ギィー、バタン。
「いらっしゃいませー、ってまたお前か……。ドアの建てつけが緩んでるのを良いことに、店に自力で入ってくるようになっちゃったな。おーいチノ、いつものうさぎ、また店に来てるぞー。」
「いらっしゃいませです、うさぎさん。今日はにんじんを用意してみました。」
「チノ、すっかりこいつのこと常連客扱いだな。」
数日後の午後。足の怪我も癒えた俺はまたラビットハウスを訪れていた。出迎えてくれたのはリゼとチノだった。
「今日はレタスサンドを出さないのか?」
「パンはうさぎにとっては糖分が多くて、太ってしまいやすいらしいです。本で読みました。なので、今日からはメニューは野菜だけに変えます。」
ガーンだな、ココア手作りパンが食べられないとは……。しかし、にんじんだろうとチノの用意したものだったら美味くないはずがない。そう思いかじりつこうとしたら、噂をすれば影と言わんばかりに本人が登場した。
「たっだいまー! いやー、まさか進級して早々、国語の居残り補習になるとは思わなかったよ……。ってうぇぇ!? うさぎちゃんがお店に来てる!」
まずい、この流れはまずいぞ。そう思って店のドアから退散しようと思った途端、後ろからがっしりと体を掴まれた。
「うさぎさんもふもふ~♪ わぁ~、ティッピーももふもふだけど、この子もすごくもふもふだよ! チノちゃんが前言ってた最近良く店に来る子ってこの子だよね? このもふもふを独占するだなんて、チノちゃんずるいよ~!」
案の定つかまってしまった……。ココアが力いっぱいもふもふしてくるので、若干気が遠くなりかける。以前、道でたまたますれ違ったココアに強くモフられ気を失いかけたことがあったので警戒していたのだが……
「別に独占はしてませんが……。そういえばこの子、ココアさんが店にいる時にあまり来たことないですね。」
「実は嫌われてるんじゃないか?」
「ヴぇぇっ! そんなことないよ! そんなこと……ないよね?」
……それに関しては俺からはノーコメントである。どっちみち人間の言葉は話せないが。
「そういえばココアさんその匂い……プレゼントしたサシェ、さっそく使ってくれてるんですね。」
「そうだよー! この匂い上品でしつこすぎないし、これをつけてれば小麦粉くさくもならないし、すっかり気に入っちゃった。ありがとう、チノちゃん♪」
「ココアさん、どさくさ紛れに私までもふもふしようとしてもダメです。あとお礼だったら、この子にも言ってあげてください。」
「うさぎさん?」
「この子が怪我しながらもハーブを取ってきてくれたので、この匂いのレシピが作れたんです。ティッピーが足から血を流してるこの子を連れてきた時は、流石にびっくりしましたが……」
「そうなんだ! ありがとうううううううううさぎさん! お礼の3倍もふもふだよ~♪」
ココアの抱きしめる力が強くなりさらに意識が遠のきかける。
そう、あの日、俺は野犬に襲われながらも集めたハーブを手放さなかった……というか口から放さなかった。人間ならともかくうさぎにとっては野犬に襲われるのは致命的だ。その状況でもハーブを守りきった自分のことは素直に褒めてあげたい。
「おっすチノー! 今日もいつものやつで……、ってまたうさぎ来てる!」
「こんにちは~。うさぎさんもこんにちは~。」
そうこうしているうちに店にマヤとメグが現れた。
「マヤちゃんのいつものって何だっけ~?」
「マヤさん、『いつもの』って言うのは、いつも頼んでるメニューがある人が使うんですよ。マヤさん日によってアイスココアだったり、コーヒー頼むときも銘柄がばらばらじゃないですか。」
「通っぽくてかっこいいから一度やってみたいじゃん! 『マスター、いつもの』ってやつ~。そういえば、こいつはいつものレタスサンドじゃないんだ?」
「この子、ココアちゃんの焼いたパン好きだったみたいなのにね~。」
目を輝かせて反応したのはココアだった。
「そうなんだ!? 隠れココアお姉ちゃんファンがこんなところにいるとは……! 感激だよ! よ~し、この子も私の妹にしてあげよう! パンの味が分かる食通妹うさぎちゃんには、さらにお礼の5倍もふもふ~!」
「ココアさん、それ以上もふもふすると苦しがりますよ。あとその子はオスです。」
「このうさぎちゃん店に良く来てくれてるみたいだし、もしこの子が人間だったらラビットハウスの良い常連客になってくれたのにな~。 そう思わない? ねぇ、今からでも人間になってくれても良いんだよ!」
うさぎが人間に……か。もしも自分が人間だったら。そう夢想したことは一度や二度ではない。先日ティッピーに言われた言葉を思い出す。
――『何しろ、おぬしはうさぎで、チノは人間。人間とうさぎの恋が叶うはずが無いのじゃからな。』
人間とうさぎの恋は叶わない……そんなことは言われずとも分かる。しかしそれでも、この店に来ることは、チノを見た時に感じる胸のときめきは止めることができない。そういうものだった。
もし仮に、チノに恋慕している人間の男がいたとして(実際にはこの店の常連客は女ばかりなのでそういう存在は考えにくいが)――その恋が、どんなに成就の可能性が薄そうなものであっても、この俺よりは幸せだろう。人間である時点で、チノと同じ土俵に立つことが出来る。チノと会話を交わすことも、チノの青い透き通る目から、同じ人間を見る視線を貰うことも、不可能ではない。
うさぎである俺には、どれも叶わぬ夢。住む世界が違うどころの話ではないのだ。それでも俺の人生、ならぬ兎生は、これから先も続いていく――そういうものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うさぎが人間に……ですか……」
「あれー、否定しないんだ、チノ? いつもだったら、『うさぎが人間になる訳ないです!』とかすぐにツッコミが入るのにー。」
「あ、あまりにココアさんの発想が突飛過ぎて、ツッコミが追いつかなかっただけです。」
(ここは木組みの街……、人間がうさぎになる、そんな魔法のようなことも起こる街)
(だったら、うさぎが人間になることも……、もしかしたらあるかもしれませんね)
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
本話をもって自分初の連載作品「喫茶店員に恋をしてしまった。」完結となります。
まぁ、書き溜めていたのを放出しただけなんですが。
憧れの叙述トリック的なものに挑んでみた作品となりました。
バレバレ過ぎず、かといってオチが唐突過ぎずのバランスを取った描写にどうすればなるのか、その点の模索が一番苦労しました。うまく成功してるといいんだけどなぁ。感想お寄せいただけると幸いです。