レース場には、イギリスダービーで戦ったアラムシャーさんをはじめとした猛者達がゲート前に集まっています。
パドックでお見かけしたんですけど、やはり皆さん強そうですね、そりゃそうか、G1ウマ娘ばかりですもんね、しかも、名が知れた。
フッ……かく言う私も実はG1ウマ娘でしてね……。
え? 知ってるって? ……言ってみたかっただけですよ!
「んしょ……、うん、身体のコンディションは良いみたいですね」
軽くその場でぴょんぴょんと跳ねてみて調子を確認する私。
身体が軽い! こんなの初めて! もう何も怖くない!
とか言ったら大ボカしそうだから言いませんけどね、まあ、でも身体は軽いです。調整しっかりしといてよかった。
「さて、と、警戒すべきはやはりアラムシャーさんですね……、ダービーでは3着でしたが……」
今回はさらにパワーアップしてきてるかもしれない。
なんかレース前にいろいろありましたけど、ようやくスタート位置。
キングジョージの幕が切って落とされようとしています。
とはいえ、油断できるレースではありません、アラムシャーさんの動向に注意しながらレースを進めなきゃいけないですね。
「はぁー……」
全身の力を抜いてクラウチングスタートの構えをとる私。
あ、クソでかため息ではありませんよ? 深呼吸です(迫真)。
いつも通りですね、変わらぬ絵面で申し訳ない。
足に無駄な力が入りすぎるとあれです、スタートダッシュがおかしくなっちゃいますからね。程よく力を入れるのが基本です。
静まり返る会場、レース開始の合図をその場にいる全員が待つ。
というかね、レース前にさ、久方ぶりにあったアラムシャーさんね。
レース前に私をブッつぶすだの、ぶっ殺すだのめちゃくちゃ言ってたんですよ。
久しぶりに会って、私は思いました。なんだこいつ。
うん、それしか出てきませんよ、総合格闘技するんじゃないんですよ? レースなんですよ?
なんで物騒なワードが出てきてるのか、コレガワカラナイ。
蝶野ビンタしますよ、全く。
とか考えてたら、いきなりパン! とゲートが開きました。
「あっ!? やばっ!?」
出遅れちった、ごめんちゃい。
私は後続に続くように慌ててスタートを切ります。まあ、でも大きな誤差ではないのでヘーキヘーキ。
……うん、鬼のような形相の義理母の顔が思い浮かびました。平気ではないね、ぶち殺されますね後でね(涙目)。
変なこと考えてたら失敗してしまった。集中しなくちゃダメですね。
「あの馬鹿者ッ!」
「……あー、出遅れたか」
はい、トレーナー二人も激おこです。
当たり前だよなぁ? ごめんなさい! 許してください! なんでもしますから!
これにはブライアン先輩やミホノブルボンの姉弟子も頭を抱えていた。
いや、慢心していたわけではないですよ? 集中を切らしていたのは私が悪いんですけども。
そこからはなんとか挽回して、順位を上げ、先行定位置を確保しました。
ふぃー危なし、危なし。
言ってる場合じゃないですけどね。
皆さんからアフタラ・ビスタされるところでしたよ、アフちゃんだけに。
え? アスタラ・ビスタですって?
ええねん、意味が伝われば、問題ないでしょう、そういう事です。アフタラ・ビスタこれは流行る。
「……っと、んな事考えてる場合じゃないか……」
私は足のギアを一つ上げ、上位につける。
G1レースでやらかしたら普通は巻き返し効かないってのが常識ですけどね、私は生憎、普通という形からはみ出た存在なんで。
皆さん、お忘れですか? 私の本質はポンコツなんですよ(えっへん)。
別に胸を張る事ではないですけどね、張る胸があるから仕方ない。
「……ぐっ!? なんだこいつッ!」
「あんだけ出遅れてた癖にッ! とんでもない変態だわッ!」
この言われようである。
追いついただけで変態呼ばわり、やばい、アグデジさんが頭をよぎります。ナカーマじゃないよ、尊し尊し言ってないですから私。
あ、いや、確かにウマ娘の皆さんには変態じみた事はしてましたけどね、はい。
なんだ同類じゃん! 私は変態だった(新事実)。
『さあ、残り1200mを切りました、アフトクラトラス4番手あたりでしょうか、そのすぐ前にはマークするようにアラムシャーが控えています』
日本では、生中継でKGVI & QESが放送されていた。
そのレースの行方をトレセン学園の生徒たちは静かに見守っている。
KGVI & QESに挑戦する日本の魔王、これを勝てば次はいよいよ、欧州最高峰、三冠レースの締め、凱旋門賞が控えている。
イギリスダービーに引き続き、二冠目のビックタイトル獲得、しかも、そのレースが歴史あるKGVI & QES、このレースに勝つ名誉だけでもものすごい価値がある。
残りは八百、私はペースを上げた。
すると、必然的にアラムシャーさんもペースを上げ、私を抜かすまいとしてくる。
あちゃー、これは相当、警戒されてますね。
「テメェは前にはいかせねーよ!」
「……うぐっ! 小癪な!」
最初からアラムシャーさんの前につけとけばこんな事にはならなんだ。
私の自業自得なんですけどね、うひゃあ、煽られる煽られる。
ねぇねぇ、今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち? をされたみたいな心境です。
うるせー! おっぱい揉むぞこの野郎。
そんなこんなで残り六百メートル。
「たくっ! あーしゃらくさい!」
私は強引にアラムシャーさんの間を抜こうとする。
だが、その時だった。
私は自分の頭に何やら硬いものが直撃した感触を感じた。
「うぐっ!?」
そう、肘である。振りかぶった見事に故意的な肘打ちだった。
並ばれそうになったアラムシャーさんが私のおでこに見事な肘打ちをかましてきたのである。私は衝撃で頭を退けぞった。
「はっはー! ヒットッ!」
私のデコは切れて、血が出てきた。
笑い声を上げるアラムシャーさん、不思議ですよね? 私の中で何かがブチ切れるような音がした。
不思議ですよね、ある程度のラインを越えてブチ切れると、かえって冷静になるもんなんですよ。
私は左から流れてくる血で左目が見え辛くなり、死角になってしまいました。
『あぁと!? アフトクラトラスッ! 流血! 接触の際、流血しています! 大丈夫かっ!』
それは傍から見ても明らかな肘打ちだった。
だが、それくらいでレースは当然、止まるわけがありません。
観客席にいたメジロドーベルさんは……。いやもう、言わずもがなですよ、かなり大激怒しているようでした。
「あんのダボがァー! うちのアフちゃんにぬぁんて真似をォ」
「姉さん落ち着いて! 落ち着いて!」
そして、それを宥めるドゥラメンテちゃん、さらにこれにはナリタブライアン先輩も眉を潜めていた。
だが、これは反則になり得ると言い切れるのかと言われればそうとは言い切れない。
ナリタブライアンとて、アフトクラトラスが直面している場面と同じような経験はある。勝つ為に手段を選ばないアラムシャーの走りには逆に感心する部分もあった。
だが、あれは明らかに故意だ、だからこそ、腹は立つ。
「小賢しい真似を……」
「……まあ、でもあの娘がやられっぱなしとは考えられませんけどね」
一方でナリタブライアンの苦言に対して隣にいるミホノブルボンの姉弟子は至って冷静な口調で話していた。
そう、レースに汚い手段を使う輩もいるのは当然だ。
だが、アフトクラトラスというウマ娘を義理の妹として長い間見てきたからこそわかる事もある。
「……まあ……な」
ナリタブライアンはミホノブルボンの言葉に納得したように頷いた。
アフトクラトラスというウマ娘の本質。
それは、やられっぱなしでは終わらないウマ娘という点だ。
やられたら、それこそ、倍にしてやり返す、闘争心も抜きん出て荒い。
流血如きで、アレは止まらない、そういう確信は私を知ってる皆さんの中では当然あった。
私は軽く左手で血を拭うと、もう一度、アラムシャーさんに並びに行きます。
さて、残り五百メートル。
「テメェ! しつけーんだよっ!」
「……」
「もっぱつやられと……うぐっ!」
次はアラムシャーさんの表情が曇りました。
案の定、肘打ちをもう一回私に向かって放とうと振りかざしてきた。
なので、それを予測し、屈んで、上手く交わして、カウンターを合わせるように後ろから左フックを『故意でない』ように見せかけてボディに向けてかましてやりました。
アラムシャーさんもまさか、私が脇腹に向かってグーパン入れてくるとは思っていなかった様子。
やりましたよ! カブトシロー師匠! エリモ師匠!
直伝役に立ちましたわ! 綺麗に決まった。
そして、アラムシャーさんが左に寄れた隙を私は見逃さない。
私は這うようにして、残り四百メートルでアラムシャーさんを抜き、先頭のウマ娘を射程圏内に入れました。
『さあ! 残り四百メートルどうだっ! 逃げ切れるかッ! おっと! ここで来た! 来ました! アフトクラトラスッ! 続いてアラムシャーも上がってくるッ』
ざまぁ!! ボディ……効いたかな? 早めのフック♪(煽り)。
抜いた今ならもはやこっちの土俵ですけどね、私はギアを容赦なく上げてやりました。
先頭との差は縮まり、残り二百メートル。
『さあ抜いた! 抜いた! アフトクラトラス先頭! アフトクラトラス先頭! 出遅れたのを感じさせないこの強さ! 残り五十!』
先頭を取り切った私は、そのまま地を這う走りで後続を引き離す。
私の間合いには最早誰も残ってはいません。
芝に血がポタリポタリと滴り落ちますが、もう気にせず一気にゲートを駆け抜けます。
『堂々二冠達成ッ! アフトクラトラス! 1着ゴールイン! なんとG1レース5冠目を無敗で制覇しましたッ! 何という強さッ!』
圧巻の無敗で欧州二冠目制覇。
出遅れ、妨害や怪我などのアクシデントがありながらも力押しでの圧勝劇に会場は騒然とした。
単純に強い、しかも、あれは恐らく全力でない事は観客席にいたファンの目から見ても明らかだった。
ゲートを走り抜けた私はピースサインを上に掲げる。
これが、欧州二冠目、血を流しながらももぎ取った称号。
てか、血で左が全く見えんのだけど、あと貧血気味でフラフラする。
とりあえず、やったぜ!
私はすぐにやってきた医療班の方から止血をするようにタオルを渡され、それで切れた部分を抑える。
こうして、私が挑戦した二冠目、KGVI & QESは最高の結果で幕を閉じた。
ウイニングライブどうしよう……、あ、今回もしかしたら出なくてもいいかも! ラッキー!
サンキューアラムシャー! グッバイアラムシャー!
私の代わりに歌って踊っててください、え? 血は止まるから問題ない? そんなー!