遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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海外G1編
海外遠征


 

 

 みんなー! パスポートは持ったかー! 

 

 はい、皆さん大好きアフトクラトラスです。さて、いよいよ海外に私が渡るときが来たみたいですね。

 

 私は一度ドバイに行ってますからね、はい、なんの問題もありません。ちゃんと手続きを済ませてパスポートはちゃんとありますし。

 

 でもなぁ、皆に会えなくなるのは寂しいなぁ、ノリが良い人達ばかりですし。

 

 

「アフ、行くぞー」

「早く来い」

「はいはーい」

 

 

 アンタレスの皆さんから呼ばれて旅行バッグを引きながら合流する私。

 

 頑張ってくるよ! グッバイ日本! フォーエバー日本! アイルビーバック日本! 

 

 行く前にナリタブライアン先輩から駄々こねられたのはいささか面倒くさかったですけどね、あの人はもう……。

 

 

『やだ! 私も行くぞ!』

『いやいや、やだって……』

『私も行くぞ! 半年以上お前がいない生活なんて耐えれそうに無い! ついでに海外G1も取る!』

『えー……』

 

 

 海外G1レースがついで扱いですか。

 

 というか、ブライアン先輩いつからこんなポンコツみたいな面を見せるようになったんですかね? 

 

 私に甘えて来ているだけかもしれませんけども、あ、添い寝はもう慣れました。ぬいぐるみ役が完全に定着しちゃいましたね。

 

 私の寝床には必ずウマ娘が寝ています。

 

 たまに全裸同士や下着姿同士で寝ていることもしばしばあるので慣れました。

 

 かといって如何わしい事とかは特にしてないんですけどね。

 

 残念だったな、私はまだ生娘だよ!

 

 あ、違うわ、ウマ娘だったわ。

 

 

「妹弟子……、わかってると思いますが……」

「えぇ、もちろんです、気を引き締めて……」

「違います、飛行機の中では重しを付けっぱなしにしてはいけないという話です」

「……あっ、そういうこと」

 

 

 という事で致し方なく手足の重石を外した私はそれを近くにいる職員の方に渡すが、それがえらい事になった。

 

 なんと、職員がその重さに耐えきれず重しを持ち運ぶ事が出来なかったのである。

 

 しまったなぁ、つい癖で寮で外してくるの忘れてましたよ。

 

 感覚的にはアレです、家にスマートフォン忘れて来ちゃったな的な感覚。

 

 もー私ってばうっかりさんなんですから。

 

 そんな私でしたが、義理母は私の顔を見つめるとこう問いかけてくる。

 

 

「アフ、体の調子はどうだ?」

「どうって? いつも通りピンピンしてますよ!」

「……そうか、なら良い」

 

 

 義理母からの言葉に首をかしげる私。

 

 珍しいですね、義理母がそんな事を聞いてくるなんて、身体の調子は特には問題無いです。

 

 あれから胸の痛みもありませんし、フラつきとかもなかったですから。

 

 

「アフはやっぱり落ち着くなぁ……」

「あーっ! ちょっと! 先輩! 何馴れ馴れしくしてるんですかっー!」

「んぁ?」

 

 

 そう言って通常運転で肩を組んでくるナリタブライアン先輩に声を上げるメジロドーベル先輩。

 

 私からマイナスイオンでも出てるんですかね? 落ち着くって何? ぬいぐるみだから? あ、ちなみに私の胸の柔らかさが人をダメにするソファと同じくらいあるとか言われました。

 

 別に嬉しく無いわ! なんだよ! その例え!

 

 おかげさまでワイワイと相変わらず周りは騒がしい、もう慣れましたけどね、慣れちゃダメなんですけども。

 

 全くもう、私のレースをしに行くだけなんですから仲良くしてほしいものです。

 

 やめて! 私のために争わないで!(棒読み)。

 

 

「アフちゃん♪ 今日は席隣同士で座りましょう、良いわね?」

「アッハイ」

 

 

 顔がめちゃくちゃ近いですドーベルさん!

 

 あ、でも良い匂い、すごいフローラルな香りがするぅ(杉田並感)。

 

 という事で、私は半ば強引にメジロドーベルさんの横に着席、うーん、この。

 

 ちなみに身体に付けてた重石は職員さんが無事に預かってくれることになりました。凶器だなんて心外な! 確かにめちゃくちゃ重いですけどね、うん、あれ付けたまま殴られたり蹴られたりしたら凶器だな確かに(白目)。

 

 まあ、なんにせよ、話は逸れましたが飛行機に乗るのも久しぶりですねー、ドバイに行った時以来でしょうか? なんにしても次のレースは気を引き締めないと。

 

 

 

 

 イギリス。エプソムダウンズ。

 

 ここ、エプソムダウンズにて、一人のウマ娘がイギリスダービーが行われるであろうこの地で調整を行なっていた。

 

 広い芝の上をまるで切り裂くように駆けるその姿は惚れ惚れするほど美しく、長く束ねられた綺麗な黒と白が入り混じる芦毛の長髪はターフに映えるようであった。

 

 そんな彼女を遠目に静かに見守るウマ娘、同じく青いカチューシャをし、芦毛の短髪に黒いメッシュが入った特徴的な髪をした彼女は建物に身体を預けたままチラリとストップウォッチのタイムを確認する。

 

 

「……2秒短縮か、まあまあね」

 

 

 彼女はそう呟くと、走り終えた黒と白が混じる芦毛の長髪を束ねているウマ娘に近づいていく。

 

 短縮できていたとはいえど納得できる出来ではない、そんな雰囲気を醸し出している彼女の顔を見た黒と白が混じる芦毛の長髪をしたウマ娘は肩を竦めて引き攣った笑みを浮かべた。

 

 

「デイラミの姉者、言いたいことはわかってるよ」

「……そう、なら特段私から言うことは無いわよ」

 

 

 そう言うとデイラミと呼ばれたウマ娘は静かにストップウォッチを芦毛の長髪を束ねているウマ娘へと投げる。

 

 彼女は渡されたストップウォッチのタイムを確認すると『やっぱりね』と呟くとそれをデイラミに投げ返した。

 

 

 デイラミ。

 

 アイルランドが誇る最強ウマ娘である。

 

 そのG1勝利数は7勝、その中には世界から集まる悪鬼羅刹達がひしめき合うブリーダーズカップターフやキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス が含まれている。

 

 G1勝利数、7勝と言えば日本のシンボリルドルフと並ぶほどの記録である。

 

 とはいえ、国内での7勝というわけでは無いが、それでもG1レースを7つも勝利し、世界のウマ娘と渡り合っている彼女の強さは誰もが尊敬し、崇めるものであった。

 

 そして、そんな偉大な姉を持ち、今現在、その姉デイラミをトレーニングに付き合わせている彼女こそ、アイルランドでデイラミと共に最強姉妹と呼ばれているアフトクラトラスが戦う事になるであろう怪物であった。

 

 

 緑の髪留めで束ねた黒と白が入り混じる芦毛の長髪、黒く澄んだ眼差し、そして、ジーンズのショートパンツから真っ直ぐに伸びるしなやかで健康的な肢体は色気を醸し出していた。

 

 ナリタブライアンと同じく白いシャドーロールを鼻につけ、胸元を強調するようなヘソ出しの黒いチューブトップは観客を大いに賑わす事だろう。

 

 彼女こそ、デイラミの妹、怪物ダラカニである。

 

 

「イギリスダービー、行けそう?」

「さぁ、走ってみないことにはなんともね、ただ、今の調子だとちょっと不安かな」

「そうね、私もそう思うわ」

 

 

 秒数を短縮してもなお、本調子では無い。

 

 本来の走りを知っているからこその言葉であった。

 

 正直言って、今の調子でもイギリスダービーを勝てる自信はある。だが、それでも妥協はしない、もっとクオリティの高い走りを追求する。

 

 だからこそ、自分達が怪物と言われている事を二人はよく理解していた。

 

 

「アフトクラトラスかしらね? 確か」

「……あぁ、日本から来るウマ娘、最近、話題になってたね」

「どう思う? あのウマ娘、私もレースは録画してあるものを見たのだけれど」

 

 

 そう言って、小さく首を傾けてダラカニに問いかけるデイラミ。

 

 今、イギリスダービーで注目されているウマ娘、ダラカニと同じく無敗のままこのレースに参加するであろう日本のウマ娘。

 

 その強さはすでに知れ渡っており、ダラカニとの直接対決には大いに注目が集まっていた。

 

 だが、ダラカニはため息を吐くと肩を竦めてデイラミにこう告げる。

 

 

「眼中に無いかな、録画した走りも見たし、色々と話を聞いたりしたけれど、あれなら私の相手に足らないと思う」

「……へぇ、どうしてかしら?」

「非効率な練習とトレーニング、走り方、見ていて勿体ないと感じたよ。トレーナーは果たして無能なのかな? と思わず思ってしまったね、……ただの有象無象の一人だと思う」

 

 

 そう言って辛辣な言葉を連ねるダラカニ。

 

 負ける気は微塵もしなかった。非効率な練習、そして、根性や鍛えて強くなるという妄信、どれもが鼻で笑ってしまいたくなるようなものばかりだ。

 

 鍛えて強くする? 違う、元から強いのが普通なのだ。

 

 自身に挑んでくる雑魚は幾らでも見てきたが、どれも取るに足らない者達ばかりであった。

 

 フランスダービーに出なかったのも、あのネオユニヴァースを模擬戦を兼ねた併走でコテンパンにし、その手ごたえの無さに失望したからに他ならない。

 

 まあ、きっと彼女ならばフランスダービーくらいなら取れるだろう、ただし、自分が居ないレベルが落ちたフランスダービーだが。

 

 

「ま、実際見て見なきゃわからないところではあるけどね? ……確か凱旋門取るって言ってるんだっけ? 彼女」

「そうらしいわね」

「ちゃんちゃらおかしな話だねぇ……、凱旋門の敷居の高さを理解してないと見えるなぁ……」

 

 

 そう呟くダラカニは背筋を伸ばしながら深呼吸を入れる。

 

 凱旋門賞はそれこそ、タガが外れた怪物達が集う、世界の1番を決めるレースである。それに挑む資格があるのは本物だけ。

 

 ダラカニはアフトクラトラスを本物であると全く認めていなかった。

 

 現在、アメリカで活躍しているミホノブルボンの義理の妹という事もあって多少なり期待を寄せてはいるつもりなのだが、少なくとも情報を集め、見たり聞いた限りでは期待に添えないだろうとしか思えない。

 

 そんなウマ娘には早めに引導を渡してやるのがせめてもの情けだろう。

 

 

「日本なら私達と張り合えるのは唯一、ビワハヤヒデ姉妹くらいでしょうね」

「あっはっはっ! あの程度で張り合えるとは私は思えないけどねぇ!」

 

 

 デイラミの言葉に笑い声を上げて小馬鹿にするように告げるダラカニ。

 

 自分達が最強、自分達こそが最強。

 

 そのそぶり、言動はまさしくエゴの塊であった。

 

 だが、海外の幾千、幾万の実力あるウマ娘達を相手に勝ち続けるということはそれだけ自我が強くなければ成し得ないのかもしれない。

 

 

「まあ、長い付き合いになるかもしれないからさ、軽くコテンパンにしてやることにするよ」

「気は抜かない事ね、今の調子の貴女なら負けてしまうかもしれないわよ?」

「そうならないように万全のコンディションに仕上げるよ、安心しときなよ姉者」

 

 

 デイラミにそう言い聞かせるダラカニは肩をポンと叩き笑みを浮かべる。

 

 慢心と侮りは違う、格下相手だろうと関係はない。

 

 やるべき事はしっかりとしておくのが一流というものだ。確かに取るに足らない相手であったとしても自分の走りには妥協はない。

 

 日本のウマ娘がどんなレベルであったとしても、自分には関係ない事だ。

 

 

 そして、怪物姉妹は再び、コンディションを整える為のトレーニングを再開させる。

 

 天才はいる。才能というものに愛されたウマ娘達は大勢いる。

 

 その天才を倒せるのは、もしかすると、同じく才能に愛されている天才じゃなければならないのかもしれない。

 


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