イギリスダービーのゲートインがいよいよ始まる。
ほぇー、スラリとしたボンキュボンな身体のウマ娘ばかりだ。私を見ろ、身長が小さくて埋もれてるぞ。
でもインパクトは負けてないもんね!
ほら、この和服仕様の勝負服も可愛いでしょう? ちょっとスカートの丈が短いのでパンツが見えそうな気はするんですけどそこは愛嬌というやつです。
私のパンツを見たいなんて人はいないでしょうけどね? 多分。
いや、でもいるのかな……私の写真集売り上げ伸びてるって聞いてるし、私のパンツを巡って戦争は起きないで欲しいと思うばかりです。
ほらほらー、皆さん、見たいのなら見せてあげますよー(スカートヒラヒラ)。
なんて嘘ですけどね、見せませんけどね! (謎の挑発)。
はい、これ以上したらこの間みたいに後ろからやられそうだからやめときましょう。
そんな中、私はレース前に柔軟をはじめます。
身体の柔らかさなら誰にも負けませんからね、ほらペターンですよ、バレエ選手みたいでしょう?
……誰だ今力士みたいとか言った人、怒らないから出てきなさい、私みたいな乙女に何という言い草ですか。
自分で乙女とか言ってて死にたくなってきました。
そんな中、レースを繰り広げたダラカニさんが私の元へとやってきます。
「ふーん、随分身体仕上げてきたみたいね?」
「なんだおめぇ、そんなのオラの勝手だろう、ぶっ飛ばすぞ」
「なっ! 口悪ッ!」
悟空なまりでいきなり話しかけてきたダラカニさんに暴言をぶつける私。
レース前だからね、ピリピリしているのも仕方ないです。冗談なんですけどもね。
最近、悟空検定一級(自称)を取得したのでね、私のネタのレパートリーがまた増えてしまいました。
私は一体どこへ向かうのでしょう(遠い目)。
「てのは冗談です。この間あんだけやられたらね、流石に私も気合いが入りますよ、今日は貴女に勝つ気なんでね」
「へぇ……勝つ気……ね」
まあ、こっからは真面目です。
ダラカニさんは私の返答に笑みを浮かべます。そうで無くては面白くないし、張り合いもない。
ダラカニさんは私の目を見ながらこう告げます。
「荷物をまとめて帰る……と思ってたんだけどね、存外、面白い目つきになったじゃない貴女」
「私が? ……はっ、冗談。私、負けず嫌いなんですよ、こう見えてね。問題児なんで」
私はダラカニさんの目を真っ直ぐ見合いながら、言い切る。
型にハマるのが嫌いな私が、負けて言われた通りに帰るなんてプライドが許しませんよ。
やるならとことんまでやってやるぞ、ここまで来たら誰が相手だろうと関係ない、私の横を走るウマ娘は全て敵です。
「……こう見えてって、見た通りでしょ」
「なんだとこのやろう」
真面目で名高い私が問題児だと!
なんて言い草だ、これは誠に遺憾である。見た目から問題児とか、そんな私はもう歩くアホじゃないですか!
誰ですか、アホって言った人、怒らないから出てきなさい、頭突きしてあげます(こういう所)。
「まあ、良いけど……結果は脚で見せてもらう、貴女が勝つか私が勝つか……単純でしょう?」
「盛り上がってるとこ悪いねー、いつからこのレースがあんたら2人だけのレースになったんだい?」
そう言って、話に割り込んでくるウマ娘。
その髪色は艶やかな鹿毛のショートカット、勝気なつり目に右は綺麗に編み込まれている。
ダービートライアルSを1着で勝ち、かなりの実力を秘めたウマ娘、私は直感的に感じた。このウマ娘は間違いなく強いと。
そう、そのウマ娘の名はアラムシャー、ダラカニと同じくアイルランド出身のウマ娘である。
「勘違いすんなよ? あんたらだけで盛り上がるほど、このダービーは甘くない」
「……ふん、言うじゃない」
「そこのチビ、お前もだ。ダラカニばかり見てても勝てねーよ」
そう告げるアラムシャーさんは私を見据える。
アラムシャー、史実ならこのウマ娘はこのダラカニをアイルランドダービーで負かしたウマ娘だ。その秘めたる実力は測ることはできない。
私の背筋に嫌な汗が流れてくる。危なかった、確かにダラカニさんだけに囚われていて本質が見えていなかった。
そう、これはイギリスダービー。
あらゆる強者がこの場には揃っている。誰が勝つかわからない戦いだ。
皐月賞、ダービーを勝ったとはいえ、今回のレースはそれらの比ではない。
「さて、喋りは終わりだ、口でなく行動で結果を示せよ」
そう告げたアラムシャーさんはゆっくりと踵を返すとゲートへと歩いてゆく。
ダラカニさんもそんなアラムシャーさんを見送った後、私へ振り返ると不敵な笑みを浮かべた。
それは自分が微塵も負けると思っていない、強者のオーラすら感じさせる。
「……アラムシャーにも貴女にも、前を走らせる気は無いわよ、来るなら全力で来なさい」
力強く、地面を蹴り、そう告げて立ち去っていくダラカニさん。
気品を感じるが、その中には煮えたぎる情熱と執念を感じさせられた。
お高く止まってるんじゃない、あれはそんな生やさしいものではない、どんな事をしようが勝つ、そんな貪欲さ、プライドの高さが滲み出ている。そんな気がした。
「あんにゃろう、纏めてぶっ倒してやる」
絶対くっ! 殺せ! って言わせてやる。
ぐへへへ、プライドが高いウマ娘が素直じゃねえかぁ、云々。
え? 私が言う方になるんやで? ですって、生憎、私は姫騎士属性はないのでそれはルドルフ会長に代わって貰いますね(外道)。
はあ、アホなこと考えてないでレースに集中しなくては。
……真面目な話をすると、私が使えるギアは7段階、しかも、その中でも6速と7速は限界値を引き上げた末に完成させた諸刃の剣だ。
できれば、5段階で何とか押し切りたい。
……そんな甘い相手じゃないことは承知していますけどね、私の身体が負担にどれだけ耐えれるかにもよります。
そして、いよいよゲートイン。
皆がイギリスダービーという称号を手にする為に血眼になって激突する。
「いよいよか……イギリスダービー」
「…………」
「義理母? どうかしましたか?」
ゲートインを終えたアフトクラトラスを含めた名だたるウマ娘を眺め、沈黙する義理母に訪ねる姉弟子。
そんな中、義理母はゲートで構えるアフトクラトラスを見つめたまま、訪ねてくるミホノブルボンの姉弟子にこう話をし始める。
「願わくば……」
ゲートが一斉に開き、各ウマ娘がスタートを切る。
クラウチングスタートから瞬発的に前に飛び出す私、ダラカニ、アラムシャーも譲らないとばかりに私に歩調を合わせるかのように飛び出す。
観客達から歓声が上がる。
イギリスダービーのスタート、そして、そんな観客達の期待を背負ったウマ娘達はターフを駆ける。
「……7速は使わんで欲しいものだ……」
「……えっ?」
義理母から飛び出た言葉に間の抜けた言葉を溢すミホノブルボンの姉弟子。
アフトクラトラスの走る姿を見つめている義理母の表情は何故か痛ましい我が娘を見るような眼差しであった。
その表情と言葉を聞いたナリタブライアン先輩は義理母に問いかける。
「それは何故……」
「言ったはずだ、アレは身体に負担をかける走りだと……、正直な話、私はギアを上げること自体反対していた」
勝つ為に7速までアフトクラトラスのギアを引き出したのは義理母である。
だが、義理母は最初、ギアを上げること自体を反対していた。アフトクラトラスが編み出した「地を這う走り」、現在、その走りは確実にアフトクラトラスの身体を蝕んでいる。
その走りは限界値だった5速でも、かなりの負担を強いる走りだ。
本来なら、もっと地を這う走り自体を改善した走りに変えなくてはいけない。
だが、今回、その時間は取れなかった。
苦肉の策として、7速までギアを上げるという事にした。
全ては欧州に蠢く怪物達を倒す為、アフトクラトラスは悪魔と取り引きをしたのである。
「……アフの最近の身体の異変、原因はそれか……」
「そんなことをすれば! いずれ大事になりますよ!!」
納得した言葉を溢すナリタブライアン先輩、そして、抗議するように義理母に詰め寄るアグネスタキオン先輩。
アグネスタキオン先輩は医術に関しても少しばかり知識を齧っているからこそ知っている。
その道がいずれどういうものになるかという事を。
だが、義理母はそんなアグネスタキオン先輩を見つめたまま静かに頷く。
「そうだ、このまま走らせればいずれアイツが辿り着く先は目に見えておる、だが、今のハードなスケジュールでフォームの改善に取り組めば奴の走り自体を壊しかねない」
アフトクラトラスの走りは完成間近になっている。
走り方、身体の使い方、全てが染み込んでいるのだ。一からの走るフォームを改善したとしても、世界レベルの走りを繰り出せるかと言われれば非常に厳しいと言わざる得ない。
それだけ、今のアフトクラトラスが積み重ねてきた走りは価値があるものなのだ。
「……アイツが選んだ走りがそれだったのだ、あんな風にしているが、ファンの皆の期待に応えよう、チームの皆の為に走ろう、そういう責任感が強いウマ娘なんだよ」
そんな、覚悟を決めた我が娘の走りを否定できるだろうか。
ウマ娘として、生を受けたからには誰よりも早く強く、逞しくなりたいと願う自分の娘の願いを無碍になんて出来なかった。
問題児で、ポンコツで馬鹿なことをして、怒られて、そんなウマ娘がアフトクラトラスである。
だが、それ以上に誇り高い。
「たくさんの思いを背負ったウマ娘は強い、それはお前も皆も理解しておるだろう」
その義理母の言葉にミホノブルボンの姉弟子も皆も沈黙した。
夢のために全力で駆ける。それは、自分1人だけじゃない。
画面を通して、日本にいるファン達はアフトクラトラスを応援している。トレセン学園に居る仲間達も固唾を飲んで見守っている筈だ。
だからこそ、何がなんでも勝ってやるんだとアフトクラトラスは誓っている。
その覚悟を言葉だけじゃなくて行動で示しているのだ。
「先頭はアラムシャー、続いてダラカニ、アフトクラトラスは3番手! 日本の至宝は我々に何を見せてくれるんでしょうか!」
日本の実況者を通じて、皆は走る1人のウマ娘に期待を寄せている。
遥かな強さを、まだ強くなれる、これ以上の才能をアフトクラトラスは秘めているのだと。
日本で見せた強さを見せてくれ、日本のダービーを取って見せたウマ娘の底力を証明してくれとただただ、応援している。
なら、期待に応えなきゃ、私じゃない。
期待に応えてこそのウマ娘だ。自分の夢のために勝つ為にただ、この前を走る強いウマ娘をなぎ倒す為に私は走るのだ。
「さあ、そろそろレースも終盤に差し掛かるところですが、順位が変わらない! かなりのハイペースです! これはどうなるかわかりません」
私は真っ直ぐに駆ける2人のウマ娘の背中を見つめる。
ハイペース、これなら前もかなり負担になっているはずだ。私の先行のポジションを警戒しすぎている。
ギアは3段階まで上げた、まだ4段階まで上げるには早い。
堪えろ、ここが我慢時だ。
私は自分に言い聞かせる。焦る必要はない、勝負は一瞬で蹴りがつく。
「はぁ……はぁ……はぁ……、勝負は400m!!」
私は足に力を込める。
あの2人に勝つにはそれしかない。コーナーで内を突いて一気に差を詰めて、ギアを上げる。
上手くいけば、それで、並ぶことができるはずだ。
ハイペースだが、これくらいのペース配分くらいならば問題はない、次第に距離も狭まってきている。
この走りは、ライスシャワー先輩を参考にした走り方だ。あの人が積み重ねてきた姿を目の当たりにして、私は学ばせてもらった。
狙いを済ませた私は、その時が来るのを静かに待つ。
欧州1冠、イギリスダービーを勝つ為に。