Decipit exemplar vitiis imitabile   作:トラロック

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§002 サトル・スルシャーナ

 

 キーノ・ファスリス・インベルンは述懐する。

 もし――一人であればとっくの昔にモンスター共に嬲られ、死んでいるか他の冒険者に討伐されている。

 知性が随分と戻っていても一人で彷徨い続け、あちこちで追われたり追い払われて討伐隊を差し向けられる事態もあったかもしれない。

 途方に暮れて盗賊まがいになっている事もありえたし、頭の悪さを漬け込まれて悪の道に引きずり込まれていたとしてもおかしくない。

 

 サトルという光明は自分にとってかけがえのないものだ。

 

 そう思えるほど、彼を大切だと思っている。

 その彼が何やら困っているのであれば力になりたいと思うのが普通だ。――いや、当たり前だ、が適切か――

 しかしながら自分は無知ゆえに良い案が浮かばない。

 言葉はちゃんと言えているし、世間並みの常識もしっかり持っていると自負している筈なのに――

 戦略とか対人関係の付き合い方とかに関してはまだまだ不十分だと認めざるを得ない。

 そこは彼の手腕に何度も助けられているのでよく理解していた。

 一人ではまだ何も出来ない小娘であると――

 

◇ ◆ ◇

 

 キーノが苦悩している間もサトルは着々と計画を練っていく。

 一見すると彼女を(ないがし)ろにしているように映る。けれども彼とて他人の機微は――ある程度は――感じ取れている。

 言葉にしなければ伝わらない気持ちというものは知っている。恥ずかしい一念がある限り、彼女を困らせ続けるのではないかと思っている。

 相手は少女だが、仲間だ。それを忘れない為に適度に声はかけている。

 ただ、それがどうもちゃんと伝わっていない気がしてならない。

 ――当たり前だが、ゲーム以外の人付き合いの中で女性に対応する方法を苦手としている。

 恋人を作った経験が無い。あってもゲームの中の幻想だ。

 リアル彼女の付き合い方など知るわけがない。

 ――ギルドメンバーに女性陣が居なかったわけではない。その時は多くの仲間達が居たから苦難を乗り越えられた。――それと女性と言っても見掛けは異形種だ。

 

「今日もろくな奴が居なかった……」

「お疲れ様」

 

 何気ないキーノの言葉。聞く分にはとても耳に優しく届く。

 もう少し年齢が上であれば気軽な挨拶自体に抵抗を感じたり、他人行儀に戸惑うところだ。――極度の緊張の度に精神が抑制されると思うけれど――

 お互いにアンデッドモンスターなのに新鮮な気持ちでいられるのは不思議な気分だとサトルは思う。

 思えば彼女を見つけてから随分と経った。

 一緒に世界を知る旅を始めてから未だに他人扱いは失礼かな、と。

 精々が妹だ。恋人というには見掛けが酷過ぎる。特にサトル側は白骨死体だ。

 

「………」

 

 名前で呼び合える仲なのだから、これはこのままでもいいかもしれない。

 無理な背伸びは火種への()()()とも言える。

 

 だが、それをいつまで続けるつもりだ。

 

 そう問いかける自分が居る。

 悠久の時を生きるアンデッドに終わりなど実際には無いに等しい。

 その身が滅びるまで――

 キーノは特にそうだと言える。

 自分とは違い、本物のアンデッドモンスター――だと思うけれど――はこの先も生き続けなくてはならない。

 百年、千年先も。

 気の長い時の流れをまともな精神で過ごせるものなのか、とサトルは自分に尋ねてみた。答えは考えるまでもなく、無理だ。

 彼はまだまだ働き盛りの年代だ。急な老後は想定していない。

 いくら元の世界が生きるのに辛い所だとしても――

 

◇ ◆ ◇

 

 今の精神構造ならば案外平気かもしれない。けれども――けれども――けれども――

 何度否定してもはっきりしない答えが先に待っている。そして、それに手が届かない。

 キーノは学が無いからこそ先の将来に()()不安を覚えない。いや、知的レベルではあまり大差がない。

 サトルはゲームの知識だけは一般人を超えている、という程度だ。

 一般常識は彼女とそう変わらない。

 

「……キーノは冒険者以外で何かしたい事はあるのか?」

 

 面接をしないと決めた日の午前中に尋ねてみた。

 大事な事を聞く場合は何ものよりも優先されるべきだと判断した。

 安宿暮らしにすっかりと慣れきっていて二人で過ごすことに何の抵抗も感じなくなっている。――羞恥心という部分ではとてもありがたい雰囲気である。

 

「サトルと旅をする生活以外は……」

 

 う~ん、と唸るキーノ。

 二人っきりの時は素顔を晒す。

 成長しないとしても年齢で言えば成人に近いのではないかと。しかし、どれだけの時を過ごしたのか、ここしばらく分からなくなってきた。

 暦を調べれば早いのだが、知りたくない事実を知ってしまいそうで怖かった。

 何故かと言えば、時の感覚がどんどん薄れているからだ。

 時間に追われる定命の生き物ではないので。

 無限に近い時を自由に使えるアンデッドモンスターは不死の特性で時間感覚が狂うようだ。――といってもそう思い込んでいるだけかもしれない。

 

「知識は充分に得ただろう? もう俺に依存する必要は無いんだぞ」

「……サトル?」

 

 彼女はもう自分(サトル)と共に旅をする必要性は無い。ならば、自由に生きるべきだ。それが普通の流れだと思った。

 自分の個人的な感情で他者を束縛していいはずがない。

 

(俺はギルドマスターとして出来る事をするだけだ。そして、今までもそうしてきた)

 

 強い責任感がサトルの中で燃え上がる。

 しかし、それもアンデッドの特性で抑制されてしまう。

 

「……確かに……。依存しているのかもしれない。だけど……、私には他にあてが無い……。どこにも私の居場所なんか……」

「……少し言い過ぎた……。すまない」

 

 居場所はこれから自分で見つけろ、というテンプレートが浮かんだ。しかし、そんな事をすぐに出来るわけがないとサトル自身が否定する。

 同じ事をよく言われた経験則からだ。――いや、そういう言葉をよく聞くシチュエーションを知っているだけだ。

 無責任な言葉だとつくづく思った。それを自分が言うのは違うと思ったから謝る事にした。

 

 言えるわけが無い。そんな無責任な言葉など――

 

 しばし気まずい空気が流れる。それもまたサトルにとってはよく知る感覚だった。

 仲間内の不和では度々起きる。

 その解決策は簡単ではないし、慣れたいとも思わない。

 

◇ ◆ ◇

 

 キーノを放り出して自分だけ先に進むのはどう考えても嫌な奴だと思う。

 もし、他人がそうしている場合は嫌悪感を抱く。

 たまたま見つけたから、という理由で連れ回して捨てるのは――

 

「………」

 

 何だ、このクソ野郎は。

 我が事ながら呆れてしまう。

 恋人ではないし、妹でもない。そうであっても、だ。

 旅の供に決めた相手を大事にしないのは如何なものか。

 押し付けられたわけではない。自分で連れて行くと決めたのだから。

 面接を中止して数日間、キーノと共に街を散策する日を送った。――ある程度の蓄えがあるから冒険者の仕事をしなくても問題は無い。

 

「……唸ってばかりだね」

 

 キーノの言葉にハッとして意識を現実に戻す。

 自分はどれくらい唸っていたのか。今はいつなのか忘れるほど自分と戦い続けていたようだ。――さすがに数ヶ月も経過はしていなかった。

 時間の感覚が元の世界と違うので、気を抜くと数年はあっさりと過ぎそうで怖い。

 

「サトルのお陰で一人でもなんとかやっていけるかもしれない。その時はちゃんとお別れを言うよ」

「……すまない」

 

 出会いは最初が肝心だ。それがどういうものであっても。

 話相手が居ないまま世界に打って出る事はサトルでも怖いと思う。――どれだけ様々な対策を講じられる実力があろうとも。

 言葉が通じる相手というのは何物にも換え難いものだ。それを勝手な都合で捨てることなど出来はしない。

 

◇ ◆ ◇

 

 頭を冷やすという意味でキーノと別れて活動する事を頭の片隅に置き、無心に彼女と散策を続けた。

 時には冒険者の依頼で気分を変える。――地味な仕事も嫌がらずに。

 人間に偽装しているせいか亜人や他の異形種に因縁をつけられる。――ここが人間の国ではないことを適時思い出させてくれるのでありがたい事ではある。

 人間が仕事をしてはいけない法律は無い。絶対数が少ないし、この手の国における人間という生き物は大抵が食料か奴隷だ。

 弱者の末路とも言える。

 サトルは実力があるので他の亜人達から一目置かれている特殊な事例だ。――そういう特殊な人間は他にも居るからこそサトルは評議国で生活する事が出来る。

 中身がアンデッドモンスターなので深刻な精神負担を抑制によって解決している。それもあってはた目からは肉体的、精神的に強靭な超人扱いを受ける。

 

 つまり充分に目立つ存在と化していた。

 

 宿屋に戻ってキーノの前に座ると盛大にため息を漏らすサトル。

 目立ちたくないのに、と愚痴を言う彼を慰める役割を担っている。

 

「……おっかしーな。普通に仕事しているだけなのに」

「こういう国で()()()()()こと自体、人間には凄いことなんだよ」

 

 しみじみと言うキーノ。

 彼女は見た目は人間だが種族的に吸血鬼(ヴァンパイア)であり、この国での待遇は割りと良い方であった。

 年齢的に若い部類で性格も傲慢な貴族風のいでたちではなく、見た目どおりの少女なので。

 

「異形種の国でもアンデッドモンスターが活動するのは難しいんだろう?」

 

 特に骸骨系は本来、知性が無いに等しい。

 特別な場合を除けば生物の天敵とも言える。その中にあってキーノは高い知能を有する種族の仲間だから受け入れられている。

 少し腐ってきたら討伐対象になる可能性が高いらしい。

 

「これは早いところチームを作るしかないね」

「そのようだ」

 

 サトルが仕事に出かける間、キーノは暇をもてあます。

 拠点にしている宿で日頃、街で買ってきた書物を読み漁っている。

 時には武具や魔法、様々な能力について学んだり、マジックアイテムの使い方を覚えていく。

 仕事に関しては役に立つ機会は無いのだが、サトルがちゃんと帰ってくる内は待っている事にした。

 

◇ ◆ ◇

 

 そんな生活を一ヶ月ほど続けたある日、サトルと共にモンスター退治の依頼を受けた。

 近隣を荒らす知性の乏しい亜人の討伐だ。

 野生の亜人は同じ亜人から敵視され、人間の国を襲うので評議国側も敵対意思が無い事を示す為に適度に間引くようにしていた。

 その辺りの政治的なやりとりはキーノ達には窺い知れない――

 

「山間部に数十匹の亜人が根城にしている、とのことだ。人食い大鬼(オーガ)とかだと思うが……」

「いざとなれば逃げる」

「よし」

 

 元気の良いキーノの言葉を聞いて頷くサトル。

 見た目は人間の男性だが、顔はずっと同じような気がする。それについて尋ねるのは無粋のような気がしたので黙っている事にした。

 戦士風の姿を好むサトルだが、仕事中は魔法も使うので臨機応変に戦闘形態を変えていく。

 一般的な冒険者は剣か魔法かのどちらかしか選ばない傾向にある。だからこそ、キーノの目にはサトルが輝いて見えていた。

 剣と魔法を自在に操る戦士の姿が――

 

◇ ◆ ◇

 

 今回の依頼で向かう事になった山間部の奥深くで敵と遭遇する。

 敵は小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)。それと再生能力に秀でた妖巨人(トロール)と呼ばれるモンスターだ。

 近隣ではありふれたモンスター達だが数で攻められると少人数のパーティでは敗走を強いられる。

 雑魚モンスターといえども数の暴力は侮れないものがある。

 

「……二十匹くらいか」

「二人ではきついと思うけど……。まずは遠距離から攻めるのか?」

「それぞれまばらに居るからな……。囮役が居ると厄介だ」

 

 視界の悪い森の中をじっと見つめたままサトルは戦況を分析する。

 彼はモンスターの位置がある程度分かる魔法か特殊技術(スキル)を使ったようだ。――キーノはまだ勉強中なので低位の攻撃魔法しか使えない。

 

「無理は禁物だ、キーノ」

「うん」

 

 彼女の言葉に満足し、頷くサトル。

 聞き分けのいい女の子は嫌いではない、とでも言いだけだ。

 実際、混戦が予想される中で冷静さを保っている事はとても大事だ。

 どんな現場であろうとも焦りは禁物である。

 

小鬼(ゴブリン)を任せる。俺は大物を駆逐しよう」

 

 そう言って駆け出すサトル。だが、その走法は荒々しいのにとても静かだった。

 まず手近に居た人食い大鬼(オーガ)を蹴散らす。――弾かれた小鬼(ゴブリン)をキーノが仕留めていく。

 ただし、一気に先行せず、一チームごと確実に――

 キーノの魔法詠唱に拠る音声で気づかれる事を考慮しての戦法だ。

 彼女に気づいたものは顔をどうしても向けざるを得ない。そこを無音のサトルが仕留めていく。

 確実に一体ずつ。無駄な攻撃をしないように。

 

「〈魔法の矢(マジック・アロー)〉」

「ギャギャ!」

 

 あまり小声だと魔法が発動しないので仕方が無いと思いつつ、敵に狙いを定めるキーノ。

 自分のダメージは小さければ自動で回復する。――これは吸血鬼(ヴァンパイア)としての恩恵だ。それと通常の治癒魔法を受けると――アンデッドなので――ダメージになってしまう。

 一撃で死なないものは小刀でトドメを刺す。

 そうして十五匹を超えたところで大物の討伐に移行する。

 見た目どおり――種族名の通りに――大きな身体を持つ妖巨人(トロール)人食い大鬼(オーガ)よりも好戦的で知性が高い。だからよく配下として彼ら(人食い大鬼)を連れている事が多い。

 

「……キーノの魔法も限界か」

「さすがに妖巨人(トロール)相手では……」

「……トドメをキーノにやらせたかったが……。手持ちの魔法が心許ないから……」

 

 再生能力に優れた妖巨人(トロール)は並みの冒険者では苦戦を強いられる。

 斬撃や殴打に強く、魔法も単なる魔法の矢(マジック・アロー)ではすぐに回復されてしまう。

 彼ら(妖巨人)を倒すには弱点を突くしかない。

 酸や炎のダメージを与えると再生能力が失われる。そこを狙うのが一般的だ。

 ――後は再生できないほど細かく切り刻むか潰しまくる。

 

「油を買っておけば良かったか?」

「いや……。森を燃やしては甚大な被害になる」

 

 モンスターを倒すことも大事だが、自然を守ることも大事だ――と、サトルは思っている。

 焼け野原ばかりでは生物の居ない死の世界のようになってしまう。それと薬草採取などが出来なくなるので他の冒険者や錬金術師(アルケミスト)達ががっかりする。

 ――ということで様々な分野に迷惑をかける事をサトルは良しとしない。

 対外的にも悪い印象を受ける行動はするべきではないと考えていた。

 

◇ ◆ ◇

 

 もし、キーノだけならば妖巨人(トロール)討伐を中止して撤退するのが正しい。

 依頼は失敗に終わるかもしれない。それでも無謀に突入して様々な弊害を生むよりはマシだと思えば御の字ということもありえる。

 というよりキーノの冒険者ランクではまだ妖巨人(トロール)討伐は無茶だ。

 名声の為に命を散らすのは悪手――

 不死性といえども死なないわけではない。今のキーノでは生命力を使い切って滅びる可能性があったりする。

 

「周りの警備をお願いできますか、お姫様」

「了解だ、王子様」

 

 二つ返事で応えた彼女の期待に沿うべく、サトルは妖巨人(トロール)に突貫する。

 勝てる算段があるからこそ彼は武器を振るう。

 戦士ではなく魔法詠唱者(マジック・キャスター)が本職だが――

 妖巨人(トロール)ごときに遅れを取るほどサトルは弱くない。

 

(下手に高い位階魔法を使うのは費用対効果としては勿体ないのだが……。依頼を頓挫させるわけにはいかないからな)

 

 信用第一。小さな努力を怠れば大きな仕事が受注できなくなる可能性も決してゼロではない。

 無理して業務を遂行する義務は本来は無いのだけれど――

 男だから女の子の前でかっこつけたい――。ただそれだけだ。

 ご大層な理由があるわけではない。サトルは苦笑を滲ませつつ接敵していく。

 

(こういう気持ちは今もあるのに……。仲間にした者を大切に思う気持ちが育まないのはやはり……)

 

 非人間的だよな、と声無き愚痴を言いつつ剣と魔法を振るう。

 本職が魔法に偏っていても基礎能力がすば抜けて高いお陰でモンスターを難なく屠る事が出来た。

 

◇ ◆ ◇

 

 妖巨人(トロール)を切り刻み、肉片を叩き潰していく。

 一見すると荒々しく野蛮な行為なのだが、こうでもしないと再生されてしまうので仕方が無い。

 これが普通の人間パーティでも同じ事をする筈だ。

 

(気持ち悪い肉片を触りたくないが……。念のために移動させるか)

 

 落ち葉などをキーノと共に集めて肉片を(くる)んで見晴らしのいい場所に山と積む。

 作業が終わった後はサトルの手持ちの油をかけて火を放つ。――もちろん周りに燃え広がらないように気をつけて――

 

妖巨人(トロール)の始末はこれでいいとして……。まだ大物が控えているかもしれない」

「二人でここまでの戦闘はきついな」

 

 小さな身体だからか、それとも長時間の戦闘に不慣れな為か――

 キーノは疲労しないはずのアンデッドなのに疲れを見せていた。――ちなみにアンデッドなのは確実だ。キーノが指輪を装備する前に散々確認したので。

 

「少しでもランクを上げて良い宿に泊まる為だ」

「でも、そうなると目立つんだよね?」

 

 ランクが上がれば名声も上がる。それは至極、当然――

 失念していたわけではない。

 サトルは唸りつつも収入の待遇に気持ちを傾けていただけだ。

 何でもかんでも楽して高収入できるとは思っていない。時には苦渋の選択も視野に入れる。

 

◇ ◆ ◇

 

 辺りを調査し、新たな敵影が無い事を確認した後、しばしの小休止に入る。

 失った魔力を回復するには戦闘行為を停止して瞑想状態に入るのが効率的だと言われているので。

 今のキーノが扱える魔法は少ない。だからこそ強いモンスターをなんとか倒してもらいたかった。その為には倒す上で大事な敵との『相性』は避けては通れない。

 漠然とした感覚しか持っていない為に相手のステータスが確認出来ない状況は如何ともしがたい。

 

「……キーノはどういう系統に進めばいいのかな」

「んっ? 魔法のことか?」

 

 静かに佇んだままキーノは問い返してきた。

 

「炎系、氷系、雷系その他。無属性のままともいかないだろう」

「一般的なら炎と雷……正しくは火と電気の属性だそうだけど……。……酸を使えるわけでもないし。土属性はどうにも合わない気がする」

 

 攻撃魔法だけではなく、探査などの補助にも特化する事が出来る。

 治癒魔法は流石に想定していない。信仰系というより魔力系一択が無難だ。

 

「属性魔法に特化した職業(クラス)だと精霊術師(エレメンタリスト)か……」

 

 一系統の属性に特化した魔法を優先的に取得する事が出来る職業(クラス)で、次の属性が基本となる。

 (アース)(ウォーター)(ファイア)(エア)(グッド)(イビル)

 他にも細かい属性があるけれど――。例えば(アシッド)混沌(カオティック)恐怖(フィアー)(ライト)(ダークネス)秩序(ローフル)電気(エレクトリシティ)など。

 精霊術師(エレメンタリスト)として伸ばせる属性は基本的に一つだけ。そして、選択した属性は――他の者が取得した――同じ魔法であっても通常より強力になる。

 

「火の上位は溶岩。水は酸と冷気。風は電気系統。土は……なんだったかな。こちらも溶岩があって……植物? ……それと宝石系だったか」

「……宝石?」

 

 キーノは耳に興味深い単語が聞こえてきて全身の感覚が研ぎ澄まされたようになった。

 綺麗な石は大好きだ。もちろんマジックアイテムとても有用だが、とても高い。

 そんな印象を受けていた。――それとは別に身を飾る装飾品としても気になっている。

 

 女の子だから。

 

 中身は異形種かもしれないけれど心は人間のまま。欲深い一面があるのは否定しない。

 手持ちの仮面に付けている赤い宝石ももう少し綺麗なものに取り替えたいと思っていた。

 

「属性魔法といっても基本的な部分はどれも一緒だ。名前だけ違うものになったりするし」

「そ、そういうものか」

「迂闊に取得して使う段階になったら、見た目が全部『魔法の矢(マジック・アロー)』と一緒では面白くないだろう? ……戦略としては取ってもいいんだが……」

 

 見た目どころか与えるダメージに大した差が無かったりする。

 弱点を突ける点では不要なものと言い切れないけれど。

 それと低い位階よりは高位の魔法の方が派手さと威力があるものだ。

 サトルとしてはキーノに地味な魔法を覚えさせて悲しませるのは本意ではない。

 

「……攻撃系では火と雷が派手で目立つのは確かだ。だが、地味な物も侮れない」

「うん」

「決めるのはキーノだ。ただし」

 

 人差し指を立てたサトルが顔を近づける。

 彼の迫力に気圧される。

 

「自分に合わないと思ったものは選ばないほうがいい。……今の段階では試行錯誤して悩むしかないんだがな」

 

 見た目は戦士職のサトルが魔法について色々と講義する。それをキーノは一生徒として聞き耳を立てる。

 彼の役に立つ為でもあり、一人で活動する事になってもいいように――

 未熟な自分が周りの足を引っ張っては冒険者として続けるのが難しい。だからこそ必死に覚えようと務めた。

 

 


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