きついているゴールドシップへ一言。
「あのっ! すいません!」
「んお? なんだなんだ?」
「やっぱりなんでもないですー!!」
だが、何か言う前になんとゼンノロブロイちゃんは私を見捨ててゴールドシップの前から駆けて逃げていってしまった。
おい! ちょっと待てぇ! ゼンちゃん! そりゃないよ!
畜生め、こうなれば自分で打開しろという事か、いつのまにかオグリキャップ先輩も居なくなってるし。
置き手紙でニンジン美味しかったありがとうって書き置きしてるのは良いんだけど、ついでに助けてくれてもよかったではないですか。
致し方ない、こうなれば最終手段に出るか。
「あっ! 見てください! ゴールドシップ! あそこにこちらへ中指立ててるトーセンジョーダンが居ますよ!」
「あんっ? んだとぉー! どこだー! ゴラァ!」
「今だ、必殺、軟体脱出!」
「あっ…! しまった!」
そうして、ゴールドシップの手元から離れた私はすかさず距離を取り、そのまま食堂から抜け出すと一目散に教室に向かって駆けた。
説明しよう! 必殺軟体脱出とは!
ミホノブルボン先輩から施された拷問並みの筋肉ケアと柔軟体操により、柔らかくなった私の身体をくねらせて脱出する必殺技である。
しかし、拘束中に胸を掴まれていると脱出は不可なのでご容赦くだされ。
教室に逃げ帰った私は、肩で息をしながらドカリッと椅子に座る。
そんな私の様子を見て、同級生であるウマ娘が一人近づいてきた。
「はぁ…はぁ…ちかれた…」
「ボンジュール! 大丈夫? アフちゃん?」
鹿毛の綺麗な長い髪を黄色と黒のシュシュで束ねている超実力派のウマ娘、その片鱗は既にデビュー戦でも周りに彼女は堂々と見せつけていた。
彼女は私とゼンノロブロイと同級生の期待のウマ娘、ネオユニヴァースである。
ゼンちゃんことゼンノロブロイ、このウマ娘ネオユニヴァース、そして、アフトクラトラスことこの私で、三強と現在囁かれている。
何故、いつの間にか三強にされてるんだろうか…。
そして、ネオユニヴァースことネオちゃんはなんとイタリア語とフランス語が喋れるという特技を持っているらしい。
海外遠征は何にも問題なさそうですね。あ、私ですか? 関西弁と薩摩弁ができます。はい、役に立ちませんね、これ。
ネオユニヴァースことネオちゃんに声を掛けられた私は事の経緯を彼女に話した。
「カクカクうまうまって事でゴルシちゃんから逃げてきた」
「なるほど、それは大変だったねぇ」
「全くだよ! 私は断じて癖ウマ娘なんかじゃない! 失敬だよね! ほんと!」
「いや、そこはだいぶ癖ウマ娘だと思うよ」
そう言って、はっきりと告げてくるネオちゃん。
何故っ!? 私は至って真面目なウマ娘なのに! なんでこんな扱いなんだ! もっとこう、良いとこたくさんあるでしょう!
そうか、あのウイニングライブだな! あの最初のウイニングライブのせいなんだな!
真面目にやっておけば良かったよ…。後悔しても仕方ないけどね。
そう思っていた私だったのだが、ここで、ネオユニヴァースちゃんはフォローするかのようにこう一言告げてきた。
「でもほら、癖がある方がよく走るって言うじゃない?」
「フォローになってないよっ!!」
そんな会話を同期と繰り広げながら、私はその後、午後の授業を受けることにした。
彼女達とはクラシックを戦う事になるが、もちろん、私は微塵も勝ちを譲るつもりはない。
三冠ウマ娘になる。
それは、ミホノブルボン先輩やライスシャワー先輩を超えたいと思う私の使命だ。
今日あったこの光景、トレセン学園に来て、これが、私の日常になりつつあった。
そんな毎日を私が過ごす中、いよいよ、迫る注目のレースがある。
ライスシャワー先輩とミホノブルボン先輩が激突するスプリングステークスがすぐそこまで迫っているのだ。