遥かな、夢の11Rを見るために   作:パトラッシュS

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世界の頂

 

 

 イギリス、エプソム競馬場。

 

 ここにあるウマ娘が一人、誰もいないレース場を静かに見つめていた。

 

 満員となるこの晴れの舞台、静かにその舞台を見つめる彼女の横顔は惚れ惚れするほど美しく整っていた。

 

 栗毛の綺麗な癖のあるセミロングの髪が風に揺れ、この世の者とは思えないほどの言葉に言い表すことのできない雰囲気を醸し出している。

 

 彼女を言い表すならば、まるで彫像のよう、素晴らしく綺麗な芸術品だ。

 

 白いワンピースに透き通るような水色の瞳、そこに映るのはただただ綺麗な絵となる聖女のようなウマ娘の姿であった。

 

 

「……シーバードここに居たのか、少し気が早いんじゃ無いのか?」

 

 

 すると、そんな彼女の元にあるウマ娘がやってくる。

 

 気の強そうな眼差し、鹿毛の短い髪に背は小さく、それでいて異様なまでに悪巧みを考えてそうな八重歯が目立つ。

 

 一言で言うと、アフトクラトラスにどこか似通った雰囲気を醸し出しているウマ娘だ。

 

 その証拠に身体の一部の部分では自己主張が激しい。

 

 ワンピースを着た彼女は名前を呼んだウマ娘の顔を見ると思わずクスリッと笑みを溢した。

 

 

「そういう貴女こそ、何をしているのかしら? リボー」

「ははっ、そりゃまあ、お前さんと同じだよ」

「まあ、変なとこで似た者同士ね!」

 

 

 そう言いながらシーバードと呼ばれたウマ娘は嬉しそうに手を叩き、にこやかな笑顔を浮かべて告げた。

 

 この二人、シーバードとリボー。

 

 言うまでも無いだろう、今ある全てのウマ娘、あらゆるウマ娘の中でも頂点に位置するウマ娘達である。

 

 

 シーバード。

 

 英ダービーを本気を出さず勝ち、史上最高級のメンバーが揃った凱旋門賞も圧倒的な強さで制覇した20世紀世界最強のウマ娘である。

 

 その強さは圧巻の一言、全世界の中でも彼女が1番であると言わしめ認めさせたウマ娘。

 

 今いるあらゆるウマ娘達の中でも、頂点に位置するまさしく最強を誇るウマ娘なのである。

 

 

 リボー。

 

 圧勝に次ぐ圧勝で凱旋門賞2連覇・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS制覇など生涯戦績16戦全勝の成績を残した伊国の誇る最強のウマ娘。

 

 シーバード、セクレタリアトと続き、選ばれた世界ウマ娘、トップスリーの一人である。

 

 その強さは戦績を見れば明らかだろう、未だに負けはなく、これから先も負けるつもりは無い、それが、この最強ウマ娘、リボーなのである。

 

 

 世界の頂点、まさしく頂。

 

 

 この二人が集まる事を見ることなど滅多に無い、だが、二人がこうして集まったのには当然ながら理由があった。

 

 

「なんとなく久々に来てみたくなっちゃってね」

「ほーん、私はこのレース場にはあんまし思い入れはないんだけど、来週のレースが気になってなぁ、まあ、お前がいるって聞いたのもあるけど」

 

 

 そう言いながら、シーバードの横にリボーはゆっくりと腰を下ろす。

 

 イギリスダービー、これには各国の名だたるウマ娘達がやってくる。それだけ、イギリスという地はウマ娘の歴史が長い国なのだ。

 

 伝統のレースに集まる強豪達の中にはもちろんシーバードやリボーのような怪物もいる。リボーが来週のイギリスダービーを気にするのも致し方ないだろう。

 

 しかし、それだけではないだろうとシーバードは首を小さく傾げるとリボーにこう問いかけた。

 

 

「あら、私に何か用なの?」

「はっ! すっとぼけんなよ、知ってる癖に」

 

 

 そう言いながら、リボーはケケケと笑いをこぼしながらシーバードを見つめる。

 

 互いに視線を交わせばよくわかる。リボーはシーバードに目で語っていた。早く、世界の頂を自分に譲り渡せと。

 

 だが、一方でそんなリボーの言葉にシーバードはクスリッと笑みを浮かべる。

 

 

「それならまずは貴女、セクレタリアトを倒すのが先ではなくて?」

「まどろっこしいのが嫌いなもんでねぇ」

「ふふ、貴女らしいわね、でもダメ、今の私はね来週のイギリスダービーが楽しみでそんな気分では無いのよ」

 

 

 そう告げるシーバードはにこやかにリボーに答えた。

 

 今の二人の絵図を見るとまるで天使と悪魔のようにも見える。

 

 シーバードの言葉にやる気を削がれたリボーは肩を竦めると仕方ないとばかりに彼女の隣にドカリと腰を落ち着ける。

 

 シーバードはそんなリボーの姿に目を丸くしながら変わらずにニコニコと笑みを浮かべていた。

 

 

「なんだよ、ジロジロ見やがって」

「うふふ、ごめんなさい、つい。やっぱり似てるなぁって思って」

「はあ? 似てる? 私が? 誰にだよ」

 

 

 唐突にシーバードから投げかけられた言葉に不機嫌そうに告げるリボー。

 

 似てるなどとんでもない、自分は唯我独尊、ただ一人、誰かに似るなど言われると気分が悪い。

 

 シーバードの言葉に眉をひそめるリボーだったが、そんな彼女を他所にレース場に視線を移したシーバードは続けるように語りはじめた。

 

 

「……日本から来る、小さなウマ娘に貴女がそっくりなのよ」

 

 

 シーバードはなんの躊躇もなくそうリボーに言い切った。

 

 雰囲気、性格、身体つき、似通っているウマ娘、しかも、日本のダービーを制し、はるばるこの地にやってくる。

 

 実に面白そうだなとシーバードは思った。

 

 彼女ならなり得るだろうか? 自分を満たす為の存在に。

 

 リボー、セクレタリアト、確かに彼女達は強い、そして、実力のあるウマ娘達だ。

 

 自分達に匹敵するウマ娘が出てくれるのは大歓迎である。そうでなくてはむしろ面白くない。

 

 天使のようなシーバードの内側はどこまでも貪欲で、さらなる強者を求めているのだった。

 

 

 

 一方、エプソムタウンのトレーニング場。

 

 私とダラカニは共にスタートを切り、互いに譲らない走りを繰り広げていた。

 

 身体の差はあれど、それはさして問題にはならない、だが、慣れない芝の感覚がどうにも私の中で引っかかって仕方なかった。

 

 思うように加速できていない気がするのだ、地面を蹴り込んでいるのに足を取られたような感覚がする。

 

 

「クッソ……!」

「あら? 随分と走り辛そうね?」

「うっさいっ!」

 

 

 私は忌々しそうに隣に居るダラカニを睨む。

 

 確かに強い、当たり前だ、相手はあのダラカニである。

 

 私の記憶が正しければ、彼女は相当な実力を保持している怪物だ。今まで戦ってきたウマ娘達に比較しても誰よりも強い。

 

 

「そんな調子じゃ私には勝てないわね?」

 

 

 あーうっさいうっさい! 

 

 隣で走るダラカニの煽りにいちいち気にしていては致し方ないのであるが、いちいち癇に障る。

 

 だが、彼女はそんな私にゆっくりとこう語りはじめた。

 

 

「ねぇ? 知ってるかしら? 周りから強いと言われるウマ娘は3つに分けられるの」

「……ハァ……ハァ……」

 

 

 私は余裕を持って語りはじめるダラカニに首を傾げる。

 

 何を急に語りはじめるのか? そもそも、チームのエースだなんてなんのこったって話ですよこちらからしてみれば。

 

 付き合ってられるかと話を無視する私にダラカニは続けてこう語りはじめる。

 

 

「強さを求めるウマ娘、プライドに生きるウマ娘、そして……状況が読めるウマ娘よ……、貴女は果たしてどのウマ娘なんでしょうね?」

 

 

 すると、そこでダラカニさんの身体がブレた事に私は気がついた。

 

 身体がブレる、というのは普通、あまりレースならばよくない兆候だ。それは、タイキシャトル先輩とサクラバクシンオー先輩のレースを見ていればわかるだろう。

 

 身体をブラせばそれだけのタイムロスが生じてしまうのである。

 

 だが、今回はどこか違っていた。そう、ダラカニは明らかにあの時とはまるで様子が違うブレ方だ。

 

 彼女は身体の上半身を反らしたかと思うとそこから……。

 

 

「シッ……!?」

「……はぁっ!?」

 

 

 グンッと一気に加速した。

 

 まるでロデオみたいな動き、いや、上半身を後ろに引いて一気に反動をつける事で加速しているが身体の軸は全くブレてない。

 

 ドンっと加速すると、私と既に一身差離れていました。なんつー脚力してるんだあの人。

 

 

「くっそが!」

 

 

 私も負けじと対抗して身体を屈ませギアを上げます。

 

 ですが、やはり差はなかなか縮まらない、というか上手く加速できていないそんな気がしました。

 

 感触でわかります、芝に踏み込めてる感覚がどこか薄いんですよ。

 

 

「……へぇ、それが貴女の走り……」

 

 

 ダラカニは背後から迫る私に頬を吊り上げる。

 

 面白い、素直にダラカニはそう思った。

 

 慣れない芝に足を取られ、思うように走れていないのは見ていれば明らかだ。しかし、それでも心を折る事なくこうして食らいついてくる。

 

 プライドからか、それとも、アフトクラトラス自身が持っている才能か定かではない。

 

 定かでは無いが、しかし、異様な伸び脚は鬼気迫るプレッシャーをダラカニに感じさせた。

 

 負けてたまるか、こんな奴に。

 

 

「確かに凄い伸び脚、賞賛に値するわ……。でもね……」

 

 

 食らいつく私を見て余裕のある笑みを浮かべるダラカニ。

 

 そして、次の瞬間、彼女の後ろ足が爆ぜたかと思うと一気に加速が上がる。

 

 これ以上、離されるのは不味い! 

 

 ギアをすかさず上げる私だったが、それでも差が縮まる気配はなかった。

 

 そして、併走はその平行線を辿り……。

 

 

「ゴール……、しょ、勝者……ダラカニ!」

 

 

 私は彼女を追い越せないままそのままゴールすることとなった。

 

 息を切らし、中腰になる私は愕然とした。

 

 いや、負けるとは微塵も思っていなかった。間違いなく私の方が彼女よりも練習をしている、積み重ねたものが違うはず。

 

 なのに、何故抜けなかった? ギアも上げた、最後は一気に抜けていけるはずだったのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……、なんで……っ! クソッ!」

「はぁ……はぁ……。何故か? 決まってるでしょう? それが力の差だからよ」

 

 

 息を切らしている私を見てダラカニは静かに告げる。とはいえ、彼女も肩で息をしているようで余裕とはいかない。

 

 それでも、これが力の差だとレースで結果を示したダラカニはアフトクラトラスに言い切ってみせた。

 

 

「……努力や根性で勝てるほどレースは簡単では無いのよ、そこの無能なトレーナーに伝えておきなさい、早く日本へ帰れってね」

「……ッ! この! クソ……ッ!」

「……ッ! やめろアフ!」

 

 

 ダラカニに殴りかかろうとした私をすかさず止めに入るナリタブライアン先輩。

 

 私を馬鹿にするのはまだいい、貶すのも別にいいだろう。

 

 だけど、実の親と慕っている義理母の悪口だけは絶対に許さない、一発ぶん殴らないと気が済まないのだ。

 

 だが、そんな私に向かって義理母は一言こう告げる。

 

 

「落ち着かんかッ! この馬鹿者がっ!!」

 

 

 その瞬間、周りは一気にシーンっと静まり返った。

 

 義理母は取り押さえられている私を静かに見据える。その眼で義理母が私に何を伝えたいのかは大まかに察することができた。

 

 ウマ娘のレースは実力の世界、それで、こうしてダラカニに負けたお前に何も言う資格はない。

 

 私は義理母から視線を背けるとブライアン先輩から掴まれている手を振りほどき、スタスタと早足でその場から去っていく。

 

 

「あら? どこに行くの……」

「……これ以上、アイツに関わるんなら私が相手になるが?」

「わぁ、怖い。……それも面白そうね?」

 

 

 静かに告げるブライアンの言葉におどけたように馬鹿にした口調で話すダラカニ。

 

 しかし、そんなダラカニの肩を背後から掴み真剣な眼差しを浮かべるデイラミは制するように彼女にこう告げる。

 

 

「今日はもう良いでしょう」

「えー……? 姉者そりゃないわよ、折角気に入らない奴らを二人も倒せる機会があるのに」

「良いから行くわよ」

 

 

 そう言って、デイラミから制止を受けたダラカニは舌打ちをすると仕方ないと肩を竦め、身体を翻して立ち去っていく。

 

 そんな彼女の背中を眺めていたブライアンは厳しい表情を浮かべ、アフトクラトラスとダラカニの併走を思い返した。

 

 あの走り、あれが、アイルランドの天才姉妹の妹、ダラカニの実力。

 

 正直言って、戦慄した。ワザと上体を後ろに下げ一気に加速するあの走りは見たことがない。

 

 ギアを上げたアフトクラトラスを近づけない粘り強さ、地力もかなりのものだった。

 

 確かにアフトクラトラスは海外の芝にまだ慣れておらず、上手く加速に乗れない様子ではあったもののこのようなレース展開になるとは思いもよらなかった。

 

 

「イギリスダービー……荒れるかもしれんな」

「……えぇ、あれが世界の走りの一端です」

 

 

 ナリタブライアンとミホノブルボンは立ち去っていくデイラミとダラカニの二人の背中を静かに見つめる。

 

 そして、立ち去って行くダラカニとデイラミの二人もまた、今日のレースについて話をしていた。

 

 アフトクラトラス、イギリスダービーであたる相手。

 

 その相手と併走とはいえ、挑発して共に走ることができた。そして、同時に新たな発見もすることができたのだ。

 

 デイラミは今日の収穫をダラカニに問いかける。

 

 

「どうだった?」

「……見ての通りだよ姉者、なかなか危なかったさ」

 

 

 問いかけられたダラカニは冷や汗を垂らしながらデイラミに告げる。

 

 余裕は保っているが、なかなかに危うい相手だった。

 

 正直、強がってブライアン相手に啖呵を切ってはいたものの、あのまま走っていたら多分、余力が足りずブライアンに負けていたことだろう。

 

 正直、侮っていた。あの身長であれだけの走りで迫ってくるとは予想だにしていなかった。

 

 

「じゃあ、決まりね……やることはわかっているんでしょう?」

「えぇ、レースまでには完全に捻り潰せるくらいに仕上げるわ……あのチビ……」

 

 

 ギリっと歯を噛みしめるように忌々しく告げるダラカニ。

 

 許しがたいが、認めざるを得なかった。

 

 確かにあのウマ娘には才能がある。力が出し切れなかったところを見てもまだあれ以上の余力は持っている筈だ。

 

 今回は勝ちはしたが本番はそうとは限らない。

 

 その証拠に足も軽く痙攣を起こしている。自分にここまでさせたあのウマ娘をこのまま迎え撃つなど愚の骨頂だ。

 

 

「今回のイギリスダービーは楽しめそうね……」

 

 

 彼女の様子を横目で見つめていたデイラミはほくそ笑みながらそう告げる。

 

 二人は日本から渡ってきた小さき挑戦者の認識を改め、全力でイギリスダービーへ臨むことを決意するのだった。

 

 

 イギリスの地で出会った初めての壁。

 

 

 私、アフトクラトラスにとって、このレースは苦い思い出と共に、負ける悔しさを痛感させてくれた出来事でした。


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