誰かが言った。
王者は孤独であると。
それは、例えだとか揶揄だとか、そんな事ではなく、本当に物理的にも精神的にもそうなっていくのが普通なのである。
まあ、私は別に王者でもなんでもないんで関係ないんですけどね(すっとぼけ)。
何故なら、私には支えてくれる仲間や姉妹、そして、義理母達がいるからだ。
だから、孤独じゃないと胸を張って言える。
「どうだ? 頭の具合は?」
「元々馬鹿だったのは悪化してないか?」
「煽りが辛辣すぎィ!」
ブライアン先輩と並んで日本からやって来てくれたルドルフ先輩からの辛辣な一言に突っ込む私。
これ以上、馬鹿になったら救いようがないぞって眼差しをこちらに向けないでください、胸が痛いです。
キングジョージの勝利祝いと、次が三冠が掛かった凱旋門ということでやって来てくれたみたいです。
煽りは酷いですけどね、うん。
「大事にならなくてよかったな」
「んふっ……! ……あ、頭を撫でたからと言ってごまかされませんからね!」
ぷんすこ怒ってる私を撫でてごまかすルドルフ会長。
へ、こんなんで許すほど私はチョロくなんてないんですからね! 寿司くらい奢って貰わなきゃな!
嘘です許します。私、心が広いので。
「しかしながら結構深かったな、傷」
「えぇ、でもまぁ、レース後はアラムシャーさんも謝りに来てくれたので」
「フッ……律儀だな」
レース故、致し方ない事もある。
競い合うからこそ、そういう事だってあり得るし、というか私も仕返しましたからね。
やられたらやり返す、報復はしちゃダメってのは詭弁でしかないですからね、私はやってやります。
だからアラムシャーさんには別に悪意とかないです。むしろ、リスペクトしてますよ。
「……たく、相変わらずだよなぁ、お前はさぁ」
「ヒシアマ姉さん!」
「のわぁ!? おまっ! いきなり飛び付いてくんなよ!? 傷口開くぞっ!」
そして、私に嬉しいサプライズ。
モフモフしたいヒシアマ姉さんもなんとイギリスにまで来てくれたのだ! やったー!
そりゃもう飛びつきますよ、そのおっきなお餅で私を癒してください。
自前のがある? ……これ、自分で埋もれないんですよね、そんなおっぱいに価値は無い(悲しみ)。
私と同等かそれ以上のものを持つヒシアマ姉さんのだから良いのです。
「……ヒシアマ姉さんにセクハラ出来ず、歯痒い毎日を送ってました……シクシク」
「どんな毎日だそれ」
そうですね、強いて言えばむしろ周りからされる日々でした。
新たにドゥラちゃんも加わりましたしね、嫌な毎日だな、よく考えてみたら。
フラストレーションも溜まるというものですよ、海外とか慣れない地だと余計にですね。
「なんだ、私にすれば良いじゃないか」
「……うーん、何というか……まあ……はい」
「そうよ! 私もいるじゃない!」
そう言って、名乗りを上げるブライアン先輩とメジロドーベル先輩。
いや、貴女達は何というか抵抗がなさすぎてこう、やり甲斐がないと言うか逆に襲われそうなんでね。
嫌がるヒシアマ姉さんだからこそ良いんですよ、あと、私と身長が一緒くらいですし、可愛い。
「……二人にはいつも甘えてますから、なんだかこれ以上は悪い気がして」
「……アフ……」
「そんな事、気にしなくて良いんだぞ?」
私はヒシアマ姉さんにハグしたまま苦笑いを浮かべて二人にそう告げる。
方便含むちょっと本当の事も織り交ぜてます。
メジロドーベルさんには膝枕とかもしてもらったりしてますし、ブライアン先輩には本当、いろいろな面でお世話になってますから。
これ以上求めたら罰当たりかなって。
ルドルフ会長に関しては頷いてますけど、撫でるよりゲンコツのことしか思いうかばねぇ……。助けていただいているので感謝はもちろんしてますけどね。
大体は私が悪いんですけども。
「ヒシアマ姉さんにはヒシアマ姉さんにしかない癒しがあるんでね、ほら、胸からマイナスイオン出てますから」
「どんな身体だ私の身体は!?」
こうやってツッコミを入れてくれるのもいいんですよね。
やっぱり可愛いなぁヒシアマ姉さんは。
あ、もちろん、皆さん可愛いですけどね、私にもアグデジさんが乗り移ってきたかな?
「うん、傷口は安静にしとけば問題ないだろう」
「安静にしとけばな」
「安静という言葉が似合わないウマ娘に言っても聞くかどうか……」
私がまるで暴れん坊将軍みたいな言い方。
デーンデーンデーンってなんか聞こえてきましたよ、暴れん坊なのは胸だけにしろとかかなり酷いと思うんですよね。
別に暴れん坊ってわけでも無いんですけども。
「てかウイニングライブどうすんだよ?」
「二日ズラしてもらってるんだろ?」
ブライアン先輩とヒシアマ姉さんが真っ直ぐに見つめながらそう問いかけてくる。
実は、私、シャイですのでお断りしよっかなぁって、えへへ。
人前で歌うの恥ずかしいんです。
ほら、私、怪我もしてますし、おデコがパックリいってますし、傷は塞がってますけれど。
「ん? 何か言ったか?」
そう私が言おうとした途端、笑顔だったルドルフ会長の目がキュピーンと光ったような気がした。
姉弟子も私をジト目で見つめてくる。まさか、アンタレスの看板背負っておいて歌わないとか言うつもりか? と言わんばかりの視線だ。
あっ……、あの、そんな事は無いですよ? ……ぐすん。
「歌いますとも!! アッフの歌は世界一ですからね! キングジョージですものね! えぇ!」
「テンパリ過ぎてもう自分でアッフとか言っちゃってるぞこいつ」
そして、呆れたようにヒシアマ姉さんのツッコミが私に入る。
仕方ない、歌うしか無いか、私のファンが待ってますしね、私は行きたく無いんですけども。
働きたく無いでござる。
「大丈夫ですよ! アフちゃん先輩! 私もバックヤードでスタンバッテますから!」
「なんだその無駄な配慮は」
ドゥラちゃんからの肩ポンサムズアップに顔をひきつらせる私。
目をキラキラさせるんじゃない、私の邪の心が浄化させられちゃいますから。
後輩からの無駄な援護射撃までくるともう逃げ場なんてないようなものです。
あーあ、でかいレースに勝っちゃったばかりに、あーあ。こんな事言ってたら負けたウマ娘達から袋叩きにされそう(小並)。
ごめんなさい、もう言いませんゆるしてくだしあ!
「アフたん可愛いよぉ〜……ハァハァ……」
「なんでアグデジさんもいるんですかね……」
私の背後からスカートを何も躊躇なくめくったままハァハァ言ってるアグデジさん。
この人が来てるのはちょっと私にはわかりません。
あと堂々とスカートを捲るな、パンツ見えるでしょうが。あれ? これデジャブ?
「いい縞々だね!」
「どこから突っ込んだら良いのか……」
前言撤回、私多分、この人ほど変態では無いと思います(戒め)。
人のパンツを毎回こうして確認するような変態にはなりたくないです。
えぇ、私のパンツは縞パンですよ? なんだ、文句あんのか!
「とりあえず私のパンツをいちいち確認しないでくださいッ!」
「えー……」
「なんでいやそうな顔するのかわからんぞマジで」
アグデジさんの反応に青筋が思わず立ってしまう。
私の方がおかしいんですか? いいえ、絶対そうだとは思いません!
いつもはおかしな事ばかりしてますけどね!
「まあまあ、アフたん、とりあえずおめでとう!」
「うん、それがまず一番だと思うんですがそれは、あとアフたん言うな」
「はい! 祝いにハグしてあげるー!」
「鼻血! 鼻血!」
鼻血を垂らしながらご満悦の様子のアグデジ先輩に待ったをかける私。
服が血だらけになってしまうわ!
あー尊い尊いとか言ってる場合じゃないですよ、ほら鼻にワタでも突っ込んで。
……女の子の鼻の穴にワタを突っ込むなんて初めての体験かもしれない(新感覚)。
「アフちゃんはウチのチームなんだからそんな気安くハグなんてさせないわよ」
「むぐっ」
「そうだぞ、ちゃんと許可をとってもらおうか」
そう言って、私を両脇からハグしてくるドーベルさんとブライアン先輩。
ん? 今、ブライアン先輩なんて言いましたっけ?
「えっ? ブライアン先輩はリギルなんじゃ……」
「気持ちはアンタレスだ」
なんだそのめちゃくちゃな言い分は! オハナさん泣きますよ!
2人のおっぱいに挟まれているのはこの際どうでも良いんですけど。
気持ちがアンタレスってなんて便利な言葉でしょう、いっそウチ来ます? 死にますよ? 主にトレーニングのえげつなさで。
「てゆーか、なんでアグデジさんはイギリスへ?」
「ほぇ?」
そう訊ねると首を可愛らしく傾げるアグデジさん。
すると、ムフフと意味深な笑みを浮かべ、私に向かいこう告げてきた。
「もちろん! 取材だよー、今年の有明で出すアッフの本の!」
「ぬぁ!?」
「あ、夏の分はもう書いたから次は冬の分なんだけどね!」
有明……夏……、あっ(察し)。
おまっ! お前! そういう事か! 通りでやたらとスカートを捲ると思ったらそういう事か!
いや! 広告的にええやんとかやないですって! 私、有明の絶対王者になるつもりはないんですよ!
とんでもない事を聞いてしまったなぁ……(悲しみ)。
「ちなみにお値段は?」
「うーんとねー」
「そこ! 値段を聞くな! 値段を!」
アグデジさんに本の値段を訊ねるドゥラメンテちゃんに待ったをかける私。
ドーベルさんとブライアン先輩も興味深そうに耳を傾けてるんじゃないよ!
もうやだこの人たち……、私、失踪しようかな……。
まあ、多分、すぐに見つけられてしまうんでしょうけどね。悲しいなぁ……。
すると、ルドルフ会長がコホンと咳払いをし、一旦、場を締める。
ルドルフ会長に視線が集まる皆の衆、そうだね、変に騒いで私みたいに怒られたくないもんね皆。
「とはいえ、まずは欧州二冠達成だな、おめでとうアフ」
「はい、ありがとうございます」
「これは私からの祝勝の差し入れだ、納めてくれ」
そう言うとルドルフ会長は私に何か手渡してくる。
ん? これは……なんか見たことあるような気がするのだけど。
赤い布に紋章が入ったマント、あ、これ確かルドルフ会長が勝負服につけてるやつじゃ……。
「私の外套だ」
「いやいやいや! こんなの頂けない……」
「受け取ってくれ」
ルドルフ会長は真っ直ぐに私を見据えたままにっこりと笑みを浮かべる。
こんな大胆な品を譲って貰うなんて、しかも私なんかに……。
いくらKGVI & QESを勝ったとはいえ気が引けてしまう。
これを受け取るという事がどういう意味なのか、馬鹿な私にだってわかる。
それは、背負うという事だ。
日本中のウマ娘の期待を一身に背負わなければいけないという事なのだ。
少しばかりそれを前にして考える私。
私はこれを受け取るに値するようなウマ娘ではない。
これは、本来ならトウカイテイオーちゃんが会長から貰うものだ。
凱旋門を前にこれを受け取るのは流石の私でも……。
「……ルドルフ会長……あの」
「迷うなアフ」
私は断ろうと口を開いた途端、ナリタブライアン先輩が遮るようにそう告げた。
その目には先程までとはうってかわり、真剣な眼差しを私に向けていた。
ルドルフ会長から受け取れと、その資格があるとブライアン先輩の目は訴えていた。
そして、ルドルフ会長は未だに迷っている私にこう告げる。
「Eclipse first, the rest nowhere……」
「……え……?」
「我が校のモットーでありスローガンだ、アフ、お前は今、それを体現している。だからこそ受け取れ」
トレセン学園の全ウマ娘が目指す強さ。
誰も追いつけない強さと、誰もが羨むような頂、そして、その領域までもう手を伸ばせば届くところまで来ている。
アフトクラトラスというウマ娘は血を吐くような積み重ねを毎日繰り返してきた。
限界を超え、さらに苦難を乗り越えてここまで来た。
「わかりました……では、慎んで頂きます」
「うん、良い顔つきになったな」
赤い外套を手渡してくるルドルフ会長から笑みを浮かべ、そう告げられる私。
手に置くと、改めてその重さがわかる。物理的にというわけではない、精神的にという意味でだ。
これまで勝ってきた私に皆が期待するのは常勝。
勝って当たり前、凱旋門では勝つ事しか許されてはいない。
今までふざけてごまかしてきましたけど、ここまでくると流石に現実を見てしまいますよね。
「勝て、アフ、これまで日本のウマ娘が誰もなし得なかった宿願を果たしてこい」
「そのつもりです」
私はルドルフ会長の言葉に静かにうなずいた。
これまで、たくさんの日本のウマ娘がそのレースを勝つ事を夢見てきた。
世界で一番と称されるウマ娘ならば、その称号を得たくて仕方ない。
だが、未だ誰も、誰一人としてその高みには手が届くに至らなかった。
アンタレスのナカヤマフェスタ先輩も、リギルのエルコンドルパサーさんも数々の英雄達がそのレースに挑み、そして散っていった。
私が挑もうとしている最後の一冠はそういうレースだ。
前人未到の到達点、まさに、勝てば日本のウマ娘としては快挙である。
間違いなく、凱旋門では私よりも経験を積み、かなりの戦績を作った化け物達が蠢いている。
並の相手では無いし、KGVI & QESよりも厳しい戦いが待ち受けている事だろう。
今日だって楽なレースというわけではない、一歩でも間違えば負けていても不思議ではないレースだ。
レースに絶対はないのだから。
「後はお前が得意な気合いと根性だけだ」
「アンタレスのお家芸だしな」
「失敬な、大和魂が籠った非常に効率的なトレーニングと言ってもらいたいですけどね」
ルドルフ会長とナリタブライアン先輩の言葉に異を唱える方が一人。
先程から、席を少しばかり外していたミホノブルボンの姉弟子はタイミングよく扉の向こうから現れ戻ってくると早々にそう告げてきた。
姉弟子の手にはDVDのディスクがある。
それを軽く掲げている姉弟子は私に静かにこう告げた。
「……シンボリクリスエス、ハイシャパラル、そしてダラカニのレースが入ったDVDです」
「えっ…これって…」
「これくらいは姉として当然です」
そう告げた姉弟子は私にディスクが入ったパッケージを手渡してくる。
わざわざ、私のためにこんなものまで用意してくれるなんて。姉弟子は私に近寄ると優しく肩を叩いてきた。
私は思わず目頭が熱くなる。それの意味をなんとなく理解できたからだ
「……最後の一冠、勝ちなさい。私が出来なかった三冠、貴女ならきっと取れる」
私は姉弟子の言葉に私は目を押さえたまま静かに頷いた。
あの日、姉弟子が負け、義理母と共に望んだ三冠という栄光を掴む事は叶わなかった。
涙を流している姉弟子の背中を私はあの日から忘れた事なんてない。
三冠というレースは一生に一度の挑戦、そして、私はそれを二つも得ようと足掻いている最中だ。
それは、姉弟子が取れなかった分と、そして、私の分。
「ありがとうございます。…絶対に勝ちますから、見届けてください!」
私は軽く目を拭うと、そのDVDを受け取り力強く頷いた。
私と姉弟子には見えない絆がある。それは、血の繋がりなんて眼に見えるものなんかじゃない。
積み上げてきた日々の中で、確かに私は姉弟子からバトンを受け取ることが出来た。
欧州三冠ラストレース、凱旋門賞まで約三ヶ月。
私の全力を出し尽くすため、並々ならぬ覚悟を持ってこのレースに挑む事を改めて決心した。