(……ふう、こんなものか……)
存外広い空き地の中でハーブを集め終わった頃には、既に日は傾きかけていた。貴重なハーブだけあって、あらかた摘まれてしまっていたようではあるが、隙間や物陰には少しばかり残っており、かき集めればサシェ1つ作れるくらいの量にはなった。
引き返そう。そう思って振り返ろうとしたその時、後ろにただならぬ気配を感じた。
「ガルルルル……」
恐る恐る振り返ると目に入ったのは、いかにも凶暴そうな野犬の姿だった。
ハーブ集めに夢中になり過ぎ、こんな近距離に近づかれるまで気づかないとは、完全に不覚だった。
街外れとはいえ、この街にこんな凶暴そうな野犬がいるなんて情報は聞いていない。
だが、おそらくワイルドギースは、この空き地がこの犬の縄張りだと知っていたのだろう。知っていて、飼い主を危険から遠ざけようとしたと考えれば、さっきの不可解な行動も納得が行く。一瞬でそこまで頭を巡らせたが、今となっては後の祭りだ。
「ガルルルル……バウッ!」
(ぐっ……!痛っ……!!!!)
吠え声とともに犬が俺に向かって突進してきた。ギリギリのところで避けそこない、鋭い爪が刺さる。左足を伝って生温かい自分の血が流れているのが分かる。今の一撃は致命傷にこそならなかったが、足にダメージを負った状態では次の一撃はかわせない、万事休すか……!
「なんじゃお前さん、情けない……、しっかりせい、傷は浅いぞ。」
そう思ったその時、意外過ぎる声が掛かった。人間? いや、どう見てもこの声は、うさぎから発せられている。チノの頭の上にいつも乗っている毛玉うさぎ――確かティッピーと呼ばれている――そのうさぎが、突然俺の後ろに現れていた。
「こっちじゃ!来い!」
うさぎから人間の声がする異常事態に犬も不意をつかれたのか、一瞬の隙が出来た。その隙をついて、ティッピーの案内する方へと駆け出す。見ると空き地の一角の塀にぎりぎり俺が通れるか通れないかくらいの小さな穴が開いていた。ここをくぐり抜けろということらしい。腹がつっかえるのでは……昼にレタスサンドを食べなければ良かったか……と謎の後悔が頭を巡りかけるが、普通にティッピーの後に続いて通ることが出来た。
「ワオーン……クーン……」
犬はしばらく残念そうに塀の前をうろうろしていたようだったが、やがて諦めてどこかへ去った。
「やれやれ、危ないところじゃったな。その傷は後でリゼか誰かに診てもらったほうが良かろう。……ところでお前さん、何故わしが突然ここに現れたのか、不思議じゃ、って顔をしておるな。」
いや、どちらかというと不思議なのはうさぎが人間の言葉を話すことの方なんだが……。だがそれは聞いても教えてくれなさそうな気がしたので、いったん話の先を促す。
「お前さんのことが心配じゃったので、わしはこっそり後をつけておった。……勘違いするなよ、一応おぬしはわしの店の常連客じゃからの、危ない目にでも合ったりしたらと思ってつけさせてもらった。そしたら案の定じゃ。あの距離まで犬に近づかれて気づかんとか、どうかしておるぞ。」
そのことを言われると言い訳のしようもない。ティッピーはさらに先を続ける。
「ここ最近のお前さんの行動を観察してたが……、正直危うい行動が多すぎるぞ。お前さんがチノのことを好きなのは見ていれば分かる。じゃが、おぬしはチノのことよりもまず自分のことを優先すべきじゃ。」
そしてティッピーは、これは言おうか迷うが、という様子を見せるが、意を決したように言った。
「何しろ、おぬしはうさぎで、チノは人間。人間とうさぎの恋が叶うはずが無いのじゃからな。」