木組みの家と石畳の街。たくさんの人間達と、それよりももっとたくさんのうさぎ達が住む街。この街にうさぎが多いのは、人間は死ぬとうさぎになるからだ。そんな言い伝えがまことしやかに語られるこの街の片隅に、その喫茶店はあった。
――ラビットハウス。
広い店内に客はまばらで、果たして商売として成り立っているのか疑問だが、隠れ家のような魅力に取り憑かれる熱狂的な常連客のおかげで何とかやっていけているようだ。
かくいう「俺」も、一度訪れて以来、この店の不思議な魅力に取り憑かれ、足繁く通うようになっていた。
――いや、正確に言うと、魅力を感じているのは、店に対してでは無かったかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギィー、バタン。
「いらっしゃいませ。……て、またあなたですか。」
まだ桜の季節ながらも暑さが不意に訪れたある日。重いドアを押し店に入ると、予想通り、カウンターに立っているのは青い制服の店員だった。
香風智乃――この喫茶店の看板娘であり、俺がこの喫茶店に通っている理由でもある。
経験則上、この時間帯は客が少ない上に店員はチノ一人か、他の店員が居たとしてもツインテールの店員――天々座理世だけのことが多いので、なるべくこの時間を選んで来るようにしている。
「はい、『いつもの』です。」
目の前にレタス・サンドイッチが置かれる。パンにレタスを挟んだだけのレシピだが、パンの焼き加減が絶妙だ。パンは、この店のもう一人の店員――保登心愛が焼いているらしい。彼女自身に対しては少々の苦手意識があり、あえていない時間に来るようにしているが。
「おっすチノー。宿題やったー? ……って、また来てるのー?」
ドアが勢い良く開き、入ってきたのはチノのクラスメイト――条河麻耶である。「また来てるのー?」とは、ここのところ連日店に来ている俺に向けられた台詞である。
「本当に良く来てるねー。ラビットハウス気に入ったのー?」
もう一人はこちらもチノのクラスメイト――奈津恵である。おっとりとした声が、店内によく響く。
三人は宿題を一緒にする約束になっていたようで、店の片隅に座る俺をそれ以上気にとめる風もなく、カウンター席に陣取り、プリントを広げ始めた。
「『ぬいぐるみは魔法少女にうさぎに変えられてしまった』 ……なあチノー、魔法少女って英語で何ていうんだ?」
「ま、まじかるがーる……とかじゃないですか?」
「そのまんまだなー。」
「そのまんまです。」
どうやら英訳の問題を解いているらしい(どんな例文だよ、と思わずツッコミを入れそうになるが。)。
最近はチノは俺が店にいても構い無く自分のことをしている。今日のようにマヤやメグと他愛無いおしゃべりをしていることも多い。だが、俺もそれで良いと満足している。彼女から積極的に関わってきたり、話しかけられたりを望んではいない。そんな高望みはしない。
「『ジェーンはお祖父さんのコーヒーカップを割ってしまった』 ……前から思ってたけどこのジェーンて奴、まるでココアみたいだなー。ドジっ娘属性てやつかー?」
「その前はホットケーキを妹の顔にぶつけてたねー。本当にココアちゃんみたいー。」
「ココアさんにそっくりとか、きっと残念な人です。」
店の片隅の席から、マヤメグと盛り上がるチノの姿を眺める(なおこの場合一番残念なのは年下3人にこの言われようのココア本人である。)。
この少女に出会ってしまって以来、俺は変わってしまった。次はいつチノに会えるか――そればかりが頭の中を占め、この店に通うことが生活の全てとなった。会話なんて交わせなくていい、チノの姿が目の端に入るだけで心が弾む。――店にいるこの時間だけが、灰色だった日々の潤いとなった。
「『トムは店で人形を買いました』 ……なんだ?人形ってフィギュアか?トムって奴オタクだったのかー?」
「趣味は人それぞれだからねー。お人形遊びが好きなだけな男の子なのかもー。」
「そういえばさー。この前アニキのゲーム借りようと思って部屋に入ったら、こう、妹がどうとか?っていうタイトルのちょっとエッチなゲームがあったんだよなー。リアルに妹がいるのにそんなもん部屋に置いておくとか、どうかしてるよー。」
「兄妹とはいえ勝手に部屋に入るのもどうかと思いますが……。」
「そういう妹に幻想を抱いちゃうタイプの奴を、オタクって言うんだよなー。」
「その定義だとココアさんもオタクになってしまいますね……。」
……しかし、いい年をした男が女子中学生の店員目当てに喫茶店に通うというのは、考えようによってはストーカーとかロリコンとか、それこそオタクとか言われかねない行為である。店には入るが、なるべくチノ達店員とは、物理的にも精神的にも距離を保つ……それが俺が自分に課したルールだった。……それでも時々、チノの頭の上にいる毛玉のようなうさぎが咎めるような視線をこちらに寄越すのは、果たして気のせいだろうか。
「それにしても今日はまだ4月の始めなのに暑いよなー。このペースだと8月には最高気温100度超えるんじゃね?」
「いったいどんな異常気象ですか!?」
「そんなに暑かったらみんなアイスクリームみたいに溶けちゃうねー。」
「そうだメグ、チノ、宿題終わったら午後から温泉プールに行かない? 暑いしちょうど良いと思うんだー。」
「マヤさん、グッドアイデアです。プールに早く行こうと思うと宿題終わらせるやる気も湧いてきます。メグさんも行きますよね?」
「え、えっと、私はその……」
「何だメグ、用事でもあるのー?」
「も、もちろん、予定があるのに無理にとは言いませんよメグさん。」
「そ、そうじゃないんだけど、じ、実は、水着の胸のところがきつくなってきてて……。夏までに新しい水着を買わないとーって思ってたところだったの。」
「うわー、そうだったんだ! 私は小学生の時の水着まだ着れるし、何か負けたような気分だなー。確かにメグのおっぱい、冬休み前には激しい運動で揺れる程度だったのが、春休み入ってからは歩くと揺れる程度までなって、急成長してたからなー。チノも驚いただろ?」
「むしろマヤさんのメグさんのおっぱいに対する異常な観察力の方に驚きましたが……」
……何だか聞いてはいけないことを聞いてしまったような。基本的に彼女達はおしゃべりしてる時は俺に関してはいないもの扱いだが、あまりにも無防備過ぎるトークのような気もする。客がいないから良いようなものの、もし他の人に聞かれたらという警戒心がゼロである。最近の女子中学生はみんなこんなものなんだろうか。と、思わずドギマギしてしまう俺であった。
この小説はpixiv小説に掲載していたものを一部フォーマットを修正して投稿したものです。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9664107
既に完結済ですので続きは順次投稿していきます。
ぜひ最後までお付き合いください。